日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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さて、今夜は久しぶりに、
『日本に氣づけるブログ』らしい話題を…


23日、横綱・日馬富士と白鵬が、
出雲大社60年ぶりの遷宮を祝い、土俵入りを奉納しました。


(写真・スポーツ報知より)


出雲大社の千家尊祐(たかまさ)宮司は、
『相撲の神様』とされる野見宿禰(のみのすくね)の71代後の子孫だといわれています。

初場所以来の優勝を狙う日馬富士は、
「縁起のいい場所なので、心が温まった」と話したそうです。



今から2000年近く昔、出雲国にいた野見宿禰(のみのすくね)は、
力持ちで、賢い人物だったようです。

大和国にも、当麻蹴速(たいまのけはや)という相撲の強い人物がいました。

自分が一番強いというので、
全国に他に強い者はいないかと垂仁天皇が探したところ、
見つかったのがこの野見宿禰。


天皇は、
野見宿禰を大和国に招いて、当麻蹴速と相撲をとらせ、
野見宿禰が勝ち、領地をいただき、天皇につかえることになりました。


その頃は、
天皇が崩御すると、古墳を造り、

家来たちを生きたまま周囲に埋めていたといわれています。


宿禰は、
「いくらえらい人でも、人を生き埋めにするのは良くありません」と言って、

かわりに粘土で作った埴輪をおくよう、天皇に進言しました。

そこで、それからは、
古墳を造るときに、人や家や馬の形をした埴輪を並べるようになりました。


その後出雲へ帰る途中、播磨国で、
重い病気にかかり、宿禰は亡くなっています。


揖保川の河原から山の上まで、
村人たちが一列にならんで、手から手へ、石を渡して運び、立派な墓を造りました。

野原にたくさんの人が立ちならんで働いたので、
その場所は「立野(たちの)」と呼ばれ、それが現在の「たつの(龍野)」のはじまりだということです。


『相撲の神様』


このお話では、

単に相撲の強い人物が、出雲国の出だった、
賢かったので、天皇に進言もしていた、

ということになっています。


しかし私は、それだけじゃない意味深さを感じます。


出雲国は、国譲りの国。


相撲の、四股を踏む仕草、これは、土地を鎮める力があります。

相撲そのものが、神事です。

そうでなければ、
土俵入りのことを『奉納』などと言うはずがありません。


『土地を鎮め、国を司る者に進言をする者』


それが、出雲国の者であること。

宿禰が、単に力持ちで相撲が強かっただけの人物とは、
考えにくいなぁ~と、個人的には感じてしまいます。

末裔は、出雲大社の宮司さんであるわけですものね。

ふしぎです。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子
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