日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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紅白歌合戦が始まりましたね。

先日NHKホールを見てきたところなので、
ちょっぴり身近に感じられます。


いよいよと、今年が過ぎていきます。

今年こそは、
今年をゆっくり見つめて過ごしたい、

と思っていたのですが、
どういうわけか年末というのは、

そうもいかない気ぜわしさがありますね。


忘年会続きで、何かと時間が取れなかったことも理由のひとつかな。

忘年会という響き、実はあまり、好きではありません。


忘れたくなんかない。


って、思ってしまうから。


この1年間。


ロックバンドおかんの、大阪城ホールへのチャレンジ、
応援も大詰めを迎え、

2月にイベントを開催して、

4月に大阪城ホールが大成功して、

帰ってきたら、母が乳がんになっていて、

様々なことを覚悟して、

仕事のこと、プライベートのこと、少しずつ、

準備をしてきました。



その過程の中で、

沢山の人たちの優しさに支えられて、


時には、
もう駄目だ、もうすべてのことを終わらせたいと、

そう挫けそうになったことも、

起きながらにして歯ぎしりしそうなほど悔しかったことも、


あったけれど、それでも、


この1年間、

出逢えた人たちがいたから、
心を重ねてくれた人がいたから、

なんとか、やってこられました。


喜びも、悲しみも、
そのすべてを、ありのまま…

忘れたくなんかは、ないんです。



だけども、忘年会が大切なのは…


人は、
忘れるから、進んでゆけるのかも、しれないから。


私が、
なかなか進めないのは、忘れることを、良しとしないからなのかもしれません。



毎月の終わりを、晦日と呼び、

12月の終わりが、大晦日。


1年間というこの区切りは、ひとつの総決算ではあるけれど、

これからも毎月、晦日にはその月を振り返ってみよう。



今年の大晦日は、どこへも出ず、

おうちで神様をお待ちしています。


神棚に手を合わせて、じいちゃんばあちゃんの写真に手を合わせて、

今年1年、ありがとうございました。


と。

神社にお参りすることが、心清らかにするうえで大切かもしれませんが、

自分の心を本当に整えられるなら、
そうでなくっても、いいと思います。




と、今、おかんのボーカルDAIより、

今年1年本当にありがとうと、電話がありました。

お世話になった人たちに、電話してるんですね。
素晴らしい大晦日の過ごし方をしてるなぁ。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子
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2日連続の同窓会。

今日は、高校3年生の時のクラスの同窓会。
卒業以来、初めてです!


小さな子供のいる女の子が多いからということで、
ランチタイムの開催になったのですが、

ランチに行く前に、母校に立ち寄らせていただきました。


来年から母校の校舎が建て替わってしまうということで、
私たちのクラス、3ー2の教室にも入れていただくことができ、

着席して、みんなで挙手してみたりして!楽しい!






懐かしいベランダにも出てみたり。



皆本当に変わっていないし、
すっかり高校生の気分に戻ってしまいました。





それにしても、
この年齢になると、普段周囲の同世代には、ほんとに独身者がいません。


が、今日の皆は、
進学校の選抜クラスだったこともあるのか?!

留学したり、じぶんの好きな道を突き進むタイプの人も多く、
独身者がそこそこいて…ホッとしました(笑)


だけれどほとんどは、

いつの間にか、親になっている人たちが多数。


うーん。感慨深いものがあります…(笑)


皆、生まれてきた役割が違うから、生き方は、人それぞれ。


独身で生きていきたいと、思ったことは一度たりとも無いのですが。

どんなに自分が望んでも、どうしてもそうならないことがあるのなら、

自分の役割は、別のところにあるという意味だと、受け取るよりほかないのかな…

と、何度もくじけてきましたが。


ほとんど女子ばかりのクラスだったこともあり、

「もう、なんでもいいから、とにかく一度はしてみたら?結婚。」

とのアドバイスもいただきました。こうなったら賛成です。(笑)


今年の年頭にひそかに目標にした、
「来年、結婚する!」という目標…

夏頃から「来年、結婚の見通しが立つ!」にひそかにニュアンスを変え…

さて。年末を迎え、益々不安は募ります(笑)


友人には、
「愛子ちゃんの動きが、とても結婚を望んでいる人には見えない」とのご指摘を受けました。

よく言われます…。

本当に望んでいます…望んでいるつもりです…。


いろいろと積極的に活動する私ですが、

いざ、そういった部分では、
男性が決めることだから…と我慢して、積極的になれない。


来年には33歳。もう…そろそろ…(笑)


それにしても、
東京に住んでいる子が意外と多かったり、

松山などの近隣に住んでいる子もいたり、

十数年ぶりの再会で、皆の居場所が分かって、とても嬉しかった。

とっても、いい日でした。




明日はあっという間に大晦日…

年内はじっくりと今年を振り返り、来年からの準備をしようと考えていましたが、
やはり今年もバタバタになってしまいました。


年越しだけは、おうちで過ごします。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

こんばんは。

岡山での忘年会を終えて、
今日は小・中学校の同窓会を兼ねた忘年会でした。


中学といえば卒業時15歳。

それまでの人生よりも、

それからの人生のほうが、

既に長いというところまで来てしまっています。

あれから17年もの月日が流れ…

ずっと振り返りながらここまでを思えば、

本当にいろんなことがあり過ぎて、

まだこれからも人生が続いていくと思うと、

本当かな?!

と感じてしまうほど、
様々な出来事がありました。


人生というものは、物凄いものなんだと、改めて、思います。



集まった中学の同級生たち、そのほとんどは、地元に住んでいるので、
なにもこの時期でなくても集まれるわけなのですが、

この飲み会シーズンに便乗し、集まってただ騒ぎたい、
寂しがり屋の集団なのかもしれません。




小学校と中学校の9年間同じメンバーで過ごしているので、
もう方言も丸出しだし、気を遣うということがありません。(笑)


小学生の時のまんま、男の子同士の痴話ゲンカなんかもあったりして。

一度は盛り下がりもするけれど、
また皆でワイワイ騒いで。

それが逆に、昔と変わらない感じで懐かしかったりもしました。


こんなに時が流れても、
皆家庭を持って人の親になっているというのに、
(私だけなっていませんが(笑)

なぜこんなに変わっていないんでしょうか。
不思議です。



そして明日はランチタイムに、
高校時代の同窓会があります。


卒業以来、10数年ぶりに会う人たちが沢山。
楽しみです。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

昨日は岡山にて、

大人な先輩方とも、
二十代の若い世代の人たちとも交流できた忘年会でした。







じぶんで経験を重ねる、

無邪気な若い人たちもイイし、

すごく熟練しているのに、

無邪気な先輩方もイイ。



私はもともと、ひとりっ子だからか、
目上の方々の中に居ることに慣れていて、

そのぶん、同世代の友達よりも、
少し上の世代の方と親しくなることが、
これまでも多かったのですが、

若い世代の人たちと、
プライベートでしっかり関わった経験が、
あまり無いことに気づきました。


会社の仕事では、長く人事をさせていただき、
新卒採用活動を行っていたことで、

ハタチ頃の若い人たちとお話する機会はあったのですが、

やはり、雇ってもらおうと思っている人と、
雇ってあげられるかもしれない立場の人、

という人間関係の中では、
相手の本質など見えないことが多いと気づきます。


そんな制限を取っ払った、枠の外の若い人たちの、

感性の柔らかさや、痛いほどの真っすぐさや、

そんなひとかけらに触れられた、新鮮な1日でした。



じぶんはじぶんでいいのだけれど、



聞き分けの良い大人になるのは、
もう少し、先でもいいのかもしれない。

もう少し、わがままになってみてもいいのかもしれない。


なんとなく。
そう感じながら、帰りの特急電車しおかぜに揺られています。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

昨日、安倍総理が靖国神社を参拝し、
再び中国、韓国から強い反発を受けています。

アメリカからも、
失望した、との声が上がっているとの報道です。


8月に私も靖国神社参拝について、ブログで取り上げたことがありました。

この件に関して強く思うこと。


参拝することは、尤もなことであり、咎められるものではありません。

しかし、ここで重要になってくるのは、

しっかりとした説明です。


中国韓国、そしてアメリカという外国とは、
明確に、文化が違うのです。


日本人は、
生前いかなることをした人でも、故人となれば皆、仏となり、神様ともなる、
と考えています。


外国の方は違います。

神とは、アッラーでありキリストであり、
特定の唯一無二ですべての創造主のことで、

生きていた人間が神となるなどという発想はありませんから、
生前の評価が、死後にもそのままの形で残るでしょう。


平和記念公園に行ったり、
靖国神社を参拝したり、
護国神社を参拝したり、

これらは日本人にとって、

【ご先祖様のお墓参り】です。


靖国神社を参拝することは良いのです。

ただし、国の主ともなれば、

この私たち日本人の文化を、

諸外国の方々にハッキリと、よく分かるようにご説明し、
ご理解をいただかねばなりません。



私たちは、このような文化の国民です。

私たちの戦争を肯定しているのではありません。

そのように捉えられているとしたら誤解です。

戦争は誤りです。

この参拝の行為は、私たち日本人にとっては、
二度と繰り返しませんという、

ご先祖様への、誓いの念を立てにゆく行為なのです。




紛争は、
互いを理解しないところから始まっているのではないでしょうか。


もっともっと、分かり合える努力を。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

今日も会社の仕事で、

社会福祉協議会別子山分室にお邪魔して、
デイサービスで来られている皆さんの健康状態を、

アプリ入力するお手伝いに行っていました。


様々な新事業に取り組んでいくのが、
今の私の部署での仕事。

総務省の実証実験で、今この事業を、来年3月末まで、
力を入れて取り組んでいます。


別子山は、病院にかかろうにも非常に不便で、
災害などの有事の際のためにも、

住民の方々をICTを利活用してしっかり見守り、サポートしていく必要があります。



お年寄りの皆さんとお話していると、


「ここが痛い、あそこも痛い」とお医者さんに言えば、すぐ薬を出してくれる。

だからもう、薬の種類が増えて増えて、
もう薬漬けじゃねぇ~。

けんど、飲まんといかんからねぇ~。



と、おっしゃっています。


ごくたまにしか接することのない、
また、ミッションがあってそこを訪れている私には、

そうですねぇ~、と言って頷くことしかできません。



しかし、本当は…



本当は、

体の不調があれば、薬を飲む。



本当のことは、ここにあるのでしょうか。



ありがたいことに、
おばあちゃん達の時代と、今は違うので、

自分次第で色々なことを知ることができます。


重要なことは、きちんと知らねば…



今日は、12月25日の
ニュースサイト“現代ビジネス”のサイトをご紹介しますので、

長いレポートですが、ぜひお読みいただければと思います。


「アベノミクス」の成長戦略のひとつ、健康産業の育成。


国民ひとりひとりが、本当のことを知ることで、
医療費は抜本的に削減できます。


もちろん、健康はまずは、心から。

その次に空気、水、食品、だと、私は思っています。


その中の食品の分野において、

これからは、
本物とまがい物が、どんな人にもきちんと判別できやすいように、変わっていきます。

素晴らしいことです。


装飾品ならいざ知らず、

命に関わる、食品において、

本物とまがい物の区別がつきにくい現状は、早く打破したい。


サプリメントなどの健康食品に、
機能性が表示できる、規制改革が実施される。

早く、そうなってほしいと思います。



第1回「サプリの表示緩和」が、
厚労省・製薬企業・医師一体の「利権」を揺さぶる

現代ビジネス H25.12.25


本当のことが、どんどん明るみになっていくと、いいですね。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

誰に左右されるでもなく、環境のせいにするでもなく、

じぶんでじぶんの心を、

いつでも【快】の方向へ持っていく努力は、

特別何かを目指している人に限らず、
どんな人にも必要な努力だと思っています。


どんな出来事に出会ってしまっても、
外的要因は置いておいて、

じぶんで、じぶんの心を、
落ち着かせたり、幸福感で満たしてあげたりすること、


それはあなた自身の健康と、大きく関係しています。

それはあなたの身近な人たちとの関係性に、大きく関係しています。

それはあなた自身の人生と、大きく関係しています。


あなたの最も身近で大切な人に関しては、
あなたが【不快】であり続けることによって、

あなた自身だけでなく、大切な人の心と健康までも、侵してしまうのです。


じぶんでじぶんの心を快に持って行くことは、
それほど重要なことだと、自覚しなければなりません。



私も、そう分かっていても、
どうしてもじぶんで、不快感を持ってしまうことがあります。

だけれど出来る限り早めに、
快に切り替えられるよう、全力で努力します。


だめだ、不快から抜けられそうにない…


そんな時、勝手にじぶんでルールを作ってしまうのもいいと思います。


空を見上げて、

空が青かったなら、ラッキー!

雲がひとつでもあったなら、ラッキー!


雲ひとつない真っ青な空だったら…


やっぱりラッキー!!


何かルールを作って、
幸せを感じる反射神経を養うんです。

空を見上げたら、そんなルールを作ったじぶんにも、
ちょっとクスッと笑いながら。


これを見たとき、幸せを感じるって、決める。ニコッとするって、決める。


私はクリスマスの今朝、

注文していたサンキャッチャーを、車に吊るして、

これを眺めるたびに、幸せが広がるって、決めました。



車の中では、
水のヒーリングミュージックをかけて、


車に乗れば、いつでも、どんな時でも、

めいいっぱい安らぎが広がるんだって、思いました。


そう感じたから、そう決めたのです。



そうしたら!
ランチに入った福祉センターのLienという喫茶で、

会計時に、
これ、ささやかですがクリスマスプレゼントです、
といって、クッキーをいただきいたんです。



私は驚いて、
わぁ!!ありがとうございます!!
って、大きい声が出ました。


あぁ…
幸せに敏感になり始めたから、

幸せがまた、寄ってきてくれたんだなぁ~って、気づきました。

どんどんそうして、幸せに敏感になっていく。


苦しみや悲しみに敏感にならないで、
幸せに、敏感になろう。



近頃とても、落ち込んでいたけれど、

あぁ、これで立ち直れる!
って、じぶんでじぶんを判断してあげて、


ニッコリ、笑おう。




だいじょうぶ。

たとえ会えなくても、
空は大事な人につながってる。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

昨日は天皇陛下のお誕生日、

今夜はイエス・キリストの生誕記念祭。


今夜は日本人もすっかりお祝いムード。
特別なディナーやケーキを楽しんだりする人もいますが、

実際にイエス様の生誕を祝っている人たちは、少ないのかもしれません。

どちらかといえば、
クリスマスにかこつけて楽しんじゃおう!という向きが強いようです。


私は今日は松山で、
会社の新卒採用活動で、合同企業説明会に出展していました。

昨年、総務課を離れ、人事担当者ではなくなったのですが、
今日は株主総会でもあり、総務課が忙しいため、ピンチヒッターにて。


沢山の学生さんが説明を聴きに来てくれていました。



私も入社からまるまる10年。

もはや皆さんとの考えとのギャップが怖かったですが…


さて、クリスマスを楽しむ、
今は亡き、神となったイエス様の生誕をお祝いするならば、


その前日の、
今在られる天皇陛下のお誕生日も、心からお祝いしたいですね。


陛下は昨日80歳、傘寿のお誕生日をお迎えになられました。

陛下は、

この80年の人生の中で、
最も印象に残っていることは、

日本人およそ310万人が犠牲になった先の戦争だ、とおっしゃいました。


「前途にさまざまな夢を持って生きていた多くの人々が、
若くして命を失ったことを思うと、本当に痛ましいかぎりです」

「戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために、
当時のわが国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています」


「戦後60年を超す歳月を経て、今日、日本には東日本大震災のような大きな災害に対しても、
人と人の絆を大切にし、冷静に事に対処し、
復興に向かって尽力する人々が育っていることを、本当に心強く思っています」

と話されました。


ここまでは、マスコミ各社から、お話になられた文面のまま、
記事としても報道されています。

しかし残念ながら、全く各社取り上げていない部分がありました。


陛下は、会見の中で繰り返し、

日本国憲法について触れておられました。

「平和と民主主義を守るべき大切なもの」と指摘し、
「今後とも憲法を順守する立場に立つ」というようなご発言がありました。

これは、余程の事態だと私は感じました。

陛下がこのように強くご意見をされたことの意味…


報道関係者も余程のことと理解したはずです。
だからこそ、報道しないのでしょう。
とても、とても、残念です。

情報操作されています。



しかしそれはさておき、
陛下のこのお話にはとても心あたたまりました。



「天皇という立場にあることは、孤独とも思えるものですが、

私は結婚により、

私が大切にしたいと思うものを、
共に大切に思ってくれる伴侶を得ました。

皇后が、

常に私の立場を尊重しつつ、寄り添ってくれたことに、安らぎを覚え、

これまで天皇の役割を果たそうと努力できたことを、幸せだったと思っています」

と語られました。


なんとお美しいことでしょうか。


大いなる役割を果たすその御心に、
それをこそ共に大切にし、寄り添っていらっしゃったこと。

それこそが、陛下の御心を今日まで支えたのだと思います。


美しい、人と人のあり方、夫婦のあり方ですね。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

初めて、映画館に1人で映画を観に行きました。レイトショー。

感想を明日のブログで…
と思っていたのだけれど…


このまま眠れば、明日の私の顔はお岩さん。

だからこのまま、ブログを書いてから眠ることにします。


『かぐや姫の物語』

風立ちぬを観に行ったとき、はじめてその予告編を観て、
絶対観に行こう!と思っていました。

だけれどなぜか、しばらく行く気持ちにならず、
でも、今日、
突然行きたい気持ちが弾けました。


今は自宅です。

帰りの車中、途中から、吹き出すように、決壊したように、
わんわんと泣き出してしまいました。


思いきり泣きたかったんだ、って分かりました。

この物語を観て、泣きたかったんだ、って。


驚くほどに…

こんな時、なんて言葉を遣えばいいのかわかりません。

あまりに、姫の心と、自分の中の何かが、呼応していました。


アニメーションの技術の素晴らしさも、
制作に8年かかったことも、50億円かかったことも、

私には何の関わり合いもなく、
真っすぐにしみこんで、

気づけば姫と一緒に叫び出しそうでした。


ただ、
地井武男さんの声だ!と思ったお爺さんのナレーションが、
時折、
あれ?地井さんじゃないのかな?と思った場面がありましたが、

三宅裕司さんが少しだけ、代役を務められていたのだそうでした。


昨年6月に亡くなられた地井さん、
吹き込みは終わっていたのだそうですが、

あとで台詞の変更などがあり、どうしても手直しが必要で、

三宅裕司さんは、自身の名前を出すことを断りつつ、
ナレーションを引き受けられたのだそうでした。




にんげんの心を蘇らせる、わらべうた。

作詞作曲も、監督の高畑勲さんだったようです。



まわれ まわれ まわれよ 水車まわれ

まわって お日さん 呼んでこい
まわって お日さん 呼んでこい

鳥 虫 けもの 草 木 花

春 夏 秋 冬 連れてこい
春 夏 秋 冬 連れてこい


まわれ まわれ まわれよ 水車まわれ

まわって お日さん 呼んでこい
まわって お日さん 呼んでこい

鳥 虫 けもの 草 木 花

咲いて 実って 散ったとて
生まれて 育って 死んだとて

風が吹き 雨が降り 水車まわり

せんぐり いのちが よみがえる
せんぐり いのちが よみがえる



そして挿入歌に、いのちの記憶という歌。



あなたに触れたよろこびが

深く深く

このからだの端々にしみこんでゆく

ずっと遠く 何もわからなくなっても

たとえこの命が終わる時が来ても


今のすべては 過去のすべて

必ずまた会える 懐かしい場所で




まだ観ていない方のために、やはり、細かなことは書けないけれど、

私はこの歌を、帰りの車中で歌いながら、号泣していました。


この映画は、号泣する映画ではないのかもしれません。

だけれど、今の私にとっては、唯一、
今の穢れを、氣枯れを、

洗い去ってくれるもののように感じて、観に行きました。


この前のブログにも書いたような、

春夏秋冬の移り変わりをただ、愛でたい想いが、
この映画の中のわらべうたと呼応していたり、


穢れてなどいない!
という姫の強い言葉に、押し戻されたり、

本当に、

いま、観ることができて、本当によかった。



何のためにこの地に降りたの?



草木花、風に乗って、笑いながら、

共に生き…


偽物のわたしでも、

いつまでも、共に笑い合えた日々の美しさは、自然のよろこびは、分かる。


目を閉じれば、いくつも、いくつも、いくつも、いくつも、

宝物のような思い出が巡るから、
罪と罰があったとて、還ってゆける。




しまった。

やはり、もっとちゃんとした感想を書くなら、
一晩寝かせたほうがよかったのかもしれません。


やはり今は、うまく伝えられない。

ただ、確かに、今、巡り合うべくして巡り合えた、映画でした。



この気持ちが少し落ち着いたら、

利休も観たいし永遠の0も観たい。


近頃、日本人性を呼び覚まさせてくれるような邦画が多い。

嬉しいです。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

三連休の中日~、ということで、
プチ旅行に出かけている方も多いのでしょうか。

今日は冬至。
あっという間にお日さまはお隠れになりました。


私は、今日だけお休みで、
午前中に、父方のお墓掃除に行ってきました。

夏にもブログにビフォーアフターを載せたのですが、
今回も凄いです!


落ち葉で鬱蒼としたお墓の周囲。




こんなにサッパリしました。




父方のお墓は、本当に山奥。

お墓の掃除は一大行事なんです。


今回は、霊標の刻ひとつひとつ、
丁寧に針金で汚れを掻き出していきました。


父の実母のキミ子さんは、享年32歳。

今の私と同い年なんです。

結核のため、父を産んですぐ、隔離されてしまい、
父は、母の記憶がほとんど無いそうです。

ほどなくし母が亡くなってしまったけれど、
その分、親戚の皆さんが、不憫に思ってとてもよくしてくださって、

だから、子供時代に特にさみしい思いをした記憶は無いと、
父は語ります。


だけれど、本当は、
長男だと思っていた父には、更に2人の兄が居ました。

善将さんと、克比呂さん。

2人とも、2歳で亡くなっていたのです。


そして最後に生まれた私の父だけが、元気に生き残った。

そのおかげで、私が今、存在しています。


霊標に刻まれた名前。

ここにしか、この方々の生きた証は残っていないんだ…

そう思うと、
その刻まれた石の溝のひとつひとつを、

ひたすら夢中で、綺麗にしていきました。



土垢が取れて、気持ちがいい。



お墓の大掃除が終わったら、

今度はおうちの大掃除かな。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2013.12.21

あまのじゃく

あなたはどんな人ですか?


初対面の人に、面と向かってそう聞かれたら、何と答えましょう。


孤独を愛する人です。さみしがりやです。

負けず嫌いです。強がりです。

自然を愛しています。芸術を愛しています。


あまのじゃく。


へそ曲がりなわけではないけれど、

多数派に迎合することは、あまり良しとしない。


ただ、もう、

心穏やかなる人と、

静かに丁寧に、



梅の蕾がほころんで、

桜の花びらがはらはらと舞い落ち、

新緑からの木漏れ日に目を細め、

花火の音に心臓をドキドキとさせ、

木枯らしに吹かれて銀杏をかしゃかしゃと踏みしめて、

ちらちら雪に肩をすくめ、こたつに入ってみかんの皮を剥く。


いつも、優しく寄り添って。

ただそんな穏やかな日々が、手に入ったのなら…


今どんな人にも、
未来の人にも、
そんな日々が手に入ったのなら、それがいい。





人生というものは、
こんなにも、口には出来ない出来事に出会うものでしょうか。

そうです。


それこそが、
何気ない日常や季節の移り変わりを、

目を開けて、平気でなどいられないほどまでに、
感動的なものしてくれたり、感傷的になったり、


味わいは、重なるいっぽう。増えるいっぽう。



あまのじゃく。

と、云うのでしょうか。

私が素直で可愛い女ならば、
私の人生は、今の人生ではなかったでしょう。



あまのじゃくってね、『天邪鬼』。


天稚彦(あめのわかひこ)。

下の世界を治めてくるようにと、

天照大神によって遣わされたのに、
務めを忘れ、大国主神の娘を妻として8年も経って戻らない。

そこで天照大神は、次に、
雉名鳴女を使者として天稚彦の下へ遣わしますが、

天稚彦は、雉名鳴女を矢で射殺。

しかし、その矢が天から射返され、天稚彦自身も死んでしまいました。


天稚彦は、天探女とも呼ばれ、

天の動きや未来、人の心などを探ることができる、シャーマン的な存在。

人の心を読み取って、
悪戯をしかける小鬼として描かれるようになりました。


天の邪魔をする鬼、つまり天邪鬼となりました。

人の心を見計らって悪戯をしかける子鬼、だそうです。


現代では、
「他者(多数派)の思想・言動を確認し、
あえてこれに逆らうような言動をする」

「本心に素直になれず、周囲と反発する」



うぅん。

あえて逆らい、あえて反発するわけではないのですが、

素直でなくって、周囲と逆行してるってところでは、そうなのかも、しれないなぁ。


うふふ。

なんだか今夜は、意味のわからないブログですね。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

今夜も、
帰宅して居間のこたつに入りながら、さてブログ、何を書こう…

と、スマホを片手に考えていましたら、

ふっと、ついてるテレビ番組をついつい見てしまいました。


普段ほとんどテレビを観ないので、
1人だと電源を入れることもありません。

例えば旅行に行ったりしても、
ホテルは1度もリモコンを触らずチェックアウトです。


けれど自宅は実家で、両親はいつもテレビをつけているので、
基本は雑音に聴こえても、

時折、雑音ではなく、しっかりと心に入ってくることがあります。

そうすると、
どんな必要な意味があるのかな~、と気になって、見てみるんです。


そこに映っていたのは、
T-BOLANのボーカル、森友嵐士さんでした。



T-BOLANと言えば、
私の中学高校時代、ドンドン大ヒットを連発していた、

同世代なら誰でも、
曲が流れれば口ずさめるようなアーティスト。


だけれど私は、積極的に注目していたわけではなかったので、
何も知らなかったのですが、

平成11年、理由を明確にせず解散していました。


それをこのたびバンドを再結成し、
来年にはドキュメンタリー映画が公開され、
単独ライブが行われるそうです。


森友さんは、こう話していました。



喉を完全にやられてしまい、再起を約束する目処も立たなかったから、
解散という形を取らざるを得なかった。

けれど当時は、それを正直に言えなくて、
とにかく方向性の違いだとか何だとか言って、
ファンの人たちに本当のことを言ってなかった。

無駄に心配させるのが良いことだと思えなかった。


でも。

震災があったじゃないですか。

何度か現地にも行かせてももらいましたけど。

それでね、理屈じゃなくて、


『いつか』って無いんだなと思ったんですよ。


今、この生きてる今に、

本当に自分の魂から、来るものを、ね…


それで、
あの時置いてきたピースを埋めようと思ったんですよ。

ファンの前で、理由も告げず解散した自分、
思うような楽曲を完成させずに強制的に辞めてしまったバンド、


なんかね、ちゃんとケジメつけたいって思っちゃったんです。


元々僕ら、
お金になるとかどうとかじゃなくて、

音楽やるのが好きだったんだから、
色々あるけど、それでいいじゃん、って。




こんな風にお話されていました。


そのお話や、

普段はカラオケに行かないけど、大事な先輩に連れられて行って歌った、

長渕剛さんの『Close your eyes』を熱唱されたりする様子を、

ずーっと、見ていました。


最後に、新曲を歌っていました。


タイトルは忘れてしまいましたが、

『さぁ、俺に値段をつけてくれ』という歌詞から始まり、

『Life has no name』というフレーズが度々ありました。


地位も名誉もお金も取っ払った、
本当の俺の価値を教えてくれ…


命に名前は無い、魂に名前は無いんだ、

俺そのものを、君そのものを…



森友さんも、
相当に波乱万丈な人生を歩んで来られたのではないかと思います。


人気絶頂のアーティスト。
そのボーカルが、声を失うということ。

過去愛したマリアが、自ら、それも集団で命を絶つという結末を迎えてしまったこと。




元々、何か大きなトラウマを抱えていた人の人生に、
そのような出来事が起こって…



それでも。


今、彼は現実に、
こうしてテレビで本当の本音の言葉で、話し、

再結成のステージに選んだのも、

かつて自分たちが最後になってしまった会場と、

初めてライブをした会場で。



それは、

誰に認めてもらいたいとかではなく、

自分で自分の人生を、
諦めないための選択で、


そんな人の言葉は、とても清々しく、

そんな人の言葉が、真っすぐ放送される番組は、とても喜ばしく、


見てよかったなぁ~って、思いました。



森友さんだけが特別なんじゃなく。


皆誰にも、大小の差はあるかもしれませんが、
トラウマを抱えています。

受け入れることは簡単なことではないけれど。


ともかく、何もかもを内包して、

それでも、ガンッ!っと前を向く人の姿は、理屈抜きに美しい。




魂に名前は無い。

燃えたぎるような何かが、ただ混沌とそこにあるだけ。



だから生まれ堕ちたとき、

名前をいただいて、ひとつの、ある役割を戴いて、

社会の一員になったんだろうなぁ~。



名前のことだまをお伝えする私としては、
ついそんなことも、考えたのでした。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

今日は、勤めている会社の謝恩パーティーでした。

年に1度この時期に、社の主催で開催し、
日頃からお取引のある各ベンダー様や番組供給会社様などなど、
毎年、全国から沢山の方々がお越しになられます。

日頃は、
担当者同士や担当部署同士の交流しか無いものですが、

この時には、
お客様側も、上席の方や社長様もご一緒にお越しになられ、

当社側は、全社員が出席し、
参加者全員の座席はすべてくじ引きで決めるという方式をとっているため、

当社の新入社員が、チャンネルの社長様をお接待することもある、という、
当社としては、なかなか気の抜けない夜なのです。


私たちの行き届かない対応でも、
皆さん優しくあたたかく見守って下さるので、
大変申し訳なくも、有難い次第です。




全国のお取引のある企業様とは、
ご満足いただけているかどうかは別として(もちろんそこが大事なわけですが)、
このような交流は、しっかりと取れているように感じます。


一方で、地域の企業様との連携、交流はどうかというと…


日頃のお取引や、取材を通して、
日々日々、個人と個人のコミュニケーションはあるものの、

確固たる[面]での連携が、
部分的にしか取れていないな、と感じることがあります。


実施している事業内容がどんどん拡がりを見せてはいますが、
やはり地域密着型の企業ですから、

地域の方々と、心の距離が離れていってしまっては、何にもなりません。


全国に出て行ったり、
新しい情報をどんどん追いかけているが、それは、


何のためにやるのか?


その中から、より洗練されたもの、この地域にフィットしたものを見つけ出し、

地域の方々の生活に生かしていく、活路を見出していくため。


だけれど時に、そういった部分の表現が不器用で、

地域の方々に、
あの会社はどこか違うところを向いているんじゃないのか?
と見放されてしまわないように。

創立25周年を迎え、もっともっと、
地域の方々との繋がりを密に。見直すときが来ているように感じます。



こんなことを思ったことは、初めてなんですが、

10年勤めたこの会社の、どこか不器用な性格が、

まるで普段の自分自身と、実はとても似ていたのかもしれない、

と、ふっと感じました。



私が普段、個人的に色々な活動をする中でも、
いつもぶつかる壁であり、

痛いほど感じているジレンマでもあります。


身近な人たちに、いずれ、
自分が外で触れてきた、感じてきた、築いてきたものを渡したいと、

そう思って活動しているのに、

ちょっと飛んで行き過ぎてるのか、
身近な方には、なかなか理解してもらえない。

強そうに見えるからか、
本当はとてもナイーブであることさえ、気づかれることもない。


勤めている会社の宿命と、自分自身の宿命が、
なんだかシンクロして、見える今日です。


最後までシラフのままお付き合い。
酔っ払って重なって見えてるわけじゃあ~、ありません☆



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

本日は仕事のあと、久々に四国中央市の鈴木薬局さんへ。

自然薬や信頼のおけるサプリメントを扱っている鈴木薬局の息子、健ちゃん。

健ちゃんには、10月のおかんライブの際、
フライヤーを作ってもらうなど、大変お世話になりました。

いつもニコニコ、誠実で優しい健ちゃんです。


今日鈴木薬局さんにやってきたのは、あるイベントのミーティングのため。



今年3月に、福岡から愛媛に帰ってきた健ちゃんが、
地元で初めて大きなイベントを主催します。


平成26年2月2日(日)
鈴木薬局プレゼンツ『映画うまれる上映&助産師さんの命のお話』

私もささやかながら、健ちゃんのお力になりたくて。
今日はそのイベントのスタッフミーティングでした。


私自身も実は、この「うまれる」を観た時、あるご夫婦のお話の時、
大量の涙が一気に押し寄せて止まりませんでした。

「うまれたこと」「うまれなかったこと」「うむこと」「うめないこと」

沢山の「うまれる」を通して、
皆さんの中に、何かが「うまれる」と、信じています。


それでは、以下、健ちゃんのメッセージと、詳細をご覧ください。



・・・・・・・・・・・・・・・・

最初、映画「うまれる」を見た時、途中から涙が止まらなくなり、心が救われた気がしました。
それは一度大切な大切な小さないのちを失ってしまった経験があったから。
だからこの映画を沢山の方に見てもらいたいんです。

見る方によって感じるメッセージは違うと思いますが、あったかい気持ちになり、
「産んでくれてありがとう。」
「産まれてくれてありがとう。」と素直に感じる事の出来る映画です。
是非足を運んでいただきより見ていただきたいと思います。

そして、いつも「まんまの会」に来ていただいているマミー助産院の佐々木真理先生。
「まんまの会」でもいつも素敵なお話をして下さいます。
病院でのお産ではなく、助産院での自然なお産を通して、実際にいのちと真剣に向き合っている佐々木先生のお話も、
もっと多くの方に聞いてもらいたい!と思い映画「うまれる」の上映前にお話会をしていただくことになりました。
いのちの誕生のお手伝いをされている佐々木先生のお話を聞いて、
映画「うまれる」を見られると、より多くの事を感じ取ってもらえるのではないかと思います。

【日時】
2014年2月2日(日)

【場所】
愛媛県市民会館 川之江会館
(愛媛県四国中央市川之江町4069-1)

【主催】
自然薬本舗 鈴木薬局

【後援】
四国中央市・四国中央市教育委員会・四国中央テレビ

【入場料】
未就学児 無料(要整理券)
小中高生 (前売)500円  (当日)1,000円
大人 (前売)1,000円  (当日)1,500円

※未就学児は無料となっていますが、座席が必要なお子様は、整理券または予約が必要です。
※授乳室・託児スペース有り(要予約)お子さんも赤ちゃんも参加大歓迎です!

【プログラム】
12:00~  開場 入り口のマルシェをお楽しみ下さい♪
13:00~  挨拶
13:10~  佐々木真理助産師 お話会
13:50~  休憩(20分)
14:10~  『うまれる』上映(上映時間104分)
16:00    終了



【チケット販売所】
自然薬本舗 鈴木薬局(0896-58-4309)

【問】
0896-58-4309(鈴木)
information@suzuki-sizenyaku.com

【申込】
http://kokucheese.com/event/index/119876/


【映画うまれる】
両親の不仲、虐待の経験から親になることに戸惑う夫婦。
出産予定日に我が子を失った夫婦。
子供を望んだものの、授からない人生を受け入れた夫婦。
完治しない障害を持つ子を育てる夫婦。
「子供は親を選んで生まれてくる」という胎内記憶をモチーフに、命を見つめる4組の物語を通して
自分達が生まれてきた意味や家族の絆、命の大切さ、人との繋がり、そして『生きる』ことを考える
ドキュメンタリー。


【佐々木真理先生プロフィール】
マミー助産院、助産師。
愛媛県立病院で助産師として25年の勤務の後、
「妊娠の始めから産後まで、それぞれの妊婦さんと深くかかわりたいという強い思いから、
平成17年より四国中央市土居町でマミー助産院を開業。
一人一人の性格や体調に合わせた自然なお産のお手伝いをされています。
現在はヨガ教室、講演会など多方面で活躍中です。


【マルシェ出店店舗】

《M taste(手作り雑貨)》
四国中央市金田町の自宅ショップで手作り製品を販売しています♪
リネンのお洋服や鞄、その他、沢山の可愛いものを持っていきますね~
 ブログ「http://blogs.yahoo.co.jp/hmm28jp」

《ブランケット(天然酵母パン)》
天然酵母なのにふんわりと食べやすく 食べているとじんわり小麦の味がするホームメイドスタイルのパン屋さんです。
 場所「愛媛県四国中央市妻鳥町1010-1」

《L’ovest Farm(自然農法野菜)》
無肥料・無農薬の自然農法で果樹、野菜を栽培しています。
 HP「http://www.lovestfarm.com/」

《Illustrator SEIKO》
「生活のすぐ隣に物語を!」をコンセプトに透明水彩絵の具で夢のある温かい世界を描いています。
イラストのオリジナルグッズ(カード、雑貨、うつわなど)を展示販売致します*
 ブログ「http://ameblo.jp/seikoillustration/」

《自然薬本舗 鈴木薬局》
四国中央市で漢方・自然薬の相談薬局をやっております。
当日は身体と心が喜ぶマクロビオティックの「食」をお届けしたいと思います。
 HP「http://www.suzuki-sizenyaku.com/」


※映画「うまれる」は「世界一ママに優しい映画」を目指し、
「赤ちゃんの鳴き声は映画のBGM‼」 として3歳以下の小さなお子様と一緒にみれる「ママさんタイム」の実施をしております。
赤ちゃんや小さいお子様連れの方も多くいらっしゃいます。
少々会場がざわつくことは、ご容赦くださいませ。
また、小さいお子様が遊びたくて泣いてしまったりする場合もあるかもしれません。ぜひぜひ皆様の協力をお願いいたします。

・・・・・・・・・・・・・・・・

今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

この12月。

会社の仕事が休みの日は、
すべての時間を使って、遠方へと動いていました。

仕事の日でも、その半分以上は、
仕事が終わったあとに、

車を走らせて市外へと動いていました。


いても立ってもいられなかった。


その衝動は、
喜びでもあり、同時に、思うようにいかないことは、焦りでもあり。


会社の仕事のほうでも、遠方へ移動することが多かった。

身体の疲れはかなりのもの。


思えば、10月に新居浜でおかんLIVEを主催して以降、
猛ダッシュで、自分のやるべきことに邁進してきたので、

その間、母の手術もあったりして、


もしかすると、じぶんで気づいている以上に、

身体や心も疲れていたのかもしれません。


それでも。


使命に燃えている時というのは良いもので、

少し、動きが落ち着きつつある今、この時間に、
ふっと、何とも言えない寂しさがやってくるのです。


やってきた寂しさを、見て見ぬフリをしようにも、
見過ごせないほど入り込んできて、

ついに飲み込まれてしまいそうになる。


それなら、
じゅうぶん寂しさを味わってみよう。


味わい尽くしたら、きっと飽きてしまって、
寂しいはどこかへ行ってしまうでしょう。


けれど、この、寂しさがあるから、情感はある。




私はよく、このリズム。

ぐわーっ!と興奮状態で動きまくって、

そのあとやってきた寂しさと、しばしお付き合いしながら休んで、


そのあと更に、しっかりと1人になって、
動いたあとの自分の整理整頓をする。


そうして、ある程度準備ができたら、また、ぐわーっ!


この数年は、この整理整頓の期間を取れないままに、
次々に何かと大きな用事があった。


でも今度こそ、
これから年内の間は、あまり大きく動かずに、

しっかりと自分の整理整頓をしよう。


家や部屋の整理整頓も、
自分自身の整理整頓も、

しっかりとととのえて、来年に向かおう。



思いきり出っぱったり、引っ込んだり、

緩急のある人生です。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

キラキラ輝くもの。

女性なら誰でも、大好きだと思いますが、
とりわけ私は、

見つめて、うっとりする時間が本当に好きで。


ロウソクの灯りや、ランプの灯りや、宝石や、
キラキラ揺らめくものを見つめていると、

自分の心まで、
ユラユラと振動させてくれるような気分になる。



同じ趣味を持つ、友達の陽子ちゃんと、
松山の、

サンキャッチャーを日本でほぼ初めて?作られた方のところを訪ねました。







はぁ… うっとり…


サンキャッチャーは、太陽の光を集めて、
その空間に虹をつくるもの。


お部屋や、車の中で吊るして、
その空間を聖域にしてくれる。


写真中央が、サンキャッチャーデザイナーで、
このマナスペース愛の、靖江さん。



靖江さんのお友達の、佳代さんともパチリ。

靖江さんの激しい連写に、一同いい笑い。





午前中は、正しい洗顔から始まる美容のセミナーに参加し、

このアトリエには午後から来たのですが、


やはり、美容の話は栄養の話と切っても切れず、
栄養の話は健康に直結しています。


その健康のために、
いちばん大切な要素が、心の栄養だと思うから。


アトリエでの、

太陽の光に包まれる、ゆったりとした時間は、
心をひたひたと満たしてくれました。


そのまま陽子ちゃんを、道後の山の手レストランにお連れして。

更にシャンデリアを見たり、




巨大ポインセチアを愛でたり!




最後まで、
綺麗になることを引き出してくれるような1日を過ごせました。


エステに行く、とかでなくっても、

綺麗になる方法は、あるみたいです。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

先日、Facebookにて、

電子レンジの危険性についての記事をシェアしたところ、
今日、大変簡潔に的確に、要約を書き込んでくださった方がいらっしゃいました。


以下の通りです。

…………………………………………

電子レンジの電磁波によって、

食品の原子が振動され、
その摩擦熱で食品が温められます。

原子が電磁波で振動される
=原子や分子の結合が崩れる

→元に戻る分子構造もあれば、元に戻らずに新たな構造(原子配置)・化合物が作り出されるものもある

=それには無害なものもあれば有害なものもある。


極力電子レンジは使わないようにしてるのですが、
これはどうしても温めないと美味しくない、
というものを食べる時だけ、レンジを使ってます。

日常的でなく、本当にたまにだけなら、
あまり影響はないと信じてるのですけど。

…………………………………………

といった具合です。


電子レンジという、
食べ物の加工に際する恐ろしさに限らず、

私たちの体を作るのに、極めて重要な、


【空気・水・食べ物】

ということについて、私たち日本人はあまりにも知らないことが多いです。

外国では、既に使用することが禁じられているほど、

人体に害を及ぼすことが明らかになっている物でも、
経済優先のために、平気で使用し続けています。


国民として、知らない。

知らされていないから、仕方のないことでしたが、

知らないから、悪いことは継続されてゆく、ということがわかったなら、

私たちは、

積極的に真実を知ろうとしなければなりません。


ちゃんと知ったうえで、

それで、

結果、何を選択するのか?

を、個々に考えればいいことなのです。



知る時代、選ぶ時代。

法律が、いかように進もうとも、

知ろうとすること、
本当のことを伝えようとすることを、

私は、やめるつもりはありません。


私の人生において、

勝ち組や負け組という言葉をあえて導入するならば、


本当のことを知ったのに、
大切なことを知ったのに、


周囲の目を気にしてしまって、

伝えることを諦めること、口をつぐんでしまうこと、

このことをもって、私は自分自身に対して、負けを宣告します。



電子レンジ、

体に有害であるかもしれないならば、


作ったらすぐに食べられるといいですよね。
それがいちばん美味しく食べられることです。


どうしてもすぐに食べられなかった時は、
お鍋などを使って、少しあたためられたらいいですよね。


でも、これらに共通していることは、


生活のあり方の変化を求められるということです。

生活スタイルの変化。


家族揃って食事が出来るような暮らし方、

お鍋で食べ物をあたため直すのに時間や手間があまりかからないような。


もっと言えば、時間と手間が、多少かかったとしても、
それだけの余裕を持った生活が送れたら。


そんなことなど無理に決まっている、今の生活があるから、
という方も多いと思います。

でも、無理だとは決まっていません。


知らないだけで、方法があるかもしれません。




健康ということは、とても大切なことです。

長生きするため?

それもあるでしょうけれど、


【生きている今を、精一杯生ききるため】


だと、私は思っています。


病気がちでは、本来のあなたの成すべきパフォーマンスが、
発揮されないですものね。


自分の使命を、ちゃんと果たしたい。


そう思えば思うほど、やはり、健康でなくてはならないんです。


ですから、大切なこと!って、
私が知り、感じたことは、

いつでも、どんなことでも、お伝えしたいと思います。



ちょっぴり熱くなってしまいましたが、
最近ずっと、

自問自答しながら、

やはり、ここに辿り着くんだなぁ~、という、

自分への答え表明のような、ものですね~。


だけれどやはり、知ることができるということは、幸せなことです。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2013.12.14

粋の妙

元禄15年の今夜は、
今も日本人が胸を熱くする、あの出来事が起こった日…


元禄14年3月に、
江戸城松之廊下で播磨赤穂藩主・浅野内匠頭長矩が、
幕府の礼式を司る高家筆頭の吉良上野介義央に小刀で切りかかるという事件が起きました。

喧嘩両成敗という考え方の当時にありながら、
浅野には即日切腹、領地没収という厳しい処置がとられたのに対し、
吉良にはお咎めがなかったことに、端を発した事件。

『赤穂浪士の討ち入り』

綿密に計画を練りに練って、翌年12月14日寅の上刻(15日午前3時頃)、
大石内蔵助の率いる47人が、本所の堀部安兵衛宅に集まり、そこから吉良邸へ討ち入りました。

わずか2時間の戦いの末、
赤穂浪士たちは、死者を出さずに吉良の首を取りました。


この事件は、

・浅野内匠頭長矩が、吉良上野介に刃傷に及ぶまでのいきさつ

・赤穂浪士の綿密な計画や、討ち入り当日までの47人それぞれのドラマ

・討ち入り当日とその後について


と、各々の場面が、不思議なほどに非常に細かく描写されている作品が数多あります。


今も尚、新たな作品が生まれ続けていますが、

はじめて舞台として取り上げられたのは、なんと、
討ち入り後間もない、
翌元禄16年の正月だったというのです。

江戸山村座で演じられた『傾城阿佐間曽我』(けいせいあさまそが)
曾我兄弟の仇討ちという建前ではありましたが、
まさしく赤穂浪士の討ち入りを表現していました。

江戸幕府から、
同時代に起こった武家社会の事件を、文芸や戯曲で取り上げることは禁じられていたため、

別の時代や他の歴史上の人物に変えて演じていたのです。


江戸時代の人たちは、本当に、
工夫を凝らして自ら愉しみ、信念を残すということをやっておられたのだなぁと思います。


以来、浄瑠璃や歌舞伎、講談や浪曲、
舞台、映画、ドラマ、様々に形を変え、
今にもずっと受け継がれています。


当時、江戸の世で、
この事件がこれほど話題になった理由のひとつは、

民衆は皆ひそかに、赤穂浪士の味方であったから、と云われています。


吉良邸の広さは大変なもので、薄暗がりの中、
わずか2時間で吉良の首を討ち取ったのには、
近所の人たちをはじめ、大方の人間が赤穂浪士たちに味方をしていたこともある、
という説もあります。


また、もうひとつの理由には、
江戸時代というのは、
ひとつの事件がこれほどまでに大きく取り上げられるほどに、

「平和だった」こともあるでしょう。



それにしても、です。

【47】というこの数、なんだかとても、不思議に感じます。



この思いを、いかにしてか残さんと、意図があったのか無かったのか…



今の日本の国は、47都道府県から成っていますね。


四十七士の装束に、それぞれ、
いろは仮名を一文字ずつ書いた浮世絵も存在します。


いろは歌、「いろはにほへと」「ちりぬるをわか」・・・

いちばん下の文字を順に読むと、
「とかなくてしす」・・・「咎(とが)無くて死す」・・・




日本人は、粋ですね。

粋の妙が、日本人を日本人たらしめている。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2013.12.13

わたしの使命

東京から帰ってきて、今日は、松山での研修でした。

プレゼン側には、なんと、大学の同級生の姿が。
友達の旦那さんです。


いやぁ~、卒業から10年経っても、こういう時って、
一瞬にして、その時代にかえるものですね。


松山市で取り組んでいる、ICT利活用街づくりの事例で、
アプリを使いながら、街歩きも体験させていただき、

学生時代には全く歩くことのなかった中心地を歩きました。


歩かないと気づかない事、
歩いていても、気づかない心。



人間というのは、

同じものを見て、聞いていても、

勝手に見なかったり聞かなかったりしているから、不思議です。


だって。


県庁って、こんなに素敵な外観だったのね~、なんて、
マジマジと見たのは初めてです。




夜は、友達と色んなお話をしました。


「使命が大事、とあなたはいつも言うけれど、
あなた自身は、自分のことを、何を使命だと感じている?」と質問されました。


名前のことだまセッションを、させていただいたことのあるお友達です。


名前のことだま的に言うと、私の場合、


「い」を大事にしていくと、
「あ」が身近な人に発揮され、
最後には「こ」をやっていく。


となります。


「い」は、命、祈り。
「あ」は、天、閃き。
「こ」は、形にする。


人の命そのものを輝かせるようなことをさせていただいていると、

私はそのことを喜びに感じ、

周囲の人たちに、新しいことやアイディアを渡すことができ、

最後にそれをきちんと形にしていくこと。



これが、私が本来持っている、

私の名前の「音」が持つ、役割です。



最近セッションをさせていただくことは随分少なくなりましたが、

先日東京のパーティーでは、
かなり皆さんに興味を持っていただき、


セッション受けるにはどうしたらいいの?!
メールでもできる?!


っと言っていただきました。


…できれば…私は直接お会いして、対面でしっかりさせていただきたいんです…


とお伝えしました。



と、言いますのも、本当に大事なことは、

このような表面的な、

音がどんな意味か、

というお話の部分では無いからです。



1対1で、

本当に大切なことをお伝えさせていただく。

とっても幸せなことです。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2013.12.12

環境を選ぶ

成田空港に向かう電車内から、こんにちは~!

いやはや、昨日は本当に交通に翻弄された1日でした~。

嵐山から、関空までの珍道中は昨日のブログで書いた通りでしたが、
なんとまだ続きがありました。


関空で、乗り過ごした飛行機。

後続便は、予定していたものより3時間半後のもの。

東京に着いてから、やろうと思っていた予定は、当然諦めざるを得ませんでしたが、
夜のパーティーには、なんとか間に合う計算でした。


が、その後続便飛行機が、30分遅れちゃうんです。

おお~…危なくなってきた~…

さっきの便がこれくらい遅れてくれてたら、
私余裕で乗れていたなぁ…


成田空港到着後、
電車をひとつも逃すことなくスイスイ行こう!と気を張っていました!

が、

そんなとき、なんと乗り換え駅にて、人身事故発生…

大幅に遠回りして向かうより他ありません…


というわけで、
京都の宿を朝8時代に出たにも関わらず、
渋谷に到着したのは、夜の7時前…


いやーん!関西ー東京間の移動に1日かけてしまったぁ~!

パーティーにも遅れた~!…

というわけで、さすがに昨日は、しょんぼりしちゃいました。


しかし!しょんぼりしてはいられません!

急いでホテルの部屋に入り、パパッと着替えを済ませて、
パーティー会場に向かいました。





昨夜のパーティーは、
私が日頃から仲良くさせてもらっている山崎拓巳さんが、

出版プロデュースの、オープンマインド児島慎一さんと、
ビジネスバンクグループの浜口隆則さんと共催で開いたもので、


出版関係者、音楽事務所関係者、コーチングやメンタルトレーナーの方々、

モデル講師の方、女優さん、などなど、

なかなか新居浜ではお会いすることのないような、

様々な業種の方々が集まっておられ、
皆さんとても親切で素敵な方々で、大変刺激を受けました。


知り合いはあまり居ないなぁ~と思っていたのですが、
行ってみると、案外いて、ビックリ!

神戸のソーシャルイノベーターサミットで一緒だった、
ピース小堀さんや、TOFUTOFUのりょうごくん、


それから、3年前、熊本の植林合宿でお会いした、
金メダリストコーチングの平本あきおさんも!



平本あきおさんとは、それ以来、
一度もお会いできたことは無く、

1000人参加者が居た合宿だったのにも関わらず、
私のことをハッキリと憶えてくださっていました!


私の職業や、軽くコーチングをしていただいた内容など…

驚きです。


私の中では、コーチングの神様というと、あきおさんなんですね。


パーティー終了後は、
主催のお三方と、数人のスタッフの方との打ち上げにも参加させていただき。

これから、最重要とも言える事業について、
業種の枠を超えて繋がっていこうという話も出ていました。



東京に来たのは、本当に久々でしたが、
改めて、【環境】ということを考えさせられました。


東京のゴミゴミした感じは、決して私の好みではありません。



しかし、確かに、

目に映るもの、接触する人、
すべてを、【選べる】環境にあることは間違いありません。


どんな瞬間でも、見たい世界にフォーカスできるのです。

とにかく何でも有って、溢れていて、選べる。


だから、何かの明確な目的を持っている人にとっては、
この上なく、成長スピードを上げてくれる場所。


同じ志、波長を持った人たちと、関わりやすいから。



人生には、余るほど時間があると思っていた、若い頃。


けれど本当は、そうではないかもしれない。


その終わりは、もしかしたら明日、やってくるかもしれないんだ。


自分に何ができるのか。


私の人生の目的は、
成すべきことを果たし、
自分も、幸せでいること。


それそれの人が持つ、本来の使命を果たしていくために、
そのための、私にできるお手伝いを、精一杯させていただく。


それが、
日本の幸せ、世界の幸せへと繋がると信じて。


喜んで、喜んで、喜んで。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

たっぷり時間のある関空からこんにちは~!



なんと今朝は… 寝坊しちゃいました。

東京行きの飛行機を予約していたというのに…



嵐山から出る電車も、

タッチの差で見送り、


梅田から関空行きのバスも、

1分遅れで逃し、


関空に到着したのは、

飛行機が出発する3分前という。


なんとも惜しい1日です。



悔しいので関空でHORAIのランチをガッツリといただくことにしました。




げっぷ。


食べ過ぎました。


なぜかちょっぴりヤケ食いです。



こんななら、京都でお寺でも行けてたのになぁ~…

お土産買う時間もあったやろうに…


うー!
飛行機は11時発なのに、
なぜに11時半発だと思い込んでたんだよーう!



しかし。

こうなってくるのが良くないのです。



乗り遅れました。

目的地での時間が取れなくなるし、
お金も余分にかかりました。


でも問題はそこじゃない。


それ以上に残念なこと。



ここで、
後悔とイライラに心を奪われてしまうことが、良くないのです。


結果を見れば、もう乗り遅れたことは変わらないのだから、

1日をトータルで見ると、
大阪から東京へ移動するためだけに、半日以上潰したことになりますが、(泣)


それなら、その移動時間、この時間さえも、
快適に過ごすしか、

残された道は無いのです。



人生は、時間で出来ている。


その時間をどう過ごすか。


変えられない出来事は変えられない。

変えられるのは、自分の心だけ。



うん!良いこと言いました!


今日の目的は、
今夜、東京でお誘いいただいたパーティーに出席すること。


本当は、
せっかくの東京なので、早めに到着して、
美術館に行ったりもしたかったのだけど…


ブログを書いておけたので、良し!


と、他にも、

私が気づいていないだけで、本当は、

良し!なことが、あるはずなんです。



昨日の嵐山。

嵐電(らんでん)という、路面電車の駅が、とっても素敵でしたよ。







人生の中で好きな時間。

ウットリする時間。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

そうだ。京都へ行こう。


というわけで、京都にやってきました。

紅葉シーズンを少し過ぎた平日、人も少なくなっているかな。


京都でもやはり、ゲストハウスに宿泊。

今日はどんな出会いがあるかな~。

今日の滞在は嵐山。



嵐山は2回目なのですが、前回来たときも季節は冬。


いやぁ~、ここはぜひとも夏に来たいなぁ~、と、
思ったのに、気づくとまた冬に来ている。


こういうことって、わりとありませんか?


新しい発見をしたい気持ちはありつつも、

いつも決まった場所で、決まった人と、決まったことをする。

現状維持。

これが人の最も得意とすること。



だけれどそれとは裏腹に、

現状維持がしたいのに、現状維持を続けていると、
向かうのは衰退であったりします。


増して。

今年から時代は大きく変化しています。


今までの常識は非常識になり、

今までそんなものは無いと思っていたものが、主流になります。


固定概念や、洗脳から放たれたとき、気づくのです。


そんな時代の中で、現状維持を続けようとすることは、あまりにも危険です。


人は、いったん自分が慣れたものを、真実だと思うように出来ています。


本当にそうなのか?

と、考えようとはしません。


私たちは、私たちが考えている以上に、洗脳されて生きています。


じぶんの命を生きるために、

あらゆる洗脳から解き放たれたい。


そして1人でも多くの人たちが、
まずはじぶんが接している身近な人たちから、

ほんとうの生まれてきた役割を生きられるように、
そのためのお手伝いをさせていただきたい。


その気持ちが、ずっとずっと胸にあるから。


いま、私に出来ることをひとつずつ、やっていきます。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2013.12.09

『あ』の音に

どんなものにも、意味があります。

どんなおとにも、意味があります。


言葉が成り立つ前には、『おと』がありました。



ひとつひとつの音が、意味を持っているから。

神様だから。

それが私たちの名前にも影響しています。


私の名前は、『あいこ』ですが、

このうち、

いちばん最初にある、身近な人にいちばん影響を与えるこの、『あ』の音は、



天(あま)、閃き、アイディア、明日、あちら、遠く…


というような意味があります。


人は、何かを思いついたり、思い出したりしたとき、必ず、

上目気味になって、「あっ」って言いますよね。

「うっ」とか、「すっ」とか、言う人はいません。


『あ』の音自体が、
閃きやアイディア、新しいことを、意味するから。

そして、そういうものは、上にあると考えた。天のほうに。



私たちが何気なく発している音は、

実は、何気ないものではない。



知るか知らないか、気づくか気づかないか、

だけれど確かに、そこに意味がある。




私には、新しいこと、ひらめきを、

身近な方にお伝えする役目が、あるのかもしれません。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2013.12.08

心のままに

12月8日。

33年前の今日、
ジョン・レノンは、自宅前にて、1人の熱狂的なファンに銃で撃たれ、この世を去りました。

彼の遺した名曲『IMAGINE』は、
今も世界中で平和の象徴として歌い継がれています。

日本人でも、この歌を知らない人はいないくらい。
私にとっても、いつも心の中に流し続けていたい歌です。

しかし今日はあえて、別の楽曲をひとつ、ご紹介したいと思います。


『God』

神様なんて、物差しに過ぎない。
それによって人は、じぶんの苦しみの度合いを計るだけ。

もう一度言おう。

神様なんて、物差しに過ぎない。
それによって人は、じぶんの苦痛の度合いを計るんだ。

私は、そんなマジックなんて信じない。占いも信じない。

バイブルの予言も信じない。タロット占いも信じない。

もちろんヒットラーも、キリストも、ケネディーも、ブッダも、

マントラの呪文も、ギーターの教えも、ヨガも、

王室も、

エルビスも、ボブ・ディランも、ビートルズだって、信じない。


私は、自分の信念だけを信じる。


ヨーコと自分だけを。


なぜって、私にとって、それだけがリアルだから。

この感覚を何と言えばいい。

「夢は過ぎ去った」とでも云おうか。

すべては、昨日のこと。

これまで、私は、夢を紡ぐ職人でしかなかった。

今、私は生まれ変わる。

これまで、私は、ポールと同じように、人を楽しませるだけのセイウチだった。

だけれど今、私はジョン・レノンとなった。

親愛なる友よ。

あなた方も、実行しなければいけないんだ。

間違いなく、「夢は過ぎ去った」のだから。




1970年にビートルズを離れたジョンが、本当の自分というものと向き合った曲。


神と言えば、

日本人にとっては、

八百万の神と云って、
ある特定の誰かというよりも、すべてのものが神、という、感性の問題であったり、

完全無欠の唯一絶対の存在というよりも、祖神様、という、
間違いもあるかもしれないが見守ってくれる存在であったりしますが、


西洋人にとっては、
創造主、唯一絶対の存在であり、犯しがたいもの。

それをして、単なる物差しに過ぎないと云っている。


「これまで信じていたものすべてを否定する気持ちで書いた」と、ジョンは語っているそうです。


この曲は「ジョンの魂」というソロデビューアルバムの10曲目に納められています。
ジョンにとっての、これはベストアルバム。

人のために芸をするセイウチであったビートルズ時代から、
本来の自分を取り戻そうともがく自分の姿を、そのまま楽曲にしているから。

このほか、「ラブ」や、「マザー」、「アイソレーション(孤独)」など、真っ直ぐな曲たち。



人は、
どんなに地位や名誉を築いても、もしもそれが、

自身の心に正直に従ったものでなかったのなら、
必ず、悔いる時が来るのではないでしょうか。

それは、
魂が肉体を離れるとき。


そうわかっていたなら。

あなたの周りがいかに、あなたに何かの姿を期待していようとも、

あなたはあなたの心に正直に、進むべきだ。


だけれど、このことがわかるのは、
何かの姿を期待されていた過去があったからこそかもしれない。

誰に何と言われたって、
あなたはいつでも、

これまで纏ってきた鎧を脱ぎ、檻を出ることができる。



ジョンはもしかしたら、こんなことを表現したかったのかもしれません。

そして何よりも、自分と自分の愛するひとたちのために。

命ある間に、そう気づけて暮らした、最後の10年間は、
それまでの30年の上に築いた、本当の幸せだったのかもしれませんね。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

特定秘密保護法案が、昨夜遅く可決されました。

今回のこの法案を巡る大混乱、沢山の反対の声は、
ずいぶん各社マスコミ報道でも多く取り上げられ、

確かに、この強行採決にNOとする姿勢を見せた人たちの行動を、
ありのままに報じていたように感じています。


原発事故の時などと違って、
今回の法案に反対する人たちの様子は、沢山取り上げたい。マスコミだって。

だってそれは、自分たち自身も、この法案に反対だから…。


私も衆議院で可決された26日は、広島の平和記念公園で、
「どう思いますか!この強行採決を!」とインタビューされました。

もちろん言葉にして言うことはありませんが、
記者さんの顔には明らかに、「反対」だという色が滲み出ていました。


おかげで、
確かにこの国を守りたいと、はっきりと声を上げ、立ちあがる人たちが、

この日本にはまだ大勢いる、ということを、皆が知ることができました。


推し進めた方々の心の中にも、
日本を思う正義として行った、という思いがあるのかもしれません。


しかしながらそうであるならば、
事情を秘密にして議論など、できません。

本当のことを出し合って議論しなければ、
話はいっこうにかみ合わないまま。


特定秘密保護法案、
話し合いの過程の中ですでに、

考えていることを秘密にされたのでは、話し合いにならないということです。



『衆議院は国民の声を代弁し、参議院はそのチェック機能を果たす』

という本来の国会のあり方が、今や全く変わってしまいました。


そもそも、東京オリンピック招致が決定し、日本中がその喜びに湧いている最中に、
突如この法案が降ってわき、

ごく短いパブリックコメントの募集で、ササッと終えていた時点から、
既に昨日の採決に至る筋書きは決まっていたのだろうと思えてなりません。


今回の強行採決のやり方に対しては、
諸外国からも厳しい声が上がっているようです。


国会のあり方は、抜本的に変わるべきだと、私も思います。


だけれど、私が思ったところで、
明日や来年や、国会のあり方が変わるわけではありません。

そうであるならば、それよりも、

早く、

私たちは私たち自らの頭でしっかりと考えて、

何の権力の繋がりでもない、
しかし私たち自身がつくりだしたこの繋がりの中で、

しっかりと築き上げていくことに対して、一生懸命になったほうがいいと思っています。


そんな一方的なことはやめてくれ、もっと具体的なことを教えてくれ、
そんな大切なことは、もっと慎重に議論しよう、

その声が、聞き入れてもらえなかったのなら。

いつまでも不平不満を言い続けても仕方がないから。


では、どうするのか?


一歩ずつでも、着実に、築き上げていくことに、すべての時間を費やしたい。

これまでの常識的なやり方ではいけない時が来ているのなら。
どうすればいいのか。

未来のために、それを考えるのが、大人たちの責任です。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

師走というのはやはり、本当に日にちの過ぎるのが早く感じられますね。

あれもこれもと、やっておかねばと思うことが多いです。


日本ではいま、

あまりに見過ごせない事態が今日、とうとうやってきました。

そのことには今日は触れませんが、
ただ、


自分のスタンス、自分たちで何とかするスタンスを、

これからの私たちは確立しなければならない。


誰かのせいにせず、
ではどうすればいいのか?を、

自分たちで気づき、築き、残してゆく。



それが、大人の責任になる、

ということを、痛烈に感じているところです。




ところで私は、

この気忙しい12月、

今年の試みとして、年内、
年賀状を書くのをやめてみようと思っています。


素っ気ない年賀状を送ることが、どうも苦手で、
これまで毎年、
宛名も裏のイラストなども、すべて手書きで、100枚以上書いていました。

たいてい、12月に入る頃、ちょうど今頃には、
少しずつ書き始めていないと間に合わないのです。


ところが、その頃(ちょうど今頃)の心情といえば、正直なところ、
まだ、年内のことを自分なりに整理するのが精いっぱいで、

来年のご挨拶をするような心持ちになっていないのです。

年内の取組みを振り返り、整理し、来年にはどうしていけばいいのか…
しっかり考えてから、来年を迎えられることを、祝いたい。


心と合致していないけれど、ともかく書く、という作業。

これがやはり、なにかしっくりきません。
きませんが、続けていました。


今回は、年賀はがきは買っておいて、

元旦に、いただいた早々のお年賀を拝見させていただきながら、
その方々のお顔を思い浮かべ、その方の幸せを心から願いながら、

元旦の1日を使って、頂戴したお年賀へのお返事を書いてみよう。

と、思っております。


正しいことか、正しくないことか、わかりませんが、

年賀状を取り巻くあらゆる事情を自分なりに捉えて、
いちばん心にしっくり来る方法。

今年はおもいきって、実行してみよう。


年末も年始も、自身の振り返りや展望を考える時期ですし、
むしろ普段からそのようなことを考えていますが、

元旦くらい、

自分以外の、皆様のお幸せだけを願って過ごしてみたいなと、思います。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

『人生ってね、楽しいわよ!
マリオゲームみたいなものよ!』



先月末、私は広島に行っていましたが、
そのとき、宿泊はゲストハウスを選びました。

あれ?友達が書いたのかな?
と思うほど、

なにやら路上詩人のにおいを感じるお部屋でした。




私は、色々な場所に行くことがとても好きです。

行った先で、夜ホテルでひとり、
考え事をまとめたりする時間も、とても好きです。


ですが時々、ゲストハウスを選んで、
知らない宿泊客の人たちと、

触れ合うこともします。


特に広島や京都では、旅行者の方や、海外の方も多く、
何か目新しい発見に出会うことがあります。



ブログ冒頭のセリフは、

先月末広島のゲストハウスで、
同じ部屋になった女性がおっしゃっていた言葉です。


彼女は、福島から出てきて、以来、
親戚の家を拠点としつつも、

色々な場所を点々と旅して廻っているそうです。


60歳だというのに若々しく、
しかしメイクが、

歌舞伎の隈取りそっくりで、かなり個性的。


子供たちは皆、海外に行ったり、好きな仕事をしていて嬉しい限りだということ、
自分も若い頃は波瀾万丈だったが、とても楽しかったし、

今もとても楽しいこと、語ってくれました。




人生はマリオゲームみたいなものよ。

歩いてくとドンドン障害が発生して、
そしてクリアしていく度に、武器が増えるの。

その武器を使って、さらに歩みを進めてね、

ついにゴールに辿り着けば、また、次のステージが待ってるわ。


楽しいわよ~!

楽しむのよ~!

あなたはね、
今から2年くらいすると、もっともっと楽しくなってるわね!


いい人生を!!



そう言って、先に部屋を出る私を見送ってくれました。

母と同い年の彼女。


とっても不思議な方でしたが、
心に深く、残りました。

きっと、ずっと、忘れることはありません。



彼女の、言われている通りだと、私も、感じています。


まるで、神様が、
彼女の体を通じて、私に語りかけてくれたような。

そんな風にさえ、感じました。

いつも、偶然の顔をして、
必要なときに必要なことを起こしてくれている。


ありがたいことですね。



そう。人生はゲームだ。

真剣にやる!

勝ったらみんなで喜びを分かち合う!

一生懸命トレーニングもする!

だけれど、眉間にシワを寄せてやるものじゃない。

真剣に、楽しむんだ。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2013.12.04

徳島のふしぎ

今日は徳島県美馬市に、遊びに行っていました。

徳島市内に住む友達と待ち合わせたのですが、
市内の人でも、滅多に訪れることがなく、

もちろん県外の観光客も、あまり立ち寄らないというこの地。


なぜ美馬で待ち合わせたかというと、目的は、【伊射奈美神社】


伊佐奈岐神社は、
全国様々な場所にありますが、

伊邪奈美神社は、
全国でも唯一、この徳島県美馬市にしかありません。



友達と、まずは脇町の【うだつの町並み】を廻りました。

ここは楽市楽座、自由な商売が行われ、

藍作りが奨励されており、

商売で栄えた人々が、

競ってうだつを上げていた通り。


200年以上の建物が沢山あります。




ここでは沢山のユニークな美馬市民に出会います。


なぜか美味しいピザ屋さんを営まれている角屋さん。





天井を硝子にしてあります。


そして、大変インパクトの強い息子さんのいらっしゃる竹細工屋の、時代屋さん。





阿波踊りの、男踊りと女踊りの躍動感を、
それぞれ竹細工ですべて表現されています。


伝統ある繊細な仕事をされていますが、

その反動なのか、
私たちが入ると、絶妙でユニークな、

まさに噺家さんのような喋り口調で、
色々な裏話をしてくださいました。

ここには書けないような、面白話を…



面白すぎたので、息子さんと写真が撮りたいと、
通りすがりのトレーニング中の男性に、写真を撮っていただきました。


大笑いしてから店を出ると、
今度は団体旅行客が、

ガイドさんに連れられて向こうから歩いてこられました。


旅行客の方々は、
私たちの姿を見るなり、

「私たちについてきなさい!説明が聞けるよ!」と、
何人もの方々が、私たち2人を止めようとします。

皆さんはどちらから来られたんですか?
という私の問いには、意外な答えが。


「全員、美馬市民ですよ。」と。


えー?美馬市民なのに、
市内の散策にガイドさんを連れて、廻るんですか…

しかも、皆さん強引にでも、
私たちをツアーに引きこもうと声をかけてくださいました。


どうやら美馬市というところは、
独特のテンポと、妙な親しみやすさを持つ、
面白い人たちが沢山いるところらしいです。



人がずいぶん面白く、神社への参拝がすっかり夕方になってしまいました。

【伊射奈美神社】







日本で唯一、
伊邪那美命をお祀りしている神社。


伊奘諾命と伊邪那美命が最初に国作りをした、
淡路から、立地的にも近く、

黄泉の国から戻っていないという、
伊邪那美命ですから、

黄泉の国が徳島であるとすると、
とても納得がいきます。


だけれどとっても、不可思議なことが多いです。

なにか違和感を感じる。

女の神様、それも伊邪那美命をお祀りしている神社であるのに、

千木が、すべて縦削ぎだったのです。

写真ではわかりにくいですが…



縦削ぎは男の神様、横削ぎが女の神様。

もちろん例外になっている神社もありますが、

伊邪那美命がお祀りされているのに、
縦削ぎというのが、とっても不思議です。

そして、何人かの地元の方に尋ねたところ、
この神社に対して、妙に思い入れが薄そうなのです。

神社自体、あまり手入れがされておらず、
放置されている様子でもある。


日本唯一の神社であるはずなのだけれど…

謎です。



そういえば、
美馬市や美馬市民、伊射奈美神社も、とても不思議ですし、

考えてみると、今日一緒に過ごした徳島市内のお友達も、
長時間一緒にいて、やはり…

不思議な子だと分かりました。(笑)


徳島県は、四国に住んでいながら、
最も出向くことの少ない県でしたが、

未開の地、という感覚で、

他県とは違った、また不思議な魅力がここには、詰まっていると感じました。


どこまでも独創性を持つ、阿波踊りの国、徳島県です。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

先日から、ひと足早いシリーズ…


先日ひと足早いクリスマスメニューを習ったあと、

今日は、ひと足早いお節料理をお勉強させていただきました。


近頃では、年末年始を利用して、
旅行に出かけられたり、旅行でなくとも、

外出をして愉しむご家庭も多いようで、

家でじっくり、
家族で過ごす、ということが少なくなっているのか、

お節料理を作って食べるという慣習も、薄れつつあるようです。



私は仕事柄、この10年ほどは、
大晦日や元旦も仕事になったり、また、その予定が、
直前にならないと分からなかったり、ということが多く、

計画的に年末年始を過ごしたということがありませんでした。

お節料理を作るという文化もあまり…


だけれど今日、全14品のお料理の作り方を教えていただいて、

やっぱりこんな風に作って、
家族で元気を願う過ごし方をしたいな、と感じました。



とにかく時間がかかる、というイメージでしたが、
またまた、時短テクニックを教えていただき、

これなら取り組めるっ!と、やる気になります。



お節料理は、
奈良時代、朝廷で行われていた五節会の儀を、

一般庶民が五節句の祝儀料理としてならったところから始まり、

今のように、正月料理として作られるようになったのは、
江戸時代の武家文化が発祥です。


今ではお重に詰めていただくものですが、もともとは、
膳に盛られた料理を「おせち」と呼んでいたのだそう。


重箱に詰め始めたのは明治以降、

大東亜戦争後には、デパートなどが台頭し、
見栄えの良い重箱入りのお節が、庶民の憧れとなったようです。


今や販売されているお節料理を代用することは、主流になりつつあります。

名店が出荷するお節料理には、数万円、数十万円することも…


それでも、お正月だから、ちょっと奮発してもいいか、
と、そういった商品は人気ですね。


だけれど、お節料理のようなものは、【文化】でもあります。


食べることだけでなく、
作ることや、

作ることに伴って起こる、家族の間でのこと、雰囲気、

そういったものも含めて、お節料理の醍醐味なのではないでしょうか。


家族みんなで、わいわいと愉しくお節料理を作るような家庭…

とっても素敵ですね。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2013.12.02

基礎を知ろう

どうやら体の不調は、なかなか簡単には戻ってもらえないようで、

今は、なんとも不思議な咳が止まりません。


とりわけ、朝と夜はひどいんです。

朝起きたときには、吐き気がし、

夜眠る頃には、咳が止まりません。


いわゆる風邪というものとは少し、違う様子。

慢性のように、このような状態でふつう、という感じになってきてしまいました。



だけれどどうやら、私だけではなく、

このような不調は、最近、他の人にもあるようです。


風邪に似たような症状が、もう何ヶ月も続いている…というような。



ところで、
私は、個人的に、

『健康』を考えたとき、最も大切なことの順番は、


1位・精神状態

2位・空気

3位・水

4位・食べ物


だと思っています。


どんなに新鮮な空気で、綺麗な水の中で、素晴らしい栄養バランスのものを食べていても、

毎日、

自分なんてこの世にいないほうがいいんだ、

なんて具合に考えていたなら、間違いなく病気になってしまうと思うのです。


この4つは、どれかがとても悪い状況にあると、
遅かれ早かれ、体の不調を生み出します。


ですから私たちは、この4つを、

どのように良い環境にし、どのように良いバランスをとればいいのか、


いわば、
生きていくための知識を、しっかり知っておかねばならないわけですが、

不思議なことに、

生きていくための最低限のこのような大切な情報は、

あまり、勉強することなく大人になってしまっています。


私はこの基本的なことを、もう少しきちんと知ってみたいと思います。

自分の体のために、大切な人たちのために、未来の人たちのために、


自分たちの心と体が、本当に喜べることは、

地球にとっても、きっと良いこと。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

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