日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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本日、人生初…


まる鶏の「調理前」を目撃しました…



ぎゃー!!(笑)

結構グロテスクですね…

でも、調理されたらこんな感じです。



美味しそう!!



お邪魔したのは、新居浜出身で松山在住の百合子さんのおうち。

輸入住宅の素敵なおうちです。




百合子さんは、10月20日に私が新居浜で開催した、
ロックバンドおかんのLIVEにも来てくださいました。


その後、ご自宅で行われるクッキングパーティーに、よく誘っていただいたのですが、
なかなか都合がうまく合わず来られませんでした。


もう、こんな彩り豊かなクリスマスパーティーメニュー!





きゃーきゃー言いながら、
真剣にメモを取ったり、iPhoneで動画を撮ったりしていると、

なんだか…


ふしぎなことに、女性性を思い出してきます…

ふだん、もちろん全く忘れているわけではないのですが、

必死に前へ前へ、攻めの姿勢で取り組む日々だと、

こういった女性的なことが、置いてきぼりになりがちで…


かわいいツリーも作ったりして。





プロ並みのショートケーキの作り方も見せていただいて。


すっかり楽しく、美味しく、学ばせていただきました。

みなさん、ありがとうございました!





日本人というのは本当に、素直で柔軟で楽しみ上手。


クリスマスが近づくと、
着々とツリーを飾り付けたり、プレゼントを考えたり、お料理を考えたり、

西洋文化を満喫しながら、
同時進行で、

年賀状の準備をし、鏡餅や門松、おせち料理など、年明けの準備をし、


いよいよ年末、除夜の鐘を聴きにお寺に行き、

年が明けると今度は神社にお参りに。


キリスト教、仏教、神道、

なんでも柔軟に受け入れます。殊にこの時期はくるくると移り変わる。


元来の自分たちの文化ではないなどということは百も承知ですが、

「そう堅いことを言わなくってもいいじゃない。
みんなそれぞれにいいところがあるわ。」


と、包容力に溢れているのが日本人です。
こんな人種は世界中探してもどこにもいません。

宗教さえも、分け隔てない。


これは、凄いことです。

世界の争いを、平和へと導くと思うんです。



だから日本人は、大切です。

これからの世界にとって。



楽しみながら、互いに受け入れ合うこと。

せっかくのこの世界。
起こる出来事をすべて、楽しんでいきましょう。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子
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2013.11.29

IMAGINE

こんばんは。
おかげさまで少し、体調改善してきました。


今日は会社の仕事で、徳島大学まで運転して帰ってきました。

徳島道はほとんど一車線だし、風が強いので、こわい~~。
社用車が軽四だからか、揺れが大きくてビクビクでした。


徳島県で色々な地域活性化活動をしている方々が集まって、
『ICTを活用した徳島の地域活性化』について、

話し合っておられました。


私の所属している会社では、要はこの、

『ICTをいかにして活用し、社会に役立てるか』がテーマです。


昔は、電波伝搬のみだったものが、

自社で番組を制作するようになり、

インフラを使ってインターネットサービスを開始するようになり、

インターネットの世界に踏み込んで以降は…

もう留まるところを知りません。


ともかくインフラを使って出来ることは、全部やる、と、

サービス内容は、めくるめくといった具合に、変幻自在に変わってゆきます。


社会が求めるすべてのことを、
ICTを利活用して、拍車をかけようじゃないか、ということです。



今日集まっておられた方々は、

どちらかというと、その、地域活性を考える立場におられる方々でした。


私の所属している会社では、

そういった方々の声を聴きながら、
では一体、そこにどんなソリューションが提案できるのか、を考える。


扱うものは、時代の変遷に伴い、どんどん変革します。


どのような仕事でもそうでしょう。


変わってならないのは、創業理念。


その理念、理想を追求するために、
ツールは、時代に合わせて変わってゆくのです。



議論がドツボにはまっていってしまう時というのはいつでも、

『何のために取り組むのか?』が、互いに共有できていない時です。


見えている着地点が違っていたり、

一見同じに見えても、その着地点の解釈が違っていると、


違っていると互いに認識した上で議論が始まるならいいのですが、

違っていることを知らないまま進めると、
どんどんどんどん深みにはまります。





徳島大学のキャンパスは、秋一色!でした。


私は愛媛大学の出身で、徳島大学には初めて行きましたが、
どことなく、キャンパスとしての存在感が似ていました。


歩いていると、不思議なもので、

一瞬にして、大学生の時の自分を思い出します。


こうして歩きながら、
「今からあそこのスーパー寄って、あれ買って帰ろ。」なんて考えつつ、

自転車にまたがり、ハンドルを握った部活帰りのスウェットの、
袖のうちっ側が、ちょっと擦れている、あの感じとか…


なんかそんな、なんでもない日常が、
ふっと返ってきます。



経験をしたことがあるもの、ある世界というのは、

こんなにもいとも簡単に、

思い出したり想像したり、できるものなんですね。

望むと望まないとに関わらず。



だけれど、見たことがない世界、行ったことがない世界、
経験したことがない出来事は、

たとえ耳で聞きかじることはあっても、

リアルに想像することは、簡単ではないようです。

望んでいたとしても。



私たちは、過去ではなく、
今、これから、未来を生きていくというのに。


行きたい未来は、簡単には想像できない構造になっている。


だから、より現実味を帯びるよう、細かに、想像し、
自分の中に、体験済みであるかのように組み込めるよう、

意識して、少々の努力が必要なようです。


本当に、描く未来、残したい世界が、あるのなら。



思いを現実のものにした人たちは、
想像し、その未来に、憧れ続けたはずです。

たとえどんなに困難だと云われても。



想像してごらん。IMAGINE☆



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

今夜は、

鼻笛演奏家モスリンさんと、

島根の新感覚紙芝居を披露してくれる、よしととひうたさんの、

ライブがありました。


ちょっと体調が良くないし、明日も徳島行きなので、
どうしようかな…とも思いましたが、


真鍋明紀子さんが司会を務められるということになっていたので、
明紀子さんにも会いたいし…という思いで、行きました。


モスリンさんと、よしととひうたさんのライブには、
昨年も来させていただいて、知っていました。



モスリンさんが鼻笛と出会ったのは7年前。

偶然、作り手の方と出会い、吹いてみるよう促され、
その場でひょひょいっと吹いたところ、


何も言わずにすぐに吹けたのは、モスリンさんが初めてだったということで感激し、
その笛をくださったそうです。


その作り手の方。


鼻笛を、20年間作ってきたけど、誰も喜んでくれなかったから、

作るのをもうやめようと思っていたんだそうです。


そんな時に、モスリンさんと出会うんですね…


モスリンさんは、こんな素晴らしい楽器、こんなに誰にも知られずにあるなんて勿体ない、

自分が素晴らしさを皆と分かち合って生きていきたいと、


長く務めてきた会社も辞めて、
いま鼻笛演奏家として、様々な場所で活躍されています。



人は必ず、出会うべき人には出会えるものなんですね。

いかにもそれは、
遅すぎたかのように見えても、決して、そんなことはなく。


そして、出会うべきもの同士が出会ったとき、

まっしぐらに使命を果たそうと進む、命の輝きを放つ。

そんな力を、モスリンさんから感じました。



鼻笛は穴が二つなのに、5オクターブも出る。

素敵な音色…



そして、よしととひうたさん。

もう、子供たちに大人気!


よしとさんを見ていると、
『大人がこんなにもまっすぐに一生懸命に、子供たちを元気にしようとする姿って、凄いな…』

って感動しました。


完全に、命のスイッチが入っています。





私たちには、誰にも、命のスイッチがある。



出会うべきものに出会い、まっすぐに果たしているその姿は、

それがどのようなものであれ、

尊く、眩しく…


本当に私は、感動しました。


こんな風に、じぶんは人に、何かを渡せているだろうか、伝えられているだろうか…


もっと…本気で…もっと…本音で…


命をぶつけ、スパークしたい!と思った。



アンコールでモスリンさんが歌ってくれたのは、私の好きな、

『前を向いて歩こう』でした。



坂本九さんの『上を向いて歩こう』の替え歌で、許可もいただいているものです。



前を向いて歩こう。

涙がこぼれたっていいじゃないか。

泣きながら歩く。

ひとりぼっちじゃなかった夜。




原曲はもちろん素晴らしいですが、

私はこのモスリンさんの替え歌が大好きです。


気がつけば、涙がボロボロボロボロと溢れていました。

つけていたマスクがびっしょり。



終演後、明紀子さんの元へ行きました。

もう、さっきのモスリンさんの歌といい…

私は、溢れる涙を堪えきれずに、明紀子さんに抱きつきました。



明紀子さんは、私の母へと、

波動バラを持ってきてくださっていたんです。




これまでも、何度も明紀子さんにはいただいています。

私は、何ひとつお返しできていないのに…


「いやいや、何ヶ月かに一度はね、お母さんにお渡ししないと~と思ってね。」

だなんて、一体どういうことなんでしょうか…

なぜこんなに優しいのでしょうか…



徳島の陽子ちゃんもそうです。

いつも、私の母に、お花や贈り物を届けてくれるんです。

なぜこんなに人に、優しくできるんでしょうか…


私は何も返せていない…





泣きじゃくっていると、そこに可愛い女性が駆け寄ってきてくれました。


その女性は私の手を掴んで、紙袋を握らせて、

入浴剤やけん、あったまって!


っと言って渡して、足早に去って行かれました。


はじめて、おかん感謝祭を開催したとき、
スタッフとしてお手伝いしてくださった、下岡八月さんでした。


開けてみると、

「愛子ちゃんもゆっくりあったまってね。お母さん早く良くなるよう祈ってます。」

と…



なぜか、不甲斐なさに苛まれて、心がグッと落ちたとき、

体もそれまでなんとか保っていたバランスを崩して、グッと調子を下げていました。


でも…


人は、こんな優しさに救われて、有難くて涙が溢れて止まらなくて、

こんなことがあるから、生きていけるものなんだな、と、感じました。


人ってあったかいですね。



使命に命を燃やし、突き進む人の、『人を思う優しさ』


あなたのこと、気にかけてるよ、って教えてくれる『人を見守る優しさ』



その優しさが、私の命のスイッチを押してくれる。


皆さんからいつも、私は教えていただいています。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

うーん。どうやら今回は…「発熱」のもよう。


母の手術後からは、
歯ぐき痛が激しかったり、全身が痛かったりして、

でもお薬を飲んで抑えていたのですが…


やっぱりお薬というのは、

その場の対処なので、


その場で痛みやきつさを取ることは出来ても、
根本的な解決には、ならないんですね~。


日頃の食生活…

でも、

昔の日本とは、

環境事情も違い、野菜事情も肉事情も魚事情も違うので、


きちんと必要な栄養素を、選んで摂らなくちゃ、どうにもならない。


弱っちぃなぁ~

と思う反面、ちょっとムリが祟ってるのかなぁ~とも。


考えてみると、

23岡山、24松山、25松山~広島、26広島、29徳島、30松山…


それに、これより前から、数日おきに松山往復を繰り返してました。


近距離がゆえに、僅かな時間のために車移動したりするので、
知らないうちに、疲れが溜まっているのかなぁ~


だけど昨夜の広島から自宅までの運転中は、
ずっと、

ぐるぐると、久しぶりに自分の不甲斐なさが悔しくて、

目が冴えて、ぐるぐる、ぐるぐる…

知恵熱かな。



勉強になる!わかった!


これが嬉しかった段階から、

わかったのに、形にできないことの歯がゆさ。


久々に悔しい思いがふつふつと湧いてきました。

きっとこの思いが。

また自分を前に進めてくれると、信じる。


「むずかしい」ということは存在しない。
「ふくざつ」は、あっても。



あ~、それにしても、
昨夜の高速、他に車がいなかったので助かりましたが、

ウリ坊ちゃんが轢かれていて…


わっ!

とよけたその瞬間、


今度はよけた車線中央のところにも、ウリ坊が倒れていて、

うわーっ!!!



咄嗟のハンドルさばき。


何をどうやったのかわかりませんが、

ちゃんとよけることができました。

脚を打っていたので、結構な衝撃だったようです…


軽い、ひとりむちうち…



ウリ坊たちに何があったんだぁ…


ごめんねぇ…

こんなとき、ごめんね、と言うことで、許してもらおうとするところがある。


それと、メガーヌちゃん(愛車)、助けてくれてありがとう。

って呟く。


これまでも何度も、危ない事故から、救ってもらってるんだ。

ご先祖さま、ありがとうございます。



めちゃくちゃ勉強になってるのに形にできない歯がゆさから、

湯気が出ちゃったアタマを…


さらに湯船であっためて、(笑)
今夜はちゃちゃっと眠ります。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

広島平和記念公園前の、元安橋から、こんにちは。

ここにも、秋が来ています。




衆議院で、特定秘密保護法案が、強行採決されたそうですね。


テレビを見ていませんでしたが、私は、

平和の碑の前で、その事実を知りました。記者の方から。


「特定秘密保護法案が、衆議院で強行採決されました。どう思われますか?!」

と。


ちょうど、中国の駐日大使の方が来られて、それを追いかけてきた取材クルーが、
周辺の人たちにインタビューしてたんですね。




「強行採決」という時点で、それが何物であっても、
良いと思います、などという答えは、ありませんよね。





平和の灯火は、

手のひらの中で、


いつの日か核兵器が無くなる日まで、燃え続けます。

早くこの灯は、消したいのです。



どんなに素晴らしいものでも、


この、


「平和」


でさえ、


強行突破で得られるものでは、ないのだから。



今日、この場で、こんなことに、嘘の気持ちを持てるはずもない。


この国は、どこへ向かおうとするのでしょうか。



もしも、わからなくなりそうになったなら、
重大な決断をする時は、


このような場所で、記念碑の前で、
お誓いできるのかどうか、

自分の胸に手をあてて、再考するのが、いいかもしれません。



私にとってこの場所は、そういう場所です。



さてっ。拓巳さんとのミーティングに戻ります!



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2013.11.25

松山ー広島へ

今朝は、朝いちばんで松山に向かい、健康セミナーを受けてきました。

トータルヘルス、今日は特に、サプリメントの重要性について。


これからは、どんなことでも、

しっかりと根拠を持って選択する、ということが大切になります。


自分の未来のみならず、
周囲の大切な人や、地球環境にさえ、大きく影響するような、

大切な事柄に関しては、なおさらです。


昔の日本は、食も環境も、
すべてにおいてお手本だった、

その頃の日本人は、
健康健康と叫んだり、サプリメントを服用したりなどしていなかった、


けれどそれは、当時の環境だから、できたこと。

残念なことに、今は、
当時の環境ではないために、

野菜も、魚も、

昔の野菜や魚と、姿は同じだとしても、
中身は全く違ったものへと変化してきてしまっています。


私は、空気、水、食べ物、

の順に、健康を保つ(自分らしく幸せに生きる)ために、
しっかりと選ばなければならないと思っています。


だから、しっかりと、何が本当に今の私たちに必要なのか、
確かめていきたいと思っています。


セミナーのあとは、
新居浜出身で、現在松山在住の百合子さんとランチ☆



先日のおかんLIVEにも来てくださっていました。


百合子さんは、その優雅な名前通り、
とっても美しく年齢を重ねてらっしゃいます。

航空会社で勤務されていて、その後退職され、
フリーで様々なお仕事をされています。


健康であり、美しくあり、探究心があり、
そんな女性は、素敵に決まっていますね。


楽しいランチを終えて、そのまま車を走らせ、今度は広島へ。

夜は久しぶりの、「しあわせのたね」へ。

横川駅を出てすぐ。

ガード下の、フレンチ風?!焼き鳥屋さん。

店構えはしっかり焼き鳥屋さんだし、
提供されるものも焼き鳥なのに、なんだかフレンチ風なんです。



広島にくるなら、必ず立ち寄りたい場所なんですが、
なかなか毎回来ることは叶わず、

今日は久々にマスターの顔も見られてよかった。


広島の友達と待ち合わせてたんですが、

なんと、びっくり!


このお店を私に初めて教えてくれた、福山の井上さんが、カウンターに座っていました!


福岡の太郎さんの、裏カラダ塾を受講した帰りなのだとか。

すごい確率です。


と同時に、年数が重なるごとに、
増えていっているご縁の拡がりに、有り難さを感じました。


明日は、拓巳さんと1日ご一緒させてもらいます。

地中海クルーズを終えてきたばかり、
そのお話も聞かせてもらおう。



人生とは、まさに、時間のことであり、

この時間を、どんなものに、どれくらい、

費やしていくか、どう命を使う人生にするのか、


決められるのは、じぶん。


健康の有り難さを大切にしながら、

自分を高め、人のお役に立ち、少しでも環境に負担の少ない生き方をする、


そのために、学び続け、伝え続けていきたいと思います。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2013.11.24

至上の喜び

私が、強く思っていることがあります。


みんなが、幸せな世の中になればいい。


私も、私の好きな人も、知らない人も、
みんなが、幸せな気持ちになれたらいい。


幸せって、人それぞれ定義が違いますよね。

今生きてる私たちの心の中では。



でも、私は、

魂レベルでの幸せという意味は、共通していると思っています。


それは、『使命を果たすこと』


生まれたからには、名前をつけてもらった限りは、

私たちは皆、何らかの役割があって生まれています。


それが何なのか?

ということは、本来は、


【完全に自由になることで、見えてくる】もの。


今、この仕事に就いてるから、とか、
家族を養っているから、とか、

使命を意識せず、気がついたら出来ていた今の状況に合わせた、
都合上の中の、やりたいことではなく、


完全に自由ならば、どうしたいか?


に従うことです。


そうしてこそ、本能に従ってこそ、

本来あなたが、やるべき役割だったものに、
確実に、近づいていくことができる。


魂レベルの、幸せです。


そのことに気づかせてくれる、
日本人であることを思い出させてくれる、

ひとつの入り口として、【名前のことだま】があります。



そして今、ひそかに、嬉しくてたまらないことがあるんです。

それは、


使命を知る入り口に立てたら、今度は、

本当に、自由になり、本当に、やるべきことに、
時間を費やせることになるような、


そのためのお手伝いを、具体的にさせてもらえる、ツールを得たということ。



本当の意味で、お役に立てる。


そう思うと、喜びで今、いっぱいです。

少しずつでも、時間がかかっても、

皆さんに、お伝えさせていただきたい。



こう確信できるものに出会えたことは、本当に、幸せなことですね。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

おはようございます!

私は今、岡山行きの電車に揺られています。

電車はごきげんなアンパンマン列車。



ラブリー!


今日の旅の目的は、
今年はじめに出会った、とーっても素敵な女の子に会うため。

彼女とは、
ネットワーク地球村の、高木義之先生の一泊ワークショップで出会いました。

国家や企業からは、なかなか教えてもらえない、
地球環境の現況、真実や、

その解決策を見出すための、じぶん自身の心の解決策や、

大切な大切なことを学ぶ2日間でした。


その時彼女は、就職活動の真っ只中。

とびっきり目が綺麗で、一生懸命で、魅力的な女の子。

私は、会社で長く人事担当者をしていたこともあり、
就職に関する相談を受けると、かなり必死になって答えてしまいます。



めでたく彼女は、
環境関係の会社に就職が決まり、ひと段落。

いま岡山に帰省しているということで、

これからの、色んなお話をしようって、会うことになりました。


一生懸命で真っすぐで、でも、だからこそ、
人一倍傷つきながら進んでいる、

そういう若い子たちを見ると、つい、色んなことを伝えたくなる。


こうしなさい、とかではない。


だけど、色んな道があるということを、
私が出会えた人には、伝えたい。

私も、これまで出会ってきた、沢山の大人たちから入ってきた情報は、
良くも悪くも、自分の中にあって、

ふとした時に、

そういえば、こう言ってた人が居たな、って、思い出すことがよくあります。


時には、強く強く胸に残り、
後のじぶんを後押ししてくれるものもあります。


それらを含めての、じぶん。


出会いをすべて含めての、環境。


ここまで30数年間生きてきて、
朧げながら感じている、じぶん像…

『伝えたい』んだなぁ~って。

そういうつもりで入社していなかった今の会社も、
まさに『伝える』が仕事です。


そして今、プライベートの時間をすべて費やしてやっていることも、
やはりすべて、『伝える』ことです。

大好きな、伝えることが、できるように、
ちゃんと補給しながら進んでゆきます。


あ~、久々の彼女との再会、楽しみだぁ~
キラキラしてる彼女に、きっと私が、勇気をもらうんだろうなぁ~。


夜は新居浜に戻って、
幼なじみのおうちで、囲炉裏端ごはん会です。


こちらも楽しみ~!

それではそろそろ、瀬戸内海を眺める時間に入ります。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

今月8日に発生した台風30号による、フィリピンでの大被害、
悲しい出来事が、まだまだ、拡がっています。

現地支援にあたられている方々、本当にありがとうございます。


フィリピン中部の、東サマール州へルナ二では、
あまりの台風の威力で、墓石が持ち上げられ、

荒廃した墓地では、遺体や遺骨が露呈していたそうです。

なんとむごいことでしょうか…


数々の救援物資や支援金、医師団などの人の支援が、
日本からも送られていますが、

不十分な状況は変わらないようです。


フィリピンの後、ベトナムに向かった台風ですが、
フィリピンの被害から予測される程には、大きくならなかったようです。

対策が出来ていたから。


一方フィリピンでは、
台風が自国に迫ってきていることが分かっていながらも、
十分な対策が取れなかった。


フィリピンという国は、群島で成り立っており、
驚いたことに、その数、なんと7100島。


中央政府の命令が、すべての島にまで及ぶことは、めったにないそうです。


特にイスラム教徒の反政府活動家が反乱を起こしてきた、
ミンダナオの南部地域では、中央政府の指令が遮断されているそう。


悲しいことに、本当に知るべき情報さえも、
受け取れなかった可能性が大きいようです。


また、地方の汚職により、
中央で配分された資金の一部も、奪い取られる現状。


東日本大震災時の支援に対する、感謝の気持ちと共に、
東北の方々の間で、フィリピンに対する自主的な支援の輪が広がっていたり、

僅かながらですが、一般募金も集まっています。


しかしそれらの援助が、
本当に必要な人々の元に届くかどうか、少し心配なところです。


フィリピン国内で、島々の情報伝達が、平等に行き渡るよう…

宗教的、政治的な壁を超えて、
命を優先する動きが、いち早く広まりますように…


今は、何事も行う術がなく、
ただ、フィリピンの人々へ、目を閉じ心を合わせて、

祈ることしかできない、この状況を…



もっともっと、本当のことが、状況が、
国土全体に行き渡っていれば、

被害はもっと少なくて済んだかもしれない。


こんなとき、情報が早く正確に伝わることの重要性を痛感します。


私たちが、東日本大震災時にも、激しく感じたことですね。

政府として分かっていた正確な情報を、なぜもっと早く、公開しなかったのか…





過ちを繰り返さないで。


地球に言われているような、気がします。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2013.11.21

票のふしぎ

こんばんは。

昨晩のブログは、どういうわけでしょう?
記事自体への[いいね]の数が、過去最高数でした。

[いいね]欲しさに書いているわけではないのですが、(笑)
こんなに多い日があると、

一体どんな理由で多かったのか、知りたくなります。


そういうわけで、
記事にいいねを押してくださった方、

もしよかったら、こういう理由でつい押しちゃった☆
と、ぜひ教えてください(笑)



ところで今度は、昨年12月の、票の話題です。


昨日20日、
最高裁で「違憲状態」判決が下されました。

昨年12月の衆院選。

現状の選挙制度、とりわけ小選挙区制には、あまりに問題が多いと、
ブログでもご紹介したことがありました。


一票の格差の問題を、ふたつの弁護士グループが訴え、
「違憲判決」を求めていましたが、結果は、「違憲状態」。



「違憲判決」となった場合、違憲である選挙によって選ばれた、
現在の議員が、その職に就いていることを無効とすることになります。

政治の大混乱が生じることを懸念して、

厳しく国会のあり方に注意はしながらも、
無効とする違憲は避けたのでしょう。


しかし、2年前にも、選挙制度へ「違憲状態」は言い渡されていました。

にも関わらず、改善されていません。


弁護士グループは、今回再び、「違憲状態」の判決であったことに、
納得がいかないと話していました。


実際、
一票の格差が大きいため、

「誰がいいのか分からないから、選挙に行かない」

という人が多くなればなるほど、
なおさら歪が大きくなるという構造が生まれていました。


選挙前の個人の主義主張は、政党の方針によって、
当選後簡単に変わってしまうことがあるので、

個人で判断出来なくとも、

少なくとも、各政党の、主な考え方だけでも把握して、
できるだけ自分の考えに近い政党の人に、投票してくださいと、呼びかけていました。


もちろん、選挙制度は、一票の格差が是正されるように、
抜本的に改革されるべきだと、私も思います。

けれど、
私やあなたが、今すぐそれを変える権限は、残念ながら持っていなく。

けれど、



愛の反対は憎しみではなく、無関心。

というように、


成功の反対は失敗ではなく、挑戦しないこと。

というように、



今すぐ、直接的に、
何かを変えられないように感じたとしても、

ほんのわずかな一歩でも、
無関心でいることからは、卒業したいと思います。


私たちは大人であり、
未来の子どもたちや、

まだ見ぬ世界に、影響を与えてゆく、存在なのだから。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2013.11.20

象の足かせ

術後の経過も順調で、今日は母の退院日でした。

退院後、接骨院を営む従兄を訪ねて、一緒に大和屋本店でランチを食べました。
意外にリーズナブルな食事もあって、これなら気負わず来られますね。
能舞台を眺めながらの食事は贅沢です。

…写真、撮り忘れました…


従兄は私より7つ年上。

高校時代から、花園、国体…ラグビー選手として活躍し、
一度大手企業の営業として就職した後、

独立を志し、学校に通って資格を取った後、開業。
順調に、目標としていた店舗拡大も進んでいるようです。

とっても素敵な奥様に恵まれ、従兄にそっくりなかわいい男の子と女の子、
それからもうすぐ、描いた通りのマイホームが完成するところ。

しっかりと、努力をし、その上に、しっかりと願いを叶えています。

従兄が結婚したのが30歳の時で、当時の私は23歳だったので、それでも、
遅い結婚だなぁ~なんて思っていました。・・・・・・(笑)



母はというと、なんだかちょっと気味が悪いなぁ~と思うほど、元気。

10日間いた病院を出て、
外の空気は冷たいけれど、それでも、

自由になれたことを喜んでいました。

来月早々にはまた、検査の結果を聴きに行き、その後時期を決めて、
1か月余り再び入院して、放射線治療に入ります。

1か月以上連続して病院に居たことは、これまでの治療期間でも無かったことなので、
次回はちょっと、ナーバスになってしまうかもしれません。


母のかかっている病院は、施設がとても広く清潔で、明るく、
あまり重々しい雰囲気はありませんが、

「病院にずっといたら、病気じゃなくても病人になっちゃう」なんて云うように、

人は、良くても、悪くても、
それがどんなものかに関わらず、

とんでもない馴染み力、順応性を持っています。


環境に、あなた自身が馴染んでゆきます。

馴染まなければ、居心地が悪いから。

居心地の悪さを解消するために、馴染むことを受け入れたに過ぎなかったのに、

いつの間にか、

その環境こそ、自分自身だと思い込むようになってしまいます。
その枠を超えたもののことは、何ひとつ、受け入れられなくなってしまう程に。


そうであるならば、
本当のあなたの心で、環境を選んだほうがいい。



象の調教のお話でもそうですね。

サーカスの象は、小さな頃は、とにかく重い鎖を足につけ、
動ける行動範囲を決めてやるのです。


一定以上大人になると、その鎖をはずしてやるのですが、

鎖がはずれているにも関わらず、象は、

「自分は本当は自由だ」ということに気づくことなく、
一生、鎖で繋がれていた範囲しか、自ら動くことがないのです。

本当は、足かせなど、どこにも無いのに。



病院に入り、病人の顔になり、
病院を出て、健康になっても、まだ病人のような心で居るなら、
再び病気になってしまう。


会社に就職し、その会社員の顔になったら、
職場を出て、ひとりの人になっても、その会社の、その業界の考え方でいるなら、
それ以外の世界や価値観が、わからなくなってしまう。


日本人はとっても真面目だからこそ、
尚更、どんどん狭く不自由になってゆく。


私たちは、知らぬ間に、
からだや心のあちこちに、たくさんの足かせをつけて、

本当は、どんな風でいたかったのかさえ、忘れて、
思い出したとしても、

それを実現することなど不可能だと信じる心を、
育ててしまっているのかもしれません。


本当は、足かせなど、どこにもないのかもしれません。

大人になった象の足に、もう、鎖は無いのだから。



もっともっと、
自由でいいんだよ。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

昨晩からぐっと冷え込みが増して、
外に出ると、向かってくるのは完全な冬かぜ。

今年は秋がなくて、
寒くなるのが早いなぁなんて思っていましたが、

そう言っていた頃はまだまだ甘く。

「冬の寒さは、こういうものでしょ」と言わんばかりに、冷たい風が吹き上げます。



私の住んでいる新居浜という町には、山も海もありますが、

私の家は、山際。

あまりの寒さに、見上げるとしっかりと雪化粧していました。



両親は海際で育ったのですが、家を建てたのは山際だったんですね。


ですから私も、幼いころは、
漁港の周辺をちょろちょろとしていました。


ぷんと強い潮の香りと、岸壁にへばりついているつぼを、ほじほじしながら、

じいちゃんが沖に帰ってくるのを待っていました。


思い出が、海に沢山あるからか、

20年以上住んでいても、この山の寒さに、なんだか未だ慣れません。




昨日は、ブログの更新頻度について書きました。

ら、Facebook投稿のほうで色々とコメント、ご意見をいただきました。



更新頻度は同じだとしても、
内容を変えることで、頻度は苦にならないこともある、

ということを教えてもらいました。


毎日書くけれど、
毎日毎日、コラムのように長くなくていい。

今日は友達と飲みに来ているからまた明日~!みたいなものでもいい。


一度しっかりとしたものを書いて、1日分として載せずに、

何日間かに分けてアップすれば、書き溜めできたことと同じことになる。

等、色々教えて戴きました。



考えてみると、
私のブログは、ブログと言うより、日記と言うより、

コラムのようなものに近かったのかもしれません。



先日も、Facebook上で、存じない方が、私のブログを、

「素敵なコラムでした」と紹介してくださっていました。

これは、とっても嬉しいことでした。

ブログではなく、コラムと捉えていただけること…



だけども、もう少しコンパクトに、

時に長いものも、時に短いものも、色々あっていいですよね。


「日本に氣づけるブログ」というタイトルに縛られず、

もう少し肩の力を抜いて、書いてみようと思います。


そうすればまだ、まいにちも、できそうかな。




『がんばること、自分との約束をまもること』が大事。

これは、【自分のため】



『たのしむこと、自分を癒やすこと』も大事。

これは、【自分と周囲の人たちのため】



喜ぶ人は、多いほうが、いい。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2013.11.18

ブログのこと

今日は冷えますね。

しかし毎日毎日、よく長いブログ書くねぇ~と、言っていただきます。

自分でも、思っています。


長いなぁ…と(笑)



ブログ記事の更新時間が、
たいていいつも、

23時代であることには、お気づきだったでしょうか?


1日1記事、と勝手に自分の中でルールを決めていますが、

日付が変わる前に、書き始められることは、滅多になく。


日付変わって、深夜2時、3時、4時…

ヘンテコな時間帯に、書いていることが多いです。


会社の仕事が終わったあとも、何やかんやと、
やることは色々と…

そして最後に、

布団の中に入ってから、横になって、
iPhoneでブログを書くんです。



初めて、
iPhoneを持ったまま翌朝を迎えたときのショックといったら、ありません。

しかし…

開き直って、

前夜の日付に設定して、書き始めるんです。


それでなんとか、毎日ぶん。



毎日続けている人なんて、世の中にたーくさん居る!

人に出来るのに、自分に出来ないはずはない!

と言わんばかりに、


母が病でも、それさえも記事として、書いてきました。



だけれど、母の手術が終わった後、

驚いたことに、自分自身の身体中が、明らかに何かおかしいことに気づきました。


右半身が痺れてみたり、歯茎や顎が腫れて眠れなかったり、

粘膜がかぶれたり、


色々と病院に行きましたが、結局、疲れだとのこと。


疲れでこんなに、いろんな症状が出るんだぁ~、と感心しつつ、

このブログも、疲れの原因になってるなぁ~、と自覚しました。



名前のことだまや日本のこと、

わたしと縁あって繋がってくださった方に、
少しずつでも、何か、

感じていただけるきっかけになればなぁ~と、
書き始めたブログ。


だけれど、今のままであれば、

毎日というのは、少し考え直したほうがいいなぁ~、と、
思うようになりました。


2日に一度? 3日に一度? 一週間に一度?

どんなペースが、
今の私の生活に合っているのか、

ちょっと向き合ってみたいなぁ~と思います。


もし、何かご意見があれば、ぜひ聞かせてくださいね。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

今日は母の病院に1日居て、
先ほど帰宅して、何気なくテレビを見ていたら、

動物殺処分をなくしたい!と活動している、高校生のドキュメンタリーを放送していました。

思わず、見入ってしまいました。


青森県立三本木農業高校(十和田市)の生徒たち。


殺処分された犬猫の骨を引き取り、
肥料として土に混ぜて、花を育てているんです。


沢山の人たちに、現状を知ってもらいたいから、と。


ペットブームの裏側で繰り返される殺処分の現実、

飼い主の都合などで〝処分〟された動物たちの命。

「殺処分がゼロになる方法をみんなで考えてほしい」と。


 
骨を引き取って、彼女たちは、それらを肥料とするために、まず、
手作業で、骨を砕く作業をやります。

動物たちを大切に思う彼女たちにとって、何よりも辛い作業。
涙しながら、それでも、


【この子達の命を無駄にしない!】
【沢山の人に、考えるきっかけを届けたい!】

【この子達の命を、花としてもう一度…咲かせてあげたい…】



そんな思いがあるから、

辛くても、時に批判されても、ひたすら続けました。



校内で育てた花をプランターや鉢植えに分け、
犬と飼い主が参加するイベントで配布したり、市内の保育園や老人ホームに届けています。






彼女たちがなぜここまで動くようになったのか。


それは、県の動物愛護センターの見学。

殺処分の現場で、
焼却後の骨が、事業系廃棄物、つまり「ごみ」として捨てられているという事実に、生徒たちは大きなショックを受けたんですね。


センターから引き取った骨を砕くとき…

焼け焦げた首輪や臓器などが残っていることがあります。

あまりの辛さに泣き出してしまう。


それでも、そこに強い意思があるから。

必ず伝えたいという、強い意思が…



犬猫の骨を肥料として使うことに対し、「かわいそう」などという声も、実際にはあります。


顧問の先生は、
「賛否両論があるのは分かっているが、生徒の思いを伝える方法は、ほかに思い浮かばなかった。
涙を流して感動してくれる人もおり、考えるきっかけになっていると思う」と語っていました。



2011年度、青森県のセンターだけで、

殺処分されたイヌは788匹、ネコは2621匹。

ネコは増加傾向で、その半数以上が、子ネコだといいます…



私も動物が大好きなので、本当に許せない気持ちでいっぱいになります。


飼い主は、責任を持って、ペットが最期を迎えるまで、共に生きる。

家族なんだから当たり前のことです。


家族を、
いらなくなったからどこかへ捨て、挙句、産業廃棄物にしてしまうのでしょうか。


もちろん、ペットを取り巻くこの現状には、もっと根深い問題があります。


ペットショップや、ブリーダー達による、
行き過ぎた経済観念。

もちろんその背景には、そこにニーズをつくる、
私たち一般消費者の考え方があります。


人間が勝手に、

種をかけあわせて、見た目に可愛い動物を作り出し、

ニーズが出来そうならドンドンやり、

売れ残ったらドンドン…殺処分…


この業界では、はじめから、物扱いですね…
経済を求めていい対象と、そうでない対象は、あると思います。


だから、私たちが、
ドンドン生み出される新しい種のペットを求めないこと。買わないこと。

必要ない!という事実を突きつけること。

儲けられないなら、彼らはやめますから。


だけれど…いま、現実には…

ペットショップで動物たちを目にしてしまったら…


飼ってあげなければ、売れ残ったらこの子達は殺されてしまうんだ…
と思うと、

放っておけなくて、買ってしまう…


この負の連鎖が、悲しい現実を作り出している事実…



だからこそ、事実はいつでも、

より多くの人が、知ったほうがいい。

知った人の数が多ければ、解決策も沢山出てくるでしょう。


だから、私も、いつでも、

「本当のことを知ったなら、大事なことだと思ったなら、沢山の人に伝えたい!」

この気持ちを持って、その信念でいつも、動いています。


それにしても…

伝える方法として、


犠牲になった動物たちの命を、

花としてもう一度咲かせることで、

沢山の人たちに伝えていくという、こんなにも素晴らしい方法で、

伝えていく高校生たち。

その手法に、愛を感じました。

心から、敬意を表します。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2013.11.16

本音のこと

『本音』

…本当に、本心に思っていること。言葉。



本来の音、本当の音、 と書きながら、

それが、本当に思っていることと、同義って、面白いなぁ~と思います。


本音=本心 音=心


本当の心が、音になり、言葉として出来上がること。



言葉以前に、音の響きが、重要な意味を持つことの、

証のような気がします。


本来、一音一音に、意味がある、性質があるのが、
ことだま、ということが、とてもしっくりと来ます。




その、本音で、本当の心で、話ができることって、とても尊いことですよね。

簡単なようでいて、難しい。


言葉は大切と、分かっているのに、

特に、親しければ親しいほど、身近であれば身近であるほど、

照れや甘え、意地などによって、本音を出しにくくなってしまう。


私自身、これまで、何度も何度も、

本当の音で接することが出来ずに、
誤解を生じたまま、大切に思う人と、離れてきたように思います。


少し遠いくらいの存在の人に対するほうが、
するりと簡単に、本音を話せることもあります。


以前友人に、こう言われたことがあります。

「君は、大切にする人の順番を間違えてる。
あまりよく知らない人に対してほど、親切に優しく接し、
家族や身近な人に対してほど、優しい言葉で接していない。
でも本当は、大切な順に、優しくしてあげるべきなんじゃない?」

と。

確かに友人は、大切な人に対し、とても優しく接し、
あまりよく知らない人には、例え何かのの問題で誤解を生じても、

もともとよく知らない仲なのだから、仕方がない、
といった様子でした。


確かに…身近な人ほど、
分かってくれると、気遣いある接し方ができていません。



美輪明宏さんが、「人付き合いは、腹六部にしなさい。」
と、おっしゃっていたことの意味が、ようやく少しずつ、分かるようになりました。


美輪明宏さんは好きだけれど、
腹六部は、ちょっと寂しいことだと、思っていました。

だって、大切な人なら、すべてを互いに分かち合っていきたいと、
願う気持ちが、私にはあるからです。


「きっとすべてを分かってもらうことも出来なきゃ、分かることも出来ない。
それならはじめから、何でも分かり合えるなどという幻想は捨て、
分かってもらえていない前提で、丁寧に説明するのが、
トラブルを回避する秘訣です。」

ということ。
そして、なんでもなんでも深追いせず、わからないままのことがあっても、
あまり気にせず…


しかし、これは本当に難しい。

「この人なら分かってくれる」と感じ、この人になら、
と、甘えたくなるのが、人間の寂しさであり、弱さでもあり…


誰にも寄りかからず、生きてゆくことは、
とてもとても強い人間でなければ、できないことです。



照れや甘え、意地を除いて、

素直な気持ちを、
何かとすり替えることなく、

『本当の音』を、いつも相手に届けることができたなら。


誤解やすれ違いから、大切な人を失うことも、無いのかもしれませんね。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

こんばんは。
実は今夜は、生まれて初めて、実家でひとり寝です。

大学時代はひとり暮らしだったので、
家に夜ひとりでいて、眠ることも慣れていましたが、

実家では、誰もおらず、夜を過ごし、眠り、朝を迎えるという経験は、
実は初めて…

なんだか、とても心細くて、どうしていいのかわかりません。
割と軟弱です(笑)


父が今夜は、母の病室に泊まるので、
明日も仕事の私は、家にひとりなんです。


今日は、昨今の日本人が愛してやまない、
坂本龍馬さんの生誕の日であり、亡くなられた日でもあります。


使いの者が軍鶏を買いに出かけた、ほんの30分程度の間に、
龍馬さんは何者かの手によって暗殺されてしまいました。


今宵はじめて、家にひとりで居る私は…

襲われる心配もありませんが、
なぜか、龍馬さんの身の上に、重ねてみるのです…

無理やりでしょうか(笑)



天保6年11月15日に生まれ、
慶応3年11月15日に暗殺された坂本龍馬さん。


実名は、直陰(なおかげ)、後に直柔(なおなり)。

変名として西郷伊三郎や才谷梅太郎、取巻の抜六、大浜涛次郎高坂龍次郎を使用していました。

実に多くの役割ですね。


天保六年(1835年)、土佐藩士(郷士)坂本八平直足の次男として誕生。

幼少時は、落ちこぼれなどと言われ、
楠山庄助塾もできの悪さですぐに退塾させられたと言われています。

泳ぐこともできず、姉の乙女に、
腰を縄で結び、反対の縄の先を竹竿に結びつけ、
家の近くを流れる鏡川に投げ入れられて特訓を受けたとか。


しかし、剣術との出逢いが、彼を変えました。


江戸まで剣術の修行に出て、
メキメキと頭角を現したのです。


5年余りの歳月をかけて作られ、
薩摩藩の基本精神となった、

「日新公いろは歌」は、
坂本龍馬はもとより、
明治天皇にも、多大な影響を与えた西郷隆盛の、

精神性の基盤であったものと云われています。


いろは歌の、『い』は、まず、こんな言葉から始まっています。


『い』
いにしへの道を聞きても唱へても わが行に せずばかひなし

……昔の賢者の立派な教えや学問も、唱えるだけでは、役に立たない。
 実践、実行することがもっとも大事である。



『ろ』楼の上もはにふの小屋も住む人の 心にこそは 高きいやしき

……立派な御殿に住んでいようと、粗末な小屋に住んでいようと、
  それで人間の価値は判断できない。心のあり方によってこそ真価が決まる。



…と続いてゆきます。



私たちは、坂本龍馬を思うとき、

彼が生きていれば、今の世は違ったものになっていただろう、

とか、

誰もが当然に憧れ手本にする人物だ、

とか、

思うことが、あります。


しかし、ご存知の通り、坂本龍馬とて、生まれついての偉人ではありません。


ただ、夢中になれるものに出逢えたことは、大きかったと思います。



事にあたるとき、夢中でそれをやり、

揶揄する周囲の声も聴かずして貫き、


坂本龍馬さんは、憧れただけではなく実践し、

これまで信じられていたような常識も打ち破り進んだから、

そして、
思いやりが、あったから。




今のように、情報は望めば手に入り、

遠くへも簡単に移動することができる、

こんな世になって、


講釈ばかりで実践しなかったり、
偏見ばかりで真実を突き止めようとしなかったりすることなど、

罪に値するようなことではないでしょうか。



憧れるだけでなく、実践してこそ、
龍馬さんに報いること。


それぞれの、ステージで。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

昨日は、手術に入る前、手術が無事終わったとの、
Facebookの投稿に対し、

本当に沢山の方からコメントや、メッセージをいただき、
ありがとうございました。


ご心配いただくような内容を、あえて投稿することは、
あまり良いことではないのでは、

という考え方も、もちろんあると思いますが、


私は、
母親に、見せたかったんです。

『見て、こんなに沢山の方が祈ってくださってるよ、
こんなに沢山の方がおめでとうと言ってくださってるよ。
この人は、どこのどういう人で、この人は、こんなお見舞いをくれた人だよ。』

と。


祈りの力は、確かに働くと思いますし、

気にかけてくれている人が居ると知ることは、元気に繋がるから。


皆様からの、あたたかいお言葉をお借りして、
母の元気に繋げさせていただきました。


お陰様で、母は、予想以上に元気です。

意識が朦朧としていたのは、手術直後だけ。

あとは、酸素マスクも、早くのけて、早く歩きたい、
というほど元気。


今日は元気にリハビリも行いました。




家族揃って病室でテレビを見ていたら、

先日ブログでもご紹介した、

友人と親交が深かった島倉千代子さんのご葬儀が中継されていました。


密葬にしてね、お香典は取らないでね、
との千代子さんの意向はあったものの、

千代子さんをお慕いする沢山の方々の気持ちから、
千代子さんによく似合った、優しい紫色の祭壇で、

千代子さんの後輩の石川さゆりさんが、弔辞を述べていらっしゃいました。


お化粧の仕方、丁寧に仕事をすること、

何から何まで教えてくださったと、涙ながらに語っていらっしゃいました。



友人が、
千代子さんに作らせていただいた『愛するあなたへの手紙』という歌は、
昨年2月に発売されていました。

曲が出来上がった頃は、ちょうど体調を崩されていて、
CDという形になるまでに、実に2年の月日が流れていました。


そしてこの曲名は、
そのまま、千代子さんの葬儀の参列者への、挨拶文の表紙に使われていました。


世間一般で云う、身内、と呼べる、目に見える存在の無い、
千代子さんですが、大勢の人たちに慕われ、愛されていました。

それに何より、目に見える形で身寄りは無くとも、
千代子さん自身の心の中に、

別れても大切なご主人のこと、産めなかったお子さんたちのこと、
不義理をされても赦してきた友人のこと…

大切な人のことが、きっと、胸にずっとあったことと思います。



テレビを見守っていると、
水前寺清子さん、ひばりさんの息子さんの加藤和也さん、鳥羽一郎さん、

その横に、友人が、お父さんと共に座っているのが映り、驚きました。

友人の斜め前には、玉置浩二さんの姿も。





友人は、毎日舞台を務める身で、
どんなことが起ころうと、休むことはこれまでありませんでしたが、

今年夏、親しかった友達を不慮の事故で亡くし、初めて舞台に穴を開けました。

そして秋、また、欠けがえのない大切な人を失いました…。



人生の歩みを進めていく中には、
沢山の試練があり、

中でも、

大切な人を失うという経験は、あまりにも大きな大きな痛みです。



その後更にニュースを見ていると、
横田めぐみさんが、北朝鮮に拉致されてから、

明日で36年目だと報道されていました。


めぐみさんのお父さんは、30年前、
めぐみさんにプレゼントしてもらったクシを、

今も大切に持っていらっしゃるそうです。

お父さんは81歳になってしまいました。


今も帰らぬ、大切な愛娘…



私は今日、体調が悪く、
午前中松山で病院を色々とハシゴしましたが、

午後からはゆっくり、母の病室で過ごしました。



どんなことを言ったところで、少々の問題があったところで、


大切な家族と、なんでもないような日を過ごせることは、

確かに、確かに、とても、幸せなことです。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

母の手術、本日無事に終わりました。


日野京子、
7回に渡る抗がん剤治療、よく我慢してがんばってきました。

人生初めての手術も、よくがんばりました。

生きようとする生命の力は凄いです。


今、隣で眠っています。

通常よりも長いオペ。

先生のお話によると、
リンパ節は当初からすべて取る予定だったけれど、
普通では取らないような奥のほうまで取ったとのこと。

腫れが見られたので、念のため…



手術前、Facebookに投稿しました。
皆さんからの、『祈ってるね!』という沢山のコメント、

本当に有難うございました。

手術に入る前に、母に、
こんなに沢山の方が祈ってくださってるよ、と言って見せたかったから…


私も父も、
手術は必ず成功すると、落ち着いてはいるはずでも、

家から持ってこようと準備してたものを、
持ってくるのを忘れたり、やっぱりちょっと、どこかヘンでした。


特に残念なのは、
5月19日の本気のお見舞いの際に、
皆さんからいただいている、お便りや色紙などを、
持ってくるのを忘れたこと~。トホホ。


画像だけでも貼っておきます…



こんな時、

いろんな活動をこれまでやってきて、
沢山の方とご縁をいただいていて、

本当に良かったと、心から思います。

氣にかけてくださる方、パワーを送ってくださる方の力は、
とても大きいと思います。



昨夜は訳もなく、涙が出ました。


有難くて。



母も、父も、私も、大切な人も、誰も、皆、

それぞれのタイミングで、

いつか必ず、魂が体を離れる時が来る。


私は生まれ変わりを信じるほうなので、

それでもいつかはまた、
魂は、別の形で生まれ来ると思っていますが、

少なくとも、
日野愛子として、日野京子として、日野英俊として、

この体で、この関係性の中で出逢えるのは、今世限りです。


一期一会。


今世を精一杯生ききって、
それぞれが背負っているであろう使命を、役割を、やりきって、

今回の命を全うして、

そうして、いつかの世で、また、生まれ来る時があるかもしれません。


だから今は、
えもいわれぬご縁で目の前に居る人、出来事に、

精一杯あたり、

できることをさせていただかなければ。


でも…
本当は…

手を握ったり、抱きしめあったり、ぬくもりを感じられることが…


最上級の、極上の幸せです…


そう感じて手を握りあう時、
有難くて、有難くて、有難さに、涙がこぼれます。


今夜は病室に付き添って寝ることができます。

体は痛むようだけれど、ひとまずは、
本当に無事に終わって、よかった。


幸せです。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

11月12日、今日は出雲大社の神迎祭。

旧暦の10月10日に、八百万の神々をお迎えするお祭り。


日本全国から、神々が、
海を渡って、この出雲の稲佐の浜に上陸されるのです。

19時から、神迎式が執り行われます。

焚かれた炎の中には、
剣を手にした須佐之男命の姿が現れたり消えたり…


神々は龍蛇神の先導で、海から稲佐の浜に上陸され、
「神迎えの道」を通って、出雲大社へ向かいます。


これから一週間の間、
神々はこの出雲の地で、毎日、神様会議を行います。


どのようなことを話し合われるのでしょうね。


これからの日本が、どうなっていくべきか、
神々としては、できることは何なのか…

話し合われるのでしょうか。


そして一週間に渡る会議を終えたなら、
また、神送式を経て、
神々は稲佐の浜から、各々の地区へ、帰って行かれます。


今年は60年に一度の出雲大社の大遷宮を終え、
伊勢神宮の20年に一度の式年遷宮も終え、


国を司る大きな神社の遷宮が、同じ年に行われるという、
これまでで初めての大きな出来事が起きた今年。

その直後の神様会議ですから、


「いやぁ~今年は前代未聞、大変な年だねぇ~、ここから全て変わり始めるねぇ~。」

なんて挨拶から、始まるかもしれませんね。


今年の神様会議は、
とりわけ特別な、大きな意味がありそうです。


会議の内容を知ることはできないけれど、ただひとつ言えることは、

『これまでの常識は常識ではなくなり、全く新しい流れが始まっている』

ということ。


伊勢神宮は、天照大御神、日本国を司る神社ですから、
その式年遷宮が行われる年というのは、

すべての物事の流れが変化する年です。


伊勢神宮は、
出雲大社があってこそ、その力を発揮しています。

それが、今年は、
同じ年に両方の神社の遷宮が行われるという、
初めての出来事が起きた年ですから、


この流れの変化たるや、多少のものではありません。


このことに気付かずに、
今まで通り、
これまでこうしてきたから、これからもこれでいいでしょう、

という気持ちで何事も物事にあたる人や団体は、

恐らく今後、そのことを持続させていくことは、できないでしょう。
ほぼ100%の確率で。



昨年は、出雲大社での神送式に参加させていただくことが叶い、

神様と共に、地元に戻るという経験をさせてもらいました。



しかし残念ながら今年は、
神様の会議中に出雲の地を訪れることはできそうにありません。



母の乳がんの手術が明日に決まりました。

6cmもあった腫瘍は、
この半年間で概ね2cmまで小さくなり、

奇跡的に乳房温存という形での手術が叶うと決まりました。


再発率は、
全摘の場合3~5%、
温存では、5~10% だというのです。

そんなに大きく変わらないなら、
本人の気持ちが前向きになりやすい方法をとるのが、

何よりも大切なことですから、
私たちは、温存を選びます。


温存を選ぶことで、

手術後に、前向きにどんどん出かけたり、温泉に行ったり、
人前に出るのが億劫にならないなら、そのほうがずっといい。


神様会議中、出雲の地に立ち会うことは、
他の方々にお任せし、


今年は私は、
私だけの神様の傍で、神様の命の会議に立ち会うことにします。


すべてのことに感謝して。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

11月11日は、ポッキーの日?

いいえ、
11月11日は、世界平和記念日です。


97年前、およそ1世紀前の今日ですね。

ドイツとアメリカが停戦協定に調印して、
4年もの間続いた第1次世界大戦が終わりました。

アメリカや多くのヨーロッパの国々では、祝日です。


アメリカではベテランズデー(在郷軍人の日)、
イギリスでは赤いポピーの造花をつけて英霊をしのぶ、ポピー・デーとも呼ばれています。



3年前の今日は、
日本で、しかも広島で、『世界平和サミット』が開催されました。

日本では初めてのことでした。


この、各国の要人たちがヒロシマに集まる、世界平和記念日に合わせて、

『日本人の、平和への総意を示したい!』
という願いから、

『ヒロシマの平和記念公園、原爆ドームへと、ピースフラッグを掲げよう!
全国47都道府県それぞれ、各々の地域の人たちに、
平和への思いを書いてもらったレインボーフラッグを、つなぎ合わせて、
日本人は、平和へこんなに強い思いがあるのだと、
世界の人たちに再認識してもらおう!』

というプロジェクトが立ち上がりました。


私はその、愛媛県代表ということで、
プロジェクトに関わらせてもらいました。



3年前のこの頃というのは、

全国に友達が急速にでき始めた頃。


それまで、ひとりっこお得意のひとり遊びで、
もっぱら静かに単独行動することを好む私でしたが、

この時プロジェクトリーダーをしていた、
瀬川映太くんという男の子の、

なんとも強引で、人を巻き込むのが上手な様子につい乗って(笑)、


いや、本当は、
世界平和を願う気持ちが合致して、

数十日の短い準備期間で、
実現させることができました。


この時のご縁から、
映太くんとは、頻繁に会うわけではなくても、

何か心のどこかで、共通の思いを持っているような、気がしています。



軍隊や軍事力を永遠に放棄した、
世界に誇れる平和憲法の下に、平和国家を築いた日本です。

唯一の被爆国民である私たちには、
世界平和へのリーダーシップをとる役割があります。


ポッキーの日よりも、世界平和記念日。


そしつ日本にとっては、
8月15日を、

日本平和記念日として、祝日にしても、良いように、思います。



すべての国と人たちが、
互いに尊敬し合い、手を取り合える世界へ…


そのための何かのために、
じぶんの一歩は、使いたいと思います。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2013.11.10

人生いろいろ

苦悩に満ち満ちているはずなのに、

なぜにそんなにも優しく、
穏やかで、少女のように清らかなのでしょう。



8日、昭和の大きな優しい花、
島倉千代子さんが、肝臓がんのためお亡くなりになりました。



実は3年ほど前、

千代子さんの体調が優れないようだ、

ということは、
友人から耳にすることがあり、知っていました。


私は直接は存じ上げませんが、
友人が、千代子さんに可愛がっていただいていました。


その友人は、毎日舞台を務める役者で、

千代子さんにとって、彼は孫ほどの年齢ですが、
芸一筋のその姿勢に大変感心してくださっていたようで、

「大ファンなの!」と無邪気に話し、
何度もおひとりで、友人の舞台を観に来てくださったこともありました。

友人は役者ですが、当時から、
作詞作曲や、歌を唄うこともしていました。


千代子さんに、
「私にも歌を作ってほしい、歌いたい。」と言っていただき、
本当に光栄だ!という話も聞いていました。


デモテープのようなものを聴かせてもらったことがありましたが、

離れた大切な人の体を気遣う、手紙をテーマにした、
とっても素直な、千代子さんにぴったりな優しい歌詞の歌でした。


今となっては、尚更に…



『愛するあなたへの手紙』

あなたに送る この手紙
あなたが受けとる この手紙

身体を壊していませんか
自然に笑顔でいられますか
泣いたら泣き止み 次の朝を
精一杯生きてほしい

友達はたくさんできますか
本音で話をしていますか

悲しみ喜び落ち葉のように
降りかかってくるでしょう
一人では 誰も生きられず
父母に抱きしめられていた

これからの夢と人生を
少しだけ支えさせてください

気持ちを抑えていませんか
居場所を探していませんか

優しい人ほど
たくさん涙を流してしまうでしょう

歩みよる気持ち忘れずに
思いやり決して失くさずに

これからの夢と人生を
温かく過ごしてください

あなたに送る この手紙
あなたが受けとる この手紙

あなたがくれた この想い
私が受けとる この想い

身体を壊していませんか
自然に笑顔でいられますか
泣いたら泣き止み次の朝を
精一杯生きてほしい
精一杯生きてほしい





けれど完成した時には、
千代子さんは病院通いが頻繁で、なかなか歌っていただける機会がなかったようでした。


千代子さんから、
連絡をすると言ってくれていた日に、連絡が無く、

約束を忘れるような方じゃないのに、どうしたのだろう?
ということが、何度かあったので、気になって、

「大丈夫ですか?何かありましたか?」と尋ねたら、
「ごめんなさいね、この頃体調があまり良くなくてね。」

と仰ったそうです。


今に思うと、その時はちょうど、
千代子さんは、肝臓がんの告知を受けた頃だったようです。



訃報を知ったとき、なんとも、切ない気持ちになりました。



島倉千代子さんという人は、まさに、波乱万丈、人生いろいろ…


結婚し、授かった後に苦悩の末、生まないこと、三度…
離婚し、数千万円の夫の借金を肩代わりし、

その後知人の借金の保証人として、
今度は十数億円もの借金を肩代わり…


乳がんを患いながら、
出会えなかった三人の子どもたちに付けた名前「しのぶ」を胸に、

笑顔を忘れず、がんばっておられました。



島倉千代子さんと交流のあった方は皆さん、

本当に優しくて穏やかな、
母のような人であったと口を揃えるようですね。


波乱万丈、苦悩の中に、

他の人であったなら、


眉間に皺が寄って、笑顔もこわばり、
出てくる言葉も矢のようになったかもしれません。


だけれど千代子さんはいつも笑っていた。


千代子さんにとっては、もしかすると、


離婚した旦那さんのことも、
三人の「しのぶ」のことも、

借金の保証人になってあげた知人たちのことも、

沢山の千代子さんを慕う、大勢の人たち、
有名な人でもそうでない人でも、


すべての人たちに対して、

いつも、微笑みの心を向けていたのかもしれません。

いつも、愛だったのかもしれません。



最期は安らかな様子だったそうです。

なんとも…せつないです。



著名な方の訃報は、
まるで、ひとつの、大きな時代の、終わりを告げているような気がしてしまいます。

なんとなく、と、何も感じずに、聞き流すことはできません。


昭和の大スターであり、優しい母のような女性が、
ひとり静かに眠りゆくとき…



島倉千代子さん、ご冥福をお祈りいたします。




大切なことは、大切な人のことは、大切にしよう。

やり残した…言いそびれた…

そういうことが無いように…



あなたがたった一言、声をかけてあげたなら、

それだけで、

心の奥底から救われるような思いになる人が、なる時が、必ずあるから。


大切にしたいですね。



私も、明日から母が、乳がんの手術を控えた入院です。


しばらくは一緒に入れないから、
今夜は一緒にお風呂に入りました。


2年前の父の手術の時のように緊急でもなく、
それに比べればずいぶん心も落ち着いてはいるものの、

「万が一私に何かあったら、あれは、あの場所にあるからね。」

なんて、母から言伝をされたら、
「そんな心配せんでええやん。」と笑いながら、

ほんの少し、何かが心をよぎります。



大切にしたい、とは言え、

まるで、「今、伝えておかなければ…」などと、私が、

突然言っておくべきことを言い出したなら、
母に何か、変な予感をさせてしまうような気もして、

いたって普通に、振る舞うことしかできません。



何も心配はしていないけれど、

手術の日はずっと病院に居るので、
何か、手術に入るその前に、何か、

大切に思っていること、感謝してること、
何か、伝えられたらと、探りたいと思っています。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

これまで、数々の人たちとの出会いがありました。

これまで、数々の出来事との出会いがありました。

どれひとつ欠けても、今の私ではありません。


沢山の経験の中には、

時に私を、前向きにしてくれることもあり、
時には、ひどく自信を失ってしまうこともありました。


だけれど、すべての経験があったからこそ、
今の自分に出会えたということに、気づきます。


すべてのことが、すべてのひとが、繋がっていて、
めぐりめぐっていることを、実感できたり、します。


昨日、水族館プロデューサーの中村元さんとお話していて、

大学時代、学芸員を目指していた自分が考えていたことを、久しぶり思い起こしました。



もともと私は、絵を描くのも観るのも好きで、
美術館という場所に行くと、とっても落ち着く気持ちになりました。




好きではあるものの、美術館という場所は、
何かにつけて少し、分かり難く、決して親切な存在では無いような気がしていました。


興味がある私でさえも、
作品を鑑賞するのには、

積極的に知ろうとする努力と集中力が必要です。

美術館というその場所に足を踏み込んだだけで、
したい体験をすべて出来るようにはなっていないからです。


もっと沢山の人に、
美術館という場所を愉しんでもらいたい。

そのためには、

元々好きな自分でさえ、努力がいるような展示方法ではなく、


あまり興味は無かったけれど、
連れて来られてなんとなく入っただけでも、

不思議と興味が湧いてくるような、

そんな工夫、アプローチが必要だと思いました。


できるだけ、どんな人にも、愉しんでもらえる要素を帯びた空間。


たとえば、視覚障害を持つ方でも、
美術鑑賞を愉しんでもらうことはできないのだろうか。


触れる芸術品、という方法もある。

その場合、余計な説明は不要であったりします。


余計な説明が不要な作品は、もしかすると、

健常の方で、美術館に興味が無かったような人にも、
愉しんでもらえるような物なのかもしれない。

もちろん、作品鑑賞が元々好きな人だって、新しいタイプの展示は、興味深い。


そんな風にして、

ただ、展示物を集めて並べて、隣に、長く真面目な説明書きを添える、

以外のパターンが、もっともっとあってもいい。


だから私は、できるだけ誰もが愉しめる美術館創りをしてみたい、

そんなこと思いながら、学芸員資格をとっていました。


けれど調べていくと、

日本の学芸員というのは、
どちらかというと、研究職の色合いが濃く、

専門分野を持ち、研究を深め、発表する、という感じ。


それならば、『魅せ方』に特化した研究はあるのか?と探したところ、
当時、その分野をつくり研究している方は、

日本にひとり、いらっしゃっただけでした。

また同時に、
学芸員という仕事は、新規採用は非常に珍しく、

欠員補充の形でしか募集がされず、
更にその補充は、経験者を優遇する、

非常に狭き門だということがわかり、

大学を卒業すると同時に、
そのような仕事に就くことは、とても難しかったのです。


しかしそれは言い訳です。

何より、自分に自信が無かった。


まだ専門的なことを分かっていない自分の発想など、
本当に役に立つのか?

これまで、日本に無かったようなものを、
まさか自分が切り拓いていくようなことが、出来るはずがない。


だから、現状では存在しないと知ったとき、諦めてしまった。


アメリカには、まさに、
私が思うような立場の仕事が、当時も存在していることは、知っていました。

ディスプレイヤーと云うそうです。


渡米も一瞬頭をよぎりましたが、
『日本で出来なきゃ、日本から変えられなくちゃ意味ないんだよね~』

なんて言いながら、

どこかモヤモヤとする気持ちを抱えつつ、
就職活動をすることになりました。


そもそも学生時代の私には、

『学校を出たら、どこかで雇ってもらう』

という発想しかありませんでしたから、
雇ってくれる会社を探すという選択肢しか無かったのです。


けれども今は、
今の会社に縁あって就職させていただくことになり、

本当に様々な経験と出逢いをいただいて、
本当に本当に良かったと思っています。


組織の中で働くということが、どういうことかを教えてもらいましたし、
ありとあらゆる方々との出逢いの糸口をいただきました。


仕事に、プライベートにと、

色々な取り組みをする中で、
学芸員のことも、いつしか忘れて過ごしていました。


だけれど、本当に不思議です。


10年間の中で、
本当に様々な経験をさせてもらっていった先、

今、学芸員とは全く関係がない仕事をしているのに、
奇跡的な流れから、

美術館や博物館に対する思いが、意気投合するような方と出逢い、

今の仕事の範囲内に、
そのような仕事が、入っていこうとすらしているのです。


これは本当に不思議なことです。
巡りを感じます。


どんな出逢いも、すべて学びで、

学んでいると、やがてステージが変わり、

また次のステージがやってくる。


だから、必要以上に、悩むことはない。


例え、避けたいのになぜか避けられない出来事が目の前にやってきても、
臆することはなく。

その出来事を抜けた先に、
何かが、あるのかもしれない。


迷いながらも、選んだ道を、

誰かが賛同してくれるかどうか、
誰かが喜んでくれるかどうか、

もちろん気にはなるけれど、

その時、その時、選んできた道を、
後悔する必要もないし、卑下する必要もない。


この先に、その先に、必ずまた何か、道がある。

『道』は、必ず、どこかで繋がっているから。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

8日は、私が会社で今携わっている、

『新居浜市ICT街づくり推進事業』のシンポジウムでした。

新居浜市、慶應義塾大学、ハートネットワークの三者で、
共同提案し、採択された、総務省の委託事業。


高齢者の方、障害を持たれた方にとっての、
健康管理や、避難救護の課題、
ひいてはそれが、観光事業にも役立ってくる、

それをICTを利活用することで加速させてゆくこと。


総務省本省、四国総合通信局をはじめ、
新居浜市内外の、議員様、関係者の方々、

多くの方にお越しいただき、熱心に参加してくださったこと、
大変感激しました。



そのような中で、私は司会進行という大役を仰せつかり、
なんとか失態という程のことはなく、終えることができました。

『意外だね』と、今日いらっしゃった方に言っていただきましたが、
このような、会社の大きな場で、司会をするということは、初めてでした。


事業説明の他に、
お二人のゲスト講師の方の基調講演と、
関係者でのパネルディスカッション。

本当に、私自身勉強になりました。


水族館プロデューサーであり、
日本バリアフリー推進機構代表の、中村元さんと、

慶應義塾大学教授であり、
旧郵政省に在籍され、ロックバンドのプロデュースや、アメリカでのご活躍もされてきた、中村伊知哉さんの、

基調講演。


もう名言が飛び交い過ぎて、袖から聞いていて感動です。


✳︎バリアフリー観光と言うものの、旅行者はむしろ、バリアを愉しみに来ている、その前提を忘れてはいけない。

✳︎ユニバーサルデザインは、誰にとっても使いやすいもの。ただし『できるだけ』

✳︎日本は、世界中から最もクリエイティブな人種だと認識されている。

✳︎日本人は、世界からの評価に対する、自己評価の割合の差異が、最も大きい。


『こちらの勝手都合の思いやりでなく、本当の意味で相手を思いやれば、
本当の答えはいつも、見えてくる。』

『日本人は類稀な素晴らしい人種なのに、その自覚がない。』


ということ。

広い意味で、
私自身がいつも感じていること、発信したいと思っていることと、
とても似通っていて、嬉しく思いました。


そして何より、その後の懇親会で、
水族館プロデューサーの中村元さんとお話していて、

本当に久しぶりに、
学芸員資格を持っている私自身の思いを、思い出させていただいたことが、嬉しかった。


そう、実は私、
学芸員資格を取っています。

美術館、博物館、水族館が大好きなんです。

しかも、日本で云う学芸員のような、
研究者としてではなく、

『いかに魅せるか』にこだわりたい気持ちが、
まさに元さんのお考えとリンクしており、

大変共鳴できました。



相手の立場に立つ思いやりが得意で、

謙遜がちな日本人の良さ、素晴らしさ、


情報通信という、ICTの分野でも、
それらを語ってくださる方がいらっしゃることが、

本当に、嬉しかったです。


これからも様々なコラボレーションが生まれそうな予感。

愉しみです。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2013.11.07

ふゆへ

7日で立冬を迎えましたね。

例年よりもあたたかな立冬でした。

それでもやはり、冬の始まり。

太陽の光は少しずつ弱まってきて、
ついつい、感傷的な気持ちになりがちです。

春が来れば夏が来て、
夏が来れば秋が来て、

やがて冬のやってくるのは、あたりまえのこと。


あたりまえのことでも、
本当に目の前にそのことがやってきたときは、

やはり、想像していたそれよりも、
キュンとしたり、心細くなったり、するものですね。


「ふゆ」は、

「冷ゆ〔ひゆ〕」「振るう〔ふるう〕」「震う〔ふるう〕」、

また、動物が出産するという意味の「殖ゆ〔ふゆ〕」などからきた言葉。


とも言われています。

山の動物は冬ごもりし、大地からは緑が消え、

一斉にひそかに、

新しい命の始まりとなる春を、充電しながら心待ちにしています。


冬への本格的な移り変わりを、
この短い秋の儚さも、

少しの時間でもかみしめて、とりこんで、過ごしたいものですね。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

今日は、母の検査のため、病院に付き添っていました。

長い長い待ち時間。


母は、老眼も強いので、
絵本くらいの大きな字でないと、読めません。

母に読んでもらう絵本をいくつか見繕おうと思いました。


と、目に留まったのは、『作・茨木のり子』の文字。

以前、[日本びと]のカテゴリーでご紹介したことのある、

『わたしがいちばんきれいだったとき』
『じぶんの感受性くらい』
『倚りかからず』

の作者の女性です。


絵本も、出ているんだぁ~…
『貝の子 プチキュー』



絵本でも、やはり、茨木のり子さんらしさがある。

とてもかわいいけれど、とても自立している。

その自立する姿が、
強いのだけれど、時にさみしく、物悲しくもある。

だけどそれでも、じぶんの世界は、ちゃんと見渡して生きる。


その意味では、代表的な詩と共通していました。


読み終えた母、ポロポロと涙をこぼすので、ちょっとびっくり。



次に手に取ったのは、葉っぱのフレディー。



有名な絵本ですね。


改めて読んでみて、
これはじぶんの家にも買っておいて、

いつか子どもに読んであげよう、と思いました。

本当に大切なことはこういうこと。



命が生まれ、

季節を巡る中で、命いっぱい役割を果たし、

人生のどんな季節も、その時々をめいいっぱいに愉しんで、

やがて役目を終えたら、

まためぐり巡る。


何を恐れることもなく、
何を慌てることもなく、

ただ無邪気に、この命を全うしていこう。


しぜんな形で、このことを教えてあげたら、のびのび育つのだろうな~、なんて思います。



ふっと思い出しましたが、
ご縁があって、愛媛県今治市で、青年会議所さんが何度か主催されていた、

〈全国高校心の絵本選手権〉に、司会という形で度々関わらせていただいたことがありました。


あの頃はまだ、私自身、色々な意味で経験不足でした。

アナウンスももちろん、社会経験の意味でも。


それでも、高校生たちが、思いをいっぱいに込めた、
みずみずしい言葉のひとつひとつは、

朗読させていただいてる、私のからだの隅々まで、
綺麗にしていってくれるような感覚を憶えたことを、思い出しました。



素晴らしい言葉の力。

声に出すという、ことだまの力。


これを、親から、子どもへ読んで聞かせる絵本の文化。

いつまでも、子どもの心に、残るはずですね。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

しばらく、イベント開催などが続いたこともあり、
この数ヶ月は、《名前のことだまセッション》をさせていただくことがありませんでした。


「また今度、機会が合えばぜひ見て~!」
なんて言ってくださって、

「はい!ぜひ~!」なんてお答えしているケースは沢山あるのですが、

そのまま何ヶ月も経過してしまっています。


機会が合えば、という言葉を使ううちには、
なかなかその機会というものは巡ってこないようです。


私のほうも、
その後、いかがですか~?やってみませんか~?
などのアクションを全く起こしてないのもいけないのですが(笑)


だけれど、この名前のことだまセッション、

「じぶんの名前から、使命を受け取ること、氏名は使命ということ」

は、私はとっても大事なことだと思っています。


また、占いではないので、
五十音一音一音に秘められた音の意味、

という点では、基本的には、

一度その方に、使命をお伝えしたら、それで終わり、
と言えば、終わりなわけです。


占いのように、
この時はこうだったけど、
また次回やったら変わるかもしれないね、
というお話ではないのです。


だからこそ、私は、

その人その人、使命を受け取るタイミングというものがあると思っています。


誰もが、《自分以外の誰かに》自分の名前をつけてもらっています。

自分で決めていないけれど、実は大切な、使命、役割。


それは、時として、
自分はこれをやりたいんだ!という自我、自分の都合、夢…

そういったものとは、異なる場合もあります。

それでも逆に、
夢というものの本質を掴んで、追いかけてやってきた方は、
夢に着目し、使命を考えてこなかった場合でも、

知らず知らずに、
自分の夢だと思ってやってきたことが、

驚くほど、その人が元来持っていた使命と合致していることもあります。


★自分のやりたいことを夢中にやってきた、その答え合わせとして、受け取る。

★自分の役割は何なのかを、知りたい。

★生きてることの希望が見出せない。


大きく分けると、このような理由で、セッションを受けてくださる方が多いですが、
そのどれもが、その方にとって、大切な人生のタイミングです。


そのタイミングに立っていない人に、無理にお聞かせしても、
あまり、大きな意味を成さないように思います。


大事なことだからこそ、大事に伝えたい。


たった一度の、名前のことだまを受け取る機会を、
大切に大切に、共にさせていただきたい。

そう思います。


使命は、聴くものではなく、受け取るものだから。


聴くだけでは、あまり意味がないのです。
受け取って初めて、動き出す。



もちろん実際には、
何度でもセッションを受けることはできます。
メニューもいくらかあります。

一度に全てをやってしまった方でも、
全ての情報は、あまりに急に沢山のことを聴いても受け取りきれないことが多く、

おさらいのように受けてくださることがあります。


おさらいであったり、その後の変化をお聴きしながら、
その時はわかっていたつもり、を、少しずつ軌道修正していきます。

実際、セッションでは、
一音一音の意味をお伝えしますが、当然それだけではなく、

お話は、
日本の文化や神様のこと、その方のお生まれになった時、小さな頃の記憶、
色んなお話に及び、

その方の人生の、普段は振り返らないような部分へと入っていきますので、

つい涙ぐまれる方も多いです。

つい私も涙ぐんでしまうことも多いです。



でも、大切なのは、それから、そこから。

あぁ~、思い起こしていると、幸せな気持ちになってきました。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

戦争は、人の心の中で生まれるものであるから、

人の心の中に、平和のとりでを築かなければならない。


相互の風習と生活を知らないことは、

人類の歴史を通じて、世界の諸人民の間に、
疑惑と不信を起こした共通の原因であり、

この疑惑と不信の為に、
諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった。


ここに終わりを告げた恐るべき大戦争は、
人間の尊厳・平等・相互の尊重という民主主義の原理を否認し、

これらの原理の代りに、
無知と偏見を通じて人種の不平等という教養を広めることによって可能にされた戦争であった。


文化の広い普及と正義・自由・平和のための人類の教育とは、
人間の尊厳に欠くことのできないものであり、

かつ、すべての国民が、
相互の援助及び相互の関心の精神を持って、果たさなければならない神聖な義務である。


政府の政治的及び経済的取り決めのみに基づく平和は、
世界の諸人民の、一致した、しかも永続する誠実な支持を確保できる平和ではない。

よって、平和が失われないためには、
人類の知的及び精神的連帯の上に築かれなければならない。


これらの理由によって、
この憲章の当事国は、

すべての人に教育の十分で平和な機会が与えられ、
客観的真理が拘束を受けずに研究され、かつ、

思想と知識が自由に交換されるべきことを信じて、
その国民の間における伝達の方法を用いることに一致し及び決意している。


その結果、当事国は、
世界の諸人民の教育、科学及び文化上の関係を通じて、

国際連合の設立の目的であり、かつ、
その憲章が宣言している国際平和と、

人類の共通の福祉という目的を促進するために、
ここに国際連合教育科学文化機関を創設する。

………………………………………………




昭和21年11月4日。

ユネスコ憲章が発行されました。

UNESCOのシンボルマークは、
世界遺産に登録されている「アテネのアクロポリス」 (文化遺産・ギリシャ)のパルテノン神殿。

この神殿にまつられているのは、
アテナイ(アテネ)の守護神、アテナ・パルテノス。“智の女神”です。


UNESCOは、大東亜戦争後の昭和21年に、
人類が二度と戦争の惨禍を繰り返さないよう願いを込めて創設されました。

教育・科学・文化、コミュニケーション…
人と人との交流を通して、

国際平和と人類の福祉を促進しています。

「万人のための基礎教育」
「文化の多様性の保護および文明間対話の促進」

識字率の向上や義務教育の普及のための活動、
後者については世界遺産の登録と保護、
文化多様性条約の採択、歴史的記録遺産を保全する世界の記憶事業などを実施しています。

また、極度の貧困の半減、
普遍的初等教育の達成、初等・中等教育における、
男女差別の解消などを内容とするミレニアム開発目標などを目指しています。



本当に、素晴らしいことだと思いませんか。


では私たちには、具体的にどんなことができるでしょうか。

自分になどできることはほとんどない、
と考えてしまう人もいるかもしれませんが、それは違います。



ユネスコ憲章前文の、はじめの言葉にある通りです。



戦争は、人の心の中で生まれるものであるから、

人の心の中に、平和のとりでを築かなければならない。



じぶんの心の中を、平和にするためには、どうすればいいでしょうか。

相手のことを、理解するためには、どうすればいいでしょうか。


その積み重ねの先には、戦争は無いはずです。



実は私、たまたま昨日、
「あなたの夢は何ですか?」と、ある人に聴かれました。

私は、
「世界平和です。」と答えました。



自分で自分を笑顔にするために、
自分が誰かを笑顔にするために、

できることは、必ずあります。


私は、この素晴らしい国から、

「自分の夢と言われてもよく分からないけど、
大切な人が喜んでくれるなら、誰かの役に立つためなら、
がんばれる。」


という、素晴らしい精神性を持つ日本という国から、

平和への糸口を、
一歩ずつ紡いでいくことを、今日、改めて心に違います。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2013.11.03

夢叶う日に

本日は楽天イーグルス、優勝おめでとうございます!

私自身は、
プロ野球に前のめりで興味がある!というわけではありませんが、

何より、東北の方の希望の存在であり、
その希望の存在が夢叶えたということは、
本当に喜ばしいことです。

それも、宮城のスタジアムというホームで、
球団創設9年目、初の日本一。

星野仙一監督は、
選手時代、監督時代、すべての野球人生の中で、初となる日本シリーズの制覇。

このタイミング、東北の希望を背負っての制覇。

いま、どのような思いを描かれているのでしょうか。



もしかすると。

「今日、これほどの、とっておきの喜びを味わうために、自分はこれまで、
日本シリーズ優勝を味わうことなく、来たのかもしれない。」

と、思われることが、あるかもしれませんね。


夢中で何かに一生懸命打ち込んできた、

時にバカにされても、
時に心身共に折れてしまいそうになっても、

そのたびに、必死で鼓舞しながら、まっしぐらに進んできた、

そんな人が、
夢叶えて、

キラキラに輝く姿を見せてくれる光景には、本当に、心躍ります。



今日は文化の日でもありましたが、

先日ブログでご紹介した、備前焼の、
難波リュウジさんの個展が最終日ということで、

またまた行ってきました。


知り合った方とは、意味なく知り合っていません。

その時、その時、チャンネルが合って、出逢っているから、
この瞬間、出逢えた人というのは、互いにとって意味ある存在です。

しかし人間関係は、生であり、ライブであり、
だから、今!と思った時を、逃してはいけないのです。


備前焼という、
創られる過程における存在価値と、
その佇まいから醸し出される空気感が、

まだ私には、うまく言えないけれど、
とても私に何か教えてくれているものがあるような気がして、

再び、訪れました。

そして更に、買い足してしまいました(笑)


相変わらず、リュウジさんの考察は、素晴らしいのです。

10年から30年もかけて、ようやく仕上がった土を使って、
作品を創るわけですから、

その土から、むしろ、
こうなりたい、という声さえ聴こえてきたって不思議はないわけです。

それらを含めつつ、
生活の中で人が、備前焼のある生活を、どう楽しめるか、

しっかりと描きながら創られる。
思いの乗せ方が、違います。


時間があれば、作品ひとつひとつ、謂れを聴いてみたいのですが、
今日はあまり時間がなく、

だけれど、友達の健ちゃんとつくみちゃん夫妻にも、
リュウジさんの作品を見てもらうこともできて、
更に喜んでもらえて、なにか私もとても嬉しく思いました。



更にそのあとは、
「まさに来週、夢が叶うんだ!!」と、キラキラ語る知り合いのお話も聴かせてもらいました。

私は、素直に、
わぁ~、本当に嬉しいだろうな~、楽しみなんだろうな~、と、嬉しくなりました。



世の中には、時として、
そんなに苦しみもせず、そんなに頑張りもせず、

ラクに願いを叶えている人も、いるかもしれません。少ないけれど。

そういう方の場合、必ず、
そのあと、ふつうの人では味わうことのないような闇も、経験することになります。


けれど、多くの場合は、逆ですよね。

どんなに華やかな成功も、喜びも、
その影には、痛々しいほどの、傷がある。


それを知っているから、成功に歓喜する人たちの姿は、一層、輝いて見えます。


しかも多くの場合、日本人は、

自分のためだけにがんばっていません。


誰かのためだから、がんばれたんです。


あの人に喜んでもらいたい、
この人たちの笑顔が見たい、

自分の姿を通して、希望を感じ、自らもそれを掴み取ってほしい、

そのためにがんばろうと決めて強くなった人たちの姿は、美しいです。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2013.11.02

ごきげんよう

いよいよ11月4日で、
瀬戸内国際芸術祭も会期終了を迎えます。

3年に一度開催され、今年は春・夏・秋とそれぞれ会期があり、
チャンスは沢山あったのに、一度も訪れることがありませんでした。

いくら忙しくしていたとは言え、ちょっぴり、反省…


瀬戸内海に浮かぶ12の島が、
その暮らしに溶け込む形で、すべてが巨大アートスペースになるこの期間。

島好き。
芸術好き。

の私としては、うずうずします。


前回、3年前は、
小豆島、直島、男木島、女木島を訪れました。

行ってみたい島は他にもあるのに、
一度気に入ると、
サッサと次の場所に移動したくなくなってしまったり、

再訪問では、同じところへまた行ってしまったり、
と、効率よく廻れないのが私の特徴です(笑)


しかし思えばこの、初めて小豆島に行ったとき、
私は、『てんつくマン』という人物に出会い、

彼と親しくなってく中で、
ドンドンと湧き水が溢れるように、

その直後親しくなっていった人物の繋がりの中で、
あっという間に人間関係が拡がっていったのでした。

この時親しくなったのが、
ロックバンドおかんであり、中村文昭さんであり。


この頃一気にたくさんの方と出逢っています。

登山家の栗城史多くんや、コーチングの平本あきおさん、
音楽家の岡野弘幹さん、ネットワーク地球村の高木義之さん…


この頃の出逢いの拡がりから、
一気に、変わっていきました。

ずっと自分の中でもやもやしていたものが、少しずつだけど、
開花の方向へ向かっていきました。


けれども本来の私は、ひとりっこで、人と群れるのが苦手、
単独行動で、静かな場所を好むタイプの人間です。

仲間、という言葉すら、怪訝に感じるほどでした。


ずいぶんと、変わったものです。


私が瀬戸内国際芸術祭会期中に行けるとしたら、この2日しか無かったのですが、
迷いに迷って、
今日は、いちにちじゅう、自宅で過ごすという選択をしました。


仲間という言葉を知った、今でも、
やはり、静かに過ごしたい欲求は消えていません。


だから私は、できるだけいつも、
『自分で自分をごきげんにするには?』

と考えるようにしています。

どんな瞬間でも、
『今、気持ちよくなるためには、どうすればいい?』

と考えるんです。

その答えに、従います。




「ごきげんよう」という言葉がありますね。

お嬢様が使う言葉、というイメージでしょうか。


ごきげんようは、

室町時代、宮中の女官が、上品で優雅な言葉として使い始めた、
女房ことばと云われています。

江戸時代には、
庶民の間でも使われるようになったようです。

「ご機嫌」+「よう」


「ご機嫌良くお過ごしですか」
「ご機嫌良くお過ごしください」と、

相手の体調や、心の健康を気遣う気持ちです。


こう言われた時、ハッとしませんか。

あぁ、しまった。
今自分はイライラしていた、とか、

自分で自分の機嫌をとり、
周囲の人に不快な思いをさせないように、できていただろうか、とか、

自らを省みるのです。


自分で自分の機嫌をとるのはあたりまえ。

そのほうが、周囲の人は気持ちがいいではないですか。

何か機嫌を損ねる出来事に出遭ったからといって、
ふくれっ面をしているのでは、野暮というもの。


平和な世界を望むなら、
怒ったり、攻撃したりせずに、

自分から平和な状態を体現していくのがあたりまえ。


こちらが正義だと思っているように、
あちらも正義だと思っています。

正しいか間違えているかを基準にしては、
いつまで経っても解決をみない。


どうするのが、『粋』なのか。

粋は、言い換えれば、思いやりとも言えるのではないでしょうか。

どうするのが、『思いやり』なのか。


この基準が持てるのが、日本人であり、
だからこそ、日本人が、世界を融和できるのです。

日本国の象徴と云われる天皇陛下が、
それを体現してくださっていますよね。


けれど私たちのようなふつうの日本人には、
頭では分かっていても、なかなか、体現できないもの。

それでも、少しでも、少しでも、近づけるように…


とても大きなことのようだけれど、
とても簡単なところから始めてみたい。


自分で自分の機嫌をとりやすいように、

自分のやり方を、自分の好きなものを、
ふだんから、よく知っておくこと。



そんなわけで私は、

不機嫌を招いてしまいそうな散らかった部屋を片付けて、

自分をごきげんにしてくれる、お気に入りを、
ニマニマと眺める休日を過ごしました。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

11月に入って最初のランチは、行きつけのお蕎麦屋さんへ行きました。

窓際の席にはいつも、かわいい一輪挿しが。

お蕎麦はもちろんのこと、このお花に癒されるひとときです。





今日は黄色のバラと、ホトトギス。

季節のお花でお客様をもてなす心が、素晴らしいですよね。

私も備前焼の花器に、季節の草花を生けてみたいなと、思います。


昨日10月の終わりに、私は酔っぱらい投稿をしてしまいましたが、
10月最終日というと、『園遊会』開催の日でした。


園遊会とは、ガーデンパーティーのことで、
日本では主に、天皇陛下が主催される春と秋の会を指します。

各皇族の方々や、
内閣総理大臣、国務大臣、衆・参院議長、副議長、
主な国会議員、統合幕僚長(旧統合幕僚会議議長)、
最高裁判所長官、裁判官、認証官など三権各機関の要人、
都道府県の知事・都道府県議会の議長、市町村の首長・議会の議長、

各界の著名人(芸能人、著者など)、
功績者(勲章の受賞者:メダリストなど)と、その配偶者を含め、約2,000名が招待されます。

赤坂御苑で開催されるこの園遊会。


日本人なら、誰もが夢に見るでしょう。

陛下がにこやかに自分に語りかけてくださる瞬間。


もちろんその経験の無い私ですが、

一張羅を着てドキドキしながら並んで陛下が自分の目の前にいらっしゃるのを待ち、
そしてその瞬間が来たら…

と目を閉じて想像してみます。

その後のことは…
経験した方でなければわからない、

すべてが救われるような、
魂がふっと数段階、持ち上がるような感覚があるのではないでしょうか。


これは最高の経験でしょうね。


その瞬間に、山本太郎さんが、陛下にお手紙を手渡したとして、話題になっています。


私は、基本的に、
山本太郎さんのことは好意的に見てきました。

無鉄砲で情熱的で、
自分の立場や身はどうなってもいいから、とにかく、
本当のことを知ったなら、黙ってはおれない!というスイッチが入り、動き出した人です。

こういう役目をする方も、必要だととても思います。


しかし、今回の出来事、陛下にお手紙を手渡したということに関しては、
やはり私は、これは陛下に対する思いの欠如だと感じます。


以前から私が感じていることのひとつですが、
お手紙を書き、相手に送る、手渡すという行為は、

一見思いやりがあるようでいて、実は、
自分が相手に何かを伝えたいという、自分の我を通している行為でもあります。


お返事は不要です、ということを明確に表現していない以上、
受け取った側は、自分の都合に関係なく、

返事を出さないことに関する申し訳なさを感じねばならないのです。

ですから、受け取った方は慌ててお返事を書いたり、
書けなかった時にはずっとその申し訳なさを引きずっておられます。


お手紙を書いて相手の方を気遣う行為は、素晴らしいようで、
そういった側面もあるということを、忘れてはいけません。


ということから考えると、
陛下のようなお立場の方は、国民に手紙のお返事を書くことなど、できません。

はじめから、陛下に、
返事が書けないことによる苦悩をお渡ししてしまうことが、分かっているのです。

これは、陛下に対する思いの欠如以外の何物でもありません。


しかし、この山本太郎さんの行為によって、
職を辞するべしとする意見に対しては、私は個人的には賛成ではありません。

最も主な理由は、
これもやはり、陛下の御心を思うからです。


自分に手紙を渡したことにより、自分が招待した園遊会での彼の行動により、
彼が罰せられてしまう、ということ、

それは、陛下が望まれることだろうか、と考えれば、
そうでないということが想像できるからです。

むしろ、そのような事態になれば、
二重に陛下の御心を苦しめてしまうのではないでしょうか。

ですから私は、賛成ではありません。


山本太郎さんは、今回の件で、
自ら省みるべきだと思います。

自身の命を、このことに使っていくのだ!と決めたなら、
自ら邁進してゆけばよいことです。


しかし一方で、
わたしもメディアの端くれにおりますから、すぐに感じることもあります。

彼のその後の発言が報道されていますが、そのシーンが全てではない可能性は高いこと。

報道されている発言の前後に、
カットされているが実はきちんとした反省の言葉や、理解できる発言があったかもしれません。

しかし報道する側というのは、
自由に編集して、
時に発言者の本当の意図を、結果として曲げてしまうことさえ出来てしまいます。


視る側は、そういった可能性も鑑みて、
それぞれにその対象者をみていく必要があります。

これも、大人の責任だと感じます。


そしてもう一点。

先ほど、私がもしも、その園遊会の出席者であったら…
と空想しましたが、

してみて感じたことは、



陛下の目前にあっては、

いかなる肩書きの持ち主であっても、

すべての人が、単に、一日本国民である、ということ。


どのような立派な方であっても関係ないのです。

陛下の前では、単に、日本国民でしかありません。

陛下を目前にするということは、そういうことだと思います。


ですから私は個人的には、
この瞬間の行為について、評価されるのは、

肩書きに基づくことというよりは、
ひとりの民として行った行動に対して、ではないだろうかと、

考えます。



ともかくも、陛下の御心穏やかならんことを願うばかりです。


そしてそう思えば、
陛下はいつも日本国民の健やかな幸せ、
世界の、地球の平和を思い、

御心を痛めておられることが、多くあることに、私たちは気づかねばなりません。


陛下の御心穏やかならんことを、
そして何よりも、

私たち自身や、未来のために、
向かうべき方向を見定めてゆきたいと、改めて、感じます。


陛下の御心を穏やかに、と思うことは、
結果的には、
地球のために、と思い行動することと同義なのかもしれません。


私たちひとりひとりが、
本当の意味での幸せを生きることが、最も大切なことですね。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

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