日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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さて、連日のおかんLIVEブログも、そろそろ今日で終わりますね。

最近ブログに〈わたくしごとカテゴリー〉が多くなりつつあって、
こんなのでいいのだろうか?

とも思ったり、

個人のブログなのだから、そもそもわたくしごとか…

とも思ったり(笑)


さて、今日は、家族のことを書きますね。


これまも何度もブログに登場しているお話ですが、

おかんの大阪城ホールLIVE翌日に、
私は、母が乳がんだと聞かされました。


それから1ヶ月が経った5月19日、

私の仲間が仕掛けてくれたサプライズで、
私の自宅に、
おかんはメンバー全員で、楽器を持参して訪れてくれました。

大阪からわざわざこのためだけに。
おかん号に乗って。







この時母は、
1回目の抗がん剤投与を終えて10日過ぎ。

まだ髪はほとんど残っている時でした。


この時来てくれた、おかんのメンバー達の、
「愛子姉の大切なお母さんのことやったら、僕ら行かせてもらいます。
このぐらいのことで、愛子姉に恩返しできたとも全然思ってませんし。」

こういう言葉たちや、

全国から呼びかけに応じておハガキや贈り物をしてくださった、
沢山の方々のあたたかい言葉に、


その後の母は、何度も助けられました。

私にとっても、この時ほど、

「なぜこんなに、おかんの応援がんばってるのか分からない」というほど苦しむ時はあったけれど、

「本当にやってきてよかった。
すべてはこのためだったんだ。
この、母に、愛を贈るためだったのかもしれない。」

と、
自分がやってきたことを誇らしく思い、

また、
母が娘を誇らしく思ってくれたことも、

無かったと、思います。


本当に、仕掛けてくれた仲間に、おかんに、心から感謝しています。

感謝の気持ちから、このブログもスタートしています。



そして、10月20日を迎えました。


母の抗がん剤治療の予定はすべて終了し、来月手術を控えています。

治療の最後のほうは、見ている私も辛いほど、とても辛そうでした。

おかんが来ることが決まった9月初旬は、まだ辛かった時期でした。


おかんの新居浜でのLIVE、過去4回、
私の両親は皆勤賞です。

でも、この時はまだ、
おかんのイベントまたやるからおいでね、とは言えませんでした。


それでも日増しに体調は良くなっていきました。
もうこれなら大丈夫だろうと思い、誘いましたが、

やはり、手術を控えてるから無理は出来ないと、
行くのは諦めると言うのです。

とても残念だけど、体調がいちばんなので、仕方ないと思っていました。


母は、「代わりに、メンバーひとり1ケースずつ、ビールあげよう。」
と言いました。

ビール4ケース。
さすが生粋の新居浜人の発想。まるで祭りです(笑)


どうかなと思いつつ、母の希望なので尊重しつつ、
DAIにはオリオンビールを、YOUにはスーパードライを、
飲まない本ちゃんと成くんにはポンジュースを、

それぞれ1ケースずつ、楽屋に置かせてもらいました。

それから5月19日の時の写真もそれぞれに。


準備も万端。

10月19日、イベント前日、
ほんとに来ないの?と母に確認してましたが、やめておく、と。


しかしその夜、一通の手紙が、ポストに届いていました。
私の母宛に届いた、私の知人からの手紙でした。

イベント当日の朝、
母にその手紙を読んでもらいました。


その方は、前回おかんのイベント(おかん感謝祭第二章~ふるさとがえり~)を、
今回と同じジャンドールさんで行った時、
たまたま母の隣の席に座った方でした。


その日は、私の母の還暦の誕生日だったので、
会場のみんなでハッピーバースデーを歌わせてもらいました。


その時のことがとても印象的で、
その後私のブログを通して、母が病気になったことを知った、と。

大変かもしれないけれど、皆応援してるからがんばってほしいと、
そして今回、また会場でお会いできることを楽しみに、

友達と二人で行きます、と、書いてくれていたんです。


母の気持ちは揺れたようでした。

行きたいな… でも…

その気持ちを察して、父が、

「大丈夫!行こう!」と母に言い、
「ちゃんと時間に間に合うように行くから。」と私に言ってくれたんです。


そして会場して、沢山のお客様がいらっしゃる中…




徳島の陽子ちゃんは、
母にと、アレンジフラワーを持ってきてくれていて、

内子町の亘さんは、
マコモダケの乾燥葉を、お茶にして飲むといいからと持ってきてくれていて。


もう、本当に感激しました…


次々に色んな方がいらっしゃるので、
ゆっくりと感激に浸る時間はなかなか無かったけれど、

「よかったら、直接母に渡してやってもらえませんか?すごく喜ぶと思うんです!」

とお願いしました。

手紙をくれていた方にも、
「母が手紙のお陰で来てくれました。話しに行ってやって。」

とお願いして。


もうすっかり髪の毛はない母。

帽子を目深にかぶり、菌がいちばん怖いので大きなマスクをし、
ほとんど顔は見えない状態ですが、

そんな母にも、皆さん優しく声をかけてくださいました。


そしておかんとも、再会を果たし、直接ありがとうが言えました。


おかんがもう新居浜を出る帰り際、
DAIは、
「お母さんの顔は見えへんかったけど、お父さん、ずいぶんオーラが変わったな!
俺が家族を守る!って感じの、すごい強くて頼もしい感じがした。」

と言っていました。

確かに、2年前には父も大腸がんをしているので、体力は落ちているはずでしたが、
最近ではとても元気にしているんです。

母は家事が出来ない状況だし、私の帰宅はいつも遅く、
父が毎日、食事も作ってくれている日々だから…



もともと、外出することも少なく、知人も少ない両親。

病気をする前から、家に居ることがほとんどでした。

僅か3人家族。


それでも、家族以外にも、


【自分のことを気にかけてくれている人がいるんだ】


と実感できる瞬間をいただいたこと。


これが、母をとても元気にしてくれたと思っています。


LIVEの終盤、おかんはいつものように、

あなたと本当に大切な人のこと、どうか大切にしてくださいと、
一生懸命伝えてくれていました。


すると私の仲間が、私を、両親が座って見ている場所まで、連れて行ってくれました。

「お父さんとお母さんのところへ行ってあげて。」と。



アンコールの『人として』は、マイクを使わず、みんなで合唱。

私たち家族は、
みんなが肩を組み合って歌ってる様子を見ながら、肩を組み…

私は、こんな風に、両親のことが大切でしょうがないなんて、
人には言うことはあっても、本人たちに対しては、

普段から大切だなんて、言えてるわけでは全くありません。
むしろ、とてもそっけない口調です。でも大事なんです。



こんな幸せな、
こんなみんなの心遣いのお陰で、

また、母は元気になることができました。



日が経つにつれて、色々な方の感想やエピソードを耳にするにつれて、

本当に、このLIVE、やってよかった!

と、心から思います。


本当に、本当に、すべてのことに、有難う。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子
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