日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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昨夜は仕事のあと、
久しぶりに自宅にて、ことだまセッションをさせていただきました。

やはり家に来ていただいて行うのは、
落ち着いて、ゆっくりとお話ができてとてもいいです。


ただ、来てくださる方にはお気を遣わせてしまうようで、
手土産などをお持ちくださることも多く、申し訳なく思います。

これからは、自宅でのセッションの場合、
くれぐれも手土産などのお気遣いなさらぬようにと、
申し添えるようにするべきかな、とも考えています。


人のお家に行くのに、手ぶらでは行けない、という考え方、
日本人のとても素敵なところだと思います。

が、これはセッションですので、ふらりと遊びに行くような場合と異なり、
持ち合わせていなくても、何ら気にしていただくことではありません。


家に、

訪れてくださる方は、

音連れてくださる方。


『お客様は神様です』の言葉通り、

例え話でもなんでもなく、
訪れてくださるお客様は、それだけで、神様なんです。


昨日セッションに来てくださった方も、
和室に入ってから、【訪れの家ノート】を読んで、驚いていらっしゃいました。

「えー。音連れ… 私も神様なの?」



日本で神様といえば、音とは切っても切れない関係。

神社にお参りするときも、ずっと音を伴いますよね。


境内に入るまでに、ジャッジャッと玉砂利を踏みしめて、
柏手高らかに打ち鳴らし、鈴の音を響かせる。

お賽銭を投げ入れて、チャリンと音がする。


すべてに音を伴います。


音連れの神様に、おうちに来ていただける用意、
人が沢山来てくださるおうちって、いいですね。


私もまだまだですが、
自宅に人をお招きできるようなこと、もっと考えていきたいなぁと思います。


昨夜お持ちくださったお菓子。
ハタダさんと、みきゃんのコラボ。そしてイラストレーターseikoさんとのコラボ。

可愛い(*^_^*)

ありがとうございました。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子






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2014.04.29

昭和の日に

今日も仕事でしたが、朝少しだけ、顔を出させて戴きました。


1日から行く東北に運ぶ、物資の積み込み作業。

柑橘類200ケース分。

ただし収穫時からみて、傷んでいるものも多いので、選別して積み込みます。


選別後180ケース程になったら、あとの20ケースには、
ほうれん草などのお野菜を積んで、東北を目指します。







このようなことを、震災直後からずっと続けている方々が、
この新居浜市内にもいらっしゃるということが、本当に、心から嬉しいです。

東北の方が、少しでも、喜んでくださったら…
そう願いながら…


今回、その場に立ち会わせて戴けること、本当に嬉しく思います。

そして、出向く前からですが、今回の訪問は、私にとってきっかけであり、
これから、きっと何度も東北を訪れることになるだろうという予感がもう、しています。



さて。仕事では、取材が1件。

昭和天皇がお生まれになった日の今日、戦没者追悼式が執り行われました。


愛媛県知事、市長、国会議員、県議会議長、市議会議長、
そして県議会議員、市議会議員、市関係者、ご遺族団体の方々、
それぞれに献花をし、追悼の言葉を述べられる。

そして最後に、会場にいらっしゃるすべてのご遺族の方々が、献花と祈りを捧げます。



「日本国家存亡の危機に際し、
 身を挺して国のため、家族のため戦い、志半ばにして散った英霊の方々のうえに、
 今の私たちの暮らしがあることを、
 私たちは、永遠に忘れることがありません。
 二度と同じ過ちを繰り返すことのないよう、堅くお誓い申し上げます。

 今なお、世界では紛争や戦争が絶えず、
 日本でも、まだ癒えることのない傷に苦しむ東日本の方々が大勢いらっしゃいます。
 英霊の方々にも恥じることのないよう邁進してまいりますので、
 どうか、私たちを見守っていてください。」


次々に、壇上の前に集まるご遺族の方々、その手をあわせる姿に、胸が熱くなります。

手を合わせ祈る日本人の姿というのは、かくも美しいものか。


ご遺族の方々の目には、今も、
出陣していったご家族の、友の、恋人の姿が、焼き付いているんです。


「勝ってくるぞと勇ましく、誓って国を出たからにゃ、手柄立てずに死なりょうか~
 進軍ラッパ聴くたびに、瞼に浮かぶ旗の波・・・」


軍歌が私の耳にも、聴こえてくるようでした。

今思い起こしても、こみあげてくるものがあります。



生かされている私たちは、毎日を、笑顔で、有難く、幸せに、過ごすべきです。


その皆の笑顔と幸せが、これから先もずっと続いていくように、

大人の私たちには、笑顔でいながらも、取り組んでいかねばならないことが沢山あります。



東北から帰ったら、その翌週は、仕事で東京です。
延泊して、東北と同じく、ずっと行きたかった靖国神社にも参拝させていただくつもりです。

誓いを立てるのに、
私にとっての一番適切な場所が、英霊の方々のいらっしゃる場所のような氣がしています。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子






ありのままの姿見せるのよ…


アナと雪の女王が、大ヒットを続け、
世界歴代アニメ興行収入ランキング1位となったそうです。

なんとなく、わかるような気がします。


映画館に行く時って、当然ですが、
観たことがないものを、観に行きます。

ということは、
その作品のことが、真に好きだという人が多いかどうかの問題とは、

少し別のところに、ヒットの原因があります。


鑑賞が終わったあとの、一定のランク付を、
鑑賞した人全員に聴いた場合のランキングと、

必ずしも一致するわけではない。


皮肉ではなくって、純粋に、そんなことを面白いなぁ~と思います。


私は、アナと雪の女王をどうしても観ようと思った理由は、
予告編で、エルサが『Let it go』を歌うシーンを観たからでした。


話のあらすじは問題ではなく、
このシーンに至るまでの、彼女のストーリーを感じたい!

と強く思ったからでした。


そのくらい、あのシーン、歌には、
希望があったと思います。




Let it goの歌詞にもしきりに出てくる、
〈ありのまま〉という言葉。


私は以前から、ありのまま、ということへの定義が、少し、人と違うように思います。


本当のじぶん。

本当のじぶんを出し切るということ。


怠けたり怯えたりして、踏み出せずにいる今のじぶんのままでいい、
ということではなく、

本来のじぶんが持っていた素敵さを、そのまま発揮しよう!
ということだと思っています。


こう思うようになったのは、以前にもブログでご紹介したことがありますが、
大好きな美輪明宏さんの言葉。


ありのままの私を好きになって!
と努力もしないでじぶんを主張するなんて、暴力よ。

畑で引っこ抜いてきた大根を、
ありのままを受け入れてと、砂がついたまま人の口に突っ込むつもり?

大根そのものの特徴、良さを生かせるような、
調理方法と、盛りつけをして、

さぁ召し上がれ、と言葉を添えて出すものでしょう。



ありのままのあなたで。

あなたはあなたで大丈夫。


この言葉に、あまりにも甘えそうになったときは、
自分自身、この美輪明宏さんのお話を、思い出すんです。


皆さんは、いかがお考えですか?


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子



私の家の庭には、

5~6年前、取材に行った際に頂いてきた、
ジャーマンアイリスの花が、

毎年今の時期になると、綺麗に花を咲かせてくれます。


ジャーマンアイリスは、比較的丈夫で、
水はけのよい乾燥した土のもとであれば育つのだそう。

そうであるとしても、
うちの庭の条件はひどいです。


ジャーマンアイリスを植えるために、
多少よけたことはよけたけど、

周囲は大きな砂利に囲まれています。


育て方のマニュアルにあるような、植え替えも、
してあげれていません。


それでも毎年、この時期になると、見事優雅な花を咲かせます。




【花は、生き方を迷わない】

どんな環境であろうとも、
私は、このように咲くと、決めているから、

例え周囲の状況が整っていなくても、
本来の自分自身を、見事に咲かせようとします。


私たちは花ではないから、
生き方をよく、迷います。

周囲の状況によって、心はいつも、右往左往します。


それでも、

【自分の機嫌は、自分でとる】

例え周辺の状況がどんなに自分にとって望ましいものでなくても、
自分の心と身体のために、そして周囲の大切な人のためにも、

自分の機嫌は自分でとる。


嫌だと思うことに、注目し過ぎて、囚われて、
そのことを考え過ぎてしまうことは、

大切な大切な、自分自身の人生を生きていないということ。
周囲に振り回されているということ。


あなた自身の人生を、前に進めなくては。


少しは囚われて、凹んだり荒んだりすることもいい。

周辺の状況も少しは味わったなら、
またあなたは、

自分の心が気持ちいい場所へ、きちんと自分を返してあげて。


どうしてもうまく出来ないときは、
思ってもいなくても、ニッと口角を上げてみるだけでもいい。

無理にでもニッコリすれば、
脳はそれを喜びだと勘違いしてくれて、本当に気持ちいい状態が、帰ってくる。


あなたのためだけじゃない。
あなたとあなたの周囲の大切な人たちのために。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子


宇宙のサイクル、しぜん時間のマヤ暦によれば、
今日がわたしのお誕生日だそうです。

【白い太陽の鏡】



5日前に、このことを友人に教えてもらったばかりで、
その時は、5日後が誕生日?ふぅーん?

という程度でしたが、

この5日間のあいだにも、本当に様々な出来事があり、

確かに、

新たに生まれた、という感覚、今とてもしっくり来るんです。


ちょうど、私が誕生した時の、

月と太陽と地球の位置関係と、
全く同じなのが、今日。


なんだかとても、清々しい気持ち。


朝から取材でバタバタとしていますが、

今日はじぶんが生まれた日と同じ、
月と太陽と地球の位置関係なのだと思うと、

ひそかに、喜びの中で居られます。


今日も出逢える沢山の方々と、
喜びを感じながら過ごしたいと思います。


生まれることができて、よかったぁ~。
ありがとう。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子



昨日大阪で、ロックバンドおかんに半年ぶりに再会したのですが、

半年前というのは、10月20日、
私の地元新居浜での、おかんのLIVEでした。


昨年4月8日に大阪城ホール単独公演を終えたおかんが、
アジアツアーなどを経て、再び、

これまでお世話になった土地を廻りたいと、
凱旋ツアーを自分たちで企画したのでした。


私のところに電話がかかってきたのは9月3日。

「小さな場所でいいし、人数もそんなに集まらなくても構わないから、
赤字が出たとしても今回は主催者さんには負担してもらわないので、
凱旋ツアーに行かせてもらえませんか?

日にちは出来れば…10月20日。」


って1ヶ月半しかない!!


だけれど頼まれたら断れないので。
わかりましたとだけ言って電話を切り、すぐさま会場手配に奔走して、

だけれど、どう考えても、

「大阪城ホール終えて凱旋で帰ってくるのに、ボロい場所で、人数も少なくて、なんて、
これまで新居浜で沢山おかんのいいイベント作ってきたのに、
最後を飾るのがそれじゃあ、絶対イヤだ!」


と思い、これまで何度もお世話になってきた、最高の音響をやってくれる、
ライブハウスのジャンドールさんにお願いすることにしました。

費用もかかるし、半端な呼びかけでは本当に赤字になってしまう。


そこから、すべてを1から準備に奔走する1ヶ月が始まり。


本当に、私の引き受けたYesのせいで、またまた、
仲間に負担をかけながら、

なんとか満員の素晴らしいイベントになりました。


楽屋はスタッフ皆の手作りの料理で迎え、
装飾もめいいっぱい行って、

子供たちや、障害を持った方々、福祉施設の方々にも沢山来ていただき、


本当に感動の1日を作ることができました。



たくさんたくさん、皆にお世話になったけど、
得意だから~!なんて言って、

フライヤーの制作や、当日のビデオ担当、編集までしてくれた、
健ちゃん。




実は、半年経ったいま、今日、
初めてその編集してくれた映像を観たのでした。

わたしのいつもの悪い癖で、
メーター振り切るまでやりきって、そのあと少し、

よーしこれでまたしばらく離れよう…みたいな気持ちになってしまって。


早く編集あげてくれていたのに、その映像を観ていないままでした。

ずっと気になっていたのだけれど…


今夜見させてもらいました。





私も仕事でカメラを回したり編集したりするので、
健ちゃんの想いがものすごく伝わってきて、本当に有難かった。


カメラワークもすごく工夫していて、
というよりも、撮りながら、健ちゃん自身も、すごく熱がこもってきて、

より良く撮ろう!としているのがよく伝わってきて…


LIVE終了後に、たくさんのお客様に感想ももらってくれていて。


「健ちゃん!おかんのDVDありがとうっ!!感動したっ!!」


と見終わってすぐ、健ちゃんに電話をしました。


半年後に何言ってんの?というところですが(笑)

私にとっては今観たから、今まさに起きた出来事みたいで!

笑って許してくれました(笑)


本氣のおかんだから、

私も本氣で応援して、

そんな私を皆も本氣で応援してくれた。



どんなに心が枯れて、この先も、

もういいや…と、つい、投げやりになってしまう出来事が起きたとしても、


こんなあたたかな記憶がわたしの中にある限り、
潰れきらなくて、済む。


本当に皆、ありがとう…











今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子


今回の大阪も、沢山の方に大好きな人たちとお会いすることができました。


ロックバンドおかんが、今月いっぱい、
JR大阪駅の中央南口で、毎日ストリートライブをしている、

ということで、旅の最後の最後は、
ちょっと予定を変更して、18時に大阪駅へ。

ずっとずっと大人気だったCD【人として】と【Acorstic2】が廃盤になるということで、
自分たちの原点である、ストリートで、残りのCDを手売りしていくと、

続けています。



『無表情に流れゆく人波の中
あなたに逢えたのは何故だろう…』

から始まる、【人として】は、
ストリートで行き交う人波の中でこそ、

本当の力を発揮するような気がしました。
やっぱり、泣けた。


昨年10月、新居浜に来てもらってから、半年ぶりのおかん。

でも、久しぶりの氣はやっぱりしません。




彼らは先週、アジアツアーから帰ってきたところで、
台湾の現状もよく、見てきています。

ボーカルのDAIも、
私が、久しぶり~、と声をかけようとしたら、

昨日も会ってたかのように、
いきなり、台湾の話を始めました。


お互いに動き回ってて滅多に会わなくても、
一度本当に絆ができたら、連絡を取る取らない、会う会わないは、

あまり、関係がないのかもしれません。



DAIは、

「事務所をアジアに移したんは、
そこの方が本当に社会問題に関心の高い方で、

本当にアジアをひとつにしていきたいと考えられてて、
だから一緒にやっていこうと決めたんやけど、

台湾の人たち大好きやし、なんとかしたいんやけど、
中国の人たちだって同じ人間で、もう友達も沢山いて、

自分たちがアジアに出て行ったのは、
日本じゃ嫌とかでもなければ、どこかの国だけ、とかでもなく、

アジアがひとつになるために、と思ってるから、
おかんとしてはあの時点では何も言えなかった。

ただ、歌いに行かせてもらった時は、
中国人と台湾人も、一緒に肩組んで歌ってくれてた。今回も。

それを今回、また確かめられた。

俺らは、そういうことを、伝えていかないかんと思ってるし、

そんな場面を、もっともっと拡げていきたい。

トップ同士が話し合ってすべてを決める時代じゃなくて、
ひとりひとりがもっと、やれる時代やもんなぁ。」


と話してくれました。

音楽フェスも、今回の台湾のことで、中華圏では何百と中止になったそうです。



今回の大阪では、流通業の方、飲食業の方、そして音楽のおかん、

様々な方の本氣の想いを聴かせてもらうこととなりましたが、

【熱】が集まっている、と感じます。


ベクトルが、自分のほうじゃなく、
少しでも、自分のいるこの世界を、少しでも良くしたい、

そのための、
流通業であり、飲食業であり、音楽であり、


それぞれの立場から、いま、本当にこの世界を想う熱が、
集まっている。


どんなに、結果は遅くても、

歩むことを止めてはいけない。


それが本当に意味あることだと、
あなたの魂が叫んでいるなら、

結果が遅くなるかもしれなくても、出来ないかもしれなくても、

歩む足を遅めてはいけない。歩むことをやめてはいけない。


目の前のひとに本氣で伝え続ければ、
ほんの僅かずつでも、必ず、動いてく。変わっていく。


また皆さんから、元氣をもらいました。

ありがとう。






2014.04.23

山が十の国

あーたーらしーいー朝がきた~

希望の朝だ~


おはようございます!
今朝は日の出を見ることが出来て、清々しいです。


1日は、希望で始めて、喜びで終える。

1ヶ月は、希望で始めて、喜びで終える。

1年は、希望で始めて、喜びで終える。


あっ!という閃き、希望で始まり、

お~っ!という歓声、喜びで終わる。


日本の音の流れも、そう出来ています。


そんな、
希望で始めて、喜びで終える、

音の流れが、あ行、か行、さ行…と、十(とお)の山を成した、

山が十の言葉を持つのが、
やまと(大和)言葉、私たちの言葉です。






本日はまたまた大阪にて、セミナーを受講してきます。

会場では毎月3000人程の方々が学びに来られていますが、
若い方もかなり多く、しかも、学ぶ姿勢がとても意欲的で、

内容も然ることながら、
その空気感に、いつも刺激を受けます。


私は田舎が大好きですが、
時々はこうして、場所を変え、

圧倒的多数の人たちが、
目的意識をしっかり定めて、意欲的に学んでいる場に身を置くことで、

良くも悪くも、この時代の空気感を知っておくことが出来ます。


どんなことでもそうですよね。

知ったうえで、
自分がどんな立ち回り方をするのかは、個性だけれど、

状況を知らずに、
自分が今いる場所だけで判断すると、勘違いに終わってしまう。


たまにしかしないこと、イベント的なことについては、
勘違いしていてもあまり問題ないのですが、

日常的に行うこと、常に用いるものについては、
勘違いしていては、今の時代、自分だけでなく、大切な人の命取りにさえ、なり兼ねないから。


よく学び、もちろん、よく遊んできます。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子



私の務めている会社は、
次々と新事業を手がけていく会社。

駅前に来春オープンする、
美術館とホールなどを併設した総合文化施設の、

数年前から建設についての委員会の構成メンバーとして、当社からも1人、
担当者を出していましたが、

いよいよオープンまで、残すところ1年。
オープニングプレイベント等はこの夏から始まっていきます。


っというところで、担当者が私になりました。

学芸員資格を持っているということもあり、
私なら出来る、と思って、任せてくれたのだと思います。


実際、私の大好きな分野。
沢山関わっていけたらいいなぁ。


と先日、私としては初めて参加した会議だったのですが、
そこで、久しぶりに再会できた方がいらっしゃいました。


私の顔を見るなり、

「名前のことだま、私もみてもらいたいの~!」

と言ってくださいました。

最近ちょっと、迷っていることがあって…と。


ということで、東北に行く直前の夜に、
私の自宅にて、心を込めて、セッションさせていただくことになりました。



一音一音に意味がある、名前のことだまでは、

「名前には、私に何ができるかが秘められている」

「名前を好きになると、自分を好きになる」

「名前を褒めると、人と関係が築ける」

「名前のことだまを知れば、出逢いがもっと楽しくなる」


ずーっと共に生きていく、自分の名前。

自分のものなのに、自分で決めていない。

自分のものなのに、人が呼ぶためにある。


あなたの名前は、あなたのためにあるものじゃない。
人のためにあるものなのです。


人から仕事を頼まれるのは、
「あなたならできる」と思われているから。


私の場合、
総合文化施設の担当者を命じられたことも、私に出来ると思われたから。

ことだまセッションやって!と言っていただけたのも、
私が出来ると、友人は知っているから。


名前も同じ。
あなたのできることが、名前として、与えられているのです。


「人のためにできること=使命」

「氏名=使命」


期待と、信頼と、願い、そして祈りが、
込められているから…



来月には、
私のことだま個人セッションを受けていただいたことのある方だけを対象とした、

名前のことだま みなおしワークショップを開催予定。


大切なお話は、繰り返し…


あぁ~ たのしみです!






今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子



私は、もう1人のあなたです。


これは、インラケシュという、マヤの挨拶だそうです。


相手に、
共感したり、共鳴したりする、というのではなく、

相手に、なる。

相手になって、相手が見たり感じたりしているものを、見る。


そんな風な人との接し方って、皆さんはされますか?


私は、案外と、気がつけば、このことを勝手にやっています。


人の話を聴きながら、自分がそれを体験したかのように、
ありありとその現場の感覚を、感じることが、よくあります。


そういえば、物心ついた頃から、
例えば、

道端で敷かれてしまった猫なんかを見かけると、
車に乗せられサッと通り過ぎてしまうだけの瞬間でも、

途端に、
道路で横たわり、地面に頬をつけて、車や人々が行き交うのを見つめている…

自分が、横たわっている感覚になっていました。


物悲しさ、辛さが、一瞬にして、自分の中に…


もともと、身についていたようです。



昨年の夏、《時間をはずした日の祭り》を、内子のほうで主催した友達から、
改めて、

マヤのこと、自然時間のこと、宇宙意識のこと、
教えていただきました。


昨年の夏7月25日は、単純に、浴衣を着て、意味もわからず、
ただ楽しませてもらいました。








時計という、二次元の世界に閉じ込められてきた私たちだけれど、

本当は、自然時間の中に暮らしていた。

本当に、自然と調和して生きるとき、

日の出と共に起き、日が沈むと活動をやめる、
太陽のサイクル、宇宙のサイクルと、共にあるとき、

本来の自分自身が返ってくる。



私は実は、これまでずっと、《地球》にフォーカスしてきました。

だから、世界平和、ということを念頭に置くのですが、それはいつも、
地球のことを指していました。




本当は、太陽系の中の地球、宇宙の中の地球だと、
わかっていたけれど、

どうしても、宇宙までのイメージが出来なかったのです。

だから自分は、地球を常にイメージし、進めていこうと感じていました。


だけれど、友達に教えてもらった、

宇宙のサイクルの時間軸を生きてみる、

ということをイメージした時、


《宇宙規模の感覚が持てるかもしれない》


という気持ちが湧いてきました。


まだまだ、よく分からないことが多いけれど、
そんな意識に少しずつ、触れる手段として、

コズミックダイアリーというものを、
取り入れてみようかな、と感じました。



少し難しいような気もするけれど、
難しい言葉や何かは、

後から感覚と調和してくるはずだから。


まずは何より、

もっと自然を感じられる自分でいたいですね。



日の出の太陽の、
あの柔らかさ、あたたかみ、希望の放射…

この世の醍醐味のような、あんなにも美しい時間を、
私はいつも、眠っていて、知らない。


新年とか、特別な時しか、味わってきませんでした。


日の出と共に起き、
太陽の光を希望いっぱいに浴びるという生活に…

シフトしてみたいな…

そう、強く、感じました。



日本人は、誰よりも、

1日を、

希望で始め、喜びで終える、ということを、知っている人種です。


名前のことだまとも、リンクするところを感じました。



地球だけでなく、宇宙にも意識を向けてみたい。

そう思っていたところに、このようなお話が舞い込んできました。


すべては、本当に、うまぁく、まぁるく、なっていますね。


そうそう、コズミックダイアリーによると、私の誕生日は、

【KIN 178 ・ 白い太陽の鏡】

キーワードは、

【意志、脈動する、実感する】
【果てしなさ、映し出す、秩序】

なんですって。


あと5日後に、お誕生日を迎えるそう。
生まれ変わるよな、気持ちを持ってみよう。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子




私はたいてい、「何のために」を考えるほうです。

深く考えているというよりも、知らず知らず。


例えばこのブログを、開始以来毎日続けていることも、

はじめは、

私の家に皆が母の本気のお見舞いで来てくれたことから、

もっと本気で、人の役に立てる人間になろう、
そのための一歩を何か、踏み出さなければ、

という思いで、始めました。


けれど毎日というのは、当然難しいことが多々あります。

私は書き溜めをしないので、
必ず毎日、どんなことがあっても、書いています。


あの時決めた自分の決意を裏切らないため、
書き続けてきました。


それでも、本当に今日はやめようかな…という日も訪れます。


けれど、そんな時にこれまで何度も、
「ブログいいね。いつも楽しみに読んでますよ。」

そんな言葉をいただくから、なんとか、続けてこられたように思います。


まずはこのブログ、まる1年が経つまでは、
毎日更新しようと考えています。あと、1ヶ月程です。


書いていくにあたり、やはり、
〈何のために〉を知らず知らず、考えます。

ある程度、覚悟を持って、取り組んでいるからかもしれません。



私は主に、SNSはFacebookを使っていますが、
Facebookの投稿上に、このようにつらつらと書かず、ブログ記事に書くことを選んだのは、

もう、日野愛子には関心がない、
そう、思われた方は、

わざわざリンクを開かなければ見られないブログは、見ないわけです。

だけれどFacebook上にそのまま文章があれば、
ハプニング的に目にしてしまうことがある。


だからあえて、ブログにしています。


ひとりでも多くの方に、伝えたい、という気持ちもある反面で、

似た想い、心を持った人と、もっと親密になりたい、
という思いもあるのです。


自分と似た想いの人が誰で、全く異なる想いの人は誰か。


実は、日々、自分の意見・主張を繰り返し続けるということは、
この発見が、そうでない人よりも、確実に早く、明確なのです。


似ているのが良く、違うのが悪いという意味ではありません。


ただ、役割が、違うのです。



問題は更に複雑になり、大きくなっているこの時代に、

向かいたい先、想いが似ている者同士は、
もっと繋がり、強く協力していくほうがいい、と思うんです。


議論ごっこをしている場合ではなく、

〈この現状に対し、どうすればいいか?〉をこそ、考え、

具体的に行動するために。


動き出すきっかけを作りたいし、
自分自身も、似た想いの人を見つけたい。


主張すれば、必ず、賛同もあれば批判もある。


しかし、です。


案外と、発信し続けている人は、覚悟しているものです。


ですから、批判を受けても、簡単には動揺しません。


・自身の事情から、感情が昂ぶってぶつけてきた人

・私の意見を変えたいと思っている人

・聴衆に知識を自慢したい人

・議論すること自体が好きな人

・純粋に内容により良くしたくて投げかける人


この人は、どういうつもりで、何のために、
批判をするのだろうか、と考えます。


私は、大抵の場合、何かを良くしたくて、発信しています。

けれど、そうではなく、粗探しをしに来ている人もいます。


粗探しをするのも必要なことかもしれないけれど、

最後その結果、どうなることを目指して、描いて、
何のためにそうするのか、ビジョンが無ければ、呟きに終わってしまいます。


何のために。
今この人はこう云うのだろう。


私の意見を変えたいと思って、良かれと思って言ってくださる人は、
皆が見ている書き込み、公衆の面前ではなく、

私個人宛に、直接メールやメッセージをくださいます。

そういう方に対しては、特に丁寧にお返ししたい気持ちになります。


しかしそれ以外の、
純粋に疑問点を投げかける以外の方は、

公衆の面前でありながらの行為なので、事情はずいぶん変わってきます。



未熟で、拙い知識でも、

想いと覚悟は、あるから。

なぜそれを発信するのか、いつも、何のために、があるから。



誰かが言っていた、

『右翼でも左翼でもない。仲良くです。』

だなんて、上手な言葉だなぁ~と思っていましたが、本当にその通り。



『あなたの発言は、概ね右寄りなのに、時々左だから、よく分からないよ?』

というようなことを、云われたこともありますが、


右も左も、考えたこともありません。


私は私でしかなく、

規定の概念の中のどれかに、収まろうとも思いません。


ただ、ただ、

感じたように、生き、伝えたいことを伝えたい。

それを奪われると、
なんだか生きていないような気持ちにさえ、なるから。



それがたとえ、孤独な道でも。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子










5月1日から5日まで、
新居浜市民の会の方々と共に、東北へご一緒させていただけることになりました。

本当に、嬉しいです。

今夜はその行程についての打ち合わせ。


代表の近藤さんや、今井さんなどは、
この3年間、ずっと、支援物資を直接届けて、
現地の方々と交流を続けてこられました。

「もう、悲しい辛いという時期じゃないからね。」と、今井さんはおっしゃいます。

けれど…

初めて行く私はやはり、
現場に行けば、当時の方々の気持ちの温度になると思います。


今井さんたちは、その頃ももちろん行っているし、
だけれどその分、その後も通って、

笑顔や笑いも、共にされてきたからなのだと、思います。

想い出が、幾重にも重なっているから。


私みたいに、今更行って、何が出来るでもないくせに、
辛気臭い顔だけしに行くなんて、迷惑な話だと思う。


それでも…

教えてほしい。感じさせてほしい。


そして出来ることならば、
遅くなったけれど、私もこれから、想い出を重ねさせてほしいと思います。


代表の近藤さんは、

「やっぱり、皆が、高台へ越すことができて、引っ越しのお手伝いするまでは、
変わらず行き続けたいと思ってる。」

と話してくださいました。

私も、同じです。
そして出遅れたぶん、私はそれから先も、親交を持つことができたら…。


私のほうで今、考えていること、
お手伝いさせていただきたいと思っていることは、


放射能の対策です。


皆さんのお話を伺っている限りでは、想像している通り、
もう、あまり皆さん、放射能のことなど口にしない日々だと思います。

そんなものは、目には見えないわけだし、

やっと心明るく暮らそうとしているのに、

そこに水を挿すような、怖い、暗い話なんて、
誰も、求めてなんか、いないと思います。


だけれど、ただいたずらに怖がらせるだけじゃなくて、

「じゃあこれから、どうしていけばいいの?」

という問いに、お答えできるだけの情報と、ツールを携えて。


これから、東北の方々と、しっかりと人間関係が出来ていったなら、
私は、どんなに頭を下げてでも、聴いてほしい、考えてほしいと、思っています。

放射能の危険性を考えると、
気持ちは暗くなるばかりかもしれません。

そんな思いをさせたいわけではありません。

本当に恐ろしいからこそ、真剣に備えて欲しい、と思う一心です。


3年分の想いを乗せて、来月は行ってきます。


1日は、移動のみ。

2日は、石巻市、南三陸、気仙沼。
盛屋水産。
唐桑町のつな館に宿泊。

3日は、唐桑近隣の知り合いを訪問しながら南三陸、陸前高田、自然の家仮設訪問。
南三陸町の民宿こくぼ荘に宿泊。

4日は、南三陸から石巻市を通って、南相馬市へ。
居住制限区域、小高区の金子さん訪問。

5日は、移動のみ。



私自身は、一度も行けていないけれど、
考えてみれば、

知り合いや仲間たちは、大勢行っています。

それも、長期に渡って現地で活動し続けていた人も大勢いるし、
今も住んで、活動を続けている人もいます。

団体行程の中、誰に声をかけるといいのかもわかりませんが、
タイミングが合えば、向こうでも、色々な人に出逢えそうな予感です。


今回の訪問は、新居浜市民の会の方々が、
これまでしっかりと人間関係、信頼関係を築いてこられてきたお陰で、

個人のお宅などに立ち入らせていただくことが多いです。
本当に有難いです。


今回の行程の中で、自分に出来ることを、
しっかりと見据えてきたいと思います。


また、あそこへ行っておいで、あの人に会っておいで、
ということがありましたら教えてください。

団体行動なので限界はありますが、
ある程度の融通はききそうです。




新居浜市民の会の皆さん、よろしくお願いします。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子



日本人、日本の国民全体が、

ノーベル平和賞を授与される日、

というのが、来るのかもしれない。



戦争放棄を定めた「憲法9条」が、
ノーベル平和賞候補として、正式に受理されました。


神奈川県の市民団体が、

「憲法9条」をノーベル平和賞の候補にしようと、
TwitterやFacebook上で署名を集め、2万4千件に達し、

ノーベル委員会に推薦状を送り、受理されたそうです。




「憲法9条は、全人類の財産です。
この機会に、世界の人たちに知ってもらいたい」

と。


今年は、過去最多となる278の個人と団体を、候補者として受け付けていて、
平和賞は、10月10日に発表されます。


「もし受賞したら、日本を代表して、安倍首相に受け取ってもらいたい」


相模が丘九条の会メンバーで、
今回の実行委員でもあった方は、語っています。


「そうすれば、9条に手を加えることなどできなくなる」



受賞できるかどうかはわからないけれど、

この、叶えたいことへ向かう手段の取り方。


相手を、否定と反対で牽制するのでなく、

相手を、称することで、叶えようとする…

この方の、思いを叶えるための行動の方向性に、


平和賞を贈りたい気持ちです。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子




本日は赤坂御苑で、天皇皇后両陛下主催の、春の園遊会が開かれました。

各界の功労者がおよそ2100人。

いつも、本当に心から感服するのですが、
陛下は当然のように、出席される方々のことを、
しっかりと細かなことまで記憶し、

それぞれの方に、優しくお声がけなさいます。

オリンピックのメダリスト選手も多数参加されていました。


テレビニュースで私が目にしたのは、
南三陸町の佐藤仁町長に、陛下がお声がけされた場面。


陛下は、
「大変なご苦労ですね」と仰いました。

町長は、
「いえ。3年前、体育館にお越しくださった時、
寒い中美智子様も、スリッパを脱いでおられて、
あの時のことは一生忘れません。」

とお答えされていました。


両陛下は3年前、
春の園遊会は中止とし、南三陸町を訪問されています。

その時に両陛下をご案内したのが、佐藤仁町長だったのです。


私たちも、このお姿を、忘れません。





訪問をなさる、ということは、
私たちにも予測することが出来たとしても、

わざわざスリッパをお脱ぎになって、
おひとりおひとりに、声をおかけになって廻られるということ。


決して比較するものでもありませんが、
たとえば自分が体育館に入らせていただく身ならば、

スリッパを脱ぐということに、思い至るだろうかと想像してみますが…

到底自然と思い至るものではありません。

思いやりたい気持ちはあっても、そこに氣づくことが、出来ないのです。


本当に、立場も何もない、無私の心で、
ただただ目の前の方の心に寄り添うということ、

未熟ながら、ほんの少しでも、刻みたいと、改めて考えました。



来月早々、私も、

やっと、やっと、やっと、東北に行かせていただく機会を得ました。

本当に、本当に、本当に、嬉しいです。

この3年間、ずっと、つかえていました。


何の役に立つはずもない自分。

教えていただきに行くだけだと思います。

そんなもの、自分のために過ぎません。


これまで行けなかったのは、
もちろん会社を長期に休むことが出来なかったこともありますが、

どうしても行こうとするなら、無理やりにも何とかする方法はあったはずです。


押しきれなかったのは、

慰めに過ぎない程度であったとしても、
とにかく、少しでも、

「東北の方の役に立つ方法を、自分は持ってるんだ」

という思いがあれば大丈夫だったと思いますが、
それさえも無かったから。


やっと、

少しは自分にも、お役に立てることがあると、
心の奥に自信をつけることができたから、向かうことができます。


入社11年目にして初めての5連休。
しかも最も休みにくい、世間もお休みのゴールデンウィーク期間に。

私のいる会社は、
盆正月ゴールデンウィークなど、イベントごとのある時ほど、お休みが取りにくいのです。


けれど今回、

新居浜市民の会という、
震災直後からずっと、支援し続けている団体の方々と、
南三陸・気仙沼・南相馬と、ご一緒させていただくので、このタイミングになりました。


陛下のことを例に出すなど厚かましさ極まりないですが、
少しでも、

両陛下の御心の在りようを、我が心にも留め、
しっかりと、伺わせていただきたいと思っています。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子





2014.04.16

愛の概念

昨日、寝ぼけまなこで書いたブログ、
愛について書いたものの、とっても説明不足で、意味不明だったと思います。


今日はもう少し、詳しく書きたいと思います。


日本での名前の付けられ方というのは、主に、

〈漢字〉から〈数〉へ、

そして今は、

〈音の響き〉へと、

変化…というよりも、原点にかえってきました。


〈数〉で付けられてきた長い時代の間に、
名前に対する吉凶という概念が生まれています。


〈漢字〉から名付けがされるときは、大きく分けて、4つ。

たとえば、下記のような漢字。


★儒教的価値観
仁・義・礼・智・信

★日本的価値観
明・清・直・美・和・澄・純

★欧米的価値観
愛・真理

★時代的流行
聖子・博子


数字的根拠などの問題ではなく、感覚的に、理解していただけるでしょうか。


それぞれの中に、元々あった概念だ、という意味です。


日本では、和であり、欧米では、愛であった。


これは、神様観を考えるとよくわかります。


日本では、神様といえば、

八百万の神、つまり四方八方すべてが神だという考え方。自分自身さえも。

だから、ぐるり取り囲む、和なのです。

どこからともなく在り、充満しているようなもの。


欧米では、神様といえば、

イエス様のように、唯一無二の存在。

神様がいて、私がいる、あなたと私、の世界、二元論。

そのパワーの源は明らかであり、そこから光が差し込む、愛。



だから、その愛でもって、
それを無数に放射線状に散りばめて、

和としてゆくのが、私たち日本人の役割であり、

その過程としての、私は、愛なのだと、思っています。



分かりやすくなったのか、
分かりにくくなったのか、わかりませんが…



今宵は、ずっと長く繋がってきた友人と、
沢山沢山、本音のお話をしました。

本当に心地よかった。癒された。



後になったとき気づくけれど、
本当に心地よい時間になった時はいつでも、

愛、愛、愛、と、そこだけにフォーカスしている時よりも、

ただただ、


自分と相手を繋いで、自分を癒すことができたとき。

そのとき、和が生まれているのかもしれません。


今日も美味しい食事をいただきました。
ありがとう。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子





2014.04.15

愛の傾向

2人のお友達と、ゆっくりお話をする1日でした。

色んなお話を聴きました。

特に夜は、どんどんどんどん、話が深まって、
普段、ほとんど口にすることのないような、
自らが抱えている話になり、

私自身も、ほとんど誰にも話したことのない話を、しました。


秘密を、話してくれたから、
秘密で、かえす。


なんだか、そんなようにも思えます。



私が取り組んでいることのひとつ、
名前のことだまでは、

名前の一音一音である、音から、
色々なことを紐解いてゆくものなので、

漢字ではなく、ひらがなを捉えていくものですが、


あえて、漢字という概念から捉えると、
私自身の名前にある、《愛》という言葉、

これは、実は、

西洋の概念なんです。


日本には、愛という概念は、もともと無かった。

和とか、明とか、直とか、清とか、

そういう概念はあっても、

愛とか、真理とか、

そういう概念は無かった。



愛は、

あなたと私が居て、与えたり、もらったりするもの。
あなたと私を行き来する、直線的なもの。


和は、

広がり繋がり、多面的なもの。



だからなのか、私はいつでも、

【今、何をこの人にあげられるだろうか】と、考えてしまうことが多い。


私からあなたへ、何かを注ごうと、してしまう。

また反対に、何かをもらおうと、してしまう。


思いの動線が、直線的なんですね。



もう少し、柔軟に、柔らかに、日本的な価値観を取り入れられたら…
とも、思うのですが…


直線的だからこそ、
相手に渡せるものや、パターンは、多いほうがいいからと、

手持ちのカードを色々と取り揃えていこうとするのかもしれません。


この名前でいて、
日本の価値を伝えていくことに、何か大きな意味があると信じて。


私が出逢う人に、
渡せる何かは、きっと大きな意味があると信じて。



あなたと私、
その広がりが、きっと、和だから。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子




冬の名残が消え、各地で桜の花が咲き誇り、はらはらと散ってゆき、
4月ももう、半分が過ぎ去ろうとしています。


季節の移り変わってゆく時期というのは、
自然のリズムも変化すると同時に、
人の身体も心も、緩やかに変化の準備を始めるものですね。


花粉症の方の症状はいま、どのような状況ですか?

私はおかげさまでほとんど症状がなく、もう夏に向かっていく心の準備が始まっています。


ちなみに花粉症は、花粉が原因ではありません。


身体にとって有害なものに対する対処は出来ないのに、
あまり有害ではない花粉に対して過敏に反応してしまうという状態。


花粉は昔から存在しています。


問題なのは、花粉ではなく、添加物だらけになって麻痺してしまった、
あなたの身体のほう。

なのです。



あなたが問題だと思っているものが問題ではなく、
あなたが問題ないと思っているものが問題である。

そんなことも、あるかもしれませんね。



明日のお休みには、
ふたりのお友達と会って、ゆっくりご飯をいただくことができます。

人に会い、素直に率直に対話できるということは、それだけでもじゅうぶんに幸せなのですが、
「一緒に食事をする」ということは、更に、

もっともっと、互いの仲を近づけてくれる、ありがたいこと。



「同じ釜の飯を食う」という言葉があり、
主にそれは、生活を共にしてきた同志のことを指す場合が多いですが、

そのことを、
「同じ釜の飯を食ってきたんだから、絆の強い同志である」という意味に受け取るように、

ただ会話をするよりも、
一緒に食事をするということは、もっともっと、互いが打ち解け合える、大切な要素です。


不可抗力以外では、食事は、好きでない人とはしませんから。

元をたどれば、食事は、家族で行ってきたもの。身内、仲間で行ってきたもの。


「一緒にご飯を食べよう」は、「あなたと仲良くなりたいな」ということですね。




「ご飯食べようよ」

そう言い合える人が居る人は、それだけで、とっても、幸せです。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子


概念とは、本当に面白いものですね。



先日、久しぶりに再会した友人と、食事しながらあれこれと、
色々な話をしていた時のこと。


非常に集中して、優しい表情で、
私の話に耳を傾けてくれるので、

私も彼の目をずっと見ながら、他に目をやることなく、
一生懸命に話していました。


ちょっと熱くなりすぎたかな。
食べるものも食べさせないで、話し続けてしまった。

「どうぞ、食べてくださいね」

そう言うつもりで、
テーブルの上に目をやったところ…


無いんです。


先ほど運ばれてきたはずの料理が、無い。


「えっ?!……ここにあったお料理は?!」

「食べましたよ。」

「えっ?!……うそ……」


私は、一切のよそ見もせず、ずっと彼の顔を見たまま、
集中して話し続けていました。

ずっと見ていたのに、
彼の口が動いて、食べ物が運ばれているところなど、全く見ていません。


「えっ?!だって…私、ずっと見てたのに…」



自分で自分に起こった現象を、信じることが出来ないくらい、驚きました。

だって。

目を逸らさずずっと見ていて、確かに彼も、動かずずっとこちらを見ていたのに、

その間に、彼はおむすびをひとつ、完食していたのです。



次の瞬間、言いました。

「これって……私の集中力、すごいですよね?!」っと。


(笑)



それだけ、話に集中していて、
かつ、
彼の鼻から下は一切見ず、目だけを見て、ずっと話していたんだと。

かなり驚きましたが、同時に、嬉しくなりました。


私にも、相当集中力がついてきたのかも…と。



元々私は、どちらかといえば注意力散漫なほうです。

何かしていても、何かに気を取られ、
あれをやっていたかと思えば、これもやっている。


お風呂に入っていても、
考え事をしているせいで、

最後に電気を消すのを忘れたり、換気扇をつけるのを忘れたり、
そんなことは日常茶飯事で。


母親からいつも、
「あなたは本当に注意力散漫ね。」と注意されていました。

自分でも、そうだなぁ~と思っていました。


ところが、私、かなり最近、集中力がついてきたのかもしれない!
と思い、嬉しくなったのです。



けれど、その夜帰って、もう少し考えていると、更に氣づいたんです。


あ。

注意力散漫なのではない。
ひとつのことに、集中していただけだ。



そうなんです。



私は私のことを、ずっとずっと、

注意力散漫な人間だと思ってきたのですが、

その同じ現象は、捉える角度を変えると、実は、

非常に集中力がある、ということだったのです。



彼の食べるおむすびが見えなかったのは、集中力があったから。

そして、

彼を見て話す、という事柄以外に対する私の態度といえば、単なる注意力散漫。



概念というのは、面白い。

本当は、どこに焦点を当てるかによって、真逆のことになる物なのに、
思い込みによって、

こちらに違いない、と、自分の世界の中では、捉えている。



ひょっとすると私たちは、
とんでもなく、

思い込みの中に生きているのかもしれません。




お花見のできる時期もあっという間に過ぎ去ってしまいましたね。

今夜は東京から大切なお客様方が来られていたので、
美味しいお料理にておもてなしさせていただきました。


桜は無いけれど、お花見をした気分です。





今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子












2014.04.12

本物はどこだ

時代は答えを求めている。


人も、物も、仕事も、食べ物も、愛も…


本物は、どこだ。



時に、

そんなのは知らないほうがいい、考えないほうがいい、

と云い、日々を踊るように堕ちてゆく人もいれば、


時に、

これが答えに決まってるさ、っと、
早々と決めて、知ることを拒否する人もいれば、


時に、

這いつくばって本物を探し、丁寧に磨き、やがて穏やかになっていく人もいる。



時代は速度を求めている。

速く、速く…


そうしなければ、間に合わないから。


環境も、経済も、人の心も、
崩壊へと…

だから、速くしないと間に合わないから。



だけど、
インスタントじゃないんだ。


速くしないといけないけれど、
答えだけをもらうんじゃないんだ。



本物をよく見極めて、
その道具を、

使うのは、あなた自身なんだ。


誰かが答えをくれるんじゃあ、ないから。




今日は身の回りで様々なニュースが飛び交いました。


地元愛媛、隣町の西条市から、
西条まつりのだんじりが36基、太鼓台が1基、

伊勢神宮の外宮へと奉納されました。


今年私が心を置いている場。

現場には行けなかったけれど、とても喜びに満ちています。



また一方、東京では、
世界No.1コーチとしてあまりに有名な、アンソニーのコーチングLIVEが開催されています。

6000人の人々が集まっているそうです。


しかし、世界No.1コーチの初来日としては、
案外と、人数は少なかったのだな、と感じました。


毎月開催されていて、毎月似たような内容で行うのに、
毎月3000人4000人と人が集まるコミュニティーもあることを、知っているから。


参加された方々の感想も様々。


行くことも出来たけれど、行きませんでした。

直前で、やはり行くのをやめた、という人も、身近で何人かいらっしゃいました。


何をしてもいい。
本氣で人の役に立ちたいという人の心は
、尊い。


けれど、


時代は答えを求めているから、
時に、

本質を掴めないまま宙を舞い続けてしまうこともある。



本物は、どこだ。

少し大げさかもしれないけれど、
心してかからなければ、

『それらしい』話と、『それ』とは、

より一層、

わかりにくくなってきたのが、今だから。




急ぐからこそ、見極めたい。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子








わたくし、本日をもちまして、

【名前のことだま 入門講師】 となりました。


これまで、【初級ことだま師】として、
名前のことだまの〈個人セッション〉をさせていただく資格は有しておりましたが、

これから、入門講師として、
名前のことだまについての〈セミナー〉をさせていただくことも、出来るようになります。


ことだまのお話して~!
と、お声がけいただくたびに、

すみません、まだ、個人セッションをする資格しかないんです、
とお答えしてきたのですが、

これからは、
セミナー形式でお話させていただくことが出来るようになります。


まずは、
これまで個人セッションをさせていただいてきた方を対象に、

フォローセミナーを開催したいなぁ~と考えております。

もちろん、
初めての方にもセミナー開催は出来るわけですが、

自分自身の心の準備のためにも…


自宅の和室でも、数人であれば可能なので、
ホワイトボードを早速購入しよう!などと思っています。


今日はわざわざ名古屋から、
【名前のことだま 教師 山下弘司 先生】がお越しくださり、

直々に私にミッションをお伝えしてくださいました。




夏には、先生と私でコラボセミナーも開催したいと思います。



ことだま師になるときも、
これまでの各講座を受講するにしても、そのほとんどを、

私は先生の名古屋のご自宅で、
先生から直々に教わってきました。


本気で今後、自分が人さまにお伝えしていきたいこと、というのは、いつでも、

その道のトップの方から教わりたい、

と思うのが、昔からの私の癖。

知らず知らずに、そうなってしまうという傾向も、あります。


その分、沢山の方にお知らせする使命があると考え、
心して、取り組むつもりでおります。



これまで、名前については、
姓名判断のように、数字によって良し悪しをジャッジするものが通例でしたが、

これからは、
名前のことだまの、音から紐解き、思い出していただくことが、


必ずこれから、大切になってくると、確信しています。


名前のことだまを入り口に、
日本の知恵、心、文化、そのあり方を、お伝えさせていただくこと。


【自分を好きになり、日本を好きになり、
世界に役立つ日本人の役割を思い出すこと】


そのお手伝いを、様々な角度から、させていただきます。


名前のことだまは、まだまだ浸透していない概念ですが、

日本人であればどなたでも、

しっくりと、分かる、染み入る、思い出せる、

じんわりと、幸せが満ちてくる、

そんな名前のことだまの考え方を、

これからも大切にしながら、

様々な分野で、本質的なことをお伝えしていけるよう、
精進し続けたいと思います。


先生に自宅に来ていただくことなど滅多とありませんので…



玄関先でもパチリ。


また、今日は父親の67歳の誕生日でもありました。

ご所望通り、焼き肉屋さんにお連れして…



3年前には倒れて、九死に一生を得たような父が、

今はすっかり、元気になってくれたこと、本当に、有難く思います。

父と同じくらいの年に生まれた父の兄たちは、
病気で2歳や3歳で亡くなっています。


父が生まれ、生きてきてくれなければ、
母と出逢い、一緒になってくれなければ、

私など、影も形もなかったのだから。


お誕生日おめでとう。
生まれてくれて、生きてきてくれて、母と出逢い、一緒になってくれて、ありがとうございます。

これからも、お元気で…



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子




昨日のブログは反響が大きく、
Facebookに掲載すると、沢山のコメントをいただきました。


私のブログは、まるで一方的に書いて、勝手に完成させているように見えるかもしれませんが、
実際には、

あまり踏み込んだところまで、書けていないことのほうが多く、
実は、

完成しているようで完成してなかったり、します。


どなたかがそこに疑問を投げかけてくださったり、
更に細かなことを聴いてくださったりすると、

思い切って、
もっと踏み込んだことを書けたりします。


皆さんとコミュニケーションを取る中で、
気づくこと、湧いてくることも、多いです。



その中で、昨日は、

『人の思考は、その人の置かれている環境や立場によって変わりますよね』

というコメントがありました。


そこで私は、

『ということは、思考を変えたければ、環境を変えるといいですね』

と返しました。



確かに実際そうだと思います。


昔から『類は友を呼ぶ』と諺のある通り。


山崎拓巳さんが『成功する鳥は群れを成して飛ぶ』と云われている通り。


大前研一さんが

『人生が変わる方法は3つしかない。
1番目は時間配分を変える。
2番目は住む場所を変える。
3番目は付き合う人を変える。
この3つの要素でしか人間は変わらない。
最も無意味なのは「決意を新たにすること」


と云われている通り。


要するに、環境を変えるということ。


思いきって、
いつもと同じ行動パターンを変えてみること。

その第一歩を踏み出さない限り、決して、何も、起こりません。



私自身、思い返してみると、

自分自身が大きく変化したのは、環境や付き合う人が新たになったからでした。


2010年の夏に、小豆島に行き、てんつくマンに出会って、

それから沢山の人たちに出逢うための行動を取らなければ、


ロックバンドおかんに出逢うこともなかったし、
今の人間関係も、すべて、無かったと思います。


今となっては、気がつけば、
買った本が読み切れなくて困るほどです。

「自分が普段仲良くさせてもらってる方の本くらいは、買って読もう」

と思って、

仲良くさせてもらっている方や、
これまで沢山お話をしてきた方、
少しお会いしただけの方、

そんな方を含めると、
その方々の新刊が出るたびに買っていたら、到底読み切れないほどの、

ここに至るまでに、
これだけ様々な、沢山の人たちとのご縁を紡いできたのだと、気づかされます。





ただし。


ただし。



単に、環境を変えた、それのみでは、

変わりません。




環境を変えて、少しずつ、

変わったような「氣」になっているうちに、
氣がついたら、


そこに衝撃的な出逢いがあったから、


自分自身が思いきり、動くことになった。


思いきり動くことになったから、
出逢った人とも、本当の意味で、繋がれるように、変化してきた。


思いきり動いたこととは、
私にとって、

ロックバンドおかんの応援を必死でやったこと、

だったのですが、結局、それは、何故だったかというと、


【君の代わりはいない】という彼らの歌が大好きだったように、

この歌を、東北のみなさんに届けてほしい!と訴えたように、


【自分がどれだけ大切な存在か、そのことに氣づいてほしい!】


という思いが、炸裂したからでした。



それは実は、
私自身が、私自身に対して、伝え、満たしたかったからだと思います。


だからそれを、一生懸命伝えてくれるおかんに惹かれたし、
より多くの人に、このことを伝えてもらいたいと思った。


だから、彼らを応援していました。


今は、彼らが伝えてくれていることを、

自分の方法や言葉で、伝える手段を得ました。


始まりはまず、

【あなたがどれだけ、この世界に必要な、大切な存在なのか】


そのことを、まずは、

これでもかというほど、よく、よく、よく、

知るところから。



そこからすべては、始まるし、変化するように、思うのです。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子







先日、信頼している飲食店のオーナーさんから、

自身のお店のオープン当初、
祝いに九州から駆けつけてくれた方のお話をしてくださいました。


その方もまた、
大変なこだわりと飲食店経営の手腕をお持ちの方。


「いい店だねぇ~。自分たちの力だけで、これだけの店にしたんだ。
大変なことだよ。素晴らしいね。」


そんな風に褒めてくれたのも束の間。


「でもね。あの彼女はなぜあんな風なの?優しさを感じないね。
それと、これは、一体なに?」


テーブルサイドに置かれてある、
こだわりのお洒落なボトルを指差す。


「つまようじ入れです。」とオーナーが答えると、


「ここにね、君たちのどうでもいいカッコつけと自己満足が象徴されてるんだ。
つまようじ入れと分からないつまようじ入れを置いて何になる?
これお洒落だろうと、自慢でもしてるのかい?」


と、返ってきました。


わざわざ九州からオープンを祝いに来た人。

そんな苦言を呈さなくても、

よかったね、美味しいね、
で、互いに気分よく再会できるのに。





でも、その方の指摘はいつも、真っ当なのだそうです。


実際、その通り。


つまようじは、使うためにある。

つまようじと思えないお洒落な見た目であることは、
お客様にとって、あまり意味を持たない。


むしろ、つまようじありますか?と、
思いきって店員に尋ねたお客様に対し、

そちらですよ、と、答えることによって、

あなたの目の前にあるじゃないですか、わかりませんでした?
などとは決して言わなくても、


気づかなくてすみません、と、

質問したお客様のほうに、
かえって恥をかかせるような気持ちにさせてしまうかもしれないわけです。



その方は、誰よりも、

お客様の気持ちを考える、ということにおいて、敏感なのです。



けれどオーナーは笑いながら、
「突き抜けた人っていうのは、ホント、人の気持ちなんて分からん人ですよ~。
お祝いに来てくれたのに、嫌というほどダメ出しばかり喰らうんですから。」

と冗談半分におっしゃっていました。



だけれどこれって、とても、深い。



誰よりもストイックに人の気持ちを分かるよう追求している人は、

その対象となっている人の気持ちは確かによく分かるけど、

それ以外の人の気持ちが、わからない。


つまり、


自分が追求し過ぎているので、

同じレベルまで追求していない人の気持ちが、

分からない。


ということ。



『よく分かっている人なのに、だからこそ、
分からない人の気持ちが分からない。』



これは私も時々、陥りそうになることです。

一生懸命に追求しているとき、
身の回りの、同じ歩幅でない人の気持ちが、見えなくなる。


そしてどんどんどんどんと、孤立していく…


時にはやむを得ないけれど、

やっぱり皆と笑っていたいから、

このエピソード、胸に残しておきたいな、と思います。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子







何の思惑も、何の計算もなく、

人を本氣で応援するということは、

やがて自分の道を拓くこととなる。




あの日から、ちょうど1年。

1年前の今日は、大阪に居ました。

四国中の仲間を連れて、バスツアーで向かいました。







2年間あまり絶えず支えてきた、インディーズバンド「おかん」が、
大阪城ホール公演を最高の形で叶えた日。


「どんなことをしても絶対叶えさせる!」
自分のこと以上に、一生懸命応援してきたと思います。

そんな仲間が、全国に沢山いて、

言葉だけの「応援」ではなく、

ひとりひとりが具体的に、力強く、動いてきました。

今となっては、どうやってあれだけのパワーが湧き続けていたのか、
わからない程です。


けれどとにかく、その積み重ねによって、彼らの夢は、叶いました。


沢山の人たちを、そこまで本氣にさせたおかん。


彼らもまた、

「人を本氣で応援する人間たちだったから」だと思っています。


歌に、姿勢に、向き合い方に、それが、表れていました。



高く目指せば目指したぶん、
高く障害が立ちはだかります。

それも、次々と、息つく間もなく、やってきます。


人の夢を、本氣で応援することを通じて、

そこに本氣で関わってきた人に、
何か大きな大きな変化をもたらす。


きっと自分にもその変化は起こるだろうし、
これから愛媛で私が呼びかけていくことによって、

関わってくれる皆にとっても、きっと何か、あるはずだ、と思い、
それを原動力に、私は動きました。



今、思い返しても、
あの時、

本当に自分の時間も労力も心もお金も遣って、

本氣で動き回っていた人たちの、
1年経った今を見ると、


人を応援していたはずが、今は、確かに、
「自分の道」を見つけ歩み始めている。


そんな人が、とても多いことに、氣づきます。


私の場合は、その応援が、最終的に、私の母へと繋がっていた。

そして、だから、
もっともっと、人の役に立つ人間になろうと心に決めました。


そのことについては以前のブログに。
↓↓↓

神様が舞い降りた、生涯最高の5月のこと


この生涯最高の日を、
またいつか、更新していくために、

これから生きていこうと決めました。



本氣で夢を追うということは、そんなに明るく楽しいばかりじゃない。


苦しくて悔しくてのたうち回って、
何度も何度も逃げたくなって、消えたくなって、

それでも、諦めきれない衝動に出逢ったとき、

そこから逃げずにやり抜いた経験は、

一生の宝物。死ぬまで忘れることはない。


私にとって、ロックバンドおかんに関わったことは、そういう経験をもらったものでした。


これから先の人生の中で、この一生のなかで、
あといくつ、

こんな経験に出逢えるのだろう。


何年経っても、愛おしく語れる物語を、いくつ持てるだろう。


それが、人生の、歓び。なのかなぁ。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子



私は比較的、Facebookをよく利用しています。

Facebookの中にある、グループ機能というものがあり、

その中で、
「TEAM引き寄せまくり」という、

てんつくマンという人が作ったグループがあるのですが、

気がつくと私も管理人のひとりに指名されていまして、
時折はグループを覗いています。



あの人にこう言われたから、

テレビでこう取り上げてたから、


そういった、

『現象本位』で物事を見るのでなく、

『自分本位』で物事を見極めるクセをつけるようになってから、


ますます、本当に必要なことが、必要なときに、要求した通りに、
起こるようになってきたなぁ…

と、ふっと感じます。


今日もそうでした。

昨夜、とても久しぶりの連絡を、
Facebookメッセージでいただきました。

大阪のお友達です。

彼とは、特に普段連絡を取り合ってもいませんし、
ゆっくりお話をしたことも、考えてみると無く、

これまで何度も大阪に行っているのに、
会おうと思わなかった人。


なのに、数日前ふっと、

あの人はどうしてるかな、久しぶりに会ってお話したいな、
と、思ったのでした。


そうしたら昨夜、

「明日急遽仕事で新居浜なので、夜会えませんか~?」と、
ご連絡をいただいたんです!


もう、ビックリ!しました。


それをお話すると、
「それでかぁ~!呼ばれたような気がした~」とおっしゃってました。


どちらが呼んで、どちらが応えたのかは、わかりませんが、

こういうことを、引き寄せっていうんだろうなぁ…
と思いました。


そうでないなら、
互いの都合が、合わせられないようになってしまうから。



彼とは東日本大震災の1ヶ月ほど前に出会っていて、

震災の2日後に大阪であった、
震災の対策を考えるイベントでも、会っています。


いま振り返ると、
お互いに、

あの時からだよね、動き出したの、変わったの…


と、色々な話をしました。


もともとは、お喋りが大好きで、
ついつい、話し手になってしまうほうだった私ですが、

最近では、
聴かせていただくことが多く、それが愉しく感じていたので、

自分の話を一方的にすることは、最近あまりなかったのですが、

気がつくと彼にはずいぶん、
濃縮して色々なお話をザーッとしてしまっていました。


震災直後からのこと、

ロックバンドおかんとの関わりのこと、

ブログを書くことになったきっかけ、

人生観、恋愛観…

いろいろ聴いていただきました。


聴き上手。
引き出し上手。

うん、素晴らしい。


会社員としてのポジション、
その他の様々な活動との向き合い方、

色々な面で似ているところもあり、
とても、勉強になりました。



いやぁ…いい時間でした!


私のことを、

【まさかここまでピュアに使命感持ってるとは、
ここまでだとは、思わなかった。

一見柔らかそうに見えるけど、ものすごく芯が強くて、
だけどもっと奥は、やっぱり柔らかい人。】


そんな風に表現していただいたことが、
なにか、無性に嬉しかったのです。


ありがとうございました。ひらぼんさん。





今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子



本日は1日、松山市に行って栄養のセミナーを受講してきました。


栄養のセミナー。


数年前まで、

正確には、

東日本大震災が起こるまでは、


例えば、栄養のセミナーにも、
関心はありませんでした。


栄養のことは、栄養士の人がいてくれて、

私たちの身の回りにある食べ物は、
安全だから出回っていて、


だから、専門職にない人間が、
専門外のことを、知ろうとする必要など無いと思っていました。


だけれど、東日本大震災のとき、氣づいたんです。


知ろうとする必要の無いこと、

つまり、

自分に関係の無いこと、

など、無い。


ということに。



すべてが、

とても大切な、自分のことだし、自分の家族のことだし、友達のことなんです。



そして、

自ら知ろうとしなければ、
イメージ戦略に侵されて、本当のことが分からなくされてしまうように出来ていると、知りました。



少しずつでも本当のことを知っていって、

できるだけ、力をつけたいな、と思います。


自分や、自分の家族や、自分が繋がることができた1人ひとりに、

ひとつでも多く、
自分で役に立つことを増やしたい。




そして夜は、大好きな友人たちと、
たのしい時間を過ごしました。

寒くって夜桜を見ることはできなかったけど、焼き肉~!



栄養のセミナーに行って、
どれだけ正確な情報を理解しても、

皆で楽しむ時間は、
少々からだに良くないとわかっていても、

楽しく美味しくいただくことを優先します。


大切なのは、習慣。
毎日そうでなければ、いい。


時には食べ物はからだに悪くても、
皆で笑えたなら、そちらのほうがずっといい、ってことも、ありますものね。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子










2014.04.05

以心伝心?

「ありがとう」「ごめんなさい」
言われて嫌な気がする人はいないのだから、いつでもきちんと言いましょう。


この教えに、異論は全くないのですが、

家庭環境の影響なのか、思いをストレートに口にするのが、私はとても苦手です。

私の家では、両親も、私も、
とても仲が良く、しっかりとした信頼関係が築けていると思っていますが、

潤滑油となるような言葉かけが、ほとんどありません。


何かをしてあげるときも、してもらうときも、互いに黙ってやっていて、
感謝する気持ちを持っているであろうことも、
互いに疑う余地がありません。

「ひとこと」が無いことにより、怒る人もいません。

人様に自慢できた環境ではありませんが、
ひそかに、

昔の日本人の家族関係に近いような氣がして、まんざら嫌いでないのです。


誰も、何も、言わなくても、言われなくても、

いつも家族は、家族のことを、とても大切にしているし、
家族のためにやれることは黙ってやっている。


「ありがとう」の口は重いけれど、
言わない分、放出しない分、

ずっとずっと、心の中に溜まっていて、いつも溢れるほどにそこにあり、滲んでいる。



夫婦間でも、

相手がいま、手に持った荷物が邪魔になっているな、と感じたら、
「持ちましょうか?」などと言わないで、言っている間に黙って荷物を取る。


相手が少し、寒そうな素振りをしたら、
「大丈夫?」などと言わないで、言っている間に黙って羽織を持ってくる。


相手も特に、変わった風もなく、黙ってそれを受け入れるけれど、
ひそかに、

通じ合えていることを喜び、また、

自分も必ず、相手の役に立とうと、心に決めている。

そんな、感じ。


どちらかといえば、小さな頃から、今でも、
そんな環境にいるので、

案外私は、言葉かけが、上手でなかったりします。


以心伝心は信じないほうがいい、
と、
最近云われているのを耳にしますが、

私はちょっと、そう言ってしまうのは寂しくて。


相手を良く思っていることほど、言わないでいて、
自分の中で、微笑んで終わっていることが多いんです。

それではなかなか、通じないのかもしれないけれど、
態度で、示そうかな、なんて、思ってしまうのです。


だけれど、「ありがとう」や「ごめんね」の言葉を、

なれ合いにならず長年連れ添ってもいつも互いに掛け合っているご夫婦や親子関係を見ると、

素晴らしいなぁ~と、本当に、心から感心します。



少なからず、昔の日本人には、
私の家庭のような要素は、あったのではないかと思います。

今ではほとんど遣われなくなった「洒落言葉」も、
数百も日常的に遣われていたことを思うと、

思っていることを、直接的に言葉にするよりも、

照れ隠しもありながら、例えて口にする方が、
氣が利いて、洒落っ気があると、考えていたのかもしれません。


水商売の世界でも、昔では、

知性と教養があり、掛け言葉や洒落の効いた返しの出来る人が、
大変人気を博していたそうですが、


今では、はっきりと、

あなたのこれが素敵ですねと、誰にも分かる言葉で、
しっかりとやりとりをされる人のほうが、人気があるようです。


それぞれの良さがあります。

排他せず、融合調和させらることが、また、日本人の素晴らしいところ。

時代を取り入れつつ、流され過ぎず、
本当の自分のスタンスを、見つけられるといいですね。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子



今日は祖母の姉に会いに行きました。
94歳でもなお元気でいてくれること、本当に感謝です。



とても平和な、今日でした。



今から46年前の今日、
アメリカで、1人の男性が暗殺されました。

マーティン・ルーサー・キング・ジュニア。享年39歳。



キング牧師です。

「 I have a dream 」

このフレーズであまりに有名になったキング牧師。

この17分の演説は、アメリカの人種差別撤廃への第一歩となりました。

私はスピーチの冒頭でキング牧師が話したことに、
いま、重なる思いを、感じます。


それは、このような内容から始まっています。

…………………

我が国の歴史の中で、
自由のための最も偉大なデモとしてに歴史に残ることになる集会に、今日、

皆さんと共に参加できることをうれしく思います。

今から100年前、
我々が今その像の下に立っている、偉大なるアメリカ人(=リンカーン大統領)が、奴隷解放宣言に署名しました。

この重要な宣言は、
それまで燃えさかる不正義の炎に焼き焦がされてきた、
何百万もの黒人奴隷たちにとって、希望を示す素晴らしい灯りでした。

奴隷制度の長い夜の終わりを告げる喜びの夜明けでした。


しかし、あれから100年たった今、
黒人が、いまだに自由ではないのです。

100年たった今、黒人たちの生活は、
人種隔離の手かせと人種差別の足かせに縛られています。

100年たった今、黒人たちは、
物質的繁栄の広大な海に浮かぶ貧困という孤島に暮らしているのです。

100年たった今、黒人たちは、
いまだにアメリカ社会の片隅で苦しんでいて、自分たちの国の中で島流しにされているのです。

私たちが今日この場に集まったのは、
この恥ずべき状態を広く世に訴えるためです。

ある意味で、私たちは、
小切手を現金に換えるために、私たちの国の首都に来ているのです。

私たちの共和国の創設者が、
憲法と独立宣言の崇高なる言葉を書き記したとき、

彼らはあらゆるアメリカ人が継承すべき約束手形に署名したのです。

この手形には、
「生命、自由および幸福追求」という「譲ることのできない権利」がすべての人(白人と同様に黒人も)に保証されるだろうという約束でした。

有色人種の市民に関する限り、
アメリカがこの約束手形の履行をおこたっていることは、今日明白です。

この神聖な義務を守る代わりに、
アメリカは黒人たちに不渡り小切手(「残高不足」とマークされて戻った小切手)を与えているのです。

しかし、私たちは、正義の銀行が破産していると思うことを拒否します。

私たちは、この国の機会の偉大なる金庫が資金不足になっていると信じることを拒否します。

したがって、私たちはこの小切手(我々の要求に応じて、
自由という富と正義の保証を与えてくれる小切手)を換金するために来たのです。

私たちは、また、
アメリカに今の激しい緊急性を思い出させるために、この神聖な場所に来ているのです。

今は、クーリングオフの贅沢にふけったり、漸進主義という精神安定剤を飲むというような悠長な時ではないのです。

今こそ、民主主義の約束を実現するときです。

今こそ、隔離され暗く荒涼とした谷から人種平等の陽の当たる道に上ってゆく時です。

今こそ、私たちの国を、人種差別の泥沼から、兄弟愛の揺るぎない岩へと引き上げる時なのです。

…………………

独立宣言の平等原則は、まだ絵に描いた餅であった頃、

1955年モントゴメリ市バスボイコットを契機に、
公民権運動がにわかに盛り上がりを見せます。

この激流をカリスマ的指導力で、非暴力により舵取りをしたのが、キング牧師でした。


当時、キング牧師には生まれたばかりの娘がいました。
運動の中、1956年には自宅が爆破されます。

白人と非白人の結婚が許されていなかったり、
選挙権が与えられなかったり、著しい差別が行われていた時代、ついに、

1964年、公民権法(人種・宗教・性・出身国による差別禁止)が制定されました。


1968年4月4日テネシー州メンフィスにて、
全米各地で公民運動を指導したキング牧師、暗殺。

清掃組合のストライキの応援に来たキング牧師は、
宿泊先のバルコニーに立ったところをライフルで撃たれ、暗殺されました。


捨てられた銃から指紋が採取され、
犯人はイリノイ生まれの白人ジェームス・アール・レイと判明。

動機はレイの人種差別主義によるものとされていますが、
彼は単独犯ではなく、背後にアメリカ政府が関わっていたという説も根強くあります。

キング牧師はベトナム戦争を批判したため、
政府・軍部・CIAなどの組織が結託して、牧師暗殺を謀ったと。


ケネディ大統領と同じように、ライフルの銃撃によって暗殺された、
公民権運動の指導者だったキング牧師‥ 享年39歳。

獄中で、アール・レイは、無実を訴え続けていました。
1998年服役中、肝臓ガンで死亡していますが…真相は闇の中…



私はキング牧師の演説冒頭に、とても共感しています。



【過去の出来事を反省し、改める決意をした我々であるのに、
100年経った今も、叶えられていないという、恥ずべき現状。
それが我慢ならずに、奮い立ち、再燃させる。】



私にはいま、
日本ではいま、

これがやはり、地球環境を保つという観点において、


唯一の被爆国としての日本という自覚の無さを、
恥ずべきことだと、思っています。


福島原子力発電所事故のあと、
私が向かったのは、

広島平和記念公園でした。

懺悔と、
思いを伺いに行きたい気持ちでした。


「安らかに眠ってください。
過ちは繰り返しませぬから。」

と石碑に刻みながら、

愚かを繰り返す私たちの行為、
ただただ、申し訳なく、
それでも、もう一度、許していただき、

これからを誓わねばならない。


私たちの住む愛媛県にも、原発がある。

ここで何かあれば、
日本全体が壊滅するような場所に。

その、伊方町の町長選挙が、13日…




キング牧師 「 I have a dream 」…

私には夢がある…

いつの日か、
黒人の少年少女が白人の少年少女と、
兄弟姉妹として手をつなげるようになるという夢…



日本人として、

私には夢がある…

いつの日か、
人々が自然の空気の中をめいいっぱい遊べる、
この地球がいつまでも美しく、平和であり続けるという夢…



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子





「健康?そんな甘えた考えに興味はない!
長生きしたいなんて思ってない。

  好きな物を食べて、好きなことをして、太く短く生きたらいいんだ!」


昨日のブログに書かせていただいたような経緯で、
私は、健康のこと、人の身体の仕組みのことと、

真剣に向き合う気持ちになったのですが、
時折、先ほどのような発言をする方に出逢います。

特に男の方に多いです。

一見すると男らしい発言のよう?ですよね。


それが、本当に実現するなら。


そう言われる方は、
自分の身体を大事にしない生活をしていても、

早死にするだけだと、考えているようです。
ある日ぽっくりと、逝ける、想定をしているようです。


しかし現実は、そう簡単にいきません。


気がついたら亡くなってしまっていた、などという状況は、
不慮の事故に遭ってしまう場合以外にありませんが、

不慮の事故を選ぶことは出来ません。


そうでない場合には、
何らかの病気や、弱ることによって、いずれ死に至ります。


まだ、身体の弱っていない人には、想像がつきにくいことですが、
実際、

死に至るほど、身体が弱っていくということは、
かなりの疲れ、倦怠感、痛みや苦しみを味わいます。


そしてそれは、突然やってくるのではなく、
死ぬよりも何年も、時には、何十年もかけて、
徐々に、やってきます。


「早死にしたっていいんだ!」

と言う人は、例えば、
55歳くらいで死んでもいい、と考えていたとします。


その人は、55歳まで、好きなことをして生きる、想定のようですが、

55歳で死ぬためには、
50歳、
もしかすると、

40歳の頃から、既に、身体の不調は、始まっているかもしれません。


55年くらい、好きにできたらいいと、あなたは思っていても、

好きにできるのは、
せいぜい40年間くらいです。

最後の15年はと言えば、

頭で考えたやりたいことの通りに、
自分の身体がついていけなくなり、不満が募ったり、

痛いところが多くなり、次第に気難しくなったり、

時には寝たきりになってしまったり、
認知症になってしまうかもしれません。


自分が思い通りに出来ないばかりか、
実際には、

子供や他人の人生までも犠牲にして、
自分の世話をさせる時間を、何年も何十年も取らせてしまうわけです。


しかも、人生のうち、
3分の1は寝ていて、
3分の1は仕事をして、
残り3分の1の時間を、全部好き勝手な時間に充てようとするのは難しい。

とすると、生きている55年間のうち、
主体的に自分がやりたい!と思って好きなことを好きなようにやれる時間って、

実は、2年間もあれば、いいほうなのかもしれません。


好きにやる!と言いいながら、その時間は、
本人が想定していたよりも、限りなく、短いものとなってしまいます。




そもそも、【健康】とは、何なのでしょう?


WHOは、健康の定義を、このように定めています。

『健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、
肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、
すべてが満たされた状態にあること』


決して、健康は、長生きすること、という意味では、ないのです。


健康こそ、本当は、

「好きなことをやって生きていきたい」と言っている人にとって、

必要な物であったのです。



年齢はまだまだ若いという人でも、

定期的に風邪を引いたり、
何らかのアレルギーを持っていたり、

という人は多く、
折角若くても、本来その年齢であれば、

もっと気にせずに動き回れるはずの時期なのに、
動き回るのに支障が出たりして、


自分が考えるやりたいことを、
最大のパフォーマンスでやることが、出来ない、

という場面が、多くなってしまうのです。


近頃特に、赤ん坊が、
生まれた時から喘息とか、生まれた時からアトピーとか、

とっても、多いです。

その子たちは、その赤ん坊という立場の、
本来のびのびと動きたかった身体の活動の通りに、

動けません。



好きなように生きるんだ!


という方には、どうか、
本当は、健康体でなければ、好きなように生きられない、

ということに、氣づいていただきたいのです。


健康に氣をつけない、ということは、

今すぐ死ぬ、ということとは違うけれど、

好きなことをやり遂げられない、ということとは、
同義語なのです。



心も身体も生き生きとし、

その年齢・年齢に応じた、
その年齢なりの、最善の健康、

70歳なら70歳のときの最善の状態、
30歳なら30歳のときの最善の状態を。


そのことを、オプティマルヘルスと呼ぶそうですね。


私は、名前のことだまセッションなども行なっていますが、
そのことにしても、

オプティマルヘルスのための色々な提案をするのも、


結局は、


1人ひとりの方が、
本当に、自分の人生を生ききってもらいたい、

という、そこに集約されている、
同じこと、同じお話なのです。





今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子







今日はわたくしごとブログです。


私が本氣で、
身体のことや、健康のことを考えることになったきっかけ。

それは、母の病気からでした。


その2年前には、父が倒れていました。

でも父の時は、
「なんとか病気を克服できた。よかった!」

と、
結局のところ、もっと本質的なところまで掘り下げることなく、

治ったからよかった、で終わらせてしまったのかもしれません。


そして更に、母が病気になったのです。



今から3年半前、平成22年10月。

地方祭のまっただ中、現場の生中継の仕事が沢山入っている最中、

突然父が倒れました。

幸いにも倒れた数分後に、私が帰宅しました。


お風呂からあがり裸のまま倒れた父。

異変に気づき、
倒れかかってきた父を抱き留めた母。

玄関を開けると、2人の状況が目に飛び込んできました。

身動きがとれなくなっている母の代わりに、震える手で119番通報しました。


地方祭まっただ中。
主要道路はほとんど動かない状況。

遅い…まだか…再度電話をする。


【あと何分くらいで来れますか?!
もう顔面蒼白で目を見開いてます!!
こちらで今できることは何ですか!!】


一刻を争う事態でした。

やっと病院に辿り着き、
緊急手術の前に、医者がひとこと。

「死ぬかもしれませんので覚悟しておいてください。」

父が横たわっているすぐ隣で、
私と母に向かって言いました。


私は腑が煮えくりかえるような気持ちで、咄嗟に、
父と少し離れた場所で、先生に、


「せめて本人に聴こえるようにだけは、そんなこと言わないでください!!」

と言いました。


「ご本人も訳がわからないままより、いいでしょう。」





「パパ、絶対大丈夫やからね!!がんばってね!!ずっと待ちよるけんね!!」


手術室に入っていく父に、私たちは必死で声をかけ続けました。


明け方までかかったその手術は、なんとか成功。


父の大腸が破れていて、同時に、腫瘍が見つかったため、
切除して、人工肛門となったのです。


様々危機はあったものの、人工肛門も元に戻すことができ、
今ではすっかり、元気です。



その2年半後の、平成25年4月、
今度は母が、乳がんだと判明しました。


父の病気が治ってからというものの、
私は、

会社の仕事以外では、
大阪城ホール公演を目指す、ロックバンドおかんの子たちを応援して、

地元でイベント開催をしたりしていましたから、

それらの用事で、ほとんど家を空けていました。



そうして、大阪城ホール公演を無事に終え、その翌日、

自宅に戻った私に、母は云いました。

「ママは乳がんみたいやから。」


検査の結果、既に腫瘍は、6cmにも達していました。



母は、私にとって、最愛の人です。


私にも旦那さまができ、子どもができ、家族を築くことができたら、
最愛の人は、また、変化するかもしれないし、増えるかもしれないけれど、


これまで、今も、私にとって、母は、最愛の人です。


物心ついて、

母と私が、一心同体でないということ、同じ存在でないということが、
初めて分かったとき、

とてもショックを受けたことを、今でもハッキリ憶えています。


それは、母が高熱で苦しんでいる時、
自分は何ともなくて、元気だったから。

母と私は、別の人間なんだと、知りました。


とにかくそれから以降もずっと、
母のことは大好きだけれど、

空気のように当たり前の存在で、かつ、
友達のようないつでも何でも話してきました。


その母が、
知らない間に乳がんになり、腫瘍は6cmにもなっている。


絶対に、大丈夫だ。


もちろんそう思ってはいても、時におかしくなりそうなこともありました。

だけれど、絶対大丈夫だと信じているから、私は、むしろ、


【これから乳がんの人が、治療し、治っていく様子を見せていって、
同じ病気の人の何か役に立てたらいい。】

と考えて、Facebookなどでも、
母の病気のことを、書きました。


結果としてそれは、
沢山の方の目に触れて、

沢山の方から応援のメッセージをいただいたり、
沢山のアドバイスをいただいたりと、


逆に私たちが、本当に助けていただきました。


まだすべての治療が終わってから、
1ヶ月程度しか経っていませんが、

確実に母は、元気になってきています。




何が、云いたいのかといいますと。


私は、1回目では、氣づきませんでした。父のときだけでは、氣づきませんでした。

治ったことにかまけて、
そのまま、また、元の生活に戻っていきました。


2回目、母の病気が判明してやっと、

【何も根本的解決をはかろうとしてなかった】

ことに氣づいたんです。


あまりに腫瘍が大きいため、
医療に頼らざるを得ない状況ではありましたが、同時に、

あらゆることを、見直す機会となったのです。



医療とは、

起きている現象、症状を、

取り除いたり、緩和したりすることは出来るけれど、


その病気となった原因を、

根本的に体質から変えて、本当に健康な身体に導く、

ということは、出来ない。



人が、いわゆる病気になるまでのプロセスの中には、
必ず、

氣づかせてくれるための、サインが、何度も出ています。

サインに氣づいて、早く、改善していれば、病気となる手前で、
防ぐことができます。


病気を克服しても、
またこれまで通りの生活を続けたら、

それは病気になる傾向の習慣なのだから、
ただでさえ治療で弱っている身体にとっては、

再び病気になることは、ごく当たり前のことです。



それでも、サインを無視してしまって、
もうどうにならないところまで来ないと、人は、

なかなか、本当の解決に、真剣にならないということ。



いま、私の周りにも、がんを患っている方は沢山います。

乳がんの方も多い。

乳がんそれ自体では、命を取られるようなことはないけれど、
かなり高い確率で、

皆さん、再発や転移をしています。



一度では氣づけず、二度三度、
チャンスを貰ってきて、今があります。


私の母も、
今度こそ、と思って日々対策に励んでいますし、

私の関わる人たちにも、
なんとか、もらったチャンスを生かすために、

精一杯のことを、私もさせてもらいたいと思っています。



こんな風になるまで、なかなか人は、本氣になれない。

そんなもの、なのですね。

それでも、それでも、
間に合わない、ということは、無いから、

本氣になった今は、
なんとか周囲の人たちの、少しはお役に立てる働きをしたいと思っています。



これがひとつの、私のがんばる、理由なのです。





今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子








桜が咲いてくれている。

それだけで。

あちらこちら、すぐ近くに、神様がいてくれてる。

そんな幸せな気持ちになりますね。





私の会社にも、新入社員がふたり。
一生懸命で、清々しい。

平成16年、ちょうど10年前の今日、
私もこの会社に入社してきました。


10年前の新入社員として、
何をふたりにお伝えしようかなぁ~と考えていると、

浮かんだ思いは、ひとつ。



これまでの10年で、時代は大変に変化したけれど、

これからの10年は、更に変化に富んだ10年になってくると思います。


日々の雑多な出来事の中で、

これは一体…何のためにこんなことをしなくてはならないのか、
と思う場面にも、多々出会うでしょうけれど、

そんな時も、いつでも、

『社是社訓』だけは、変わることがないから、

何のためにやるのか分からなくなったら、必ず、
社是社訓を、思い出してください。



ということ。



まぁ…

自分に言っているようなものです。




いま、私には、
使命感を持って、一生懸命お伝えさせてもらっていることが、あります。


両親ともに、大きな病気になった、
今だからこそ、

変わったこと、わかることが、沢山あります。



たとえ、時に、
人に誤解されたり、揶揄されたりしても、揺るがない。


とても大切なことだという確信があるから。
どの角度から見ても、確信があるから。



何のために、そんなに一生懸命になるのか。


少しでも、あなたのお役に立ちたい。
ただ、ただ、その一点を今、見つめていると、

いま自信を持って、言えるから。



自分の身の回りのことをつい忘れ、

誰かのことに精一杯になれる時というのが、

私にとって、
大切な時なのかもしれません。



偽善者だって、云われてもいいんだぁ。

綺麗ごとだって、云われてもいい。


綺麗なことは、好きだから。






今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子


Copyright ©日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI. Powered by FC2 Blog. Template by eriraha.

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