日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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10年前の9月10日、

スウェーデンで「世界自殺防止会議」が、WHOと国際自殺予防学会(IASP)の共催で開催されました。

これにより、この日は世界自殺予防デーと位置づけられました。

日本でも6年前から、
この世界自殺予防デーに因んで、9月10日から16日までの1週間が、自殺予防週間に設定されました。


ご存知の通り、日本の自殺者数は、毎年3万人を越えています。

それも、明らかな自殺と認定されている案件のみに限っているため、
調査する方によっては、実際の人数は、その倍とも、3倍とも、言われています。


本当は、本来は、生を受けたことそのものが、
とても幸せな存在だということなのですが、
様々な事情から、

自分は本来、幸せな存在だからこそ、生まれてきた、
幸せな存在だからこそ、誰かを笑わせるために、誰かの役に立つために、

役割をいただいている大切な大切な存在であるということを、

忘れてしまって、わからなくなってしまって、


自分など必要ない、もうすべては終わりだ、
という「誤解」の中にはまって抜け出せなくなってしまう…


本当に、本当に、残念で、悔しくて、たまらないことです。


倒産、失業、大切な人の死、いじめ、介護…様々な理由があると思いますが、
最後は、
周囲に、どれだけその人のことを本気で考えてくれる、愛で接してくれる人が居たか、ということ。

それはやはり、大きいと思います。


本気で考えてくれる、というのは、本気でその人の気持ちに寄り添うということで、

例えば、少し強烈かもしれませんが、

どんなに寄り添っても、
どうしても自分は死ぬ!と言い張られたとき、
じゃあ一緒に死のう、私を、先に・・・


例えて言うなら、そこまでの本気の覚悟を持って、その人の心に寄り添う人が、
その人の身近に居たならば・・・


私はそう考えてしまいます。


これは少し強烈だったかもしれませんが、人と本気で付き合っていくというのは、
これに近いようなことだと、思います。


しかしそれでも最終的には、
うつ状態になり、冷静な判断ができなくなってしまい、
本来のその人の意思とは裏腹に行動してしまうこともあると思います。


このような状態になっていく原因は、「出来事」の側面はもちろんのこと、「食べ物」などの環境的原因があるとも言われています。
現に、低血糖状態になると、うつ状態に近い体の症状が出るそうです。


原因はひとつではなく、単純な問題ではないけれど、
私は、

私に出来ることで、普段から、
「あなたはどんなにこの世界に必要な、大切な存在なのか」ということを、

お伝えしていきたいと思っています。

それが私にとっては、「名前のことだま」であり、
ロックバンドおかんにとっては「唄」です。


あくまでこれらは手段のひとつだけれど、伝えたい思いは、同じです。


実はおかんも、
大切な人を、自ら命を断つという方法でなくしています。

自分たちと出逢い、自分たちの唄を一度でも聴いた人を、
絶対に自ら死なせることはしない!

そんな覚悟が背後にあるから、
彼らの唄には魂がこもっています。



おかんの曲、好きな曲が沢山あるのですが、
『君の代わりはいない』という唄に、このことがよく現れているように思います。


『自分ひとりが声にしたって、何も変わらないんじゃないか。
自分ひとりいなくなったって、誰も困らないんじゃないか……

君の代わりはいない!世界中探してもいない。
君とあの人に流れてた時を埋められる人はいないから。


その手のひら見て。きっと誰かを支えられるよ。
その頬に触れて。もっと誰かを笑顔にできるよ。
あなたが傍にいると、それだけで安らげる人がいる。
あなたじゃないと駄目だと、会えるを待っている人がいる…』


私がおかんに出会った頃、いちばん好きだったのは、この唄でした。

まさに自分自身のようでした。


それは違うんじゃないのか。
本当はこうなんじゃないのか。


思うことがあっても、
結局、自分ひとりが声をあげたところで、何も変わらない。

沢山の人たちが、楽しそうに盛り上がっている中で、
自分がスッとその場から消えたところで、
誰も気にはしない…


私自身もどこか、無力感や卑屈さを持っていたから。

だから、この曲を涙なくしていつも聴けませんでした。


こんな風な無力感を感じている方は、思った以上に多く、

こんな風に、自分の力を見くびってしまうところから、
すべての寂しい結末は始まっているような気がします…


だけど、私は今はもう、大丈夫。


自分自身のことよりも、
誰か、そんな風に感じている誰かが、

自分の存在の大切さに気づいてくれたら、と一生懸命な気持ちになるから。


人というのは、
自分だけの為じゃなく、

誰かの為になるような時には、
より一層の、ひとりじゃ出なかったような大きな力が、出るようになるんですね。

私自身もそのようにして、強くなってきたように思います。


一人でも多くの方に、

生まれた時から、
ちゃんと役目があるということを、お伝えできますように。

名前のことだまを介して、
おかんを介して。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子
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