日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

昨日に引き続き、
ことだま講師の講習、2日目が終わりました。

昨夜、
『おつかれさま』『ごくろうさま』の意味合いについて書きましたが、

反響が大きく、嬉しく思っています。


良いものがつくように、
良いことが来るように、

という『祈りの言葉かけ』なんだ、というお話。


そういったことを、
知ってほしいなぁ~とは思いますが、

『お幸せさま』などの新しい言葉を、否定するわけではありません。

相手に幸せが訪れてくれればいい、という、心には、共通点があると思うからです。



『ありがとう』や『ついてる』という言葉が良い、ということにしても、

ただただ、
呪文のように、自分で自分に言い聞かせる、ということには、

あまり、大きな意義はないのではないかと思います。


感謝の言葉はそれ自体素晴らしいものですが、
『人から言われて、はじめて意味を成すもの』です。


人のために何かができて、
ありがとうという言葉をいただいた時、

本当の意味で、ありがとうが生きてくるのではないでしょうか。


もちろん、悪い言葉を発するよりは、
呪文であっても、良い言葉を発したほうが、

気分的に良い、ということは、ありますよね。



日本の言葉って、素敵です。


祈りの言葉かけや、約束の言葉かけ。


日常の挨拶の中に、
日本人が大切にしてきた精神性が沢山、詰まっています。



『ことだまセミナー』の入門編を、講師としてお話させていただくことが、
これから出来るようになってきますが、

枝葉の要素よりも、
本質的な精神性に、触れていただき、興味を持っていただけるような、

話の仕方、展開の仕方を、

きちんと考えていかねばならないな、と感じました。


やはり、それには経験が必要なようです。


ドキドキするけれど…
これからがとても、楽しみです。





さて、藤が丘から、名古屋駅に移動してきました。

今夜はこのあと、大学時代の友人に少し会えることになっています。

同級生はほとんど、
人の親になっている…ということで、

独身・半人前の私は、色々と教えていただいてきます☆



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子




スポンサーサイト

こんばんは!今夜は名古屋からです。

今日と明日の2日間は、名古屋の藤が丘というところで、
みっちりと、ことだま講師になるための講習を受けに来ています。



この講習過程をすべて修了することで、

『ことだま入門講座』の講師をすることができたり、

ことだまを応用したワークショップなどを開催することができるようになります。


1人ひとりが全員、生まれた時に受け取っている、
人生最初にして最大のギフトと呼んでもいい、『名前』


その意味を、受け取ることで、
その人の人生が、動き始めること。

本来のその人自身の役割を、生き生きと生きられるように、
そのための入り口を、お伝えさせていただくこと。


名前のことだまを大切にする、
最大の理由は、そこにあります。



入門講座について、講師ができるように、ということなので、

実際内容的には、
既に勉強してきているものが多いのですが、

聴く側から伝える側に替わることで、
視点はずいぶんと変わります。



今夜はひとつ、大切なお話を。



皆さん、『おつかれさま』という言葉は好きですか?


私は、相手の方に、心からの労いの気持ちを込めて、
『おつかれさま』と伝えること、とても好きです。

気持ちのこもった『おつかれさま』をいただく時も、嬉しいです。



あるいは、『ごくろうさま』という言葉もありますね。

これも、労いの言葉ですよね。


でもこれは、
目上の人から目下の人に対して使う言葉なので、
私はあまり、使いません。



しかし最近は、この言葉をもじったような言葉が流行しているようですね。

『お楽しみさま』『お幸せさま』『お元気さま』『ごきげんさま』『ワクワクさま』…などなど…


これはどうやら、
『おつかれさま』や『ごくろうさま』を否定的に捉えるところから始まっています。


『お疲れさま』『ご苦労さま』といった、
要は、漢字に囚われているようです。


けれど、日本で最も大切な基準は、『音』です。

『音』から、始まっています。


実はこのふたつの言葉は、
疲れるとか、苦労するとかいうことではありません。


【『おつかれさま』は、良きものがつきますように…】

【『ごくろうさま』は、良きことが来ますように…】


という、実は、【祈りの言葉かけ】だったのです。



そのことを知らない人が多いために、
疲れや苦労とはけしからん、ということで、

よくわからない日本語を開発してしまったようです。



しかし、日本の音に隠された意味合いは、
今の私たちの簡単な思いつきよりも、

もっともっと深い意味合いであったりすることを、

古来からの私たちの文化というものを、

もう少し、信じてみるのもいいかもしれません。



最近言われている【ことだま】という意味と、
本当の意味での【ことだま】にも、

少しのようで、大きな、認識の開きがあるなぁ~ということを、
とてもよく、感じます。


私たちの国の言葉を、もっと、信じたいですね。


名前のことだまの出発点は、

自己否定からではなく、自己肯定の上に築くもの。

言葉ほど、音ほど、古くからある私たちの文化なら、

よく知らずに否定することから始めるのではなく、
もっともっと、本質を知り、氣づくことから、始めてみましょう。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子







1ヶ月間の放射線治療を終えて、
本日、母が無事家に帰ってきました。

病院では、他の患者さんとも、若いお医者さんとも、
仲良くなって、それなりに愉しく過ごしていたようで、

帰ってくるのがむしろさみしかったようです。


けれど父にやっと、話し相手が帰ってきてくれて、
私はほっとしています。


母と入れ替わるように、
今度は私が、明日から4日間家を留守にします。


明日から2日間は、
名前のことだま、山下弘司先生のご自宅(名古屋)へ、集中講習に行かせていただきます。


私が今持っている、ことだま師の資格は、
個人セッションができる資格。


自分の名前に秘められた使命を受け取りたい、
とおっしゃる方に、

そのお役割をお伝えし、セッションをさせていただくこと。


明日から受講するのは、
大勢の方の前で、ことだまのことについて講話をしたり、

様々な場面に応じた、
ことだまの活用方法をお伝えしたり、ワークショップなども行えるようになるためのもの。


早く、受講したいとずっと思ってきましたが、
なかなか都合があわず、でしたが、


今回、
その後更に2日間おやすみをいただいて、
3月1日と2日で、三重県にも足を伸ばすことができます。


今年に入ってからの念願のお伊勢詣りもさせていただけます。


4日間、十二分にまた、
自分の枠を拡げられるよう、邁進してまいります。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子



オリンピックが終わり、
今朝は選手団の帰国を空港で沢山の方が迎えました。


羽生結弦選手は、
スケート全体の環境向上をお願いしたいと発言したり、

自身も、報奨金は、
震災の寄付金と、スケート全体の環境向上に関わる寄付金に使いたいと語りました。


若干19歳の彼が。

メダルが確定した時も、何度も何度も、
『日本人として』
という言葉を使っていたことが、とても印象的でした。


浅田真央選手は、
外国人記者の歯に衣着せぬ質問に対し、

笑顔を絶やさず、柔和に答え、

森元首相の発言にも、
『終わったことなので気にしていない。森さんは少し後悔しているのかもしれません。』

と話していました。



本当に若い若いお二人だけれど、

日本人として、

とても理想的な男性、女性像を見させてもらったような気がしています。


日本中から、世界中から愛される人間力。



けれど、
視聴者としてオリンピックを見守ってきた日々を送った人たちも、

これから徐々に、もしかすると急速に、

この『熱』のようなものは、醒めていきます。


さみしいけれど、
人は、

いついかなる時でも、
【今まで通りの自分】に戻ろうとする性があります。


実際、ずっと興奮状態にいたのでは、
自律神経の状態がおかしくなってしまいますから、

身体的に、自分の身を守るためにも、
そういう心理が働くことは、生理現象なのです。



だからこそ、
『興奮』を、『分析』に換えて、

自分のものにしておきたい。


こんなに素晴らしい感情を抱いたことを、色褪せさせたくない。


だから冷静に、
記憶しておくために、記録する。



昨日私が大阪で、
涙が止まらないほど震え、誓った気持ちさえ、

興奮のままにしておくと、

わずか1日の今日の日常によって、
色褪せたものになってしまうから。



元に戻ろうとする、身体的・心理的特徴を認めて、
しっかりと残しておくんだ。

忘れたくない、気持ちを。



ありがとう。





今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子






2日間の大阪、大変充実したものになりました。

やはり、
人生は時間で出来ていて、その時間を、

より豊かに拡がりあるものにしてくれるのは、
人との出逢い、繋がりだと感じました。


私は、
1ヶ月の時間を、パリ・日本・その他の海外という、
行き来の中で駆け抜けながら、ベストセラー作家でありアーティストである、

山崎拓巳さんと仲良くさせてもらっていることで、

拓巳さんの人とのお付き合いの仕方を、
具体的に間近で見せてもらってきました。


どんな風にお話を聴けば、相手の人は喜んでくれるのか、
大量の人とのメールのやりとりをどんな風にしているのか、

限られたあっという間に過ぎ去る時間の中で、
何に重点を置いて何を選択していくのか…


素晴らしい人の共通点は、
【いかに人を喜ばせられるか】を、常に実践している人。


本当に勉強になります。


せっかく身近で居られる自分の立場を考えると、やはり、
私は私の友人知人に、

少しでも、そこで得てきたことを還元したいと思いますし、
少しでも、そこで何かを感じてもらえたら、と思います。


今回は私の友人2人を、
拓巳さんに紹介することが出来てとても嬉しかったです。



3人が仲良くなっていくのを見ていると、本当に良かった!幸せ!
って感じるんです。


同時に、
旦那さまは外科医、奥様は小児科医というご夫婦の方や、

動物病院の看護師さんの方ともご一緒させていただき、

知らない世界を教えていただける時間でもありました。




その後のセミナーでも、
本当に、学びに次ぐ学び、学び、学び…

メモを取る手が間に合わない。


自分が今出来ていないことを認識し、
それでも、

目指している未来に決して誤りがないことを確信し、

【どんなに忙しくても、頼られたことに応えられる自分になりたい!】

【出逢えた人たち同士が一生互いの人生を本気で応援し合える仲間づくりがしたい!】

という気持ちが、溢れて、溢れて、
涙も一緒に、溢れて止まりませんでした。





感じられる、学ぶことができる、
この環境、この人生に感謝して…


今週はさらに学びが続きます。

月末から月初にかけては、
名古屋~伊勢へ。

こちらでは名前のことだま、ことだま師として更なるステップアップです。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子







おはようございます!大阪に向かっています!

今日のバスは1番前の席で景色がよく見えます。



今日はガッツリ1日お勉強です!


梅田に着いたら、
徳島の陽子ちゃんと、京都のプロボクサーの将平くんが待っていてくれます。

陽子ちゃんとは、ロックバンドおかんを応援していた時知り合った仲間。

将平くんは、私が京都を旅行中、
電車でおじさんに盗撮されているのを注意してくれた青年!

という、なんとも稀有な出逢いです。


2人を連れて、拓巳さんとお茶を飲んでから、セミナーに直行です。

山崎拓巳さんはベストセラー作家で、
3年前、

私がロックバンドおかんの応援をしていて、「ボクもおかん好きなのー!」と、
拓巳さんから声をかけてくださったことがきっかけでお友達になり。

それから何かといつも気にかけていただき、大変よくしていただいています。

売れっ子作家だったり、
六本木とパリにおうちがある、ハワイにEXILEさんと合同でお店を出してる、とか、

客観的に凄いと云われることが沢山ある方ですが、

私はそういった「現象」のことだけで、凄いとか、思うタイプではないほうです。

それよりも、
実際に接している中で感じる、人との距離感や、声のかけ方、実際の人間性そのもののバランス感覚、

そういうものに、とても感動し、大好きになりました。


今日は拓巳さんがゲストとして招かれているセミナーに、一緒に行かせていただきます。


拓巳さんと初めて出逢ったとき、私が感じた正直な直感は、

「こんな素敵な出逢いは、間違いなく、私のものだけにしていてはいけない。」

というものでした。


私がこれからどのような道を歩き、どのようになるかわからなくとも、
こんな風に、人と出逢い、出来事と出逢っていくことには、必ず意味があって、

例え、私にとって必要なくても、
私の友達やこれから友達になる人にとって、必要になってくる何かが、きっとある。


私が強く行動に出る決意をするときは、いつもそうでした。


私が進んでいくことで、必ずや、沢山の自分の身近な人たちにとって、
何か大切なことを、リレーできるのかもしれない、

そう感じることのできる瞬間でした。


実際、
私の友達が、拓巳さんとお話し、

拓巳さんが私の友達のことも、大事にしてくださることが、とても嬉しいんです。


3月9日(日)の夜には、拓巳さんが、
私の地元、新居浜に来て下さることになっています。

内容は、TSUTAYAのビジネス書部門などでも大人気の、
拓巳さんの真骨頂ともいえる『やる気のスイッチセミナー』です。


「やる気のスイッチ」という言葉は、今や溢れていますが、この言葉を作ったのが拓巳さんです。


またこの日、私の友人知人と、拓巳さんが親交を深め、
色々な化学反応を起こしてくれると思うと、今からとても、楽しみです。


では、行ってきます!


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子



2月22日、今日は、ばあちゃんの命日です。
あれから8年が経ちます。


あの日もちょうど、オリンピックで、

フィギュアスケートで荒川静香選手が、水色の綺麗なコスチュームでイナバウアーを披露していました。

葬儀場の待合室から、荒川金メダル!という声を聴いた覚えがあります。


ばあちゃんはとても元気いっぱいでした。

私が小学2年生の時、今の家が新しく建って、それからずっと、
両親とばあちゃんと私の4人で暮らしてきました。

そうそう、それから愛犬チャチャと。

チャチャはちなみに、
ばあちゃんが亡くなった翌年の11月11日に亡くなった。

だから少し私、ゾロ目の日が苦手です…



小学校から高校にあがるまで、ずっと、
ばあちゃんの「あーいー!」と呼ぶ声で目覚めました。

だんだん耳が聞こえにくくなっていったのか、
「はーい!」と言っている私の声が聴こえずに、

応えているのに何度も呼ばれ、
「はいっ!てば!」と苛立ったような物言いをしていた私でした。


負けん気の強い、元気なばあちゃんだったので、
私たちはまるで友達のように、一緒によく遊び、よくケンカしていました。


大変元気だったけれど、唯一、血圧が高いことだけが心配でした。
だから薬だけは、毎日欠かさず飲んでいました。


とても元気だったのに、ある時突然ふっと倒れてしまい、
それを境に、少しずつ、色々な不調が出てきました。




最期だとわからずに、

8年前の今日、病室で夜遅くまで、一緒にテレビを観ていました。
ばあちゃんの脚をさすりながら。

うつらうつらと眠っていたばあちゃんが、突然スッと起きて、
「ウイスキーをしまっておいて」なんて言いました。

もう自分では起き上がれないようになっていたのに、突然起き上がるものだから、
私はあわててばあちゃんを抱きかかえました。

「わかったよ。しまっとくね。」
そう答えたら、安心したように、ふっと抱き上げていた私の腕が軽くなり、
またばあちゃんは目を閉じたのです。

私はそっとばあちゃんを寝かせてから、

小走りでトイレに向かいました。


わっと涙が溢れ出たから。

そうしたら、トイレの鏡を見ると、涙だけでなく、鼻血も溢れていました。

ぎょっとしました。

でもそれよりも、初めてばあちゃんが、
おかしなことを口走ったことで、「もう駄目かもしれない」という思いがよぎって、
堪らなくなったのです。


私も、疲れが溜まってるのかもと、その日は帰ることにしました。

でもとても、後ろ髪を引かれる思いでした。



帰ってから、お風呂に入っていたら、病院から電話がありました。

駆けつけたらばあちゃんはもう、亡くなっていた。



ごめん…ばあちゃん…なんでもう少し、居てあげなかったの、私…


初めて、家族を失った感覚。

命の大切さがわかるね、なんて、そんな綺麗なものじゃなかった。


冷たく硬くなってしまったばあちゃんの細い肩を、
お通夜の間中ずっと、さすっていたら、気味が悪いくらい、

微笑みが出てきて、ありがとうね、が出てきて。


それでも火葬されるときは、堪らなかったし、

その後何ヶ月もの間、音楽を聴くのも嫌だった。

自分が安らいだ気持ちになることさえ、受け付けなかった。



でも、ずっと後で、わかったことです。

あぁ、そうか。

あの時、私がばあちゃんの身体を抱き上げていた時、あの時が、
ばあちゃんの魂が身体を出ていった時だったのかもしれない、と。

その時の何かで、私の身体が反応して、鼻血が噴き出したのかもしれない。


だったら、ちゃんと気づいてあげていたら…

そうも思いましたが、でも、それでも、
私が抱きとめている腕の中で、ばあちゃんは逝ったのだとしたら。

よかった…  って。


そこでばあちゃんが逝ったとわかったら、その時1人で居た私に、あまりに酷なので、
後で、皆で一緒に、その事実を確かめられるように、してくれたのかもしれない。


いっぱい遊んで、いっぱいケンカもしたばあちゃんだった。


私がまだ学生の頃、ばあちゃんは、
「あいはアナウンサーになったら?」と言ったことがあった。

気が付けば、そんな仕事もさせてもらい、

NHKの全国生放送でも、
元水泳平泳ぎ金メダリストの岩崎恭子さんをご案内させていただいたことがあり、

その放送の様子を観てもらえたことがありました。

こんな風に思い返せば、じゅうぶん、よかった…と思えることは、沢山あります。


でも一方で、

当時の私は、あまりにも、人の身体や、病気のことについて、関心が無く、
無知で無力だったこと。

でも、今は違います。


父も大病に倒れ、母も大病をし、
これで氣づかなければ、少々おかしいのです。


「病気になったときはじめて薬を飲む、治療をする」ではなく、

「身体が何で出来ているか、最低限のことは知り、
 できるだけ身体を労われるようにする」ことが大事。


クスリはリスク。



サプリメント管理士の資格教材が届きました。

これから合間の時間を縫って、少しずつ勉強していきます。

自分がちゃんと、自分の役割を果たせるように。
大切な人がちゃんと、生きている間、生き生きといきられるように。

もっと、わかる人間になりたいから。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子



昨夜は浅田真央選手の自己ベストに、日本中、世界中が涙しました。

私も、スケーティングの最後には、
まるで長年よく知っている友達のことのように、
涙が溢れるのを止められませんでした。

今日になって、
インターネットなどでアップされている写真を見ているだけでも、涙が出てきました。


真央ちゃんは、
あまりに突出した才能ある選手。


最愛のお母さまを亡くしたこと…

そんな中フィギュアスケートのルール改正では、
彼女が飛ばないジャンプにばかり加点が多くなるなど、

彼女にとって、ハンデに次ぐハンデという環境で、

言い知れない精神的ストレスも、沢山あったと思います。



あまりに突出した存在の人は、

時にそういった逆境に立たされるもののようです。


どこの世界にも、見受けられます。


それを超えて、自分自身の道を走り切った!
という人の姿は、

どうしてこんなにも強く強く、人の心を打つのでしょう…。


フィギュアスケートという枠を超えて、スポーツという枠を超えて、オリンピックという枠を超えて、


ひとりの女性の、「挑み」

「笑顔」「強さ」「優しさ」「ひたむきさ」という魅力…


こんなに世界中を感動させてくれた、浅田真央選手は、日本の誇りですね。





どんな世界においても、
そんな挑戦をする人を、心から応援したいと思いますし、

自分も少しでも、そんな、挑戦を諦めない人間でいたいと思いました。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子


本日は、日本で〈踊り〉というものの存在が、
公に認められた日、と云えるかもしれません。


慶長12年の今日、

出雲の阿国が、江戸城で将軍徳川家康や諸国の大名の前で、

初めて歌舞伎踊りを披露した、とされています。

その後彼女の消息は不明。


〈踊り〉の発祥と云われる彼女のことは、

出生地、没年のみでなく、よくわかっていないことが多いです。




しかしこの出雲阿国の踊りが、

現在の歌舞伎の前身だとされています。


しかしながら私は、
どちらかと云えば、

現在でいうところの〈歌舞伎〉よりも、〈大衆演劇〉のほうが、

これを伝承したものだと思っています。


厳密に云えば、

歌舞伎踊りの中から、

現在で云う歌舞伎へと発展していった流派と、
大衆演劇へと発展していった流派があった。


今ではすっかり、歌舞伎と大衆演劇とは、全く別の物のようになり、


歌舞伎は、
富裕層の嗜み観劇というような位置づけで、

期間内の演目は毎日同じであり、役者さんがお客様と触れ合うことはありません。


大衆演劇は、
ドサ回りなどと呼ばれ庶民の愉しむものとされ、

劇場や劇団にもよりますが、毎日、場合によっては昼と夜でさえ、
演目が常に違うものを演じ分けており、

公演終了後は、送り出しといって、
必ず、役者さんがお客様の退場を最後まで見送ります。


内容も違いますし、一概に比べることはできませんが、
入場料は大衆演劇は歌舞伎の5分の1ほどと、あまりに安価です。


それらに対する、
一般の方々の見方、位置づけも、ずいぶん違っています。


私はたまたま、
この大衆演劇を生業とし、その世界でトップを走っている人たち、何人かと、

親しくさせていただいていましたので、


彼らがどんな環境下に居ながらプロ意識を保っているのか、どのような問題を抱えているのか、

よく知っていました。


歌舞伎役者さんは、プロ意識が高く、
大衆演劇役者さんは、そうでもない、

と思われてしまうケースがとても多いのが、いつも残念でした。


彼らが受け取っている報酬には、
それはもう、まさに雲泥の差があります。


歌舞伎役者さんも、もちろんプロ意識は高いでしょう。

けれど、
大衆演劇の役者さんの中にも、トップを続けているような人たちは、

報酬などほんの僅かなものでも、
見下げられたような扱いを受けても、


毎日変わる演目を、むしろ自分たちで全てを手作りしながら、
一世一代の晴れ舞台を舞っているかのごとく、

晴れ晴れと胸を張って舞台に立つ人たちもいます。


彼らの環境の劣悪さを知っているからこそ、

腐らず輝ける役者さんたちを、精神面でとても尊敬していました。



時に、

人の評価というものは、とても残酷です。


本当の事情を見ずに、本質を捉えることなく、

表面的なものや、イメージと呼ばれる勝手な勘違いにより、


心ないジャッジを下して、懸命な人たちの心を傷つけたりしています。



フィギュアスケートの浅田真央選手にしても、

あまりにも素晴らしすぎる才能がゆえに、
あまりにも壮大なフィギュアスケート界の仕掛けたトラップの餌食になってしまっているのではないか。

私にはそんな風にも見えます。


改正に次ぐ改正の、ルール。
何かとても、不自然です。



事情を見ず、本質を捉えず、イメージ(意図を持った他者によって作られたもの)に左右され、

自分自身の感覚によって、選択する、生きることを見失ってしまうことは、


一度きりの自分の人生を、
自分を生きることが、出来なくなってしまうことなのではないでしょうか。


本質は、難しいものではなく、とてもシンプルで、

色眼鏡を外すことさえできれば、

どんな人にも分かるはずだから、


自分の人生を生きるために、

流されるのを少しやめて、自身の感覚を、大切にしていきたいものだと、思います。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子











〈結果がすべてではない〉派と、

〈結果こそすべて〉派、というように、


このふたつのことは、

どちら派かに分かれ、なおかつ、


前者が建前で、後者が本音でしょう、

というように云われたりします。



だけれど私は、どちらかというと、

どちらも、同じことを云っているような気がしてなりません。



結果というからには何かの実践、挑戦がそこにあったわけで、

何かの実践や挑戦を行うのは、

この人生の中であって。



この人生とは、時間で出来ているわけですが、

最後の瞬間の結果の部分だけが、
素晴らしいか素晴らしくないかを決めるのだとしたら、

それまでのほとんど時間を、無駄と捉えたら、
これは話がおかしくなってしまいます。



人生=時間と捉えたなら、


挑戦して向かっているときこそ、多くの時間で出来ている、
人生そのものです。



そして、


もう結果などどうだっていい!

それ以上に、大切なことに氣づいた!

と、そのことを目指すことの意義、その本質を掴んで走った時には、



必ず、

間違いなく、気がつけば、



求めていた、ある一定の結果を、

手にしていたりするものです。



だから私は、

結果の問題ではない!
ということの本質を掴んだ時が、初めて、

結果と繋がる、

と思っているので、


どちらも、同じこと。だと思います。



それに。

挑戦し続ける限り輝きを失いません。

挑戦し続けられることそのものが、素晴らしい人生だと、思うのです。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子





2014.02.18

待つ醍醐味

今は会社のお仕事で、
飲食店さんを訪問させていただく機会が多いのですが、

それまでは、私は、

ひとつの場所にずっと居て、
お客様を待つだけのお仕事なんて、自分には出来ないなぁ~と思っていました。


それは、失礼ながら、

〈果報は寝て待て〉という言葉を、

何もしないでただ待つこと、
と解釈していたようなものかもしれません。


けれど、
〈果報は寝て待て〉の本来の意味合いは、

〈因果応報〉から来ています。


誰でも、物事の成就には、よい結果を期待してしまうものですが、

万全を尽くしたとしても、

すべてのことは、起きてみないと分かりません。


のんびりと寝て待てばうまく行くというわけではありませんが、

因果応報、

起こる出来事には必ず起因があるから、
精一杯を尽くすこと、


そしてそのうえで、

あとは、何が起きても、
むしろ、予測できない、起こったことを愉しむものだ、


〈果報は寝て待て〉を、
そんな風に捉えられるようになると、


ひとところに居て、
真心尽くしてお客様をお迎えする、

そのご商売の素敵さ、有り難さを、しみじみと感じるようになりました。


また、
最善を尽くした上で開店をするその時間は、

まるで舞台の幕が開けるようなもので。

今日はどんなお客様がいらっしゃるだろうか。

予測できないことを、愉しむことができそうですよね。


私はいつも、訪問する側ですが、
お迎えするのも、愉しいだろうなぁ~。


ご商売をされるすべての皆様、
いつも私たちをあたたかく迎えてくださり、有難うございます。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子



2014.02.17

伝統を逆輸入

私の夢の中のひとつに、

〈日本の木材による、木の家に住むこと〉があります。


コンクリートもセメントも、化学物質も、一切使わずに、
ただただ組み木によって作られたおうち。




人の身体にも、環境にも、良い影響を与えます。


体には、

・部屋の中に化学物質の浮遊が無く、アレルギーなどを引き起こさない

・人間の健康にとって最も大きな要因である空気が、自然のもの


環境には、

・木材の適正利用による森の保全

・集成材を利用することで木くずが大量発生し、ペレットストーブなどが容易に


と、良いことだらけです。


何より本能的に、深層的に、リラックスできるから。



もう10年以上前から、海外では、
〈木材高層建築〉が始まっています。


日本では見たこともないような、
超高層マンションが、すべて木造で建てられていて。

なんて斬新!と思うのだけれど、



これらはそもそも、
日本の建築物を手本に作られた物です。

五重塔をはじめとする、
日本の伝統建築の技術の高さ。

その良さを、
海外の人たちはよく知っていて、取り入れて、新しいものを生み出しています。


そのことにより、再発見がある。


私たちはどうやら、
自分たちで自分たちの素晴らしさに氣づくことが、どうも苦手。

外から認められてはじめて、
自分で自分の良さにも、オッケーを出せるような、

慎ましやかな国民性です。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

一生勉強 一生青春


言わずと知れた、
現代日本を代表する書家、詩人の相田みつをさんの言葉です。




学び続け、夢中になり続け、命輝くこと。


思えば、私にとっての〈勉強〉とは、

これまでは、

学問や研究、それに類する座学のことを指していました。


もちろん、それも、大変大切な勉強です。


殊に学問については、
自分の興味関心が湧いてきたことに関して、

『過去、既に、同じことを考えた人たちが、どのように糸口を見出したか』

を知るためのものです。


それはつまり、
今から未来を生きていくのにあたって、

再び同じ過ちに陥ることなく、
更なる発展を遂げるために、

既に展開されている事実については、
先人から学び、習得しておこう、
その上で、

更に自分の展開を進めていこうとするもの。


平たく言えば、近道であり、それを人類の学習と呼ぶのでしょう。



とても大切なことですが、

更に大切なことは、

それらは、過去の事実である、という認識です。


その上に、今と未来を築いていくこと。

今と未来を見つめ、
とことんそこで、思考するんですよね。



そこに風を吹き込んでくれるのが、やはり、〈出逢い〉です。


学問の中では体感し得ない、

生身の人の、その人にしか語れない物語が、
まるで自分が体感するように、自分の中に入ってきたとき、

大きな力になります。



私は子供の頃、俳優さんになりたいと思っていました。

それは、
一通りだけでなく、様々な人生を味わってみたかったからでした。


ひとつの道を選べなくて、やってみたいことが沢山ある、と思ったとき、
俳優さんになれば、

様々な人の人生を、本当に生きているかのように演じることで、
色々な人生を生きられると思ったんですね。



俳優さんにはなっていないけれど、

誰でも、同じことが出来るということに、氣がつきました。



演じることは無くとも、

〈人の話を本氣で聴く〉ということで、

その人の人生を、体感させてもらえるんです。


お聴きしながら、
本当にその方と同じように臨場感を持って、一体になって…

時には共に、涙しながら…



この人生は、一通りなのに、

出逢えた方々の人生を、本氣で聴かせてもらえることは、
自分以外の人生や、道や、出来事を、

過去ではなく、

今、起きていることを、


聴かせていただける事なんです。



今、起きている、

より沢山の情報と、より沢山の感情を、

体感することで、


尚更、座学で得てきたことを、生かしたい気持ちが高まるんです。


そして何より、

相手と自分とが、本当に心で繋がったとき、

単純に、気持ちが良いんです。心から。



勉強する、とは、
学ぶ、とは、

ここまでを含めて、そう呼ぶものなんではないだろうか。


とても素敵な方に出逢えて、その方のお話をお聴きしていて、

氣がつきました。




今日は、難聴のお子さんを持つ友人から、
〈人工内耳装用〉の現実や、難聴の方を取り巻く現状について教えていただき、
とても勉強になりましたし、


私と同じように、学芸員の資格を持たれている方から、
美術館での〈対話型鑑賞〉という、

日本にまだ入ってきたばかりのプログラムについて教えていただき、
ものすごく共感をするところで、興奮しました。



日々自分の取り組んでいることがあると、
関心はあっても、目の届かないことも、

実際そのことに直面している方に伺うと、
生の、今の、ことを教えていただけるんですよね。



学問からも、人からも、

学ぶから、そこで初めて、本物の輝きが始まるのかもしれない!



素敵な氣づきを得た、1日でした。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

1月は行く、

2月は逃げる、

3月は去る、

この時期はうかうかしていると、あっという間に過ぎてしまう、

と、よく云われています。

殊に、
その通りよねぇ~、とお話する人たちは、比較的年配者に多いです。


これはもともと、

農業が盛んであった日本では、
1月から3月は、いわゆるオフシーズンにあたるので、

うっかりぼやぼやしていると、
あっという間に時が過ぎてしまう、という口承です。


あくまで、
うっかり、ぼやぼやとしていると、です。


昨日と同じ今日、今日と同じ明日、

それが悪いという意味ではありません。


ただ、
そういう毎日の過ごし方をしていると、確実に、

1月は行き、2月は逃げ、3月も去ってしまうわけです。


そして、
私たちの命は、この人生を全うするためにあり、
私たちの人生は、時間で出来ている。


その、最も大切なはずの時間が、
「気がついたら、過ぎていた」

で、いいのでしょうか…


人生も、
「気がついたら、終わっていた」

で、いいのでしょうか…



このいただいた命をめいいっぱい生きるために、
自分だけの人生が、きっとあるはずです。


ほんの少しの勇気が出ないばかりに、

まぁいいか…と、気にはなりつつ見過ごしてきたすべてのこと。


命を終えるときに、思い出しはしないでしょうか…



だけれど、人の脳は現状維持が大好き。

その内容が、良かろうが悪かろうが、とかく、
これまでと同じ行動を取ることが安心で、やったことのない行動は、不安なのです。



ぽんっと、そこを出てみたとき、

何かが始まるのかもしれません。



私はおかげさまで、

年が明けてから、まだ、
たった1ヶ月半しか過ぎてないことが信じられないと思うほど、
自分の枠を飛び越えるチャレンジを続けています。


毎日毎日、
揺るぎなく目指す先がある日々は、

1日1日を大切に思う気持ちが、
深くなる日々でも、あります。


今日は、素敵な心意気のお友達と、食事をすることができ、
沢山の刺激をもらいました。

ありがとう。





今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2014.02.14

〈生〉の表現

先日、ネイルサロンを独立開業されるという方の、お試し、

ということで、ネイルをしていただきました。



私は自宅にもキットを持っているので、

人にしていただくということはとても稀なんですが、いいものですね。


エアーブラシで自然なグラデーションを作っていただき、
上品な色合いでとても満足!





施術してくださった方とお話していると、

なんと驚いたことに、

私と同じ誕生日!

しかも同い年の。
しかも同じ病院で。


同じ日に、同じ場所で生まれた2人が出逢う。
なんてドラマチック!


同じ日の同じ場所で、
この世界に誕生して、ここまで32年間、別々の人生を歩んできた2人が出逢うのですから。



と、思っていたのですが。


ところで学校はどちらですか?

なんて聴いていたら。


なんと小学校が一緒だったのです!


私は小学2年生の途中で、引っ越してしまったのですが、
それまでの1年と少しは、同じ学校!

お互いそれまでわからず話していたことに、逆に笑いました。



しかしその時、悲しいお話も伺いました。


彼女から、
当時の同級生のとある女の子が、二十代の真ん中くらいの時、病気で亡くなったのよ、
と聴きました。


全く想像もしていなかったことなのに、
そう聴いたとき、なぜか、あまり驚かなかったのです。


あぁ…そうだったのか…


その同級生の女の子は、

彼女にとっても、私にとっても、強烈に記憶している子で、
恐らく彼女のことを憶えていない同級生はいないでしょう。


小学1年と2年の途中までの彼女のことしか私は知りませんが、
ものすごくやんちゃな子で、私も度々困ったことがありました。

そのやんちゃぶりは、不可解な程でした。



今にして思えば、

短い命だからこそ、なにか、懸命に、自分の存在を、
周囲に強烈に残していったのかもしれない…


そんな風にさえ、思えたのです。



じぶんの生きた証。



子どもを生み育むことで、次の世代に証を残す人もいれば、

後世残る物作りで、生きた証を残す人もいれば、

目に見えぬもの志を伝承し、残す人もいれば、

ただ風のような生き方を好み、何も残すまいとする人もいれば、


不器用で、
思いきり人とぶつかることで、その人たちの記憶に残る人もいる…



表現方法は、器用でも不器用でもいい。


ただ、どの生き様も、ありのままに、〈生〉なのだなぁ。

そんなことを、感じました。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

つい寝不足。

そんな方も多いのではないでしょうか。


今夜もブログを書きながら、
ソチ・オリンピックをチラチラと見ていたら…


見逃せない出来事が起こったので、
書きかけていたものをやめて、こちらを書きたくなりました。


フィギュアスケート男子シングルショート。

アメリカのジェレミー・アボット選手。


競技が始まって最初のジャンプで、大きく転倒してしまいました。

壁に腰を強打してしまい、起き上がれません。

もう、諦めたように、そのまま身体を起こす様子もない。

10秒ほどの時間が流れる…



と、その瞬間、

ゆっくりと立ち上がりました。


もう駄目だという、泣きそうな歪んだ顔。



もう駄目だし、
評価点もつかないかもしれない。

でも、そんなことは関係ない!

今日のこの場に立っていること、
沢山の応援してくれる人たちのこと、

とにかく、
動けなくなる瞬間までやりきろう!



そんな覚悟と気迫が、瞬間にして光りました。

すごい…すごい…


なんとその後はノーミスで、しかも素晴らしい滑りで、
ラストまで滑りきったのです。





やりきった!

ぞくっとしました。


絶対に諦めない気迫。
結果だなんて、そんな表面的な問題ではなくて、ただ、諦めてはいけない理由がある。

……


まだ日本人選手も滑っていませんし、
11人滑り終えた段階ではありますが、ジェレミーさんが1位。



私はあんなに思いきり、しかも長い時間、
転倒してしまった人が、

そのまま滑り続けるのを見たのは初めてでしたが、

信じられない気持ちでした。



どんな状況からも、
諦めなければ、拓く道が、必ずあると、教えてくれた、深夜でした。



右目が見えなくなり、お医者さんに止められても、
選手として滑り続けている人もいたり、

団体戦を大成功におさめた地元のプルシェンコ選手が、腰の痛みにより棄権、
このまま引退を宣言してしまったり…


それぞれに人生を、壮絶なほどに挑んでいる人たち。


スポーツでも、何であっても、

そのことが、本当に素晴らしい。



孤独や思うようにいかないことに、
少し心折れそうになってしまうこと、度々ありますが、

そんな心に、パンチをもらった気分です。よし!



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

「金を稼ぐ奴が悪いんじゃない。
持ってるのに使わない奴が悪いんだ!」


以前わたしが藻谷浩介さんのお話をお聞きしたのは、
「デフレの正体」を執筆された直後。

今回は、
「里山資本主義」について、

NHKなど各種メディアに取り上げられている中でのお話でした。

藻谷浩介 氏


初めて藻谷さんのお話を伺った時は衝撃的でした。

数字や形を見せないと納得しない人たちに向けて、

「あなたたちは数字に扱われている。
数字こそ、気をつけなければトリックの宝庫だ。」

と言い放っていたからです。


今日も様々なお話をしてくださいました。


経済を語ってきた方が、

今やバイオマスペレットのことや、
耕作放棄地の再利用などを語ってくださるようになったことが、

私は個人的にとても嬉しいです。




資本主義が悪いのではない。

「マネー資本主義」がネック。

稼いだものを使わないでいようという発想、
とにかく貯めておけば安心、

この発想がマネー資本主義であること。



私の親しくさせていただいている、
クロフネカンパニーの中村文昭さんという方も、

もうかなり前からおっしゃっていました。


「お金という概念が崩れ去る時が、もうそう遠くない、未来にやってくる。
だから自分は、本当に価値ある資源に、変換していこうかと…」


環境問題に関して、私の知る限り、
最も知識が深く、最も自ら実践されていると尊敬している、

ネットワーク地球村代表の高木義之先生も、

「お金というモノを介在させなくても、
今それぞれの人がやっていることは、できるはず。物々交換。
それで不要なことは、しないようになれば、本来の姿に還れる。」


とおっしゃっています。



私も、
最後は、そのような姿になることが、最終的な着地点だと思っています。

だけれど、
一足飛びにそこに行くことはできない。

ひとり、ふたりでなく、
皆ができなければ、成り立たないから。


だから私は、
ある種、この藻谷さんのような捉え方も、良いと思います。

いきなり、お金を、辞める、ことはできない。

稼げる人は稼いで、
たくさんお金を地域に循環させることは大事なこと。



私は、

☆誰もが今すぐ出来ることで、

☆長期的に見て、最大限、地球環境に良く、生き物にも良いこと


を、広めていくことで、

最終的には、お金のいらない世界に辿りつくことができるのではないだろうか、と考えています。


今の資本主義生活を諦めることなく、

可能な限り地球環境を壊さず、
生き物の力を伸ばす、誰もが取り組める方法。


私は、そこに向かっているものに、

本氣になります。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

西暦に、「660年」を足すと、
日本の歴史がわかります。


西暦2014年から更に遡ること660年前、
2674年前が、
私たちの日本国誕生の時です。

現在は、皇紀2674年。


日本国において初めて天皇陛下(神武天皇)が即位された、2月11日。

本日は、「建国記念の日」です。


世界中のどの国よりも、古い歴史、長きにわたる皇統。


初代神武天皇から、2674年、125代もの間、
脈々と受け継がれてきた日本国は、まさに奇跡の存在、神の国。


日本の天皇陛下が、どれほど世界の人々から尊敬されていることか。

世界の国民のみならず、国王からも。

最も長い歴史を持つのだから、当然といえば当然のことですね。

そんなお方が、私たちの象徴であるということの、有難さ、尊さ。

そんな国の言葉、ことだまの力もまた、大いなるものです。


神話や、誇りある歴史を学ぶことが許されなかった私たちは、

積極的に知ろうとする人でなければ、
若い人々のほとんどは、こういったことを知らないのではないでしょうか。


かつて、
国を憂えて、この建国記念の日に、

国民に目醒めてほしいと、自死を遂げた方さえいらっしゃいました。


自死そのものを称えるつもりは毛頭なく、
そこにおいて私個人的には決してあってはならないことと思っていますが、

ただ、そういった方々は、よくよくご存知だったのです。


この日本が、いかに奇跡程に素晴らしい国なのか、
世界にとって大切な国なのか、

その国に生まれた私たちが、
いかに自信と誇りを持って、人類の手本となるべき存在なのかを。


だからこそ、憂えておられたのでしょう。


明治維新の功臣・江藤新平の曾孫である、江藤小三郎23歳が、

昭和44年2月11日建国記念の日、国会議事堂前にて「覚醒書」を残し、
ガソリンをかぶって焼身自決。

彼が遺した覚醒書を、ここに記します。

…………………

混沌たる世界、暗雲立籠む皇国。
自然科学におかされ地獄道に落ちし民族。

これを救う道、一事に極む。これ大自然に沿いし無私の心なり。
無私の心、真我に通ず。真我集へば破るる事なし。

国の大事、すべて無私より始まる。
ここに気付き行えばあとは康し。

一皇万民、天皇の許に真我が集う時、皇国毅然として興る。
皇子皇民、一丸となり、熱鉄玉を呑む勢いにて行えば世界万民を救う道をなすこと難くなし。

我、神命により不生不滅の生を得む。ここに肉体を放棄し永遠の生命を得む。
我「建国の日」に魂魄となりて、民族の危機にあたるものなり。

…………………

日本国民としての誇りを取り戻し、
大いなる自然に生かされていることに氣づくべし…


国歌の繁栄を願ってのかけ声、「弥栄!(いやさか)」


この音、響き。

沖縄のかけ声「イーヤーサーサー!」と似ていますよね。

そう感じているのは私だけでしょうか。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

先日、会社の元後輩と会いました。

来月私が地元で企画している、
山崎拓巳さんの『やる気のスイッチセミナー』に来てくれるということで、

そのチケットをお渡しがてら、ランチを。

旦那さまと2人で来てくれるそうで、とても嬉しいです。



彼女が会社を辞めてから、5年程になるでしょうか。

彼女とは、出身の小学校も中学校も同じで。


女の私でも、放っておけなくなるような、
なんとも華奢で、愛くるしいビジュアルの彼女。


素敵なのは、見た目だけではないんです。


ランチで席に着いたら、
「忘れないうちに…」と2人分のチケット代を手渡してくれました。

ありがとう、と受け取ると、そのあと、


「それからこれ…誘っていただいた御礼、といっては何ですが…」と。

プレゼントを手渡してくれたんです。





「これ、西条市の方が竹で作られている耳かきなんですけど、
作って、この売り上げの全てを、東日本の方々に寄付されてるんです。
ずっと続けられる方法で支援したいから、と。」

そう言って、私に手渡してくれました。



私、本当に感動してしまいました。



まず、「誘っていただいた御礼」…って…

私、そんなことに御礼と贈り物をされたのは初めてです。

だって、チケットを買って、チケット代を支払うわけだから、
それで十分なわけなんです。


「いえ、誘っていただいたのが嬉しかったんです。」

しかも、2人で参加するから、
プレゼントの耳かきも2本!(笑)



しかも、竹製品は私の好きなもの。
名刺入れも、竹です。

竹や間伐材など、
切って活用したほうが、むしろ環境に良い、というものを、

積極的に活用していこうと考えています。


しかも、この売り上げを全額、
東北の方の支援金にあてられている、その取り組みそのものが素晴らしい!



彼女がしてくれたことは、

私を、
サプライズ的に喜ばせ、製品が好みのものであったことでも喜ばせ、

製作者の方を喜ばせ、
東北の方を喜ばせているわけです!


人を喜ばせる「モノ」は素晴らしいですね。



加えて、

「いつも愛子さんのブログを拝見してます。
なかなか忙しい時は、読みたいと思う本も読めないけど、
本は読めなくても、愛子さんのブログだけは読もうと思って読んでます。
私、会社にいたときは全然知らなくて…
もし、会社に居るときに、愛子さんのことをもっとよく知っていたら、
私はもっと違ったかもしれないって思うんです。」


もう、やられちゃいました。


元々可愛い後輩だと思っていましたが、なおさら可愛くて可愛くて…

彼女がこの先何か困ることがあって、
私にそれを打ち明けてくれるなら、

どんなことをしても私は彼女の力になりたいって、思いました。


贈り上手。


贈り物上手、とも少し、違う。


心贈り。



ありがとうというよりも、本当に、尊敬します。

こんな、贈り上手な女性、憧れます。
私の周りには、結構いらっしゃるように思います。

私はどうも、下手っぴです…
色々考えているうちに、機会を逃してしまって…




3月9日の夜は、新居浜に、山崎拓巳さんがいらっしゃいます。

拓巳さんは、ベストセラー作家でもあり、アーティストでもあり、
とても有名な方ですが、

私は、その結果というよりも、

仲良くさせてもらって、ひとりのお友達として、

実際に接していて、
人との接し方を間近で見てきて、

素敵な方だなぁ~と思っています。



この日、沢山の、私の友達が、セミナーを聴きに来てくれます。

そこに集まってきてくれる友達もまた、
色々な個性があって、様々に素敵です。


その素敵なお友達同士が、ここでまた繋がって、膨らんで、
きっとまた、

今では予想することもできないような、何かが生まれて、
素敵な未来がきっと、あると思うから。



私の置かれている状況、現状を把握したら、

やっぱり、

せっかく出逢えている私の周りの素敵な人たち同士を、繋ぎたい。

それが私の、ひとつの役目でもあるように、思うから。


ワクワクがまた、拡がっていきますように…



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

本日は、都知事選投票日で、気になることは沢山ありましたし、
愛媛では愛媛マラソンが開催された日でしたが、

私の家では、ただ平穏に、母の誕生日を過ごした日でした。


家族3人で、ランチに。


お店は、
栄養知識のあるオーナーが、きちんと確かめて、
信じられる食材だけを取り扱っている、

ラ・マテリエさんへ。

口に運ぶたび、生き生きとした食材から元気が伝わってくるようで、
丁寧に、有難く、いただきます。



もともとお気に入りのお店でしたが、

仕事で、私が営業しているWi-Fiスポットの加盟店になってくださったり、

母の病気のことで、
色々とオーナーが情報をくださったり、気にかけてくださったりと、

とてもお世話になっています。


母のバースデーということで、お気遣いもいただき、
本当に有難いです。




1年前の今日は、
【おかん感謝祭第2章~ふるさとがえり~】

として、

映画ふるさとがえりの上映と、

映画監督とロックバンドおかんと私でトーク、

ロックバンドおかんのライブ、

というイベントを開催した日でした。



沢山の方々に支えられ、

更にオープニングでは、

勝手ながら、お客様も巻き込んで、還暦の誕生日だった母に、
ハッピーバースデーを歌わせていただきました。


この可愛らしい偉大な女性。

この人が生まれてきてくれなければ、
私の姿などどこにもない。

今のこの人生も繋がりも何もない。


日頃どうしても、口に出して言えない気持ち…

皆さんの力を借りて、言わせていただきました。



今年は家族3人だけの、ごくごくありふれた1日。

でも、本当に有難いことだと思います。


父も、母も、
命に関わるような大きな病気にかかり、

そして、
しっかりとそれを治してきました。


本当に沢山の方々のあたたかい思いのおかげです。


しかし、これを機会に、私も少し、本氣になってきました。


薬などの、一時的な紛らわしではなく、
根本的に一度、考えてみよう、と。

心と体が繋がっているなら。


心の不健康が、身体を病気にし、

身体の不健康が、心を蝕んでゆくこと。


ふんわりとした理念だけではなくって、
その中身は、もう既に、しっかりと解明されてる。


だって、身体のレシピは、すべて分かっているから。

身体が、何で出来上がっているのかが。


空気を吸って、
6割の水と4割の栄養素によって、

私たちの身体は出来ているのだから。


空気と水と栄養素の質を良くすれば、

必ず、

身体は、正常に機能し、動き始めます。


正直に書きますが、
日野家の生活は、これまで、生活習慣が、病気になるような生活習慣でした。

外食が多く、
食材や日用品の選び方が雑で、

これまで元気でいられたことが不思議なくらい。


だから、両親が病気になったことも、
当然といえば、当然のことだったかもしれません。


これからは、確実に、改善していきます。

有難いことに、本当に解決できる物に出逢うこともできました。


両親の生命力が、きちんと在ったことに、心から感謝し、

喉もと過ぎれば熱さを忘れる…
ことのないように、


しっかりと私の得てきた知識を、両親に、自分に、実践し、

そして身近な人たちにも、伝えていきたい。


元気に動く身体があってこその、すべてだから。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

ソチオリンピック、
フィギュア団体の演技を見ながらこんばんは。


今日は大変な積雪でしたね。

部屋の中にいると、ゴゴゴゴゴ~という音とともに、
屋根の雪が滑り落ちていました。



会社に行こうとゆっくり車を走らせると、
道ゆく家々の玄関には、既に、

たくさんの雪だるまさんたちが座っていました。



帰宅すると、母が病院から帰っています。

平日は病院にいて、週末だけ帰ってきます。

母の代わりにご飯を作り慣れた父。

こんな寒い日には、と、今夜はキムチ鍋でした。

赤い濃いお出汁の中には、お葱やお豆腐、白菜、豚肉…

美味しい、美味しい。



っと、父から、

下のほうに牡蠣が沈んどるから、すくって食べんかいよ~、と。

おお~、牡蠣、牡蠣♡



ふむ。


いただきまーす、と言って、大きなお鍋をいただくとき、
お鍋のいちばん底まで、ちゃんといつも
確認しているか、

というと、そうでもない。


お鍋の表面に、ちょっぴりがアクが浮いていたらそれを取って、
煮えている具材をお皿に取って、いただいて…


でも、そんな食べ方をしていたら、

キムチ鍋の底に、牡蠣が眠っていることなど知るはずがない。



キムチ鍋食べた?

という質問には、食べたよ、と答える割に、

牡蠣も入ってたでしょ?

と聞かれると、

え?キムチ鍋に牡蠣なんて入ってないでしょ?

となる。



キムチ鍋に牡蠣なんて入ってない、という「概念」と、

鍋の「1番底まで箸を入れなかった」という、

ふたつの要因によって、


そのキムチ鍋には実は、

牡蠣が入っていたと、知ることがなく、
牡蠣を食べることは、絶対にない、

わけなのです。


とにもかくにも、今日のキムチ鍋を、
食べてみたのならまだいいのですが、

もっと残念なのは、


キムチ鍋?
食べたことあるから味、分かってるから。

と言って、鍋をチラッと見ただけで、食べてみようとしないこと。


あなたの経験上で知っているキムチ鍋と、
今日あなたの目の前にあるキムチ鍋の味や、具材は、

実は全く違うものであるのに。




キムチ鍋キムチ鍋と、
今日はえらく鍋の話がしつこいなぁ~、何のお話?
と思われるかもしれません。


これがキムチ鍋の話なら、特に何の問題もないのですが、

私たちはしばしば、

人生の多くの場面において、
こういうことを、していないでしょうか。



「あぁ~、それなら知っている、聞いたことがある。」

その気持ちが、

あなたがあなたの目の前の物事の本質を見抜く機会の邪魔をしている。



現代人はなぜだかとても忙しいようです。

情報も沢山溢れているように見えるので、満たされた気持ちにもなるかもしれません。


けれど、その忙しさは、

本当に人生において大切なことのために、忙しいのか、

本当ならしなくても良いようなことのために、忙しいのか…




ひとつの事象だけならいい。

1度だけのことならいい。


だけれど、「それなら知ってるから」と通り過ぎる気持ちを持ってしまう状態の時は、

どんな物に対しても、とかくそんな調子で、


ひとつひとつの物事の本質を見抜くことができず、


ついには、


あなたはあなたの目の前に広がる景色さえ、

あなたはあなたの人生さえ、

見失ってしまうことになりかねない。



あなたの人生を、ちゃんと生きてほしいから。

あなたの目の前までやってきてくれたキムチ鍋には、
試しに底まで、箸を入れてみてください。



今見ているフィギュアスケート。

本当に優雅な、美しさの極み。
演者の方々は、本当に楽しそうに見える。


だけれど私たちが見ているその優雅さとは、むしろ全く逆で、

本当は、
スポーツ以上に力強く、パワフルなものなのかもしれませんね。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

「絶対叶えよう…
その夢は、絶対叶えんといかん。
やろう!絶対最後まで、応援するから!」


2010.10.10

大阪万博記念公園
ユナイテッドアースフェスティバル


初対面にして、これからを決めた日。


この日の打ち上げで、

明け方まで語り明かした初対面の男…


それが、ロックバンドおかんのボーカル、DAIでした。





「実は、今から3年を目処に、大阪城ホールに立ちたいと思ってんねん。」


そう聴かされたのは、
もう夜が明けて、始発も動き出した頃の、西中島南方。


なぜ目指すのか、

どんなステージにしたいのか、


じっと聴いていた私には、その映像がありありと浮かび、

気がついたら、必ず応援すると約束していました。


彼のバックグランドにある、
彼を苦しめていることの多くも、この日のうちに、聴いていました。




心がどん底の人も、やるぞー!って人も、
大人も子供も、
障害のある人も無い人も、

耳の聴こえない人までが、
涙を流してくれている姿を目にしたりしながら、


ただただ、皆が同じように、そこで拳を振り上げたら、

みんなひとつになって、

よし!絶対、思いきり生きていこう!


そう思えるようなLIVEを作りたい!


これから全国で、沢山の介護士さんたちとも繋がっていって、
車椅子の人たちも、最低100人は入れる会場にする。

MCも含めて、すべてテロップが出るようにして…





それから、話していたよりも半年早く、その夢は全て叶ったのです。


インディーズの彼らが大阪城ホールで単独公演。7000人を動員。



私のように、
彼らを支えてきた全国の皆と、最近顔を合わせて、当時を振り返ると、

「なんであそこまで頑張れたのかわからん。」

と言う人が多いです。


それ程、大阪城ホールまでの道のりは、

応援してきた人たちにとっても、大変過酷なものでした。

本気で応援している者ほど。



でも、彼らには、
そうさせてしまう、何かが、確かにありました。


強い強い彼らの光が、

きっと沢山の人たちの心を照らすと、


信じていた、

というよりも、

知っていたから、

諦めることはできなかった。



思いっきり惜しみなく応援していたからこそ、
私はことあるごとに苦言を呈する、彼らにとって、

「口うるさい愛子姉」でした。



応援している人たちから、こんな声が今、上がってるよ、

このことの大切さ、どれくらい分かってるの?



ついに本当に、
大阪城ホールの日程が決まった!という知らせを受けたとき、

真っ先に私がDAIに尋ねたことは、


「大阪城ホールを達成した後は、どうしたいの?」

ということでした。



嬉しいというよりも、ある種それは当たり前の現象で、

あとはそこに向かうカウントダウンだ、となった時、


達成の後の燃え尽きが心配になったのです。


まさかそのタイミングで、そんな質問をされると思っていなかったでしょう。

でも彼は、若干戸惑いながらも、

「世界へ、行く。」とだけ、答えました。


「世界へ行って、皆と離れるとかじゃなくて、
世界に皆を連れて行けるようになりたい。」と。


だけれど少し答えに困っていたようにも感じたから、
それ以上細かいことを聴くことはしませんでした。



そしてそれでも彼らは、その言葉通り、

大阪城ホール公演の翌日に、早速アジアツアーへと旅立って行ったのでした。



城ホールの後も明け方まで、
お世話になった皆との時間を過ごし、休む間も無かったのに、そんなにすぐに行かなくても…

と、相変わらず無理をする、加減を知らない彼らに、半ば呆れたほどでしたが…


彼らは不器用だけれど、確かに、いつでも一生懸命でした。


このたび、

その時アジアツアーを全て段取ってくださった会社さんが、
おかんのマネジメントを引き受けてくださるということで、

少しホッとしています。


台湾で、10万人の音楽フェスのメインステージに、
おかんを導いた、しっかりとした会社さんのようです。



これまでお世話になった皆さんへ、

これからも一緒に歩んでいきましょうと、


出来上がったばかりのディスクを、

これまで、おかんのLIVEを主催したことのある人たち全員に、
送ってくれたようです。




本氣のひとに触れたことが、

その経験が、

今の私の、入り口を作ってくれたんだと思います。



自分ももっと、本氣でやろう!!!


そう思い、行動したことが、

今の私に、繋がっています。


おかん、ありがとうね。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

「毎年、お椿さんの頃は1番寒いけんねぇ~」

愛媛県民ならば、1度は言ったことのある、聞いたことのある言葉。


旧暦の新年であるこの時期が、

愛媛県松山市の椿神社に、最も多くの参拝客が訪れる時。


商売繁盛の神様がいらっしゃると信じられ、
本日より3日間は、沢山の参拝客が訪れます。


椿が咲くから椿神社。




昔は辺り一体海であったことから、

津の脇の神社ということで、つわき神社。

それが訛って、つばき神社。



神社には、

商売繁盛・家内安全などの、
現世利益をお願いに行かれる方が多く、


一方で、

神社には、

我が願い事をするのでなく、
ただ日頃無事に過ごさせていただける感謝を申し述べ、

更に神様のお幸せをこそ、お喜び申し上げるもの、


という考え方も、最近の方にもやや定着しつつある様子も感じます。



私も、基本的には後者です。


けれど、日本人にとっての神様とは、
祖神様。


親様に対しては、

お願いごとをすることもあるし、
時にわがままを言うこともある。


けれど基本的には、

産み育て見守ってくださっていることへの感謝や、
親様の幸せを、子も願うのが、本来の姿。


そして親様も、

全知全能の唯一絶対神などではなく、親であるから、

時にはヘソを曲げたり意地悪をすることもあるけれど、

基本的には、

子どもの成長、幸せを、願っているもの。



相互の信頼関係に、心通わせるもの。

だから厳密に、何が間違いで何が正しいというものではありません。



大いなる親神様との対話を愉しみ心通わせる、

神社参拝とは、とても心に平穏を与えてくれるものですね。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

先月は高知で、草間彌生展を観に行ったのですが、
今日、松山で、再び草間彌生ワールドを満喫することができました。


今、道後では、アートフェスティバル、
道後オンセナート「アートにのぼせろ」が開催されています。

道後の数ある宿泊施設、
それぞれに、様々なアーティストとのコラボ部屋が用意されていて、

見学だけでなく、
実際に宿泊できるようになっています。

道後オンセナート

今日は、いちばんのお目当てだった、草間彌生ルームへ。












うーん、こってり、刺激的です!

刺激が強いから、との理由で、
15歳以下は入室禁止なのだそう…


赤ちゃん連れの私…
ではなく、

赤ちゃん連れの友達は、入室できませんでした~…残念。
その分、まだまだ沢山写真を撮ってきました~。


彌生さんの心を支えている、表現の世界。

自死への衝動を抑えるアートへの情熱。

その姿が、毒々しくも、鮮やかに、伝わってきます。



そのあとは、私のよく行く道後のカフェへ。

友達は地元が松山、松山を出たことがないのに、ここには来たことが無かったそう。



彼女は、
大学のダンス部時代の友達です。

今は、
新居浜と松山と、土地は違うけれど、全く同じ業界で仕事をしている同士。


彼女は昔から、とてもがんばり屋さんでした。

部活も、仕事も。

そして今は、子育ても本当に一生懸命です。


私は出産も子育ての経験も無いし、それ以前に結婚の経験もないわけですが、

私の友達のほとんどは、もう子育てを経験しています。


沢山お話を聴いていると、
お母さんがどれほど大変か、よくわかります。


自分の身体を気遣うようないとまもない。

でも、お母さんが元気じゃなきゃ、家族の元気も守れない。


そんな中なのに、がんばり屋さんの彼女は、つい、応募してしまったそうです。


保育園の法律関係に変更が加えられることに伴い行われた、
松山での審議委員の募集。


そこで知った現実。


松山市だけでも、年間400件近くあるということ。


親から子どもへの暴力や育児放棄。



表に出てくる数字がそうなのであれば、
現実には、もっともっと、多いはずですよね…


いかにお父さんお母さん、大人が、

ストレスを抱えているのか、ということ。



ストレスがあれば、子供に暴力をふるったり、育児放棄してよい、
という理由はどこにもありませんが、

ただ、その人たちも、
そうしたくて、しようと思ってしたわけではないはずです。


昔に比べて、我慢が足りない、気合いが足りない、
そういうことも、あるかもしれません。


でも、そういった精神論の前に、
環境が影響しているとも、思います。


汚染された大気に、汚染された食べ物、
ありとあらゆる食べ物、飲み物、日用品に、溢れんばかりの添加物。

細胞レベルで少しずつ少しずつ、蝕まれていく。


ストレスから病気になる、ということはわかっていても、
ストレスをまるで正体不明のもののように捉えている人が多いですが、

ストレスも、きちんと細胞の観点から説明のつくもの。


活性酸素が増えてしまっている状態。


心の持ち方で、それを減らしていくこともできるかもしれませんが、

正体がわかっている以上、
正しく栄養を摂っていくことで、活性酸素を除去していく、

つまり、ストレス状態から解放し、

イライラが募って周囲に八つ当たりをしてしまうことを防ぎ、

本人が病気になっていくことも防げる。


私は今、

人の身体のことや、栄養のことを、深く勉強していますが、

このことは、

沢山ある別々に見えた問題が、
実は、

このことによって数々と解決していくなぁ~と、分かるから、尚更に、熱が入ります。


草間さんも、早いうちから栄養のことがきちんと出来ていたら、
もしかしたら、

苦しみは今よりも少なかったかもしれません。


でも、彼女の場合は、苦しみこそが、アートとなった。
とても、稀なケースですね。



それにしても、今日会えた「にこちゃん」も、可愛かった~!



私も赤ちゃんと遊ぶの、最近は慣れてきました。
赤ちゃんの匂いは本当に、癒されます。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

本日は立春大吉。

少々天候は荒れ模様の新年といったところでしたが、

皆様も、気持ち新たな1日を過ごされましたでしょうか。


私はここのところ、
やっておきたいこと、それに伴う様々な方との連絡など、

特に何もしていない時間が僅かも無いほど、
沢山のやることがあって、大変充実した毎日を送っています。


だけれどたまには、
自分の行動を振り返る時間も持たなければ、居場所を見失ってしまいますね。


私としては、
可能な限り、

言葉の意味を見失いたくないなぁ~と思っています。


言葉に反応する癖があるのか、
それはどんな心理なのかに興味があるのか、よく、

「ふぅん。それはなぜ?なぜそう思うの?」
と尋ねる癖があります。


何か言ってもらうと、
更にそのことについてまた疑問が湧いてくるので、また質問します。


これが、私が面倒な人だと言われる所以です(笑)


だけれど、言葉の意味や定義付けに、すれ違いがあると、
何もかもがすれ違っていくのが現実で、

だから聴きたくなってしまんです。


例えば今の都知事選でも、原発に関わるすべてのケースでも、
必ず出てくる、【安全】という言葉。


安全だ、と主張する人と、
安全でない、と主張する人。


その前に、
『どんな状態のことをあなたは、安全と呼んでいるんですか?』

という議論が無ければ、平行線だと思います。


この議論を抜かすことで、

本当は食い違っていないのに、食い違っていると、
勘違いしてしまうことがあります。



私の思う【安全】とは、

今現在、生きている私たちにとって、
直ちに影響が無い、

原発でいうところの、
事故さえ起きなければよい、


という意味ではなくって、



【安全】とは、

このことを続けて行ったその先の、
生物や地球に対して、可能な限り悪い影響を残さないこと、

と定義しています。


私は、その定義のもと、
日々の情報選びをしています。


世界で最も波動の高い言語、といわれている日本語。


自分の胸に手をあてて、

恥ずかしくない言葉の捉え方、情報の捉え方、物の選び方をしたいと思います。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2月3日節分。
豆まきや、恵方巻きのかぶりつき、なさいましたか?

恵方巻きは、
その年縁起の良い方角を向いて、切っていないものを、無言で食べきるものですが、

縁を切らない、福を巻き込む、というような意味合いがありますね。


会社から帰ってきたのが21時過ぎで、
今年は食べないままかなぁ~と思っていたら、

お隣のおばあちゃんが、手作りの恵方巻きを届けてくれていました!
有難いなぁ…

七福神にちなんだ、七つの具材。
美味しく、有難く、静かに、いただきました。



さて、今日は仕事で、香川大学にお邪魔していました。

数々の研究成果なども見せていただきました。




中でも私が、いちばん惹かれた研究は、

《放射性物質に汚染された土壌の除染手法の開発》

香川大学の吉田秀典教授の発表です。


私は、東北の、

放射性物質に汚染された土地に居る方には、
可能な限り、別の土地に移ってほしいな、と思っています。

様々事情があることは承知の上でも。


それでも、残る選択をせざるを得ない人、
現に、今の時点で、まだ残っておられる方々には、

どうか、どうか、
可能な限り、放射性物質との正しい向き合い方を知ってほしいと思います。



除染、といっても、

手軽に出来るからと、

高圧洗浄や、表土の切り取り、土の上下層の入れ替えなど、

多くの場合、このような、意味をなさない、
むしろ、悪影響を及ぼしてしまうような方法で、

除染作業が行われている現実があります。


吉田教授の発表は、素人の私にもよく分かる理屈でした。


セシウムとストロンチウムの性質上、
粘土質に吸着されて、かつ、一度吸着されたら外に放出されることはないので、

これを利用して、

土壌の中に電流を流しイオン化させ、
土壌表面に置いた5ミリ程度の粘土質に、付着させる仕組み。



簡易でありながら、確実なんです。

土壌をやみくもに削って、埋め立てる場所がない、という事態にもならず、
確実に、既に地中にある放射性物質を吸い上げて取り去ることができる。

これは素晴らしい!と思いました。

実用化のためには、これから様々なパートナーシップが必要。

ぜひ、皆さんにも注目していただきたいです。


それに。
大規模な除染ではなく、たとえば、自宅の庭だけ、とか、
近所の公園だけ、とかであれば、

製品化などしていなくても、
電気を流す道具さえ揃えれば、誰にでも出来ます。



また、世界には、
大気中の放射性物質を分解することのできる、家庭用空気清浄機も存在します。


大規模な一斉除染方法は、現在のところ、
すぐに実践できる的確な方法が見当たりませんが、

家庭内であれば、
部屋の中を完全に無菌状態にしたり、

土の中に溜まっている放射性物質を除去したりすることが、

現実に、出来るんです。



私は、直接的に、東北にお住まいのお友達がいないので、
お節介をやくことができないのですが、

私の友達、知り合いが、
東北に長く滞在したり、住まわねばならないとなれば、


無理やりにでも、私は、このことをお勧めすると思います。


理由は、

ただ、ただ、助けたいからです。


助かる方法を知っているのに、伝えないのは、罪だと思うからです。


自分が知った本当のことは、ぜんぶ、伝えたい。

ありがとう。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

2014.02.02

うまれた

今日は、お友達の健ちゃん主催のイベント、

映画うまれる上映 × 佐々木真理 × マルシェ で、

私は司会アナウンスをお手伝いさせてもらいました。


沢山のお母さんや赤ちゃんたちが楽しんてくれました。




健ちゃんは大学進学から社会人まで、長く福岡に住んでいて、
奥さんともそこで結婚しました。

そして昨年の3月、地元愛媛に帰ってきました。


帰る前に、愛媛に帰るんですよ、という話を、
たまたま、てんつくマンにしたところ、てんつくマンが、

愛媛に帰るなら、
日野愛子という面白い子がいるから、会うといいよ、
と言ってくれたそうで、

健ちゃんは素直に、
友人のツテを辿って、私に連絡をくれました。


それから、いろんな新居浜の私の友人たちと繋がって繋がって、
今の環境になっていったわけなのですが、

今回のこのイベント開催が決まるまで、私は健ちゃんの思いを知らずにいました。


いま健ちゃんは、なごみちゃんという可愛い赤ちゃんのお父さんですが、
福岡にいた頃、

奥さんのつくみちゃんが妊娠したのだけれど、
外の世界に出してあげることが出来ずに、


その経験から、とてもとても自分を責めて、苦しんでいたのだそうでした。


当時のつくみちゃんの生活は、
朝早くから夜遅くまで仕事、仕事で、

食事をとる時間も不規則、とるものもインスタントや粗悪なもの。


身体が喜ばないことばかりしていた、と。



だから、今の健ちゃんは、

ちゃんと栄養を摂ることが大事だよって、
普段から伝えているし、


そして、もし自分と同じように苦しんでいる人がいたとしたら、

この映画によって、自分と同じように救われるかもしれない、


そんな思いで、今日のイベントを主催したのです。


健ちゃんも、奥さんのつくみちゃんも、本当に純粋な良い子たちで。




ちょっとばかり、ぽけ~っとしたところもある健ちゃんですが、
そこがまた良くて、


沢山の人に支えられて支えられて、
素敵な今日を、迎えられました。


うまれてきたこと、うんだこと、
うまれなかったこと、うめないこと、


それぞれが今日を過ごして、

きっと、何かがうまれている。


でも、沢山沢山の変化、

そのことに気づけるのは、もう少し先のことかもしれません。


いい1日を、ありがとう。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

今夜は、
大好きなお友達の千草さんと、
徳島の陽子ちゃんと、ご飯を食べました。

私は二人を知っていますが、
二人は初対面同士だったので、

出逢いのきっかけを、それぞれ改めて振り返ってお話しました。





千草さんは、
私がロックバンドおかんのイベントを主催した際に来てくださって、

以来、私のことだまセッションにも興味を持ってくださったことが縁で、
親しくさせて戴いていますが、

千草さんのおじいさんと私の父方のおじいちゃんが実は親しかったこと、
千草さんのお母さんと私の父が同級生だったこと、

後でわかって驚いたことが沢山あり、
ただならぬご縁を感じている方です。


陽子ちゃんとは、
おかんの大阪城ホール公演の日、
私が組んでいたツアーに参加してくださったことが縁で、仲良くなりました。


二人とも素敵な女性なので、
きっと仲良くなれるだろうな~と思っていましたが、

やはり愉しくいい雰囲気で、とても嬉しかったです。


自分の大切な人同士が、繋がり、何かが生まれていくことって、喜びです。



明日は、四国中央市の健ちゃんが主催する映画「うまれる」の上映会ですが、

陽子ちゃんも含め、
そこにスタッフとして参加する新居浜メンバーの多くは、

私がお呼びしていた、名前のことだまセミナーに参加してくれていた人たちで。


その日をきっかけに、私の友人たちと、健ちゃんが、知り合うことになったのでした。


後になって振り返ってみると、
「あの時があったから、今の繋がりがある」というもの。

そういったきっかけを作れたことに、じんわりと、喜びを感じます。

もちろん私が特に何かをしたわけでは全くなく、単に場の提供だけで、
実際に当人たち同士が親交を深めていったのは、
その人たち自身の、人間的魅力があったからです。

でも、出逢わなければ、何もなかったんだなぁ~…


明日の健ちゃんのイベントも、
きっと誰かのきっかけになるんだろうなぁ~…


がんばっている最中は、夢中で、大変で、
時には、

何のためにやっているのか分からなくなったりすることもある。

そんな時は、
ここを超えた先に、どんな素晴らしいことが待っているのかを、
想像できない時です。


【誰かのためになるかもしれない…】

ただその一心で動いた先には…

未来は、想像していた以上のことを、用意してくれるものかもしれません。



今月末には、名前のことだまのお師匠様、山下弘司先生のところに、お勉強に行きます。
名古屋です。


今の私は、個人セッションをする資格は持っているのですが、
不特定多数の方の前で、講演という形で、お話させていただく資格は、まだありません。

この資格を早く取って、

ビジネスマンの方に向けて、お母様方に向けて、など、
ケースやテーマに応じた、

名前のことだまとの向き合い方なども、
お話させていただけるようになりたいと思っています。


すべての始まりは、
「自分をもっと、好きになって、日本をもっと、好きになって、自信に満ちた日本人をつくること」

私はそこから、
あらゆる形で、人を、本気で応援できる人間になりたいと思っています。


そのために、ことだまの知識と、人のカラダの仕組みや栄養のことを、
しっかりと学び続けていきます。


さぁ、明日は健ちゃんの「うまれる」です。

会場にお越しくださった方の心に、必ず、何かが生まれますね。

ありがとう。


最後におまけショット~



マスターのトレードマークの帽子を、
みんなでかぶって記念撮影~!


思えば、初めてのおかんのイベントの時、
千草さんが来てくださったのは、

マスターがお店にチケットを置いてくださっていて、
常連さんだった千草さんが、ここでチケットを買ってくださったからでした。


【きっかけは、あなた】の連鎖は、幸せの連鎖です★


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。