日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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昨日は、私がなぜ、
出雲大社遷宮の先月、真っ先に美保関に行ったのか、
その理由が2つあります、ということで、ひとつめをお話しました。

1.出雲を、出雲たらしめた起因は美保にある
2.陰陽、男女の融合の象徴のようである

今日はこの、ふたつめの理由をお話させてください。

話は、昨日の国譲り劇場の続きです。


高天原の天つ神たちは、

大国主命が国を譲ってくれ、代わりに冥界を司ると決まったので、
その約束の証にと、
自分たち側から、后をよこしました。

その后の名前が、美穂津姫命。

美穂神社は、
昨日お話した事代主神(大国主命の子)だけでなく、
この美穂津姫命も、一緒にお祀りされているのです。

本殿を見てみてください。
屋根のいちばん上です。



クロスされているシンボルが見えますか?

これは千木(ちぎ)といって、
手前側と向こう側では、先端の形が違っています。

手前を、
縦削ぎといって、男神をお祀りしていることを表し、
向こう側は、
横削ぎといって、女神をお祀りしていることを表しています。

つまりこれは拝殿からでも、
向かって左側が事代主神、右側が美穂津姫命と分かるので、
信仰の厚い方は、拝殿で左右それぞれの前で手を合わせます。

実はこの、縦削ぎと横削ぎの本殿が、
同じ神社にふたつ並んでるケースって、他に類をみないんです。

特殊で、美保造りと言われています。

男神と女神を、こんなに平等にお祀りしているなんて。

これはもう、男女の融合の象徴です。


大国主命の愛息子と愛妻が、美穂神社に。
そして大国主命は、出雲大社に。


あれ?
でもここで、なんとなく、きもちわるくなりません?

息子の事代主神は、よく美保関で釣りをしていたから、
美保の地に鎮まることは、理解できるけれど、

なぜ妻の美穂津姫命は、自分と共に、
出雲大社に鎮まらず、息子のところへ鎮まっているのか?

それならなぜ、いっそ3人同じ場にしなかったのか?

なぁんか腑に落ちないような話。


ところで美保関には、美保神社に着くまでの道、
道のすぐ近くの場所に、男女(めおと)岩と呼ばれる岩があります。



これは撮影ポイント間違えたな~って後で気づいたのですが、
きちんと男女岩に見える角度は、

岩近くに着いた時のこの写真でもなく、
美保神社からの帰りでもなく、
美保神社に向かって行く途中の角度から見たときなんです。

美保神社に向かって行くとき、
男女のシンボルの形の男女岩があり、鳥居のように結界がはられてる。

うーん。
祀られてるのは、息子と母だから、男女には違いないけど、
男女と書いて、めおとと読ませてるんですよね~。


あの、これ、今から言うことって、ちょっと画期的かもしれませんよ~(笑)

古事記がお好きな方なら、よくお分かりかもしれませんが、
神様の名前って、同じ人物でも、時と場合によって、
使い分けられてることがありました。

一人の神様だけど、これは呼び名を変えてるんだな、と、
はっきり分かる場面やケースもありますが、
逆に、
極めて分かりにくいのだけど、実は、
この神様とこの神様って、同じ神様だったりして?!?!

そう過程したら、すべてが繋がる!!

そういうことって、多いんです。

古事記のお話って、話が飛ぶし、なんかよく分からん!
って思われがちなのですが、
実は、誰が誰と同一なのか、すべてが分かれば、
すべてが消化できるようになってるのではないでしょうか。


荒魂(あらたま)・和魂(にきたま)という考え方が実際にあります。

神様でも、
裏の少し悪い醜い部分と、
表の本来の働きをする部分と、
持ち合わせているというのです。

そうならば、
大国主命を考えたとき、、、

大国主命は、国譲りのことを、
二人の息子に相談すると言ったけれど、それは実は、
自分の中の、
荒魂と和魂のことだったとも、考えることができます。

そんな風に考え始めると、
天つ神から、交渉の使者を遣わすときも、
いつも神様二人セットだったけれど、
それだってもしかしたら、
それぞれ、荒魂と和魂のことだったのかもしれません。


美保神社には、実は、夫婦が祀られていた。
同じ神様だけれど、その魂、精神の性格の違うものに、
別の名前をつけた。まさに陰陽です。

これって、言い換えれば、
【名前で性格の違いを表せるほど、名前は大切。
ということを、古事記の時代から日本人は理解していた】
とも言えませんか?

今、私は名前のことだまを、
少しずつお伝えさせていただくこともしていますが、
ことだま、音というのは、ひとつひとつに魂が、神様が宿っていて、
それぞれ、音には、
表の働きと裏の働きを持っているという考え方なのですが、

これはまさしく、神様と、音が、一対であることと通じます。


音には表と裏の働きがあることをお伝えしていく上で、
神様には表と裏の魂があることを示している美保神社には、
しっかりとこのタイミングでご挨拶をしておかなくちゃ!

私にとっては、そんなふうに思える場所でした。

名前のことだまを入り口として、
ことだまを、
日本の精神性を、
思い出していただくことを真剣に考えたとき、

この美保神社に、招かれたような気がしています。


今日もながぁくなりましたが、
美保に惹かれた2つの理由、
熱く熱く、語らせていただきました~!

いつも長文にお付き合いいただき、
感謝感謝です!
有難うございますヽ(●^▽^●)ノ
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