日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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昨日2日は早朝から、

仙台から石巻、南三陸、気仙沼、陸前高田と、
新居浜から持参した200ケースの柑橘やお野菜、ハギレなどを持って、

畑をしている方、ミシン工場、個人のお宅、民宿と、

仮設ではなく、自前の家などが残っている方々のところを中心に、
廻らせていただきました。


自前の家が残っている人には、
たとえ周囲に何のコミュニティーも残っていなく、

自分の家だけが残ってしまったという場合でも、
何の支援も受けられることはありません。

たちまち食糧も何も手に入らない状況になり、
大変困ったそうです。


新居浜市民の会では、そういった情報が、いち早く届いていたので、
確実に個々に、支援物資を届けてきました。


もう、廻っていても、どなたからも有難がられ、
皆さんもなんとかして、私たちをもてなそうとしてくださり、
本当にあたたかな絆が生まれていました。

















これまで、テレビや、友人のFacebookなどで、

何度も何度も目にしてきた、様々な、あの場所この場所にも行ってきました。




最後まで高台への避難を呼びかけた、
南三陸防災庁舎の遠藤未希さんのいらした場所…




津波で唯一流されなかった、奇跡の一本松。
これから記念公園として残していくそう。




寸断された大谷沿岸駅。


撮れなかったけれど、
「津波のバカ!物は流されても心は流されない!」

と書いた看板もありました。


また、道の駅やサービスエリアでは、
いろんな場所で、このような掲示を見かけました。




この場所は、あまりにも、空が美しい。

この土地の人たちが、この場所を愛する気持ち、

それは故郷だから当たり前だよね、
という感覚ではなく、

遠く四国から来た私にもわかる、
この場所の素敵さ…


かつて家があり、生活があった場所に、
何も無くなってしまったけれど、

この果てしなく美しい空と風の存在で、
ここがどれほど素晴らしい場所だったのかが、本当によくわかる。


わかりすぎて、胸が苦しかった。






夜訪れた、唐桑のつなかん。

奥様の一代さんは明るくて綺麗で本当に素敵で。



旦那さんは無口だけれど、飲み始めると、語ってくれた。


「ここに9mの堤防を作るんだとよ。

もういいよ~ここは。
津波来たあとでここに一生懸命作ったって、当分の無駄さ。

そんなんよりさ、南海地震のほうがこれから心配でしょうが。
ここはいいから、そんな予算出たんだったらば、
愛媛とか、そっちのほうに堤防作ってくれって、

俺ぁずいぶん役所やら国のもんにやら言ってやったんさぁ。

それもそうですね、なんて言ってたけんど、
ここで起きたことだからここにしか金使えねんだとよ。
ばっかみたいなことすらぁ~。」


俺ぁ愛媛の人たちのほうが心配だよ、と、
語るお父さんの話を聞いていて、うんうんと聴きながら、ボロボロボロボロ泣いていました。

お父さん優しいねぇーって。


皆、一生懸命東北の支援をしている。

自分たちの場所もそろそろ危ないとわかっているけど、
地震が起こることを、止めることは出来ない。

どうすることも出来ないまま、
今目に見えている東北の支援のほうに、力が傾く。

でも自分たちは本当に大丈夫?


そんな、人のために動いている、
他所の土地の人たちのことが、お父さんにはよく、見えているんですね。

嬉しかった~。お父さん、ありがとう!




つなかんでは、他にも、
立教大学の学生さんや、外国の方で東京でアーティストをしている方など、

沢山のかたとも一緒になり、
とてもいい夜でした。










今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子



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「今年は、外宮に心を置いてみよう。」


先日伊勢に行ったとき、直感的に思ったこと。


伊勢に行くと、なにか、
自分の心とか、状態なんかが、浮き彫りになるようです。

その場に行かないと、分からない、感じられないことが、
確かにあります。

空気も、匂いも、命の流れも、違うから。


ようやく、今年の初詣を終えた気持ちになりました。



昨年の1月、伊勢にお詣りした際には、
内宮に心が在って、

それを証拠に、自然と天照大御神の角祓いを頂戴して帰っていました。


だけれど今年は、自然自然と、
外宮へは早朝にも、昼間にも、参拝することとなり、

角祓いも、豊受大御神のものを頂戴しました。


内宮へは、本当に時間がなく、ゆっくりと落ち着いて参拝することができませんでした。


行くまでは、内宮に時間をかけて行きたいと思っていたし、
帰りにも、もっと時間があったなら…と思ったけれど、

あれ?
実は、それでよいから、そうなったんだなぁ~、と分かったのです。



外宮には、
豊受大御神がお祀りされています。

今から1500年前、
雄略天皇が、夢の中で、

天照大御神の教えをお受けになられ、
豊受大御神を丹波の国から、内宮にほど近い山田の原にお迎えされました。


京都の天の橋立がある辺りにいらした神様で、
籠神社というところにいらしたそうですが、

その神社は、元伊勢、とも呼ばれています。

数年前、そうとも知らずに、
そちらの神社で初詣に行かせていただいたことがありました。



豊受大御神は、御饌都神(みけつかみ)とも呼ばれ、
神々にたてまつる食物をつかさどられています。

このことから衣食住、ひろく産業の守護神としてあがめられています。


しかしあくまで、

内宮あっての外宮、

天照大御神あっての豊受大御神、

太陽の恵みあっての衣食住、

目に見えぬものあっての目に見える豊か。



昨年までは、どちらかといえば、

私は、すべてにおいて、
前提である、

内宮、天照大御神、太陽、目に見えぬもの…

そちらにばかり、心が在りました。



外宮、豊受大御神、衣食住、目に見える豊か、
それらを思いきり、

『受け取る』ことに、重きを置いていなかったのです。


すべての命の源、溢れ出る恵みも、
受け取る心と対象がなければ、意味を成しません。



目に見えぬものの素晴らしさを、
どのように目に見える形にして、

また、目に見える形を使えばこそ、

本当に目に見えぬものの有り難みに氣づけることを、


今年の私は、そこにテーマがあると、

神宮さんが、教えてくださったような氣がしました。



豊かを受け取ること。

少し苦手だったけれど、これも、

何のために受け取るのかが明確であれば、
苦手に思うことは、無いのです。



なんだか暗号めいたブログになってしまいました。

ともかくも、
様々なことを氣づかせてくれる、思い出させてくれるのが、

神宮さんという場所のよう。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子







何事の おはしますかは しらねども

かたじけなさに なみだこぼるる



西行法師が、伊勢神宮に詣でた際の感動を詠んだものです。

日本には、どのような文化も、宗教も、
在ることを良しとする懐の深さがありますが、

それでも、
大きく分けて、神道と仏教、キリスト教の間には、

物事の捉え方や考え方に、根本的な大きな違いがあります。


そうであっても、
仏教に帰依してきた西行法師が、

伊勢神宮に参拝をしたとき、
このような感動を抱いたのです。





可能な方は、ぜひ、
神宮さんの豊受大神宮(下宮)へ、

3月中に正式参拝されることを、お勧めします。


新しい、
これから20年神様がお住まいになる、正宮に、

最も近いところから参拝できる、ということに加えて、


式年遷宮の年の、この3月末までの期間だけ、
旧正宮を直接拝見させていただくことができるのです。


ここは、神様のお家そのもので、

そこに立ち入ることのできる人間とは、天皇陛下ただお1人。


この期間以外では、
天皇陛下以外の何人たりとも立ち入ることはできません。


式年遷宮のこの時期のみの公開です。

もちろん、写真撮影も一切禁止です。


幸運なことに本日、
私も参拝させていただくことができました。


神力車で日本一周を果たした、友人の祥平さんが、
神宮をご案内してくださったのですが、

その声が、次第次第に遠くなって、

現実と幻の間を行ったりきたりするような、不思議な意識で、


ただ、ただ、ただ、

涙が溢れて溢れて止まりませんでした。


やはりこの感覚は、
日本人の感性でしか感じることのできないこの感覚は、

神宮さん特有のもののようです。


深く、深く、
日本人として生まれ、感じられることに、

心から、有り難さを感じました。


参拝道中でのご紹介したいことは、山程ありますが、
今日はただただ、有難いこの感動をのみ、味わいたいと思います。




写真は、朝の参拝で一緒になった友人の、
侍・堀之内哲也の後ろ姿です。

清々しい朝でした。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子




そうだ。京都へ行こう。


というわけで、京都にやってきました。

紅葉シーズンを少し過ぎた平日、人も少なくなっているかな。


京都でもやはり、ゲストハウスに宿泊。

今日はどんな出会いがあるかな~。

今日の滞在は嵐山。



嵐山は2回目なのですが、前回来たときも季節は冬。


いやぁ~、ここはぜひとも夏に来たいなぁ~、と、
思ったのに、気づくとまた冬に来ている。


こういうことって、わりとありませんか?


新しい発見をしたい気持ちはありつつも、

いつも決まった場所で、決まった人と、決まったことをする。

現状維持。

これが人の最も得意とすること。



だけれどそれとは裏腹に、

現状維持がしたいのに、現状維持を続けていると、
向かうのは衰退であったりします。


増して。

今年から時代は大きく変化しています。


今までの常識は非常識になり、

今までそんなものは無いと思っていたものが、主流になります。


固定概念や、洗脳から放たれたとき、気づくのです。


そんな時代の中で、現状維持を続けようとすることは、あまりにも危険です。


人は、いったん自分が慣れたものを、真実だと思うように出来ています。


本当にそうなのか?

と、考えようとはしません。


私たちは、私たちが考えている以上に、洗脳されて生きています。


じぶんの命を生きるために、

あらゆる洗脳から解き放たれたい。


そして1人でも多くの人たちが、
まずはじぶんが接している身近な人たちから、

ほんとうの生まれてきた役割を生きられるように、
そのためのお手伝いをさせていただきたい。


その気持ちが、ずっとずっと胸にあるから。


いま、私に出来ることをひとつずつ、やっていきます。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2013.12.04

徳島のふしぎ

今日は徳島県美馬市に、遊びに行っていました。

徳島市内に住む友達と待ち合わせたのですが、
市内の人でも、滅多に訪れることがなく、

もちろん県外の観光客も、あまり立ち寄らないというこの地。


なぜ美馬で待ち合わせたかというと、目的は、【伊射奈美神社】


伊佐奈岐神社は、
全国様々な場所にありますが、

伊邪奈美神社は、
全国でも唯一、この徳島県美馬市にしかありません。



友達と、まずは脇町の【うだつの町並み】を廻りました。

ここは楽市楽座、自由な商売が行われ、

藍作りが奨励されており、

商売で栄えた人々が、

競ってうだつを上げていた通り。


200年以上の建物が沢山あります。




ここでは沢山のユニークな美馬市民に出会います。


なぜか美味しいピザ屋さんを営まれている角屋さん。





天井を硝子にしてあります。


そして、大変インパクトの強い息子さんのいらっしゃる竹細工屋の、時代屋さん。





阿波踊りの、男踊りと女踊りの躍動感を、
それぞれ竹細工ですべて表現されています。


伝統ある繊細な仕事をされていますが、

その反動なのか、
私たちが入ると、絶妙でユニークな、

まさに噺家さんのような喋り口調で、
色々な裏話をしてくださいました。

ここには書けないような、面白話を…



面白すぎたので、息子さんと写真が撮りたいと、
通りすがりのトレーニング中の男性に、写真を撮っていただきました。


大笑いしてから店を出ると、
今度は団体旅行客が、

ガイドさんに連れられて向こうから歩いてこられました。


旅行客の方々は、
私たちの姿を見るなり、

「私たちについてきなさい!説明が聞けるよ!」と、
何人もの方々が、私たち2人を止めようとします。

皆さんはどちらから来られたんですか?
という私の問いには、意外な答えが。


「全員、美馬市民ですよ。」と。


えー?美馬市民なのに、
市内の散策にガイドさんを連れて、廻るんですか…

しかも、皆さん強引にでも、
私たちをツアーに引きこもうと声をかけてくださいました。


どうやら美馬市というところは、
独特のテンポと、妙な親しみやすさを持つ、
面白い人たちが沢山いるところらしいです。



人がずいぶん面白く、神社への参拝がすっかり夕方になってしまいました。

【伊射奈美神社】







日本で唯一、
伊邪那美命をお祀りしている神社。


伊奘諾命と伊邪那美命が最初に国作りをした、
淡路から、立地的にも近く、

黄泉の国から戻っていないという、
伊邪那美命ですから、

黄泉の国が徳島であるとすると、
とても納得がいきます。


だけれどとっても、不可思議なことが多いです。

なにか違和感を感じる。

女の神様、それも伊邪那美命をお祀りしている神社であるのに、

千木が、すべて縦削ぎだったのです。

写真ではわかりにくいですが…



縦削ぎは男の神様、横削ぎが女の神様。

もちろん例外になっている神社もありますが、

伊邪那美命がお祀りされているのに、
縦削ぎというのが、とっても不思議です。

そして、何人かの地元の方に尋ねたところ、
この神社に対して、妙に思い入れが薄そうなのです。

神社自体、あまり手入れがされておらず、
放置されている様子でもある。


日本唯一の神社であるはずなのだけれど…

謎です。



そういえば、
美馬市や美馬市民、伊射奈美神社も、とても不思議ですし、

考えてみると、今日一緒に過ごした徳島市内のお友達も、
長時間一緒にいて、やはり…

不思議な子だと分かりました。(笑)


徳島県は、四国に住んでいながら、
最も出向くことの少ない県でしたが、

未開の地、という感覚で、

他県とは違った、また不思議な魅力がここには、詰まっていると感じました。


どこまでも独創性を持つ、阿波踊りの国、徳島県です。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

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