日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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みなさまこんにちは。愛子です。

ほぼ1ヶ月ぶり、お久しぶりのブログです。


この1ヶ月は、
痛い感覚から逃げないで、じぶんの内面と向き合う1ヶ月でした。

向き合うというほど真面目なものでもなく。
ちょうど、味わうというような感じ。


休みの日はおうちで本を読んだり、DVDを観たり、料理をしたり、プチ断捨離をしたり。

こまごまと、催しごとはあったものの、総じて穏やかな日々を過ごしました。


実は4月の終わり、5月1日からの東北行きの前日に、
私にとっては、大きな事件がありました。

「わぁ…ちょっとこれは…人間不信に陥っちゃうぞ…」


長い間大切に考えてきたことが、崩れてしまって、
元に戻すことができなくなった日でした。


怒りと向き合ったり、哀しみと向き合ったり、
どこにも居場所がないと泣いてみたり、
みっともないじぶんを、とことん味わいました。


もちろん今も、すこし気を抜くと、何とも言えない、きゅーっとなるような不安に、
じぶんがどんどんどんどん縮こまって小さくなってくような感覚を憶えます。

大きなショックは、なかなか簡単に癒えるものではないようです。


気持ちを落ち着かせるために、
自然の中に身を置いたり、神社に籠ってみたり、美しいものを見たりして、
自分の中から自然と湧き上がってくる感謝の心にフォーカスすることはとても大切です。

「生かされている…。これ以上、何を望むの…」


大切だけれど、
だからといって、起きた問題が解決しているわけではないから、
目の前のことをどうするのかは、決める必要がある。


「大変」は「大きく変わる」ということ。


普段、人は、常に常であろうとするので、昨日と同じ今日、今日と同じ明日を求め、
知らず知らず、変化しない道を選んでしまう習性を持っています。

いくら気合いを入れても、いくら決意を新たにしても、
そんな興奮をする以前のあなたに、必ず引き戻される。

だから、ちょっとやそっとのことでは、変わらないんですね。


それでも否応なしに、人の人生が大きく変わる転機というものもあります。

大きく分けて、この3つだといいます。


①大きな金銭トラブルに見舞われたとき

②大きな人間関係のトラブルに見舞われたとき

③身近な人の死に直面したとき


こんな3つの大変に出遭ったとき、人生は、否応なしに「大きく変わる」ようです。

今回の私の場合は、②でした。


「起こった出来事は変わらないけど、起きた意味はじぶんで選べる」から。

ここにどんな意味を持たせるのかは、じぶん次第。

だから私は、こんな意味を持たせることにしました。

「あの時、あの事件が起きてくれたおかげで、私は決断することができた。
 そのおかげで、今はこんなにもじぶんの心に正直に、
 人に何を言われようと気にすることなく、大切なことを大切にできるようになった。」

「あの時、あんな悔しい思いをしたおかげで、今後似た状況になった友達に、
 この経験が役に立つ、伝えられる自分になれたんだ。」

これから先、この言葉を、実感しながら深くしみじみと言えるように。



名前の最初の音って、

その人が、身近な人に与える最も大きな要素。


植物に例えるならば、「花」の部分です。


≪あいこ≫の≪あ≫の音は、五十音の最初の音、始まりの音。

≪あ≫にも色々な意味がありますが、まずは始まりを告げる音だから。


じぶん自身、深みを増しながら、
出逢った方に、素敵なことの始まりを予感させられる人でいたいなぁ~と思うのです。

私と出逢ったみなさんに、
「新しい始まりの時かな」と感じていただけたら幸いです。





今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

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こんばんは。

今日まで、このブログを愉しみに読んでくださった方、本当にありがとうございました。

今日が365日目。
毎日と決めてスタートしてからの、ゴールになります。


1年前の、母への「本気のお見舞い」をしていただいたことをきっかけに、
これからは性根を入れて、人様のお役に立って行くぞと、スタートさせたブログでした。


毎日のブログには、正直な気持ちを書いているようで、
でも、書けないことのほうが多くって、
ジレンマを抱えていました。

はやくジレンマのない、ニュートラルな状態で物事を発信できるようになろうと考えてきましたが、
なかなか思うようには進みませんでした。


今の私では、人様のお役に立つどころか、
自分自身の余裕のなさを、毎日のブログの中に、できるだけ出さないようにしようとするようなものでした。


1年が経ちましたが、未だ、
やるべきことに追われている状況に変化は無く、

追われながら書くものではなく、
本当に、大切なエッセンスを書きたいのに…とブログに対する向き合い方の不満も募ってきました。


そんな中でも、「いつも楽しみに読んでるよ」なんてお声をいただくと、
本当に嬉しく、また、こんなものではいけないな、と反省してきました。


それは、

自分の適当な日記として始めたのではなく、
「日本に氣づけるブログ」として始めたからでした。


私に、そんな偉そうなことが言えるような権威など、何もありません。

けれど、どうしてもなんとかしたかったんです。
確信だけはありました。



『世界を平和へ導けるのは、地球の環境を元に戻そうと導けるのは、日本人だ』と。



どんな文化でも、どんな人種でも、どんな宗教でも、
受け入れて、更に良いものへと昇華してきた日本人だからこそ、

融和というものに導けるはず。


山も海も風も、すべては神様で、自然に畏怖の念を抱き、
自然と共に暮らしてきた日本人だからこそ、

すべての生き物が調和して生きることの素晴らしさを知っているはず。


ただ、


本当は知っているのに、忘れているんです。



それがとても悲しい。

日本人には、大きな大きな役割がある。

自分の力を見くびらないでほしい。

あなた一人が救えるのは、あなたやあなたの身の回りの人や地域の人たちだけじゃない。

あなた一人が、世界中を、地球を、救えるほどの力を持っている。




私なりに、そのことを、なんとか色んな方法で伝えていきたい。

そのために、日本人1人ひとりの方に、
自分自身の生まれた役割を思い出して、自分を愛せるようになってほしくて。

名前のことだまを取り入れたり、
健全な身体と心を手に入れる方法を模索し伝えたり、

してきました。


伝えることを諦めたくない、いつか意味を成すと信じて行動する、
その思いは、変わりません。

ただ、
自分自身を癒し、もっと真っすぐに見つめ、もっと迷いのない状態になるために…


ブログは、本当に、思いに任せて、書きたいと思ったときに書く、
というように変えてみようと思います。


会社からの帰宅後、旅の移動中など、多くの時間を費やしてきたブログを書く時間を、
今度は、
自分自身を見つめ、癒やす時間へ、また、大切に思っていることの鍛錬や勉強のため、
費やすことにします。


最後というのになかなかまとまりません。


今はただただ、読んできてくださった方に、心から御礼申し上げます。

未熟者ゆえ、もっともっと、鍛練してまいります。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子



この2日間の関西も、大充実でした!


おかげさまで、日々の過ぎゆくのがうんと遅い、そう感じられる毎日です。


この5月などは、ブログにも毎日書いてきましたが、

1週目が東北、2週目は東京、3週目は京都・大阪。


それも初めてのことばかり…


東北に行くことが初めて、それも全行程車移動。

靖国神社参拝も、明治神宮参拝も、皇居ランも初めて。

そしてこの2日間のメインイベントは、これまた初めて。
ボクシング観戦でした。


なんとなく、迷いの無い人の目って、分かりませんか?

私は、よく分かります。


不思議な力などは無い私ですが、
迷いない目、必ず夢を叶える人の目。


初対面でも、ピンときます。


一般的には、とてつもなく大きな夢を、根拠なく語っている人、
に見える人でも、

あぁ…この人はきっと叶えるなぁ。

と思うときがあります。

それは、なんとなくなのですが、
あえて、その内容を説明しようとするなら、


『この人がその夢を叶えたとき、この人以外に、幸せになる人が、きっと多いな。』


というようなとき。



だって。

そうじゃないですか。


世の中は、いつでも、

誰か特定の人の為だけに形成されているわけじゃありません。


この人の云うことが叶ったならば、
それは、全体として、結果として、未来から見て、

よかったぁ~~~…


っとなるようなことのほうへ、
物事とは動いてゆくものだと。


事実はわかりませんが、

私にとっての真実は、そうで在らせたいのです。


だから、

この人の夢、きっと叶うな、
叶えたほうが皆のためにもいいな、と、


これまで何人か、
そんな風に思う色んな人に出逢ったことがあって、

たとえば私にとって、

初対面のときのロックバンドおかんのDAIがそうでした。

大阪城ホールに立ちたいと思ってる、と聴いて、
その夢、必ず最後まで一緒に追いかけると約束しました。


初対面のとき、まだ高校生ボクサーだった京都の大森将平くんもそうでした。

必ず世界チャンピオンになります、と繰り返し言うのを聴いて、
どうかこのまま変わらず、真っすぐな青年でいてほしいと、
沢山の素敵な大人に会わせたいと思いました。



将平くんの試合は立派でした!

これまでいつも、試合、観に行けるようなら行くね、
と言いながら、なかなか都合があわず、しかしそれまで彼は、

プロデビューから既に11試合を終え、全勝6KOという成績。








今回は、
同じ高校の先輩であり、金メダリストの村田諒太選手のアンダーカードして、

世界ランカーの選手を相手に、12連勝を賭けた闘い。




本人がいちばんよく分かっているはずなので、何も言いませんでしたが、
今回の試合は、彼にとってかなり大切なポイントだったと思います。


それでも、事前のフジテレビの取材で、
『必ず勝って村田先輩に繋ぐので、村田先輩も勝ってください。』

とコメントしてるのです。






若さ、とか、ビッグマウス、とか、
外から口で云うのは簡単ですが、

言ったことを、必ずやりきること、
自分の全身全霊を賭けて、そこに執着すること…


それが出来る人のみが、いかなる夢をも叶えていくのだと、思います。


執着という言葉は、時に、あまり良くないものとして扱われます。


けれど、本当に目指しているときは、集中して執着せずして、
目標を達成することは、あり得ないのだと思います。


執着していたら、

もし万が一達成できなかった時、心が折れる?


そんなことで折れる心ならば、
そんなことを恐れる心はらば、


そもそも最初から、挑戦すらしなかったはずです。


本氣で挑戦する人の周りには、

自然と、応援したいという人たちが少しずつ集まってきて、
やがて大きなムーブメントを巻き起こすのでしょう。


もし、自分が行うこと、志したことに、
それが伴わないときは、

誰のせいでもない、
自分の決意と行動が未熟であったがゆえ。


改めて、そんなことを、感じました。



このほか、せっかくの京都ですから、
隙間時間で、陽子ちゃんと、少しずつ京都を愉しみました。






大阪では、
最先端の栄養学と、環境概況などを勉強し、

最後は、
友達であるデザイナーのJUICYと、
彫り師の高萩正志さんのコラボ個展を覗きに行かせてもらいました。




JUICYは、常に落ち着いた媚びない姿勢で、
知らない方にとっては、時に冷たい印象がして、誤解されやすい人かもしれませんが、

私は、とても正直な人間だなぁ~と、心の中がよく分かるので、
とても話しやすい友達です。

ロックバンドおかんの大阪城ホール関連のデザインは、すべてJUICYが行っていました。


高萩正志さんは、初対面でしたが、
とても力強く繊細な龍を描く方で。

今は毎朝、龍を描くのだそうです。


また、そこで、東日本大震災直後からずっと支援を続け、
今は石巻に定住している、写真家の平井慶祐さんにも会えました。

この人の写真は、人物が躍動するから、大好きです。


ほんの少しだけれど、石巻のお話も聴けてよかった。会いたかった人でした。





昨年の5月が私にとって、大きな起点であったように、
今年の5月も、まるで半年間分程にも感じられる、濃密な月になりました。


来月からは少しは落ち着いた、動き方になっていくと思います。

どうしても疎かになっていた、自分のすぐ身近なこと、身の廻りのこと、
ひとつ、ひとつ、もっと丁寧に、見つめ合って、向き合って、

沢山を含んだこのいまの自分を、
より良い味で外に出せるよう、

皆様に色々なことを教えていただきながら、進んでまいりたいと思います。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子










1年前の5月19日。

この日があったから、私は、ブログを書いてみようと思えました。


沢山の人から愛をもらってきた。

そのぶん、

これからはもっと、覚悟を持って、もっと本氣で、
人様のお役に立てるようになるために、自分にできるすべてをしようと思いました。


これまでもブログで何度か紹介してきた、
こちらがその、5月19日のことを書いたブログです。

神様が舞い降りた生涯最高の5月のこと

これだけ母に愛をいただいて、
私は、
母を、両親を、必ず元気にさせると誓ったし、

それだけでは不十分で、

さらに一層、人様のお役にも立つんだと、誓いました。


私がやっていることを、ブログやFacebookの中で見ている方には、
私の活動が多岐に渡っているために、混乱を招き、

色々なことをおっしゃる方がいらっしゃいます。


ただ、私の信念は揺るぎません。いつも一貫しています。


私は、人のお役に立てると確信のあることは、やめません。


どんなにそれが、愚かしいことだと言われても、
やめることはできないんです。


本当に、ロックバンドおかんが、
多くの人たちの心を救うと、本氣で思ったから、本氣で応援しました。


本当に、名前のことだまが、
一人ひとりの方に、自分は必要で生まれてきた大切な存在だと氣づかせてくれると、本氣で思ったから、取り組んでいます。


本当に、健康な身体が、
一人ひとりが、その人らしい人生を全うするためには絶対に必要だと、本氣で思ったから、人の健康も本氣で考えます。



本質はどこにあるのか?

本当のことは何なのか?


イメージ戦略の中に漂うように生きるのではなく、

一人ひとりが、自分の頭で全うに考え、
肌で感じることができるように。

本当に素晴らしくて輝かしくて尊すぎる一人ひとりのひとが、
自分自身から湧き上がってくる選択で生きられるように。


互いに違いを認め合いながら、

【和】の精神で生きられるような、

そんなことが本当に大切だと、本氣で思うから、


私は、私だけのプライベートなこと、
恋や結婚や、自分自身の仕事や、

そういった、我が都合よりも、


少しでも、そんな世の中が来るようにと、
願い、進んでいるつもりです。


そんなことは、
誰に望まれたわけでもありませんし、頼まれたわけでもありません。

勝手にそんな風に考えて、
勝手にそうしているだけです。


私も勝手だけれど、

同じく他の方も勝手に生きる権利があるから、

知らない他の人を、知らない他のことを、悪く言うこともありません。


ただ、単純に、

人の噂話や、足元をすくおうとする人並みの中というのは、
とっても、疲れます。


疲れるなんて単語をブログの中で使ったのは、初めてかもしれません。


でも、実際、疲れました。とっても。

そして、私の身近な大切な人たちもきっと、疲れていると思います。


それでも。


間違っていないことは間違っていない。

真心でやっていることは真心でやっている。

誰に恥じることもない。


みんなみんな、最後は命に終わりがやってきて。

その時は、きっと、

世間体を氣にして生きたから、よかった~とは、きっと、思わない。

自分の心に従って、正直に生きて、よかった~と、きっと、思えるのじゃないかな。


私は、そう、思うほうで。


けれど、人間だから、時に、疲れることも、あるものですよね。


そんなときは、休みます。

心までは死なないように、信念までは死なないように、休むんです。



栄養のことを、きちんと知りたくて、勉強したくて、
サプリメント管理士の資格も取りました。


今日、届いてたんです。
ホッ。

この世界では、肉体をいただいて生きているのに、
その肉体の原材料を知らないということが多いから。

身体が何で出来ているかもしらないのに、
身体を動かせるって、すごいことです。


だけどやっぱり、ちゃんと知っておきたいから。

両親がなった、がんという病気に、
みすみす色んな人に、なってほしくないから。






今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子




あと、1週間。


先が長いと思った日も、沢山たくさんあったけれど、
ここまで来てみると、やっぱり早かったなぁ。


いつからか、
ブログは、書き溜めをすることなく、毎日書いて、アップする。

と決めて、
ただし1年間は、と思ってきました。


お付き合いの飲み会で深夜に帰宅し、
お風呂に入ると明け方になり、

布団にくるまって携帯握りしめ、なんとか書こうとふんばって、
気づけば朝になってしまったことも、一度二度ではなく。

それでもその朝と、夜とに書いて、毎日分として書き、


どうしても、今日は書けない…
と、気持ちが落ち込んでどうしようもない時も、
一度二度ではなく。

それでもなんとかかんとか、言葉を紡ぎ…



だけれどそれというのは、
私に限ったことじゃなく、どなたでもそうだと思います。

Facebook、Twitter、ブログ、
何か常に発信している人の多くは、

単なる愚痴や批判のようなことを垂れ流すのは、公害だと、認識しているから、


本当には、
心の奥で感じている葛藤や苦悩があっても、

楽しいこと、楽しそうなこと、
素敵なこと、綺麗なこと、美味しいことを見つけて、

発信しているから。


結果として、誰もが、

「皆は、楽しそうでいいな。」

そんな風につい、思ってしまうのでしょう。

まるで、自分だけが、辛い、かのように。


SNSが身近な存在になって一層、

人を羨む傾向が増えた、ということも、あるのかもしれません。


けれど考えてみればわかる通り、

人も、自分も、あの人もこの人もみんな、
いいことばかりがあるはずはないのです。

見えている部分だけが全てじゃない。


もっともっとみんな、
いろんなことを抱えて生きている。



この1年近く、
どんなことがあってもとにかく毎日。

と、自分との約束を守ってこられて。


【未完成でも進む】


という、自分の苦手としていたことを、少しは出来る、
自分を許せるように、なったと思っています。


最初は苦痛でした。

こんなしょうもない記事を書くくらいなら、書かないほうがいい。
と、何度も何度も思ったことがあります。


それでも、
どんな状態でも進むこと、
とにかく続けること。


自分との約束であり、記録、訓練として、
とってもよかったなぁ~と思っています。


365日目のブログを書いたあとは、今度は、

本当に、書きたいこと、書きたい時、
本当に、ブログとして残しておきたいことだけを、

ブログに書く。


気が進まないのに書く、ということは、もうしません。

今度は徹底的に、自分の気持ちに正直に。


固まっていなくても、ふんわりしていても、書いてきた、これまでと違って、
今度は、

書いた時というのは、本当に、皆さんに読んでほしい!
という気持ちで書くと思いますので、

その時はぜひ、読んでやってください。


いよいよあと1週間というのに。

特別なことは何も書けない、今日なのでした。


でもね。

どんな自分でもいいよね。

そんな風に思えるようになることが、
実はとっても、大事なことだったのかもしれません。


だいじょうぶ。

わかってくれる、見てくれてる人も、きっといるよ。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子






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