日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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昨日は大晦日で、今日は元日。


日常的に、いつも旧暦と照らし合わせながら気にかけている方は、
日本人では少ないと思いますが、
この2日間だけは、やはり意識をしますね。


神社でも、新暦の大晦日と元旦の行事のように、

昨日は旧年の健康や家内安全のお礼詣りと、
午前零時には一番太鼓を合図に新年のご祈祷が行われたところもあります。

御神酒や餅、スルメ、そばなどの振る舞いも。


旧暦も、新暦も、意識下にある私たちは、
愉しいお正月気分を、年に2回味わえるようで、有難いです。


こんな時、感じます。


やはり私たちは、自分たちで決めた世界の中を生きているんだな、と。


今の私たちは、新暦の中で生きているので、
旧暦の基準とは違っていて、
続けていくことで、そのようになっていく。


以前が間違っていたとか、今が正しいとか、そういったものではなく、
そのように「決めた」時期があり、やがてそのように「なった」だけ。


基準や常識、慣習、
「こうするから、こうなる。そう思うから、そうなる。」


たまたまなんとなく、気が付けばこうなった、ということは、
実はほとんど無く、

すべての結果には、「そうなる原因」があります。



近頃はとても、こういうことを考えます。


これが本当に分かったなら、
逆に考えると、「言い知れぬ恐怖」というものからは解放されます。


自分が今、こうなった原因。

それがどんな状態でも、必ず原因がある。

そういうものなのだ、ということが分かれば、
なりたい状態になることは、そうなるための原因を積み上げていけばいいだけです。


「そんなことを言ったって、なかなか思い通りにはならないものだ。」
と言う人には、

「自分の思い通りには、ならない」
という現実がやってくるだけです。


それは、誰かが決めたのでもなんでもなく、自分で決めたこと。
自ら、
「思い通りにいかない未来」を選択しているのです。


思い切って、信じてみませんか?

結果には原因がある。

原因を変えてやれば、結果は変わる、と。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子
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参議院議員の山本太郎さんが、
参院本会議出席時の服装を注意されたそうですね。

タートルネックのセーターにジャケット、細身のパンツという服装。


「品位に欠ける」と注意され、
今後、同様の行為があった場合は正式に注意をする、とのこと。


注意された際、山本議員は、
「国会議員としての認識が足りていなかった」と謝罪したそう。


『背広着用がルールとして明記されている』

のだそうで、それを知らなかったため。

ルールブックにある以上、
ルール違反ということで、やってはいけはいこと、になります。


ジャケットを羽織っておられたということは、
最低限はセーフのようですが…


ルールブックにあるなら、現状は、そのルールに従わなければなりません。



先だって、
園遊会で陛下にお手紙を手渡したことも蒸し返し、

やはり品位に欠ける議員だ、との声も上がっているようです。


園遊会の一件は、私も、あってはいけないことだと思いましたが、

今回の服装のことは、どうかなぁと思います。



私の感覚としては、

ジャケットの下がタートルネックで、ネクタイをしていないことよりも、


会議開始から間もないのに、
ふんぞり返って寝ている議員のほうが、

よっぽど品位に欠ける、無自覚な態度だと思います。


『背広着用』を、正装としてルール化するのは良いですが、
例えば、

着物を着てきた人がいた場合は、何と言われるのでしょう…


ルール違反で、品位に欠ける行為だと、言われてしまうのでしょうか…

日本における民族衣装、本来の正装姿であっても。


ルールブックは、
何を目的として、設定するものなのでしょうね。

いかなるものでも、
『何のために』が無ければ、よく分からないものになってしまいますね。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2014.01.29

勤勉は情熱

結局のところ、

どんな技術か、どんな手法か、ではなく、


どれだけそこに、想いが込められているか。



私の心が動いた時は、いつもそうでした。


歌でも、料理でも、装飾品でも、日用品でも、
深く愛し関わることになったものはみんな、そうです。


以前から、私や友人が主催する色々なイベントに、
よく参加してくださっていた方と、ゆっくりお話する機会がありました。

改めてじっくりお話したことはなかったけれど、
フェイスブックの投稿などを見ていると、
いつも私と考えていることが似ていて、
色々なお話をぜひ、してみたいな、と思っていました。


その方は、高校の先生をしています。

この仕事を始めて5年、
自分の担任クラスを持ったのは、今年度が初めてだそう。


休みのたびに、
色々なイベントや、セミナーに出かけていって、
沢山のことを学んできて、


授業の前には必ず20分程度、
その日その日、大切なお話をするそうです。


生きた情報を、学び続け、
生徒たちに伝え続ける。

勉学のその前に、大切なことを。


加えて、彼はクラスの生徒たちに、
毎朝、手作りの学級通信を配布しているんだそうです。

毎朝。


人として、大切なエッセンスが、沢山詰まった内容。

こういうことをやらなければならないなんて、
誰も言わないけれど、

自発的に続けています。




これは…

生徒に伝わるんじゃないでしょうか。

先生の「本気」が。


勤勉な日本人、といいますが、
勤勉は、情熱の証なのです。



【この人は、本気で自分に向き合ってくれている】


そう感じられる瞬間がある度に、

人は、

生きていくことを、自分を、
信じられるようになっていくのではないでしょうか。


一枚一枚、学級通信を見させていただきながら、感動してしまいました。


私も、もっと本気であたろう。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

今日のおやすみは、
入院中の母を連れ出して、ランチ&ショッピング。

先日から再び、
1ヶ月間の入院生活が始まりましたが、

1日数十分の放射線治療以外には、
特にすることもなく、

身体も、
抗がん剤治療をしていた時のようにしんどくないので、

暇を持て余しております。



おかげさまで、大変元気に過ごさせていただいています。



母が大街道のほうへでも、買い物に行こうと言うので、
久々に2人でお店を覗きました。

そうしたら、
柔らかな、皮の、
スニーカーに見えないようなスニーカーが目に留まり、

いいね、と見ていたら、

そよ風のように自然なタイミングで店員のお兄さんがやってきて、
スニーカーの説明をしてくれました。


スペインからの輸入の靴なんですが、
とっても風合いが良くって、柔らかく馴染んでくれて。

お値段も手ごろですし、
フォルムも可愛いので、見ているだけでちょっと、
嬉しいですよね。


と、ゆっくりしたペースで、
やはりそよ風のような声で伝えてくれました。


そう、私もそう思ってた。

ということを、表現してくれたような感じ。


とても自然な接客です。

そして、
扱っている商品に対する、敬意と愛情があるから、

その商品の良さも、自然に伝わってきます。


何気なく手にとっただけでしたが、
しっかり買ってしまいました(笑)

その姿勢、勉強になります!



しかしこういったショップに来た時、
毎回感じる不思議があります。

アパレル関係のお仕事の方、
もし秘密があるとしたら教えてください。

どういうわけか、販売員の方は、

その日私が着ている洋服を見て、


少し大人っぽい服だと、
「こういう可愛い感じのは着ないですよね~?」
と言ったり、

少し可愛らしい感じの服だと、
「こういうモノトーンとかは着ないですよね~?」
と言ったり、

パンツを履いていると、
「スカートはあまり履かないですか~?」
と言ったり、します。


その質問に、私は毎回NOと答えています。


なぜそう思うのかな?
なぜそう言うのかな?


本当に、そう思って、言うとしたら、

初対面のイメージに、囚われすぎている、ということになります。


だけれど、考えてみると、そんなものかもしれません。

初めて会ったとき、
その人が帽子をかぶっていると、

次に会ったときかぶっていなければ、
あれ?なぜかぶってないの?と感じたり、


初対面のときメガネをかけている人に出会えば、
次にかけていなければ、あれ?どうして?と瞬間思ってしまう。


よく考えれば、
別のパターンがあるということは、当然だと容易にわかるのに、

勝手に概念を作ってしまう。


私たちは、

早く物事を理解したがるものなのかもしれません。

対象が、何者かわからないままでは不安だから、
何らかの答えを早めにつくる。

そのことで、安心する。

それが、本当のことでなくとも。


それが、悪いことでもないんです。
そのほうが、安心し、心が安定するのだから。


だけれど、

それほど、私たちは、
早とちり、勘違いしていることが、実は多そうだ、

ということは、知っておく必要がありそうです。


自分が普段、特に根拠なく、なんとなく信じていることや、
抱く感想が、

本来の自分らしさではなく、
何かの誤解である可能性もあるということを。


自分の命の可能性を見出すなら、

できるだけ、

誤解の上にではなく、
本質の上に、

すべてを築いていきたいな、と、強く思います。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

昨日夜参加した健康セミナーで、
「面倒くさい、と言うことは、老けへの近道ですよ!」
という言葉が使われていました。


なるほど…

納得するところが沢山あります。



私は勤めている会社で、

これまでに無かった新規の事業の取り組みをしたり、
ご契約をいただく営業をしたり、

取材、撮影、編集、原稿書きをしたり、
ニュースのアナウンスをしたり、


という仕事をしています。

こんな感じに(笑)




10年間勤めていて、
取材からアナウンスまでのくだりは10年間ずっとやっていますが、

前半部分は所属部署の業務内容なので、
最近は異動して新規事業や営業ですが、

入社からの8年は、
総務や財務で、お金や人の管理、会社全体のことを見てきました。


そのため、営業経験は非常に浅いのですが、
最近ふっと、感じたことがあります。


私が今主に行っている営業というのは、
事業者さんやお店さんに、

当社独自の特典が沢山ついた、Wi-Fiスポットと、防犯カメラをお勧めすること。


Wi-Fiスポットの営業は、
もともと私自身が、地域で繋がりのあるお店さんには、

ほぼ営業し終わったために、
ここからは、伝手のない中での営業になってきます。


訪問していって、お話をさせていただくんですが、
よく返される言葉で、

『今まで、Wi-Fi使えないのか?なんてお客さんに聞かれたことがない。
聞かれたり、つけてくれという要望でもあれば、考えるけど、
今のところウチではそういうことは無いので、不要です。』

という返答があります。


尤もなお答えですよね。

何度もこのように言われてきました。


実際、経費を切り詰めようとすれば、

目先、
これまで無かった新たな経費を、少額でも増やすわけにはいきません。

しかし、
実際には、インターネット回線を当社に切り替えるというお話なので、

かかる経費としては、
現状とほとんど同じか、上がるとしても、ほんの僅かな金額でしかありません。


経費にほとんど変化は無いのに、
宣伝効果は上がり、

上手に使っていただければ、売り上げアップに繋がるかもしれないもの。


それで、やらないっていう人いるの?

と強気に営業できてしまうくらい、
好条件だと思って私は、お勧めしています。


それでも、
いいえ、結構です、と言われてしまうんです。


回線を当社にブランドチェンジ出来ないほど、
現在の回線の会社と、お付き合いや義理があるわけでもないのに、です。


ではなぜか。


『変化や行動が、面倒だ。』

が、本音のところにあるのかも、しれません。


その人が極端な面倒くさがり屋さんとか、そういうことではありません。

大多数の人は、皆、そうです。



それが、良いものであろうとなかろうと、関係ない。
とにかく、

今までやってきた通りに、これからもやっていくことが、
1番落ち着くし、それを現状維持だと感じてしまうんです。


だけれど実際には、

以前ブログでも取り上げたテーマですが、

行動の現状維持は、退化を意味します。

状況に応じて行動を変化させてはじめて、現状が維持できるんです。



お店の売り上げも、

お客さんから要望されて初めて、それに対応する後追いで、
自分からは何もアクションを起こさないとすると、

それは行動の現状維持…


実際、Wi-Fiの場合では、
Wi-FiはONにすると、電波が飛んでるか飛んでいないか確認できるので、

わざわざオーナーに、
Wi-Fiは飛んでいないのか?と聴いてくるお客さんは、少ないかもしれません。

聴いてはこないけれど、
心の中で、
ここは無いんだな、と思って、終わりです。


これは、
私が最近しきりに勉強している、健康のこと、栄養のことでも、全く同じだと感じました。


ビタミン?ミネラル?栄養素?
良質なたっぷりの水?良質な空気?

これまで、
カラダから要求されたことはなく、

気にしなかったけど、今までやってこれたので、必要ありません。
要求があれば、その時考えます…


そして、カラダから本気の要求が来たら…

時既に遅し。
あなたはもう、病気です。



Wi-Fiスポットで売り上げ増加するかしないかなら、まだ、
大した問題ではないので、どちらでもいいんですが(笑)

同じことを、

自分のカラダに対してやってしまったら、大変なことになります。

取り返しがつかなくなるのです。


ですから、
「面倒くさい」と言わないで、

じぶんの人生の前にやってきた問題は、
面倒がらずに、一度きちんと見てみる。

いつも、本質を見抜こうとするクセを、つけたいですね。


それがやがて、
じぶんを守り、大切な人を守れることへと、繋がっていくと思います。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2014.01.26

伝えたい

どんなふうにすれば、もっと、より、伝わるのだろうか。


ブログを書いていると、
考えを文章にするのが上手ね、と言っていただくのですが、

自分では伝えているつもりでも、

伝わった相手にとって、
ついつい実践したくなってしまうような、
衝動を与えられるようなものでなければ、

伝わったとはいえませんよね。

ただ吐き出しているだけ。


伝わるように、伝えること、
本当にいつも、葛藤します。



そんな葛藤の、
悔しい思いの沸点は、3年前の原発事故後でした。

事故直後から、
私のところには、かなり正確な情報があって、

テレビでは恐ろしいことに、
1年経ってやっと報道されるようになったような事実も、

もう事故から数日後には分かっていたことでした。


メルトダウンどころか、メルトスルーだ。

身の毛もよだつような現実が起きていること…



今日は、

『内部被曝を生き抜く』という鎌仲ひとみさんの映画上映と、

田中優さんの講演会に参加してきました。





福島原発事故で漏れた放射能は、原爆168発分。

放射能は、フリーラジカル(活性酸素 )。

一瞬に大量に浴びるよりも、
じわじわと少しずつ浴びるほうが、危険であること。

私たちの細胞の、大切な、ミトコンドリアで変化が起こり、
癌だけでなく、すべての疾病を起こしやすくしてしまう。


からだは、セシウムを、栄養と勘違いして、取り込もうとするので、
少しでも防止しようとするなら、カリウムを代わりに摂る。


戦争を経験した医師、90歳の肥田舜太郎さんは、

福島原発事故によって、今や全国民が被ばくしている。
その事実を受け止めて、


『いい加減に生きるのをやめる』
『遊び方、働き方、あらゆるものを一生懸命生きる』


ことを、大切にしてほしいと語っていました。


福島ではいま、小児甲状腺がんが、
国際標準の300倍もの確率で発生しています。


田中優さんは、今から更に3年経つと、
子供たちの病気が圧倒的に増加するとおっしゃっていました。

特に血液や、心臓といった、循環器系に。
脳や心臓は、細胞の再生復活をしないからです。

心臓は、生まれた時のままなので、
放射能汚染されたら、そのままだから…



それでも、食生活を気をつけて、
本当の情報を実践していくことで、

もとの健康状態に戻すことも、可能です。



だけれど食生活を見渡して、

どんなに気をつけて家庭菜園の野菜ばかり食べたとしても、
放射能汚染されていれば意味がありませんし、


百歩譲って汚染が無いとしても、

野菜そのものの栄養価が、
土壌の脆弱化などもあり、

昔の野菜のような栄養価を全く発揮していませんから、


自力で食べられる野菜だけで、
これから、

私たちのからだをちゃんと作っていこうとすることは、
残念ながら極めて難しいことです。


不自然なものを除去していくためには、
少々、いろいろな物の力を頼らざるを得ません。


ファイトケミカルスによって、

傷つき、染色体異常を起こした細胞が再生していくということまで分かっているなら、
私は、
徹底的にファイトケミカルスの研究を貫いている会社のサプリメントを摂るという形をお勧めしますし、


放射能さえも除去できるフィルターを備えた、
空気清浄機が存在することまで知っているなら、
大切な人にはやはり使ってほしい。


やはりこれは、声を大にして伝えていきたいと思います。

長く、解決策がないといって、
頭を悩ませてきたことの答えが、そこにあるなら…




世界の地熱発電の7割は、日本製です。
素晴らしい技術を日本はすでに持っています。

それでも日本でそれを用いないことには、
どんな意味があるのか、

考えてみるクセを。


必ず役立つ情報があるなら、
やはり私は、発信したいと思います。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

1年ぶりの、ふるさとがえり。

涙腺ゆるゆるの私は、展開も台詞もほとんど記憶しているこの映画、
ふつうのシーンを目にしても、涙がこみ上げてきました。


映画「ふるさとがえり」

岐阜県恵那市を舞台に、市の合併記念映画として、
市民参加型制作によって完成した作品です。


『誰と生きるか、何を愛するか… それが人生』




地域社会や、生きる、ということそのものがテーマになっているこの作品。

観た人の誰もが、
自分自身の人生と、深く照らし合わせて、

時に感激したり、時に嫌悪感を感じたり、揺さぶられながら、
自分の人生を改めて考える…




実は7年前、私の住んでいる隣町、愛媛県西条市でも、
合併記念事業として、映画製作が行われました。

その時からのご縁もあり、
私も、この映画を製作されている会社「FireWorks」さんや、林弘樹監督と繋がりができ、


ちょうど1年前の、私の母の還暦の誕生日にあわせて、地元で、
『おかん感謝祭第2章~ふるさとがえり~』と題し、

「ふるさとがえり」上映、そしてロックバンドおかんのライブ、監督とおかんのトークショーというイベントを開催しました。







とても思い入れの深い、映画です。



今日、再びこの映画に触れることが出来たのは、

林監督との共通の知人で、愛媛でのふるさとがえり上映を応援されている方からのお声掛けでした。


西条建設業協会青年部会の方が、
関係者の方々にこの映画を観てもらいたいということで、上映が決まったから、
ぜひ日野さんに取材に来てほしいんです、と。


ふるさとがえりに関わって、応援してきたメンバーが、
主催挨拶や応援挨拶などを行って、

上映イベントの主催経験もあった私が、取材カメラを廻して、という、
なんだかとても、思い深い上映となりました。


1年前の、「おかん感謝祭第2章~ふるさとがえり~」
このイベントを形にしようとしていた時の自分。

本当に、ただただ一生懸命でした。


『生きる』『命』

こんなに大切なこと、
恥ずかしがらないで、もっと本気で捉えてほしいと、

強くそれを伝えてくれる、ロックバンドおかんや、林監督の情熱を借りて、
私も、身近な人たちにそのことを伝えようとしてきました。


そして今は、

私は、私なりの、伝え方、伝えるツールを得ました。


今日とても嬉しかったことは、
誘ってくださった方が、

「自分も、あの時の日野さんの頑張りや、おかんの唄や、ふるさとがえりに、本当に背中を押されて、
 このまま、のほほんと生きてちゃいけない!と奮起して、動き出したんですよ!」

と、帰り際、教えてくださったことでした。


一生懸命な人の姿は、必ず、人の心に火をつける。

私も、おかんや、ふるさとがえりに、火をつけてもらった。

そうしたら今度は、火のついた自分が、
自分自身のやり方で、

誰かの何かのきっかけになれるように。

そう動き出して、今があるんです。


1年ぶりに、様々なことを思い出させてもらいました。


そして夜は、
『おかん大阪城ホールありがとうツアー』として、10月、

おかんが大阪城ホール公演を達成した後の、凱旋ライブの、
スタッフをしてくださった方々と、慰労会でした。


がむしゃらになったこと、一生懸命やったこと、

その時には気づかないけれど、その必死が、

沢山の経験や、人との繋がりを生んでくれていること…


慰労会をしていて、

私の友人たち同士が、親しく会話したり、助け合ったりしていること…

そういう様子を見ていると、
あぁ、役目を果たせたなぁ~と、ひそかに思うのです。


心から、有難い、喜びです。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

とある方から、今日ふっと、メールが入りました。


『様々な小さなことを気にしすぎたばかりに、
自ら仕事を辞めなければいけなくなりました。

ひとは、関わる人が多くなれば強くなれるでしょうか?
ひとは、変われるのでしょうか?』


詳細なことが分からないこの段階で私が返せた言葉は、

『いろんな意味で、人は環境によって変わりますよ。
もしも、本気で変わりたい!と願うなら、
私も本気で、お手伝いします!』


ということでした。



私ががんばれる原動力は、そういうところにあるからです。

自分が得た情報や、接した経験や、人との繋がりが、

いつの日か、
私の周囲の誰かに、役立つ時が来るに違いない。


もちろんその情報や経験、繋がりは、
まずは自分自身が得ることになるわけですが、

情報や繋がりは、
自分以外の方に、そっくりそのまま、惜しみなく、渡すことができるからです。


ですから、
何かの出来事に接したとき、

いま私がこのことに出会うのも、きっと何か意味がある、

きっといつかこれが必要になる時が来る、

そう思うから、
接した出来事や情報、繋がりを、無駄にできないのです。



この方から私のことを見て、

関わる人が多く、
強くなっている、
変われた人だと、

思われたのかもしれません。


とても深い、問いだと思います。



関わる人が多くなるということは、
それだけ、

何かあった時には助けたい、守りたいと思う人が増えるということかもしれません。

それは確かに、私を強くしてくれる。


自信がなかった自分でも、
奮起することで、進むことで、乗り越えることで、

変われるのかもしれません。



人は、
親しく付き合っている10人の人格によって、作られるといいます。

環境。


毎日、誰と会話しているのか、
毎日、誰の言葉を聴いているのか、

毎日、何を見ているのか、何から情報を得ているのか、


いつの間にか、それらがあなたを作ります。



あなたを作っているものは何なのか。


身体は、
空気と水と栄養素で出来ているなら、その質を選ぶこと。

心は、
関係している人や言葉や情報で出来ているなら、その質を選ぶこと。



いただいた命に感謝して、
命を最大に発揮して輝かせるなら、

そこを無視しては、進めません。



今日のように、尋ねてきてくれる人がいた時、
誠心誠意応えることができる、自分でいたいと、私は思います。





今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

目指すものがある時は、
一心に向かっていくので、ともかく時間はいくらあっても足りず、

あっという間に時間が過ぎ、
慌ただしくも、充実しているものですが、


普段から、
じぶんの心に敏感でいると、

そういう時にも、

あっ、心が少しざわついてきたな、と感じることがあります。


きちんと向かっているけれど、
なにか、ざわつく。


そんな時は、

じぶんの心を、

まっすぐにスコーンと抜いてくれるような、
透明にしてくれるような、

いつもの場所に振り戻してくれるような、

何かを、
知っておくといいですよね。



近頃は私にとって、それが、サンキャッチャーです。


寺社に出向かなければ浄化されにくかった感覚も、

出向く間も無い、
僅かに数分の隙間の時間しか無い時でも、

じぶんの心を正常なところに持っていくために、


車内でも、部屋の中でも、
そこにあるサンキャッチャーに目をやるだけで、

すぅーっとざわめきが収まっていきます。



【太陽の光を集めて、虹をつくる】

【じぶんの居る場所に、聖域をつくる】


もともとは、サンキャッチャーは北欧の文化だけれど、

受け入れと応用の文化を持つ日本に入ってきてから、

もっともっと、
多様でお洒落なサンキャッチャーが増えています。





今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

昨年末あたりから、同窓会などが多く、
以来、嬉しいことに、旧友と再会して話をする機会が増えてきました。


会話の中で、よく友人から、

「愛子ちゃんは本当に色んなことをやってて、凄いよね。」と言われます。


そのあとに、

「私はこういう事情だし、今のままでいい。」というような言葉が続きます。


私は何かこの言葉に、引っ掛かりがあって、考えていました。


私は、色々やっていることは事実なのだけれど、
「今のままが嫌だ」と思っているかというと、そういうわけでもないのです。

今という時を、環境を、とても幸せだと感じています。


私も、友人も、同じように、「今」を「幸せ」と感じているわけです。

では一体、何が違うのか…


どうやら、「今のまま」という言葉に対する、定義が違うようです。


「今のまま」=「現状維持」ですが、


現状を維持したいのか、
(状態が今のまま)

現状の維持をしたいのか。
(行動が今のまま)



私は、「今のように、笑って、幸せだと言える“状態”を維持したい。」

と考えるので、

そのために取る“行動”は、「今までしてきた通りではいけない」と思っています。

ですから、行動は、変化するんです。
状態を、維持するために。



私がいくら、
今のままでいい、と言い張って、

今のままで在ってくれることを望んでも、
すべてのことは、変化していっています。


1秒たりとも同じ時間が重なることはなく、時間は経ち続け、

自分も周囲も年を重ねて、
空気と水と栄養素で出来上がっている人体は、酸化して、退化の一途を辿っています。


日本では四季があり、
季節が変わるごとに、それに対応して、服装も変えていきます。

そうしないならば、必ず風邪を引いたりして、
健康な状態を維持できないからです。




時代は大きく変化し続け、

経済情勢も地球環境もすべてが変わり続けています。




自分を取り巻くすべてのことは、
そんな変化の中にあるのだと、知れば知るほど、

自分だけが今まで通りの行動を取っていたら、
今まで通りの状態や、結果とは、

別のものがやってくることは、明らかです。


「今のままでいい」

「今のままの幸せ」

を、守るために、

私たちは、何か、これまで通りではない、行動を、
取ったほうが良さそうです。


私が動いて情報を集め、
繋がっている人たちに伝えようとするのも、そのためです。


大切な人たちが、
いつまでも、

幸せに、当たり前に、笑っていられるように…

綺麗ごとではなく、本当にそう、願っています。





今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

ついつい、うっかり。

眠る直前にブログを書こうと思っていたら、
そのまま眠りこけてしまう…


不思議な時間にヌッと起き、
寝ぼけた頭で書き書き…

そんな日もあります。



さてさて、明日、もう今日ですが…


母の一ヶ月間の入院生活が始まります。


春から半年間、抗がん剤治療をし、

秋に手術を二度行い、

無事に終えて、最終段階。


これから一ヶ月間入院して、
毎日放射線治療を受けます。


おかげさまで沢山の方が心配して、思いを寄せてくださって、

本当にすべてうまくいって、

今では母も本当に元気で。


大変ありがたいことです。



うちは両親とも、もともとは、
特別健康に留意して、予防や対策をとってきたタイプではありません。

60代になり、
それぞれ大きな病気になって、はじめて、

どれほど健康が大切か、
どれほど予防することが大切か、

本人も、そして私にも、痛いほどわかりました。


これから先の人生。

知り得た、健康のための知識を、じゅうぶん有効に使いたいと、思っています。


自分のためにも、家族や周囲の人たちのためにも。


健康は、長生きのためとは限りません。

【生きている今を、精一杯生ききるため】

に、健康が必要だと思っています。


元気に、いきましょう!




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

目的を持つと、

行き先が決まって、

動き始めると、

それに相応しい問題が起きてくる。



今日は高校時代の大好きな2人の友達に会えました。


ひとりは、

大学を出たあと、東京でアパレル関係のデザイナー的な仕事をやり、

その後スウェーデンに留学して更にテキスタイルを学び、

帰国後、おばあちゃんの実家を改装して、
布作りに専念できる環境をつくっています。












日本家屋の良さを残したまま、ところどころに、
北欧のあたたかみがプラスされ、

とても新鮮でお洒落なおうちになっています。


私ももともと、古いものが大好きなんです。
その歴史に思いを馳せて、それはもう、ときめいてときめいて…

ですから彼女の丁寧な暮らしぶりに、
本当に感動しました。


彼女は、柔らかなんだけれども、
じぶんの生きる目的や、着地点が、定まっているんだと思います。

そうでなければ、
こんなにじぶんの居場所に愛情を込めることはできないのではないでしょうか。

随所に、
じぶんの選んだ物への愛情や、接し方の丁寧さが感じられました。


sun and snow という作家名で、作品づくりをしている彼女。

じぶんの歩幅を、何よりも大切に、
強くにこやかに生きてる彼女に、とても感動しました。


一見柔らかに見えるけれど、とてもこだわりの強いところが、
私と少し似ていて…

互いに独身でいることが、なんとも…(笑)ですが。



そしてもうひとりは、

美人でサッパリしたとても優しい一児の母。


「愛子ちゃんって、
会うたびに思うけど、
本当にエネルギーがあって、すごいよね~!毎回自分が小さすぎて嫌になるけど、パワーもらえる~!」

と、いつも私を褒めてくれる、優しい子です。




彼女は、
旦那さまに対しても、いつも、少し大げさなくらいに、褒め言葉をかけています。

何かしてくれたら、
喜びをちゃんと言葉で表現し、褒めます。


「それさえしておけば、
気持ちよく次もやってもらえて、自分がラクだから。」


これは、本当にその通り。
それこそ、女性のあるべき姿だなぁ~と、本当に感心します。


誰に対しても、そのように接することができたら、
どんな人とも上手に関係を築けるはず。


彼女とは、私は正反対なタイプ。

ですから、彼女は早くに結婚しています(笑)


良くも悪くも、私は嘘がつけなくって、
そればかりか、

異性のことは、
良いな、素敵だな、と思ったことも、
じぶんの心に留めておいて、そっと微笑んだり、

黙っておいて、その人のために何か動くようなタイプで、

それでは、どうやら、気づかれないようなんですね。

私に本当に足りない、見習うべきところを、彼女は持っています。



彼女にそれが、簡単にできてしまうのは、

いつまでも仲良く、いい関係でいたい、
というところに、着地点があるから。

だから、そのためになることなら、
苦にすることなく、できてしまう。




私は、車に乗っていろんな場所に出かけますが、
方向音痴なので、ナビが無いとどこへも行けません。


目的地を決めて、ナビにセットし、動き始めると、
少し迷いながらでも、いつか確実に、目的地に到達することができます。


だけれど、
車に乗っているのに、
ナビに目的地をセットすることもなく、とりあえず発進してしまうと、

もうそのあとは、
果たして一体どこに辿り着くやら、

辿り着いたその場所は本当に行くべき場所だったのやら、
わけもわからないまま、彷徨ってしまいます。

辿り着いたあとも、
なにか、漫然とした状態のまま…



人生もきっと、同じこと。


私の人生の目的は、

成すべきことを果たし、自分も、幸せでいることです。


いつか、
じぶんの魂が、この体を卒業するとき、


「あぁ~、幸せだったぁ~。ありがとう。」

と言って、逝くことを決めています。


その日まで、
どのような日々がこれから待っているのか、まだ分かりません。

だけれど、必ずこのようにしていきたい、という気持ちがありますから、

きっと、セットした目的地に到達するまでの、
相応しい課題がやってきて、解決しながら、

卒業の日を迎えるはず。


それぞれの使命、それぞれの着地点があるから。

もしかすると、

【高め合うより、補い合う】

が、人とのお付き合いの仕方なのかもしれないと、教えてもらった、気がします。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

赤ちゃんの匂いには、とても癒やし効果があるなぁ…と、思いませんか?

抱っこすると、
ふわぁ~っと、あたたかな蒸気加減と、なんとも言えない幸せの香り。



こんな風にして、
逆さまから顔を覗き込むと、ニヤニヤと喜んでくれました。

今日は久しぶりに会う友人のおうちに、遊びに行かせてもらって。

可愛い双子ちゃんに遊んでもらいました。




私の友人は、
出産よりも、出産までの期間が、苦しかったそうです。

早産を防止するために、

何ヶ月も入院して、
筋弛緩剤を投与したために、

思うようにからだが動かせなくなり、
文字通りの要介護状態に。

体を拭いてもらったり、下のお世話をしてもらったり、

恥ずかしいという思いと同時に、
看護師さんのことを、とても尊い仕事だと、本当に感謝したといいます。


まさか、じぶんのマタニティーライフが、こんな形になろうとは…


それでも、
分娩室から近い、彼女の部屋には、日々色々な声が聴こえてきます。


元気に生まれた瞬間の、赤ん坊の声。

青白い顔をして、部屋から飛び出してくる男性(立会い中の旦那様でしょう)。


そうかと思えば、
成人女性の、異様な泣き叫ぶ声…


死産…


女性にとって、
これ以上にむごい出来事が、あるでしょうか…



友人の出産もまた、一歩間違えば、
大変に危険なものでした。

それでも…


こうして2人が元気に生まれてきてくれた。


考えてみれば、
自分自身がこの年齢まで、五体満足に生きてこられている。


このこと自体が、
本当は、

ものすごい奇跡であるということ。


改めて今日は、友人に教えてもらいました。



私もいつか、身を以てその奇跡を、経験したいな…


と同時に、

私のこの命、

絶対に、無駄にすることなく、世の中の役に立てよう。

と、また、思いました。



いよいよ2月2日には、
映画【うまれる】の上映会があります。


仲間の健ちゃんが主催なので、
当日は私も、司会という形でお手伝いさせていただきます。

ぜひ!おいでください。


必ず、あなたの中に、【うまれる】はずです。


それでは、以下、健ちゃんのメッセージと、詳細をご覧ください。



・・・・・・・・・・・・・・・・

最初、映画「うまれる」を見た時、途中から涙が止まらなくなり、心が救われた気がしました。
それは一度大切な大切な小さないのちを失ってしまった経験があったから。
だからこの映画を沢山の方に見てもらいたいんです。

見る方によって感じるメッセージは違うと思いますが、あったかい気持ちになり、
「産んでくれてありがとう。」
「産まれてくれてありがとう。」と素直に感じる事の出来る映画です。
是非足を運んでいただきより見ていただきたいと思います。

そして、いつも「まんまの会」に来ていただいているマミー助産院の佐々木真理先生。
「まんまの会」でもいつも素敵なお話をして下さいます。
病院でのお産ではなく、助産院での自然なお産を通して、実際にいのちと真剣に向き合っている佐々木先生のお話も、
もっと多くの方に聞いてもらいたい!と思い映画「うまれる」の上映前にお話会をしていただくことになりました。
いのちの誕生のお手伝いをされている佐々木先生のお話を聞いて、
映画「うまれる」を見られると、より多くの事を感じ取ってもらえるのではないかと思います。

【日時】
2014年2月2日(日)

【場所】
愛媛県市民会館 川之江会館
(愛媛県四国中央市川之江町4069-1)

【主催】
自然薬本舗 鈴木薬局

【後援】
四国中央市・四国中央市教育委員会・四国中央テレビ

【入場料】
未就学児 無料(要整理券)
小中高生 (前売)500円  (当日)1,000円
大人 (前売)1,000円  (当日)1,500円

※未就学児は無料となっていますが、座席が必要なお子様は、整理券または予約が必要です。
※授乳室・託児スペース有り(要予約)お子さんも赤ちゃんも参加大歓迎です!

【プログラム】
12:00~  開場 入り口のマルシェをお楽しみ下さい♪
13:00~  挨拶
13:10~  佐々木真理助産師 お話会
13:50~  休憩(20分)
14:10~  『うまれる』上映(上映時間104分)
16:00    終了



【チケット販売所】
自然薬本舗 鈴木薬局(0896-58-4309)

【問】
0896-58-4309(鈴木)
information@suzuki-sizenyaku.com

【申込】
http://kokucheese.com/event/index/119876/


【映画うまれる】
両親の不仲、虐待の経験から親になることに戸惑う夫婦。
出産予定日に我が子を失った夫婦。
子供を望んだものの、授からない人生を受け入れた夫婦。
完治しない障害を持つ子を育てる夫婦。
「子供は親を選んで生まれてくる」という胎内記憶をモチーフに、命を見つめる4組の物語を通して
自分達が生まれてきた意味や家族の絆、命の大切さ、人との繋がり、そして『生きる』ことを考える
ドキュメンタリー。


【佐々木真理先生プロフィール】
マミー助産院、助産師。
愛媛県立病院で助産師として25年の勤務の後、
「妊娠の始めから産後まで、それぞれの妊婦さんと深くかかわりたいという強い思いから、
平成17年より四国中央市土居町でマミー助産院を開業。
一人一人の性格や体調に合わせた自然なお産のお手伝いをされています。
現在はヨガ教室、講演会など多方面で活躍中です。


【マルシェ出店店舗】

《M taste(手作り雑貨)》
四国中央市金田町の自宅ショップで手作り製品を販売しています♪
リネンのお洋服や鞄、その他、沢山の可愛いものを持っていきますね~
 ブログ「http://blogs.yahoo.co.jp/hmm28jp」

《ブランケット(天然酵母パン)》
天然酵母なのにふんわりと食べやすく 食べているとじんわり小麦の味がするホームメイドスタイルのパン屋さんです。
 場所「愛媛県四国中央市妻鳥町1010-1」

《L’ovest Farm(自然農法野菜)》
無肥料・無農薬の自然農法で果樹、野菜を栽培しています。
 HP「http://www.lovestfarm.com/」

《Illustrator SEIKO》
「生活のすぐ隣に物語を!」をコンセプトに透明水彩絵の具で夢のある温かい世界を描いています。
イラストのオリジナルグッズ(カード、雑貨、うつわなど)を展示販売致します*
 ブログ「http://ameblo.jp/seikoillustration/」

《自然薬本舗 鈴木薬局》
四国中央市で漢方・自然薬の相談薬局をやっております。
当日は身体と心が喜ぶマクロビオティックの「食」をお届けしたいと思います。
 HP「http://www.suzuki-sizenyaku.com/」


※映画「うまれる」は「世界一ママに優しい映画」を目指し、
「赤ちゃんの鳴き声は映画のBGM‼」 として3歳以下の小さなお子様と一緒にみれる「ママさんタイム」の実施をしております。
赤ちゃんや小さいお子様連れの方も多くいらっしゃいます。
少々会場がざわつくことは、ご容赦くださいませ。
また、小さいお子様が遊びたくて泣いてしまったりする場合もあるかもしれません。ぜひぜひ皆様の協力をお願いいたします。

・・・・・・・・・・・・・・・・

今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

篠笛(しのぶえ)。


数年前、阿部さんに出逢うまで、
この篠笛のことを、私は知りませんでした。


阿部一成さん。

新居浜市出身の篠笛奏者。


大学在学中に、民族芸能に触れてから、
その魅力に心奪われ、

和太鼓集団『鼓動』に14年間在籍されたのち、

新居浜市に戻り、拠点を新居浜市に置いて、


ヨーロッパなどを、様々な分野のアーティストなどと共に、
ツアーで廻られたり、

地元新居浜では、篠笛教室をされたり、しています。


新居浜市出身とは言っても、
生誕の地が新居浜市であったのみで、

1歳までしか新居浜市には住んでおらず、
もちろん新居浜の記憶は無いわけですが、


祖父母の家があるからと、
よく遊びに来ていたということで、

自然の豊かないい場所だと、ずっと思っていたそうです。



生まれて間もなく引越したのに、
生まれた土地のことも、やっぱりふるさとだといって、

こうしてずっと、大切にされ、
海外に行っても、新居浜という土地のことを話してくださることって、

なんだかとっても嬉しいことです。


反対に、新居浜の生まれなのに、
有名になったとき、それを公表されない方を知ると、

なんだかとっても寂しく感じます。


だからどうって、
直接的に私に関係するお話じゃないのに、そんなことを感じるって不思議です。


同郷。同国。

なにかそんな風に、誇りを持っている方を見るのが、嬉しいのかもしれません。



今日はお仕事で、
久しぶりに阿部さんの篠笛を聴かせていただくことができ、幸せでした。




同じ日本古来の横笛でも、

そもそも舞台芸能に用いられるための、
雅楽などで主に演奏される、龍笛(りゅうてき)のような、

深みのある、線の太い音ではなく、


何かこう、柔らかな中にもピリッとした音色を奏でる、篠笛。

お囃子など、民衆の中で、気軽に演奏されるものだったそうです。


どちらも日本人の心に染み渡るものですが、

私は、


龍笛には、
とても深いリラックスに導かれ、

篠笛には、
日本人として背筋がピッと伸びるような感覚をいただきます。



伝統芸能を引き継ぐ方々。

私はずっとずっと以前から、
そういった方々に、深い感謝の気持ちを憶えます。


リレーしてくださって、本当に有難いこと。



だけれど伝統芸能を担う方でなくても、
誰でも、

意識する必要があるのかもしれない。


これからも私たちが、
リレーしていかなければならないことは何か?

じぶんがこの世を去ったあとの、未来に向けて。子供たちに向けて。地球に向けて。


何のために、じぶんの命を使うのか。

意識をしながら、生きたいと思います。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2014.01.17

日常に感謝

阪神淡路大震災から、実に19年。

当時はまだ生まれていなかったという人たちが、
まもなく成人を迎えようかという月日が流れました。


平成7年1月17日午前5時46分。

私の住む愛媛県新居浜市でも、大きな大きな揺れを感じました。

私は当時中学2年生で、
テレビから流れてくる映像、情報に、ただただショックを受けつつも、

どうすればいいかと何か案を思いつくこともなく、
どうすることもなく、日々が過ぎて行きました。


地震によって家族や友人、家や仕事を失った方々にとって、
何年経っても癒えることのない大きな傷。

今でも、辛い思いをされた方々のお話を伺うと、
なんと言葉をお返ししていいのか、わかりません。



当時を神戸で過ごし、壮絶な思いをされた方と、
偶然、

東日本大震災発生の翌日に、お話する機会がありました。



その方がおっしゃったこと。

「人間はちっとも反省しない。
 関西であんな大きな地震があっても、今じゃ何事も無かったかのように復興して、
 そうしたら、まるで忘れてしまう。
 地震対策とか、そういうことではなくて、もっと根本的なこと。

 自然への畏怖の念。人間はこの地球に生かしてもらっているということ。
 あの時確かにそういうことを感じたのに、また忘れている。
 だから、繰り返されるんだ。」


東日本大震災が発生した翌日ですから、この地震による、
本当の恐ろしさ、被害の原因などは、まだわかっていない時点でしたが、

とても共感するところがありました。


とにかく何かにつけて、人はすぐに驕ってしまうから。


私たちは、あくまで、

自然の中に生かされた、ひとつの生命体に過ぎないということ。
決して忘れてはいけませんよね。




今夜は、
昨秋の、ロックバンドおかん凱旋ライブでスタッフをしてくださった方々
と、
久しぶりにお会いしての慰労会でした。


全員が一度に集まれないので、
来週にも、開催します(笑)


家には家族が居てくれて、

美味しい食べ物を囲んで語り、笑い合える仲間が居てくれて、

こんなに贅沢な日常を過ごさせていただいていること、
感謝を、胸に刻みたいと思います。



写真を撮り忘れました…ショック…



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

今夜は久しぶりに、
名前のことだまセッションをさせていただきました。

開始時間も遅かったのですが、
お話が大いに盛り上がり、あちこちに花が咲き、深夜に及んでしまいました。

「さくら」という名前の通り。


「さくら」というお名前は、
名前のことだまを語るうえで、

お伝えしたいことが、本当に沢山あるお名前です。


また、名前の中央に「く」の音がある方とのセッションは、
お伝えしたこちらが驚くほど、

既にそれを実践している、

という場合が大変多いのです。



占いではありませんから、

この音であれば、このような意味、
と、決まっているわけで、


私は、お会いする前に、
事前に作っておいた資料に基づいて、お伝えさせていただくのですが、

セッションの中で、
何度も何度も、

驚きと気づきと振り返りを、

受けてくださる方と、私と、互いに感じ、確かめ合うんです。


これが、とても不思議であり、面白いところ。


全く同じ名前であれば、それは、全く同じ素材を持っていること。


それでも、
人も、セッションも、千差万別になるのは、

素材は同じでも、調理の仕方で、
出来上がる料理は全く別のものになるように、


同じ音を持っていても、
セッションの中で伺っていく、

おひとりおひとり異なる、その環境の中で、

皆さん違った作用をしています。


そのことをお互いが確かめ合って、喜びが満ちていく感覚…


そしてやがて、
日本という国の偉大さや、世界の中での重要さに氣づき、

役割を果たそうという思いが自然に湧き上がるこのセッション…


そんな思いになってくれた方を目の前に、私の心も、
幸せが満ちていくようです。


これからは本当に、
日本人同士が手を取り合って、

それが日本だけでなく世界のためになることを自覚し合って、

互いに高め合っていけるように…


その方法を得られたことに、心から、感謝をして…





今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2014.01.15

瞳輝く人を

こんばんは!
大阪から愛媛に帰るバスの中です。

この2日間の大阪、
1日2回のセミナーと、2日間それぞれ色々な方に出会いました。


大学時代の同級生で、
今は民放キー局でバリバリ仕事をしている友人や、

ともにロックバンドおかんの応援をおもいっきりやっていた、
バーを経営している仲間にも会えました。


わずかな時間ではありましたが、

それぞれのフィールドで、
本当に生き生き、やりたいことをやっている、

彼らの瞳の奥は、やっぱり輝いています。


私は、ひとりっ子だからなのか、
元々、ひとりで居ることが苦にならず、
むしろ色んな人に会うことが苦手なほうでした。


ですが、10年間ケーブルテレビ局という会社で、
営業や取材やあらゆることをしてきたおかげで、

また、

個人的に様々なイベントを主催したり、お手伝いしてきたおかげで、
人に会って、人のお話を聴くことが、とても好きになりました。


会えば会うほど、
自分の人生にはない、経験や価値観を、
垣間見せてもらえることになります。


元々、感激しやすいほうなのですが、
近頃さらに涙腺が緩くなったようで、

話している相手が、
瞳の奥をキラキラ輝かせて、

自分の好きなことや、やっていきたいことを語ってくれると、
それだけで、涙が出そうなくらい嬉しかったりします。


本当に嬉しいんです。


だって。


子供たちは、

いじめたり、いじめられたりするために、
生まれてきたわけじゃないし、


若者たちは、

自分なんて別に大した力もないし、なんて言って、無気力になるために生まれてきたわけじゃなく、


大人たちは、

自分の毎日が思うようにいかないからといって、
若者たちに、そんなこと無理だと、夢を奪うために生まれてきたわけじゃない。


そして、最終的には、

じぶんでじぶんのことをうまく愛せず、
人のことも愛せず、
荒んだ心で、人を傷つけたり、争いを起こしたり…

そんな風になるために、生まれてきたわけじゃくて。



生まれてきた私たちは、全員、ひとり残らず、

何か、心が、魂が、
おもいっきり喜ぶようなことをするために、
生まれてきたはずだと、思うんです。


それが本来の姿だと思うんです。


皆が、じぶんの本来の姿を生きられたら…


心からそう願っているから、

そんな風に生き生きと生きている人を見ると、
嬉しくて、震えます。


だから私は、


私が出会っている、お話する人たちの瞳は、
皆、キラキラしてる、

そんな風になれるように。


そのために私にできることは、全部やる。


そのことが、今の私の、1番の、原動力になっています。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

こんにちは!
大阪は快晴です。




昨日の夜、ブログの最後に、大阪へ行くことを書いていたら、
大阪に住んでいる大学時代の友達2人から、お茶しようと連絡を貰いました。

数年ぶりの再会です。嬉しいなぁ。


この年になって、
学生時代の友人と再会する機会が増えています。

年末には、中学の同級生とも、高校の同級生とも、
同窓会のおかげで沢山再会できたし、

年明け、大学時代の友人ともこれから何人か会えそうです。


ハタチを過ぎて社会に出てから、
それぞれ、夢中で自分の立っている場所を走ってきて、

その中で、多くの人は家庭を持ち、守るべきものを持ったことで、

日々の生活は尚更、
学生時代を共に過ごした友人との時間とは、遠く離れてしまっています。


それでも、何かのきっかけで、再会できる友人もいる。

私は、こういう友人は、

これから、
友人ではなく、仲間になっていくのではないかな、と感じています。


ただ、学校が同じだったから、一緒に過ごしていた。

それはもちろん、紛れもなく、ご縁があったから出逢えているわけですが。


様々なことを経験してきて、

そののち、
これからやっと、本当の意味で、

未来に向けて、どう歩んでいくかが、クッキリと分かれていく中で、

再び会い、
互いを出来る形でサポートしていくことが出来たなら、

これは、人生においての仲間に変わっていく。


自分に関わってくれる、
どれだけの人を、どれだけ喜ばせることができるだろう。


自分も喜び、関わってくれた人も喜び、
それを大地も喜び祝福してくれるような、
そんな生き方を、していきたいと思います。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

突然ですが、


あなたのカラダは、何で、出来ていますか?

あなたのカラダを、構成しているものの正体は、何ですか?



私のブログは、
ブログなのでもちろん、個人的な日記、備忘録のような要素も多々ありますが、

誰かの、何かの、氣づきのきっかけになれたらと思い、書いています。


自分で自分のことを、愛おしいと感じたり、

そして、願わくば、
自分の中にある、日本人性にハッキリと氣づき、喜びに溢れるような体験をする、

そのことを通して、
日本という国が大好きになって、

この国の持つ役割の大きさに、氣づいていただく、きっかけになれたら、とても幸せです。


そのためにはまず、
自分で、自分のことを、知る必要があると思うのです。


その意味で私は、
「音」から始まった日本において、
名前のことだまのことを、お伝えしています。


そしてもうひとつ。

「自分を知る」というからには、まず、
「自分」が、どうやって構成されているか、知っておいたほうがいいと思っています。


ですから今、私は、
名前のことだまのことと、人のカラダのことを、

自分の時間の許す限り、勉強しています。



これまで私は、沢山の大きなイベントに関わってきました。

そこには、
やったことのある者にしかわからない、感動や、苦しみや、成長、素晴らしいものがあります。


けれど、決まって私が、
イベントが終わったあとに感じていたもの。


それは、無力感でした。


無力ではないと、わかっていても、です。


人は、
イベント等の何か一時的なもので、気持ちが高まってきたとしても、


具体的に動くには、

自分の強みや弱点を掴んでいなければ、効果的に動けないし、

継続させていくには、

カラダのことを理解していなければ、必ず心身共に無理が生じてしまう。


大きなイベントをやることは、
大きな意味があることで、沢山の人のきっかけになれる、素晴らしいことです。


だけれど、私は、
その後、そこに関わってくれた大切な人たちの「その後」も、気になってしまうのです。



【自らの確固たる使命を、心の奥で感じることのできる、名前のことだま】

そして、想いが高まってきたとき、

【その想いを、確かに具体的に発揮し、持続することができるようになる、心と体を作るための材料】


本当にやりたいことを、やりたいと思う形で成すために、
どうしても必要な、健全な肉体と心。



本当にやりたいことって、特別なこととは限りません。

『赤ちゃんの為に、ちゃんと、体力と笑顔の持続する母親でいたい。』

たとえば、これだって、立派な、やりたいこと、です。


だけれど、思った以上に、
子育てにおいても、笑顔で、体力に不安を感じないで出来ている方は少ないようです。


ひとりひとり、ひとつひとつの日常、
『本当はもっと、こうしたい』

が、出来る、心と体のために。

不安要素を取り除くために。


私は、
自分のことも、身近な人のことも、私が出逢うことのできる全ての人のことも、
おもいっきり応援したい!

私の、『進化した応援』は、進化し続けます。



というわけで、明日と明後日は大阪へ、
来週末は高松や松山へ、行ってきます!





今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2014.01.12

後輩の結婚式

本日は、おめでとうございます。


今日は全国的にも成人式が行われましたね。

子供と大人の境目に、
戸惑いながらも、確かな自覚を持ち始める今、

どうか、
自分に自信を持ってしっかりと歩んでほしいと、
心から思います。


今日まであなたが生きてこられたということは、

誰かが、
あなたを心から愛して、愛情をかけてくれた証だから。



そして今日は、会社の後輩の結婚式でもありました。

私が社会人になってから、
初めて出来た部下だった彼。


とても控えめで、優しい子なんですが、
今日の彼は、

今まで、一度も見たことのないほど、
凛々しく、逞しく、

胸を張って大きな声で、立派なスピーチ

本当に感動してしまいました。


守るべき人が出来たとき、
男の人って、こんなにも変わるものなんだなぁ…

と、改めて感じさせてくれました。

周平くん、おめでとう。




そして、会社の中で、
1番同期入社が多い世代が彼の代なのですが、

同期の子たちが、
一生懸命、披露宴から二次会まで準備して、

彼と1番仲の良い同期が、
悪ふざけをしながら、男泣きしている姿に、もらい泣きしてしまいました。


終始デレデレしている周平くんを見ていると、
こちらも照れてしまいます。

いつまでも、奥様には優しく、ね。


ふなっしーまで登場して、
楽しい楽しい、ひとときでした。



いいなぁ!結婚!(笑)





今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

昨日、
「下の名前を省略せず、さん付で呼んでもらうことは、敬意を示されているということ」

「呼ばれることで、本来持っている音の働きが活性化する」


ということについて、書かせていただきました。

そうしますと、Facebook上で、
「私はいつもニックネームで呼ばれているんだけど…」と、
予想以上に多くの方からコメントを戴きましたので、
今日は、ニックネームについて書かせて戴きますね。


もちろんニックネームも、決して悪いわけではありません。


社長、課長、なども、いわばニックネームのようなものではありませんか?


「このコミュニティーの中では、私はこう呼ばれるんですね。
 こういう役割なんですね。わかりました。」

というように、呼ばれた通りの人らしく、なっていくのです。


その意味で、自分より下の目線で、
「平社員」「妹」などと呼びかけることがないことは、理にかなっているのです。

いたずらに、その、下のままの位置に安住しようという気持ちを起こさせないから。



私自身は、3年と少しほど前から、
様々なタイプのイベントや講演会などに、
お手伝いや、お客として、また、主催者として、関わってきましたが、

初めてそういったものに関わったとき、

主催者の人からネックストラップ付の名札を手渡され、
「ここにニックネームを書いてください。」

と言われ、戸惑いました。


私は、「愛子」という名前が大好きで、誇りを持っていますから、
自分を特に他の呼び方で表現したいとも思わないからです。

そこで、いつも、私の場合は「愛子」で通してきたわけなのですが、

ある方に、なぜこんな風にするんですか?と尋ねたら、

「同じ名前の人が多いから、わかりやすくするため」と言われていて、なるほど、と納得しました。


たとえば…「ちゃっぴー」とでもニックネームをつけて、
その日そのイベント内では、「ちゃっぴー」と1日呼ばれていたとしたら、

なんとなく、「ちゃっぴー」として、「その気」になりませんか?


たとえば…私に外国人の彼氏ができたとして、(笑)
毎日「ハニー」と呼ばれていたら、

なんとなく、「ハニー」らしく振る舞う私になりそうです。


いつもの私じゃない、私を味わえる。

いわば、変身願望や、コスプレのようなものにも少し似ているかもしれません。


要するに、

相手を、その名で呼ぶということは、
相手を「その気にさせる」ことなのです。


属するコミュニティーが沢山ある人は、
そのコミュニティーによって、呼ばれ方が違い、沢山ある人もいるでしょう。

その数の分だけ、知らず知らずのうちに、その呼ばれ方のキャラクターを、

私たちは演じ分けているのです。





ただ、ひとつだけ、やってほしくないことがあります。


『自分の本当の名前が嫌いだから、ニックネームに逃げる』こと。


こういうことが無いように、
私は、セッションの中で、時間をかけてその方の人生を紐解いていきます。


いつもお伝えさせて戴いていますが、

とても大切なのに自分で決めていない、

授かったその名前の「音」の中に、
大切な、あなた本来の性質、使命が、あります。

それを受け取った上で、
他にも様々な役目を果たされるのは素晴らしいことですが、

それを無視して、受け止めないで、
他に逃げてしまうことは、

本当のあなたの人生を生きないことに繋がってしまうと思うのです。


沢山の呼ばれ方があるのは、楽しくって、とってもいい。

でも。

本当のじぶんに還る時間を、
大切な人と、共有してほしいから。

だから、大切な人と、名前で呼び合ってほしいな、と、思います。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

名前のことだまでは、

氏名は、使命。

大事なことなのに、自分で決めていないこと、

物心ついたときには既に決まっていたこと、

ここに、使命・役割があって、

音の意味から、それをお伝えするもの。



それにしても日本では、
名前以外にも、何通りもの呼びかけ方があります。


ニックネームなどの他に、

社長、課長、お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん…

役割そのものを、
名前のようにして呼びかけることが多いですよね。



けれどそれは、決まって、

ある種の、【上】の存在として、です。


平社員、とか、子供、とか、弟、妹、

というのは、呼びかけ方として、存在しません。



そうなんです。

相手を、声に出して、呼ぶこと。


そのことは、それだけで、相手を尊敬し尊重していること。

少なくとも自分より、上の存在として。


だから。

ちょっと恥ずかしいけれど。呼んでみてほしい。


大切な人のことを、名前で、さん付けをして、呼んでみよう。

そして呼んでもらえたら、
呼んでくれた人からの愛をじんわりと感じてみよう。


きっと、素敵な関係になりますね。


昔の日本のことを、
古き良き時代、と呼ぶのは、


親でも、子のことを、さん付けで呼ぶことが当たり前だった、

そんな、存在を尊重した愛が、あったからなのかもしれません。





私もひそかに、

互いに下の名前で、さん付けで呼び合うご夫婦に、
また、お子さんをさん付けで呼ぶお母さんに、

憧れています。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

今朝は勉強のため、高知に行ってきました。

1人で行くよりも、
高知にほとんど行ったことがない、母も連れて行こうと、
2人で行くことにしました。

運転するのに話し相手がいてくれるのは嬉しいです。


最近、休日のほとんどを、勉強にあてています。

わかっていくことが増えるたび、
熱く込み上げてくるものがあります。



お昼には、自然食の「光の種」に行きたかったんですが、
母は高知の塩タタキを食べたことがないので、やっぱりひろめ市場だ!

っということで、いつも通りのひろめ市場に。



やっぱり、塩タタキは絶品!!



安兵衛の餃子も、美味しいですよね。




母はよく火が通っているものでないと普段食べないんですが、
高知の塩タタキは美味しかったようです。


そしてひそかに、ずっと楽しみにしていた、「草間彌生展」に行ってきました。






草間彌生さんは、80歳を超えた今も、

精神病院に居ながらも、制作活動を続けています。


子どもの頃から、幻覚に悩まされ、

自死に憧れる傾向にありました。

でも、小さな頃から描いていた、

水玉模様と網目模様。


芸術に没頭することだけが、

死にたいという草間さんの心を消し去っていたのです。


水玉の強迫、
とタイトル化するほど、執拗な水玉表現。







今でも。

1人になると、死にたいという衝動に襲われる。


でも。だからこそ。

草間さんにしか出来ない表現があります。


「愛はとこしえ」という、全50枚から成る作品には、

人の体や、細胞のようなものが、
散りばめられて、構成されているのですが、

不思議なことに、

人間ということ、生きるということ、死ぬということ、

喜びということ、憎しみということ、哀しみということ、

あらゆるものがそこには在って、溢れ出ていました。


ひとつ、無かったのは、安定や、安心。


だけれどこれも不思議なことですが、

作品群の中に、しばらく佇んでいると、

やがては、
安定や、安心感が生まれてくるのです。



私はなんだか、

正しいとか正しくないとかいうジャッジは、無いなぁ~と、
改めて思いました。


草間彌生という人物が、

他の人間に比べて、珍しいとか珍しくないとかの問題ではなくて、

ただ、ただ、

その人の命そのもので、在れば、それが最も美しく素晴らしいことだと。


たとえネガティブな感情でも、
毒々しいものでも、

その命そのものであることは、
すべてを超越してしまう可能性の塊だと、感じました。


感性の刺激を、いただきました。

彌生さん、ありがとう。









今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

数日前、とある女の子と、ゆっくりお話をしました。

彼女には今、夢があるといいます。


叶えたうえで、必ずまた新居浜に戻り、新居浜を盛り立てていくといいます。

彼女自身が輝き放ち、その姿を周囲に見せていくことで。


人は、
本気で人が、夢に向かっている姿を見た時、

本気になり、熱いものがこみあげてくる。


確実に、「きっかけ」をもらうことになります。



彼女は私のブログも見てくれていて、
今度ことだまのセッションを受けたい、と言ってくれました。

今こそ自分の使命を受け取りたい、その準備ができた、と。


私は彼女の話を聴きながら、何度も涙しそうになりました。
最後には泣いてしまいました。


決意して、彼女は元旦、

愛媛県である新居浜から、
香川県の金毘羅さんまで、1人、自転車で走ったんです。


「苦しかったけど、行きは良かった。目的があったから。でもつらかったのは帰り。
 体的にもつらくなってきて、道を間違えて暗い山道、携帯の充電も無く、
くじけそうになった。でも…

【どんなに辛くても、とにかく少しずつでも前に進めば、どこかに出る。
 どんなに遠回りしても、進むことさえ諦めなければ、必ず新居浜に帰ることができる!】」


そう思ったら、
嬉しくて泣けてきて、辛くなくなってきたんだそうです。


「必ず、新居浜に帰るぞ。」


そう、思ったら。



彼女はこれまで、家族とうまくいかなかったり、自分の置かれた環境を恨んだり、
決して、うまくいっていたわけではありませんでした。


それでも、自分だからこそ出来ることがある!
って、氣づけた今、


毎日が、幸せで幸せで、とにかく幸せで、たまらないんだそうです。


「そう感じるようになったら、愛子さんともこうして仲良くなれて、
 今こんなに心の近い距離で話を聴いてもらえてる。
 本当に幸せです。」

と言ってくれました。


私は。

こんな若者が、こんな、涙が出るくらい嬉しくなるような若者が、
今の日本にも、沢山沢山いるって、知っています。


だから、私は、本気で応援したい。

きっかけを沢山連れて、選ばせてあげたい。


本気で応援するとはどういうことなのか。


私はこれから、本気で、

『応援を進化させる』

ことについて、考えていきたいと思っ
ています。



さて、明日の休みは高知。

今、休みのほとんどは、そのための勉強にあてています。


もちろん、
せっかく行った土地で、愉しむことも忘れません。

明日の高知は、草間彌生展にも足を運ぼう。

勉強と、感性と。






今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

今日は1月7日。

春の七草、召し上がりましたか?




年末年始は本来、

年神様をお迎えし、
自宅で共に過ごさせていただくために外出を控え、

また、その間は、
家事にいそしんだり、掃き掃除をしたりして、
神様を追い払ってしまわないよう、

あまりバタバタせずゆっくりとした時間を過ごします。


その間に、
神様と過ごし共に食すにふさわしいお料理を、
年末に作っておいたものが、正月のおせち料理。


年末からの忘年会、お節料理…

と、少し贅沢な食事で胃が疲れているところに、

この七草粥を食べる。


冬は野菜が育ちにくい季節ですから、
栄養素を補おうとした考え方もありましたし、
この日七草粥を食べることは、万病を防ぐおまじないともされてきました。

日本の慣習は本当に、

思想的にも、健康的にも、理にかなったものが多くて、
本当に素晴らしいなぁ~と思います。


同時に、
多くの慣習の意味合いが薄れてしまっている今を、残念に思う気持ちも増します。


食べ物に、命に、
季節を、感じにくくなってしまいました。



お正月問わず、年中お店は営業していて、
必ずしもお節料理を作らねばならない状況ではなく、

お正月問わず、贅沢な食事をいただくようになり、
必ずしもこの時期に、七草粥、というわけでもなくなりました。


戴ける食材も、季節を問わなくなり、

また、そもそも、
食材に含まれている栄養素自体も、

地球環境などの様々な要因から、多くの食材の栄養素は、
本来のそれの、3分の1以下になってしまい、

もとより、
食材から栄養素を補うこと自体、非常に難しくなってしまいました。



昔の日本のようでありたい。

そう願う一方で、

昔に戻る、ということが出来ないことも知っています。


過ぎた時が、巻き戻ることはありません。

だけど。

昔から学び、今に生かし、

より良い慣習を作っていくことが、
私たちにはきっと出来ると思っています。


そのために重要な第一歩は、

【すべてのことは、昔のままではない、
ということに、氣づくこと】


ニンジンという食材の中には、
この栄養素がこれくらい含まれているものである、

という学術的事実は、変わらない事実であっても、


本来はそうであるけれど、

今私たちの身の周りにあるニンジンは、
その学術的に云われているニンジンの栄養素や、量なのか、


とは、全く別の問題になっているということ。


私たちがこれまで、
常識だと教えられてきたことや、常識だと信じてきたことが、

これから先も、本当に常識のままなのかどうか。


私はこの数年間で、
色々な分野で、そういったものが、しばしば逆であったということを、

見てきました。



決して変わることのない、
変わってはいけないものは、

精神性や魂のような存在。


しかし、それ以外のあらゆるものは、

常に変化しているし、

今年は特に、変化の流れがとても速いということ。



何が必要で何が必要でないのか?

常に学び続け、進化し続け、伝え続けていきたいと、思います。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2014.01.06

仕事始め

一般企業や公務員の方々などは、全国的に今日は仕事始め。

年が明けた家族と過ごしていた時よりも、
実際に職場に行って、挨拶まわりなどをする中で、

新しい年の始まりを感じている方も多いのではないでしょうか。

人生の真ん中に、お勤めがある、という証なのかもしれませんね。


私の勤めている会社は、365日休みの無い会社なのですが、
形式上の仕事始めは毎年1月6日。

日々行う業務が違う会社ですが、今日だけは、毎年同じ行程です。

朝、月に1度の全体会議、
昼、地域のお世話になっている企業様等をお招きしての賀詞交歓会。
そのあとの幹部会議。


そして夜は、一宮神社で神事を執り行っていただいたあと、新年会へ。
新年会は、毎年同じお店で、同じふぐコースをいただくことになっています。

おかげさまで、年に一度は、ふぐ料理をいただくことができています。


社長、取締役、社員、派遣社員、パートタイムの方、
こういう時、いつも当社は、役職に関係なく、くじ引きで席を決めて会食です。




10年間、本当に色々なことがありました。

ここに集う人たちの人生の中にも、
見えている部分、見えていない部分、

色々な思いが、この場に交錯しているのだろうなぁ。


止まることを知らず、
業界内のどこよりも速いスピードで変わり続けていく事業。

そんな中にも、
良くも悪くも、変わらない部分が、あります。


私も色々な思いを抱きながら、

今日を迎え、改めて今年の抱負や計画を、
じっくりと考えていきたいと思います。


最後は社長と少人数で、色々なカクテルをいただきました。

久しぶりに、沢山飲みました。


でも、会社関係の飲みでは不思議に、
あまり酔わないんですねぇ~。


皆さんも今夜は、新年会、だったのでしょうか~。


まだまだ、会って、
今年やこれからについて、語り合いたい人たちが、沢山います。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

さてさて、お正月のお休みも終わり、

明日からお仕事始めという方が、多いでしょうか。


お正月は、
ご家族や親しい方と、ゆっくりとした時間を過ごせましたか?

私もつかの間、かわいい従兄弟たちに会えて嬉しかったです。



お年だま、

子どもの頃親戚の皆さんからいただいてきましたが、

すっかり今ではあげる側になりました。


この、お年だま。


昔は、【お年魂】だったんです。



先日、お正月にお招きした年神様の魂が、

お餅に宿るので、

みんなでそれを食べて力にする、

というお話をしましたが、


それが即ち、お年魂。


昔、商家で、高価とされていたお餅を、奉公人に配っていたのですが、

お餅の代わりに、お金を包んで贈るようになったそう。


これが、現在のお年玉の起源なんですね。


ですからなにも、お年玉は大人から子供へ、

というわけではなく、

感謝をお伝えしたい方への気持ちで、というニュアンスだったんですね。



私たちに代わって、

私たちが担えない未来を、担ってくれる子供たちに向けて、



ありがとう。よろしくお願いしますね。



と、気持ちを込めて。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2014.01.04

大山祇神社へ

本日は、

伊予国一宮であり、

四国唯一の国幣大社、

日本総鎮守の、

「大山祇神社」に、参拝してまいりました。


御朱印帳を見ると、以前の参拝は、
7月20日誕生日。


今日は家族で、新年のご挨拶です。



日本最古、樹齢3000年の楠も健在。

夏に来た時よりも、苔が多く生えていて、

また、生き生きとしてこられたように感じました。







日本古来の神道では、

伝来仏教とは異なり、

形ある物を対象に手を合わせたというよりも、

そもそもは、山や自然の中に神を見出し、手を合わせてきたので、


神社にしても、

仏教伝来の後に作られたお社そのものよりも、本来は、

こういったご神木にこそ、神様が宿っておられると考えてきました。


その意味で、

日本最古の楠が鎮座している、この大山祇神社、

愛媛県の大三島という地は、

大変な場所だと思います。


歴代天皇陛下や内閣総理大臣も、この神社を訪れています。





そして、伊予国一宮でひいたおみくじは…




見えますか?!



大吉!!



嬉しい!!

私、滅多に大吉をひかないタイプなので、とても嬉しかったです。



宝物館にも、

なぜこのようなものが、この地に納められたのか…?


重要な地でないとするなら、説明のつかないことが多いのです。


源平合戦で源義経が着用した、現存する唯一の武具が納められていたり、

弁慶の太刀が納められていたり…


愛媛県生まれの方は、

みかんしか無いなんて言わないで、
もっともっと、愛媛に誇りを持ってもらいたいなぁ~。


母はとても歴史が好きなので、大変喜んでくれていました。



そのあとは、大三島でいつも行くレストランで、少し贅沢な食事を。









短い時間だったけれど、
旅行気分で、とてもよい時間が過ごせました。

私のお正月はこれにて終了。


明日からまた、気を引き締めてまいります。





今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

日本の文化を、ひとつの音で表現しようと思うと、

まず頭に浮かぶ音といえば、「和」。わ。輪…


融和、融合させていく文化。


だから、お料理でも、
何かと何かを組み合わせて、より良い料理に昇華させること、

「あえる=和える」と言ったりしますよね。



世界の文化や、考え方を、

融合していく、ということにおいて、

どんなものも排除せず融合して、より良いものを築いていく日本人の感性は、

これからの時代にとても大切だと思います。



そしてもうひとつ、
とても日本人らしい音が、実は、「う」。


受け入れる、鵜呑み、海…


一度はとても素直に受け止めて、

自分の中でそれを熟成させて、また、出す、ということ。


鵜呑み、の「う」は、まさにそれ。


愛媛県大洲市でも有名な、「鵜飼い」などは、

「鵜」という鳥を、人間が操って、

鵜が魚を丸呑みにし、そのまま出してくれることで漁ができる。


「呑み込んで、出す」

を行う鳥を、
そのまま、「鵜(う)」と呼んだのが、日本人なんですね。



少々異なったものが、文化が、入ってきても「う」で受け入れて、

「わ」で融合させて、出す。



脈々とこれを続けてきた日本人の性質は、

これからの世界に、不可欠な性質だと、私は思っています。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2日ぶりの外出。

朝いちばん、両親と、

母の産土神社である一宮神社と、
父と私の産土神社である湊神社に、ご挨拶。



いつも見守っていただき、ありがとうございます。

今年もしっかり、務めさせていただきます。



その後仕事で、
武徳殿へ、稽古始めの取材に。


居合道、剣道、柔道、空手道、拳法道。

どの【道】も、

先人たちの志を受け継ぎ、礼節を重んじ、忠義を尽くす、
強い精神力を鍛錬する、

完成ということのない、どこまでも続く【道】です。


戦前から大切にされてきた道場で、神事が執り行われてからの、稽古始め。

大変清々しいものでした。




そして夜は、

以前から気になっていた、この映画を、両親と。



個人的に夏八木勲さんは好きな俳優さんでしたから、
遺作となる今作品は、必ず観ておきたかったんです。



観終わって…



観た方とは、ぜひ、
「宮部の最後の決断は、なぜだったと思う?」

ということについて、お話してみたいなぁ~と思います。

私と私の母の意見は、同じでした。



詳細なことが書けないわけなのですが、

私が、今回見終わって、改めて最もショックだったことは、

「この映画の設定から、今がちょうど、10年後」だということでした。


夏八木勲さんの言葉で、
「今から10年もすれば、私たち戦争経験者は、皆いなくなってしまう」

と。


その、10年が経ったのが、今。



それなのに…

私は、後悔しない10年を、送ってこれたのだろうか…



とても悔しかった。



私は以前から、
何かあるごとに、定期的に、広島の平和記念公園を訪れることにしています。


小学校の修学旅行で、原爆資料館を訪れた時、

8時15分で止まった、
焼け焦げたショーケースの中の腕時計を見た瞬間から、

震え上がるような怖さと申し訳なさとやるせなさが襲って、

それ以来、
戦争ということに、

戦争という事実に、

見て見ぬフリができなくなったのです。



原爆資料館で働きたいために、広島大学を受験しました。



ですから、戦争ということについて、


戦争で亡くなっていった方々にとって、

今の世の中は胸を張れるものなのかどうかについて、


多くの同世代の人たちよりも、考えている機会は多いかもしれません。



償いきれぬ人類の罪を感じた時、

たとえば先日の3.11の後にも、

平和記念公園へ、懺悔に訪れています。




私たちには、

何ができますか?



私の大切な人が、明日も笑っていてくれるために。

あなたの大切な人が、明日も笑えるために。

あなたの大切な人の友達が、

その友達の友達が、

その友達の友達の子どもが、

そのまた子どもが、



日本中の人たちが、世界中の人たちが、

その人たちの子孫が、


笑って生きられるために。



何ができますか。



私は、

そんなことは意味が無いと、

例えば誰かに笑われても、

私は気にしない。



私は、

歴史の専門家でも、科学者でも、環境専門家でも、医療の専門家でも、食品の専門家でも、無い。


でも。

専門家としてひとつを追求することに時間を費やさない代わりに、


世界平和を妨げる、本当の原因を、いつも探してきました。



私に出来る、いちばん大切なことは、

心の健康を、人の心の中に平和を築くことだと考えました。



何度平和な状態を作っても、
人の心が変わっていなければ、すぐに元通りです。



人の心を健康に、人の心に平和を築くために、


その一歩として、私は、

名前のことだまに取り組みますし、

日本の文化性を日本の人たちと一緒にもっと氣づいていきたい。


日本人が自信を持って、
外国の人たちに日本人性を語れるように。


なぜ日本人は靖国神社を参拝するのか。


どの国のひとにも理解していただける説明を、
日本人自身が出来るようになるまで。


それは世界平和と直結しているはずです。


そして同時に、
地球環境を根底から戻していく事象に対しては、

徹底的に関わります。



私は色んな場所に出かけていき、
色んな人たちと出逢いますが、

そのすべては、

最後には、

思いをひとつに、それぞれのやり方で、


すべては、世界平和を目指す一歩として、繋がっていくと信じています。





10年前…


私がまだ、今の会社に就職した頃。


ローラー営業に入ったおうちで、
たまたまお話したおばあちゃんに、戦争のお話を聴かせてもらいました。


おばあちゃんは食堂で働いていて、

そこは特攻出撃を前にした若者たちが、大勢訪れる場所だったそうです…。



おばあちゃんは、今でも、

若い人たちの背中を見送る時、


「どうか無事でいてね…」と祈るそうです。






涙を堪えながら帰る、私の背中に向かっても、

いつまでも、

「気をつけて行くんよ~!」と手を振ってくれました。


泣いて泣いて、営業どころではありませんでした。



私たちは、もっと、気をしっかりもって…


気づいた人から、動き出そう。


大切な人を当たり前に、大切にできる世界に向かって、

死ぬまで、

そちらの方向へ向かって歩ける、自分でありたいと思います。





今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

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