日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

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日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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2013.09.20

お手玉あそび

今日9月20日は、
新居浜の方には、何の日か、ご存知であってほしいのですが…どうでしょう?


今日は、『お手玉の日』です。


平成4年9月20日に、
「第1回全国お手玉遊び大会」が新居浜で開催されたことを記念して。

本部もこの、新居浜にあるのです。



お手玉は、日本の伝承文化。

おばあちゃんから孫へと伝えられてきた隔世伝承ですが、
遊びを通して、人のぬくもりを感じられるもの。


私自身は、お手玉は、お手玉という呼び方しか知らなかったのですが、
実は全国では、様々な呼び方があるんですね。

「おむく」「おのせ」「おこんめ」「おひと」「いしなんご」「なっこ」「いっついこ」「ななつご」「おじゃみ」…

あなたの地方では、何と呼んでいますか?


今のお手玉のように、
小石や小豆、じゅず玉などを入れた布袋のお手玉は、
江戸時代から作られていたようですが、

その原型とも言える、石や動物の骨での遊びの歴史は大変古く、
古代ギリシャにまで遡るのだとか…


私たちが知るお手玉の遊び方は、
お手玉を上に投げて、取ってという「振り技(ゆり玉)」という遊び方と、
一つを投げている間に下に散らばったお手玉を寄せ集める「拾い技(よせ玉)」という遊び方の2種類に分かれます。


古代ギリシャのお手玉の原型は、
後者の「拾い技」と同じような遊びで、「アストラガリ」と呼ばれ、
羊のかかとの骨を使って遊んでいたそうです。

やがて、インドや中国を経てアジア全体へと広がるにつれて、
手に入り難い羊の骨から、近くにある石を使って遊ぶようになったそう。

形や素材に違いはあれど、
同じルーツを持つお手玉は、今も世界中の人たちが楽しんでいるようです。


日本でも、そんなお手玉の原型が登場したのは平安時代。

女の子の間で楽しまれた「いしなどり」という遊び。

「いしなどり」は、あらかじめ数個の小石をばらまいておいて、
そのうちの一つを上に投げ、その石が落ちてこない間に、
まいてある石をつかみ、石をつかんだその手で、落ちてくる石をつかむ。

そして、順番に次々と石を拾っては投げ、拾っては投げ、
すべての石を拾いつくしたほうが勝ちというルール。

これは、まさしく「拾い技」。


平安時代の歴史物語『栄花物語』には、
第62代・村上天皇が、宮廷で女御たちの「いしなどり」を見物するシーンが出てきたり、

『源平盛衰記』には、
「知康という名手が、源頼朝の孫・一幡に呼ばれて、その目の前で、4個の小石を投げては受けるという芸を見せた」
という記述があり、こちらは「振り技」。まさに「ジャグリング」です。

この時代に、すでに曲芸として見せるプロがいたんですね。
 

こんなに古くから遊ばれてきたお手玉。

それも、身分の高い方々が、こうして遊ばれていたという事実が残っています。


今改めて、新居浜での大会の日を記念として、お手玉の日が制定されていることを、
誇らしく、また、

この伝承文化を、次の世代にも繋いでいけるよう、大切にしていきたいと思います。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子
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