日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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役割

今月で定年退任される、尊敬すべき、私と真反対の落ち着いた、言葉遣いの丁寧な素敵な先生に、褒められたのが、「吉川先生は、いろいろな役割をなりきって演じている!」とほめられたことを思い出しました(笑) 
私は「役職・環境がその人を育てる」と考えていました。が、育つ人と育たない人の違いは、役割を演じようとするかしないかの違いなのかも(^^;) 
ありがとうございました。 これからもいろいろな役割に挑戦していきます!(^o^)v

2013.09.28  貴士  編集

貴士さん

コメント大変遅くなり失礼しました!

呼び名の数だけ、役割があります。
貴士(たかし)さんという、役割。
先生という役割。
旦那さまという役割。
お父さんという役割。

人生においては、たかしさんという役割を全うする必要があると思いますが、
立場に応じて、呼び名で、その上に重なるように、
別の役割を授かります。
だから、本来ではないけれど、と、
たかしさんの役割の上に、先生という役割を重ね、演じることになるのですね。
たかしさんが、先生を、やるから。

この演じることは、思いやりだと思います。
期待されていることを、体現してあげたい、
周囲を安心させてあげたい、という思いやりです。
すばらしいことだと、思います。

2013.11.03  愛子  編集

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二日間、研修に参加してきました。

普段このブログで、会社の仕事に触れることはありませんでしたが、
今日は少しだけ触れながら、ことだまのお話もしたいと思います。



私の勤めている会社は、
私がいつもこのブログでお伝えするような、

日本の古くからある考え方や文化などと、間反対にあるような分野です。

常に最先端であり続けることが求められます。

いいえ、もっと言えば、最先端ではなく、先端のその先。

今はまだ存在しないサービスを、
自ら生み出していかねばならない業態です。

地域の方々と常に身近に触れ合いながら、
日々の積み重ねのもとに、まだ見ぬ新しいものをプラスしていくこと。


そして今ちょうど私は、
主にその、現在まだ例のない物、分野を担う部署に所属しています。


今、時代は大きく変化しています。

仕事、という観点においても、

提供するモノ、コトが変わり、
提供の仕方そのものも、変わっていき始めています。

これまで一般的に常識的と考えられていたことは、
すべてひっくり返っていくような感覚。

何とも言えぬ、この、未知の領域に入っていっている感覚。


けれど。
それらを展開していく、私たちだけは、変わらないのです。

どんなに未知の領域に踏み込んでいても、
私たち日本人の、働くということへの堅実性は、変わりません。


何に対して堅実かといいますと、
役割をしっかりやること、こなすこと、演じること。


とある会社に入れば、その会社の利益のために、
昨日今日入社した社員でも、マナーをしっかりし、
その会社の信用を損なわぬよう、その会社の一員として立派な自分。

を、上手下手問わず、演じます。

おい新人!と呼ばれれば、新人らしく振る舞いもするのです。

課長!と呼ばれれば、課長らしく振る舞いもするのです。


働く場において、私たちはこのように、『役職』という『役割』をつけて、
その人を、その呼び方で呼ぶことによって、

その人に、その役割を求めます。


名前のことだまでは、
『名前は役割。氏名は使命。
ことだまだから、呼ばれることに意味がある。
呼ばれるから役割が活性化する。名前を呼んであげてください。』

とお伝えします。

日本の場合、生まれた時に授かった名前はもちろん、
あなたの使命ではあるのですが、

役割が変わるごとに、呼び方を変えてきたんですね。

仕事における役職の名称。
これも確実に、
周囲に呼ばれることによって、その役職を活性化させるものです。

さらに言えば、
役職などなくとも、呼ばれることなどなくとも、

◯◯会社の誰々です、と名乗る以上、
あなたはその会社の人間として、
ふさわしい行動を取り続けようと振る舞います。


このなんとも従順で真摯な姿勢が、日本人らしい。


本当は、あくまでこれは、会社の中に居るときの役割ですから、
『◯◯会社の山田太郎です。』と、
『山田太郎です。』のときの、

山田太郎さんは、本来別人であり、

その矛盾の中に苦悩しながらも、
日々を懸命に、役割を生きようとする私たち。


なんと健気で、愛すべき人たちなのでしょうか。

私たちは、幾つもの役割を使い分けながら、
つとめて明るく元気に、日々を生きています。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子
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役割

今月で定年退任される、尊敬すべき、私と真反対の落ち着いた、言葉遣いの丁寧な素敵な先生に、褒められたのが、「吉川先生は、いろいろな役割をなりきって演じている!」とほめられたことを思い出しました(笑) 
私は「役職・環境がその人を育てる」と考えていました。が、育つ人と育たない人の違いは、役割を演じようとするかしないかの違いなのかも(^^;) 
ありがとうございました。 これからもいろいろな役割に挑戦していきます!(^o^)v

2013.09.28  貴士  編集

貴士さん

コメント大変遅くなり失礼しました!

呼び名の数だけ、役割があります。
貴士(たかし)さんという、役割。
先生という役割。
旦那さまという役割。
お父さんという役割。

人生においては、たかしさんという役割を全うする必要があると思いますが、
立場に応じて、呼び名で、その上に重なるように、
別の役割を授かります。
だから、本来ではないけれど、と、
たかしさんの役割の上に、先生という役割を重ね、演じることになるのですね。
たかしさんが、先生を、やるから。

この演じることは、思いやりだと思います。
期待されていることを、体現してあげたい、
周囲を安心させてあげたい、という思いやりです。
すばらしいことだと、思います。

2013.11.03  愛子  編集

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