日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

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日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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こんばんは!
今日も1日暑かったですね~。愛媛もすっかり夏のようでした~。

前回、ばしょブログでご紹介した『須我神社』ですが、
あの場所に行けたのは、もう夕方を過ぎた頃でしたが、

私があの日、愛媛からひたすら車を走らせて、
島根県に入り、真っ先に向かった地は、
実は、美保(美保関)という土地でした。

島根県の中でも、最も日本海の端っこの漁師町。
ザ・リアス式海岸!というような場所。

今回の島根行き、
出雲大社の遷宮の時、出雲の地に居たいというのはもちろんでしたが、

この美保という土地に、美保神社に、赴くことが、大きな目的でした。



美保神社は現在、
七福神の中の恵比寿様の総本社ということで、
商売繁盛の神様として、
一般的には受け取られている場合が多いようです。

とりわけ漁業者の間では、有名なようですね。

海の記念日生まれの私、
やっぱり海にもご縁を感じます。

考えてみれば、
私も両親は、父は多喜浜、母は西町という、
海がすぐそこにある環境の生まれです。

漁師町の原風景が広がっていて、
とっても居心地がよかったです。



でもでも、
それが理由というわけではありませんでした。

というよりこれらは、
今ブログを書きながら思い出したことです(笑)


美保関に行きたかった理由は、

1.出雲を、出雲たらしめた起因は、美保にある
2.陰陽、男女の融合の象徴のようである

と、私なりに解釈していたから。

だからどうしても、遷宮の今回、美保関へ行きたかったんです。

今日はその、ひとつめの理由をご紹介します。


さて、
出雲国が統治していたのは、現在の出雲の土地だけではありません。

日本列島の中で東北を除く本州と、四国、九州の広い範囲で、
既に影響を及ぼしていました。

国造りをしたあと、これらの広い範囲を、
高天原の神々に譲ったとされています。

それではトツゼンですが(笑)
ここで、国譲り劇場の始まり始まり~~ヽ(^ω^)ノ

出雲側出演者 大さん =大国主命
事くん =事代主神
健くん =健御名方神

高天原側出演者 天さん =天照大御神
稲くん =天穂日命
彦くん =天稚彦
武くん =武甕槌神
鳥くん =天鳥船神

ことの次第は、ざっとこんな感じかな?

天さん「私が国を統治します。稲くん、彦くん、大さんのところへ行って、
国を譲ってもらうようお願いしておいで。」

稲・彦「ハーイ!では行ってきまーす!」

稲・彦「大さん、天さんが国を譲ってほしいって言ってるんですけど~。。」

大さん「え?君たちこちらの統治下に入りにきたかと思ったら、そんなことを言いに来たの?
それはおかしいよね~。ここに留まりなさい。」

稲・彦「、、、そうですねぇ、、、なんか綺麗な人もいるしお嫁さんにもらっちゃお♪♪」

天さん「何年待ってもあの子たち帰って来ないじゃない!どういうこと~!
ちょっと!武くん、鳥くん、行ってきてよ!今度こそお願いよ!」

武・鳥「ハーイ!。。。なんか、今度こそ話つけてこないとマズイねぇ。。。
こうなったら力ずくだ!稲佐の浜に剣を突き立てて、俺たちの力を見せつけよう!
大さん!今度こそ、国を譲っていただきます!」

大さん「うぅーむ。。。そうは言っても私の一存では。。。
分かった。では私の息子たちが良いと言うなら。息子たちの意思に任せよう。
おーい!事、健、どう思うかい?」

事くん「おっと。いま美保関で釣りをしてたところでした。
なるほどなるほど。。そうですね、私たちは国造りという、場づくりをしてきたけれど、
更に発展させていくと約束できるなら、天さんたちにお任せしてもよいのではないですか?」

健くん「事は何を言う!僕たちが築いたんだ!絶対に譲らないぞっ!!」

武・彦「健くんがどうやらごねてるらしいな。。よっしゃ!ここはひとつ、
我々の力を見せつけてやろう!」

武くん VS 健くん の戦い

勝利したのは、、、武くん!!

健くん「なんだよ~!ええーい!もうこんな所にはおらん!諏訪へ行く!」
( →諏訪神社へ引きこもる。)

武くん「大さん、息子さんたちには承諾してもらいました。国を譲っていただきます。」

大さん「そうか。分かった。しかし、ここ、出雲の地だけは、私たちの居場所とさせてもらうよ。」

武くん「はい。もちろんです。あなた様には、国を統治しない代わりに、冥界を司っていただけたらと、天さんも申しております。」


とまぁこうして、

事くん(事代主神)は、いつも釣りをしていた美保関で、
国譲りを潔く決めたことで、出雲国を守った神様として祀られているのが、美保神社なのです。

大さん(大国主命)が、国を譲った立派な精神性の神様ということで、
その名誉をたてる形で収まったのが、出雲大社です。

表向きの名誉は、大国主命にありますが、
そのようになった立役者は、
今の美保神社に祀られている事代主神とも言えますね。

国を統治するという、
目に見える物にこだわるのではなく、
時には状況を柔軟に受け入れて、譲るということもできる、精神性の大切さを伝えています。

そして、その後立派に国を統治していった天照大御神ももちろん素晴らしく。

譲ったほうも素晴らしく、
譲られたほうも相手の名誉をたてる素晴らしさ。

日本国の起源には、こんな物語がありました。


こんなわけで私は、60年に一度の遷宮の日、

出雲大社さんにお参りする前に、
国譲りの影の立役者がいらっしゃる、美保神社さんに先に、ご挨拶を申し上げに参った次第でございました。


美保神社さんにお参りした、
もうひとつの理由については、
ま~たあ~した~ヽ(^ω^)ノ

いつも、ついつい長くなっちゃう(笑)
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