日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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「傷けられた… つらい…」

もしもあなたが、そう感じた時は、
どうか、思い出してほしい。


その人は、怖がっていたんだってことを。


自分が攻撃されるんじゃないか、って。
自分が傷つけられるんじゃないか、って。
自分の居場所が無くなるんじゃないか、って。

その人は、恐れていたんだ。


恐れから、冷静さを失うと、人は、様々な行動に出る。

その人が恐れ、苦しんで、
どうしようもなくなった結果が、

現象として今、あなたの目の前で起きているだけ。


だから。


抱きしめてあげよう。

愛してると伝えよう。


私は誰も傷つけたくはないんだ、と。

怖がらなくてもいいんだよ、と。


私たちは、戦いたくなんかないんだ、と。


傷つけられたからといって、
傷つけ返そうなんて、言わないで。


どうか、惑わされないでほしい。


私たち日本人は、そのような国民ではない。

私たち日本人の象徴である天皇陛下ならば、そのようなことは仰らない。


お金を得るために、権利を得るために、戦いたくなんかない。


平和のために。

いつか、世界中の人たちが、笑い合える日のために、
いつか、お金という概念が消えることのために、

今は、

地球環境を良くし、人の身体を正常に戻し、誰もが望んだように幸せを得ることに、

そのための手段へと、来る日も来る日も、力を注ぐ。

人に笑われても構わない。

私を誤解した人たちが、私の元を去るだろう。
私はそれでも構わない。


平和のために。



私たちはひとつ。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子


……………………………………………


Scratch kicked the can ... painful ..."

When If you felt so,
How, I want you to remember.


The man, that 'Cause I was scared.


Do not you yourself being attacked, me.
Do not you yourself are hurt, me.
Do not you there is no place for him, me.

The man, I was afraid.


From fear, to lose his composure, people go on a variety of action.

The person is a danger, and suffering,
How even lost as a result try to be,

Now as a phenomenon, and only what is happening in front of your eyes.


So.


I'll hug.

Let's tell you that I love.


I'm not want to hurt anyone, and.

'm Good without scare, and.


We, I do not softened want to fight, and.


And just because injured,
It is! To return hurt, you do not say.


Whether, and please do not be misled.


We Japanese, not such a nation.

If we are a symbol of Japanese Emperor, it is not Osshara is such a thing.


To obtain money, in order to obtain the right, but not something to want to fight.

For peace.

Someday, people all over the world, for the laughter dress day,
Someday, for that concept of money disappears,

Now,

That to improve the global environment, successfully returns the body of the people, to obtain happiness as everyone wanted,
Very hard I pour the force.

I may be laughed from people.

I who misunderstood me, leave from me,
I do not mind such a thing.


For peace.


We are one.



Even today,
Fortunately I live country of Kotodama
Taking advantage of me,
Thanks you. Aiko


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ブログの更新、大変ご無沙汰しております。
いかがお過ごしでしょうか?


私が最近、感じてきて、確信に変わりつつあることがあります。

それは、


「すべてのことは、ある日、突然に起こる」ということ。


そう、今日のブログの更新のように(笑)



「こんな突然、こんなに嬉しい出来事に出逢えるなんて感激!」

もしくは、

「こんな突然、こんなに辛い出来事に出遭うなんてショック…」


けれどこれは、

突然起こるというよりは、
突然《気がつく》

と言ったほうが、より正しいかもしれません。



明日、1月17日。
阪神淡路大震災から、今年でまる20年が経過しました。

先立って成人を迎えた青年たちが、ちょうどこの世に誕生した頃のこと。


もうそんなにもたくさんの月日が流れたんですね…
沢山の、犠牲になられた方々の人生、肉親の方々や、当時現場におられた方々の痛み…

慎んで、哀悼の想いを寄せさせていただきたいと思います。


私たちには、時として、予測不可能な出来事が、ある日突然に襲いかかります。

だから…
それを教訓と呼んで良いのか、とても言葉が難しいですが、
とにかくも、私たちは生かされたから、残されたから、

この命を精一杯生かしきることに、力を注ぎたいと思います。

どう生き、どう死ぬのかを。


だけれど、すべてのことがある日突然起こるからといって、
予測できないと簡単に考えてしまうことには、ちょっと慎重になりたいのです。


たとえば、こういうケースはどうでしょうか。


ある日突然に、交通事故に遭う。

でもよくよく省みてみると、認識していなかっただけで、実は以前から、何らか自分の不注意が重なっていた。


ある日突然に、病に倒れる。

でもよくよく省みてみると、知らなかっただけで、いずれ病気が発動するような、生活習慣を送っていた。


ある日突然に、人から心無い言葉をぶつけられる。

でもよくよく省みてみると、知らず知らずに、人を傷つけるような言動をとっていた。


ある日突然に、人からあなたっていつも素敵ね、と褒められる。

でもよくよく考えてみると、近頃は心から楽しんで日々をがんばっていた。


ある日突然に、出口の見えないトンネルから明るいところへ抜け出した。

でもよくよく考えてみると、毎日諦めず腐らず、前へ前へと進んでいたからだ。



実は自分の行動パターンに、その、ある日突然を引き起こす原因があった。

起きる出来事は、自分の写し鏡…


それを理解するところから、実は、
あなたが本当に、あなたの命を輝かせて生きる道が始まるのかもしれません。


必ずしも起きた事象と、原因が完全一致しないまでも、
目に見えない形で積み重なった何かによって、

ある日突然、自分の目の前に、その結果がぼんっと姿を現してくる。


それは、突然に見えて、ほんとうは突然じゃなかった。


そういうことが、実は、
私たちの日常の大半を占めているのじゃないかのかなって。


災害に関しても、起こったことは、もうその時点では私たちにはどうすることもできません。

でも、その前後で私たちが取る行動は、選べるのだと思います。


災害経験を経て、例えば私たちは、
少しでも自然を壊さない生活ができないかと、実践し始めたかもしれません。

また、起きた場合、各家庭では、
非常食や貴重品をまとめておくという備えをするようになりました。


避難所で支給される食糧には、カップめんやコンビニのもののように栄養価の乏しいものが多いことから、
非常食で自分たちで備えるなら、サプリメント等の栄養をしっかり補給できるものにしようという教訓も得たと思います。





私たちの目の前に広がる現実を、まるで、
変えられない運命のように、諦めている事、案外多いのかもしれません。

でもあなたが変えられないと思っていることは、本当に、本当に変えられないのでしょうか?


私は、多くのことには、必ずそうなる原因があり、
それに気づけたならば、変えられる方法があると思っています。


私も、3年前のある日突然、父が倒れたときは、恥ずかしながら、
病気とはある日突然、運悪く訪れるものだと思っていました。

そして、運悪く訪れたら、お医者さんに治してもらうだけのことだと思っていました。


でも、1年半前のある日突然、母の乳がんが発覚したとき、初めて、
運悪く訪れるものではなく、原因があり、人任せにするのでなく、もっと自分事としてちゃんと知るべきだと思いました。

そして、そもそも人の身体はどのように出来ているのか、
健康ということの、根本を捉えるようになりました。


そうでなければ、取り返しのつかないことになる、
そんな危機迫る予感を感じたのです。


そうしたら、様々なことの本質が、見え始めました。


ほとんどすべてのことには、原因があったんだなぁと。


身体のことに関して言えば、
その後これをきっかけにサプリメント管理士を取得した立場から申し上げると、

冷え性、肩こり、低体温、肌荒れ、便秘、ありとあらゆる、
私たちが単なる《体質》だと認識して放置してしまっている、

病気の前の未病、《不定愁訴》は、
そのままにしておくと、間違いなく、いずれ病気となると分かっているもの。


しかし目の前に有無を言わさぬ病気として起きてくるのは、「ある日、突然」なのです。


私の父の場合も、少し前から、便秘だ便秘だと言っていました。


今はわかったのです。

こういうことは、変えられるものだ、ということを。



変えられないことを受け入れる力と、

変えられることを変える力、

そして目の前の出来事が、そのいずれにあたるのかを見極める力。


ぜひ、身に着けておきたいものですね。



大切なあなたの命のために、大切な家族の命のために、人生のために、
生かしていただいている、この世界のために。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

知ることは、やっぱり大切。

でも知る前に、
「何のために知るのか」ということは、もっと大切。


間違い探しや、誰かを責めるためじゃない。

どうすれば、今よりも、
良くなるか、融和するか、


だから、どう生きるのか、何を選ぶのかを、
決めるために。



知れば知るほど、

正しさと誤りに、境目など無かったと気づく。


正しい、誤りと、答えを出すのはもうやめよう。
ただ、融和のために、どうしていけばいいのかだけを考えたい。



ブログ、ご無沙汰しておりました。

10月1日ですね。


私にとっては、
社会に出てから十数年暮らした実家から、住まいを移す日。

私の勤める会社にとっては、
新年度のスタートで、私の勤め先も移ることになりました。


そんな中、朝、一本取材に行っていました。

中国人殉難者慰霊祭。


中国にとっての、建国記念日に、
日本では、中国人殉難者慰霊祭を執り行う。


日中友好協会の方々は、
「戦後約4万人の中国人が、日本へ強制連行され、労働を強いられた」
と仰いました。

ここ新居浜でも、別子銅山にて、
過酷な労働を強いられた中国の方々が大勢亡くなられたのだと。


それは大変に胸の詰まる事実です。


しかし一方で、台湾の友達は、
みんな日本人に感謝している、他のアジアの国々も、
今があるのは、日本のおかげだと思っていると、言ってくれます。



日本は素晴らしい国だと私は思っています。
日本人は、融和の才覚に最も長けていると思うからです。


ただし、すべての物事がそうであるように、
絶対的正しさなど、日本にも無い。


いつもそうだけれど、

本当の目的、目指す世界と、

そのために今すぐとる手段は、

まるで逆のものにさえ、見えたりするんですよね。



諍いをするためじゃなく、
融和するために…









今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子


福島県より、愛媛へ戻る新幹線から、こんばんは。

日野愛子です。



皆さんは、日本を象徴する一音、

といわれて、どんな一音を思い浮かべますか?


私が1番に思い浮かべるのは、「わ」かなぁ~。

「わ・和・輪・環」


日本は「わ」の国。

なんとなく、納得しちゃう部分がありませんか?


だけどもうひとつ、
日本の象徴と言える一音があります。

それは、「う」


「う・生・受・鵜」


ん?最後の漢字はなぜ…?と思われました?


「う」は、受け入れるということ。

受け入れた上で、新しいものを、生み出すということ。


受け入れて、出す。

出すまでが、「う」です。


鵜は、鵜飼いの鵜。

鵜という鳥は、魚をのんで、リリースしてくれますよね。


のんだだけじゃダメ。

出すまでで、ひとつなぎ。



日本人は太古の昔から、それを繰り返してきました。

大陸からやってきた、人や文化、宗教を、
受け入れて、そのうえで、更により良いものへと、
生まれ変わらせてきました。


日本という国は、このことにかけての天才的な能力を持っていますよね。


何かが入ってきたら、
別の何かを排除しなければ受け入れられない、ではなく、

新しく入ってきたものを受け入れつつ、
以前からあるものも生かしてきた。


これが出来る国こそ、日本です。


争うことの似つかわしくないのが、日本です。





さて、8月29日、私の地元・愛媛県新居浜市に、
ことだまのお師匠さま、山下弘司先生をお迎えし、

セミナーを開催いたします。


ぴんっと来た方、ぜひ一緒に、
日本を紐解きをしてみませんか?

…………………………………………


日本を知り、日本を伝える…


名前のことだま師・ことだま入門講師、日野愛子の、
ことだまのお師匠『山下弘司』先生(命名言霊学協会代表)を、名古屋からお迎えして、

☆イザナギとイザナミの話
☆二人の神様の名前の紐解き
☆男女が力を合わせた国作りの話
☆日本神話は使命から始まる
☆君が代のお話

などについてのセミナーを行います。

前半はセミナー。
後半はミニワークショップ。


名前のことだまを、よくご存知の方も、
まだ全く知らない、という方も、

このお話が、
ほんとうの日本を知る、そしてあなた自身を知る、
きっかけになるといいなぁ~と思います。


日時・8月29日(金)19:30~21:30
場所・交流スペースさんさん
(愛媛県新居浜市若水町2-9-17 日光ステーション3F)

参加費・3000円
申込み・lovearth720@gmail.com

…………………………………………


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子



「い」は、命の「い」


突然ですが、命って、
からだの中のどこにあると感じますか?


心臓?

魂という意味で…頭?


日本人の生活も、ほぼ欧米化していて、
感覚としても、西欧の感覚が根付いているので、

心臓だと答える人が多いように思います。

西欧の人は、命はハートだと捉えてきました。


では少し、日本人の感覚を思い出してみたいと思います。


私たちの祖先は…


命とは、どこにあると捉えていたのでしょうか。


命…



「ハラキリ」


という言葉があります。
そう、切腹というのは、お腹を切ることですよね。

お腹って、具体的には、どのあたりでしょう。

「い(胃)」

「い」が命のことだったんですね。


実際、腹を切ってもすぐには死ねません。

ですから切腹のときは、
自ら腹を刺したと同時に、立会人が首を落としますね。


それでも、日本人は、命が、魂が、【い】のところにあると、
感覚的に感じていたので、


日本人にとって、命とは、い(胃)でした。


「い」という音は、それだけで、「命」ということ。


一音一音にも、意味があるんですね。







見慣れたはずのピンクのコスモスも、
キバナコスモス達に囲まれると、
異色の存在に見える。

あなたでいい。あなたがいい。
あなた自身を思い出してほしい。


周囲を気にすることなく、
あなた自身を生きてほしい。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子



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