日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

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日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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2013.11.02    編集

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11月に入って最初のランチは、行きつけのお蕎麦屋さんへ行きました。

窓際の席にはいつも、かわいい一輪挿しが。

お蕎麦はもちろんのこと、このお花に癒されるひとときです。





今日は黄色のバラと、ホトトギス。

季節のお花でお客様をもてなす心が、素晴らしいですよね。

私も備前焼の花器に、季節の草花を生けてみたいなと、思います。


昨日10月の終わりに、私は酔っぱらい投稿をしてしまいましたが、
10月最終日というと、『園遊会』開催の日でした。


園遊会とは、ガーデンパーティーのことで、
日本では主に、天皇陛下が主催される春と秋の会を指します。

各皇族の方々や、
内閣総理大臣、国務大臣、衆・参院議長、副議長、
主な国会議員、統合幕僚長(旧統合幕僚会議議長)、
最高裁判所長官、裁判官、認証官など三権各機関の要人、
都道府県の知事・都道府県議会の議長、市町村の首長・議会の議長、

各界の著名人(芸能人、著者など)、
功績者(勲章の受賞者:メダリストなど)と、その配偶者を含め、約2,000名が招待されます。

赤坂御苑で開催されるこの園遊会。


日本人なら、誰もが夢に見るでしょう。

陛下がにこやかに自分に語りかけてくださる瞬間。


もちろんその経験の無い私ですが、

一張羅を着てドキドキしながら並んで陛下が自分の目の前にいらっしゃるのを待ち、
そしてその瞬間が来たら…

と目を閉じて想像してみます。

その後のことは…
経験した方でなければわからない、

すべてが救われるような、
魂がふっと数段階、持ち上がるような感覚があるのではないでしょうか。


これは最高の経験でしょうね。


その瞬間に、山本太郎さんが、陛下にお手紙を手渡したとして、話題になっています。


私は、基本的に、
山本太郎さんのことは好意的に見てきました。

無鉄砲で情熱的で、
自分の立場や身はどうなってもいいから、とにかく、
本当のことを知ったなら、黙ってはおれない!というスイッチが入り、動き出した人です。

こういう役目をする方も、必要だととても思います。


しかし、今回の出来事、陛下にお手紙を手渡したということに関しては、
やはり私は、これは陛下に対する思いの欠如だと感じます。


以前から私が感じていることのひとつですが、
お手紙を書き、相手に送る、手渡すという行為は、

一見思いやりがあるようでいて、実は、
自分が相手に何かを伝えたいという、自分の我を通している行為でもあります。


お返事は不要です、ということを明確に表現していない以上、
受け取った側は、自分の都合に関係なく、

返事を出さないことに関する申し訳なさを感じねばならないのです。

ですから、受け取った方は慌ててお返事を書いたり、
書けなかった時にはずっとその申し訳なさを引きずっておられます。


お手紙を書いて相手の方を気遣う行為は、素晴らしいようで、
そういった側面もあるということを、忘れてはいけません。


ということから考えると、
陛下のようなお立場の方は、国民に手紙のお返事を書くことなど、できません。

はじめから、陛下に、
返事が書けないことによる苦悩をお渡ししてしまうことが、分かっているのです。

これは、陛下に対する思いの欠如以外の何物でもありません。


しかし、この山本太郎さんの行為によって、
職を辞するべしとする意見に対しては、私は個人的には賛成ではありません。

最も主な理由は、
これもやはり、陛下の御心を思うからです。


自分に手紙を渡したことにより、自分が招待した園遊会での彼の行動により、
彼が罰せられてしまう、ということ、

それは、陛下が望まれることだろうか、と考えれば、
そうでないということが想像できるからです。

むしろ、そのような事態になれば、
二重に陛下の御心を苦しめてしまうのではないでしょうか。

ですから私は、賛成ではありません。


山本太郎さんは、今回の件で、
自ら省みるべきだと思います。

自身の命を、このことに使っていくのだ!と決めたなら、
自ら邁進してゆけばよいことです。


しかし一方で、
わたしもメディアの端くれにおりますから、すぐに感じることもあります。

彼のその後の発言が報道されていますが、そのシーンが全てではない可能性は高いこと。

報道されている発言の前後に、
カットされているが実はきちんとした反省の言葉や、理解できる発言があったかもしれません。

しかし報道する側というのは、
自由に編集して、
時に発言者の本当の意図を、結果として曲げてしまうことさえ出来てしまいます。


視る側は、そういった可能性も鑑みて、
それぞれにその対象者をみていく必要があります。

これも、大人の責任だと感じます。


そしてもう一点。

先ほど、私がもしも、その園遊会の出席者であったら…
と空想しましたが、

してみて感じたことは、



陛下の目前にあっては、

いかなる肩書きの持ち主であっても、

すべての人が、単に、一日本国民である、ということ。


どのような立派な方であっても関係ないのです。

陛下の前では、単に、日本国民でしかありません。

陛下を目前にするということは、そういうことだと思います。


ですから私は個人的には、
この瞬間の行為について、評価されるのは、

肩書きに基づくことというよりは、
ひとりの民として行った行動に対して、ではないだろうかと、

考えます。



ともかくも、陛下の御心穏やかならんことを願うばかりです。


そしてそう思えば、
陛下はいつも日本国民の健やかな幸せ、
世界の、地球の平和を思い、

御心を痛めておられることが、多くあることに、私たちは気づかねばなりません。


陛下の御心穏やかならんことを、
そして何よりも、

私たち自身や、未来のために、
向かうべき方向を見定めてゆきたいと、改めて、感じます。


陛下の御心を穏やかに、と思うことは、
結果的には、
地球のために、と思い行動することと同義なのかもしれません。


私たちひとりひとりが、
本当の意味での幸せを生きることが、最も大切なことですね。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子
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2013.11.02    編集

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