日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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〈結果がすべてではない〉派と、

〈結果こそすべて〉派、というように、


このふたつのことは、

どちら派かに分かれ、なおかつ、


前者が建前で、後者が本音でしょう、

というように云われたりします。



だけれど私は、どちらかというと、

どちらも、同じことを云っているような気がしてなりません。



結果というからには何かの実践、挑戦がそこにあったわけで、

何かの実践や挑戦を行うのは、

この人生の中であって。



この人生とは、時間で出来ているわけですが、

最後の瞬間の結果の部分だけが、
素晴らしいか素晴らしくないかを決めるのだとしたら、

それまでのほとんど時間を、無駄と捉えたら、
これは話がおかしくなってしまいます。



人生=時間と捉えたなら、


挑戦して向かっているときこそ、多くの時間で出来ている、
人生そのものです。



そして、


もう結果などどうだっていい!

それ以上に、大切なことに氣づいた!

と、そのことを目指すことの意義、その本質を掴んで走った時には、



必ず、

間違いなく、気がつけば、



求めていた、ある一定の結果を、

手にしていたりするものです。



だから私は、

結果の問題ではない!
ということの本質を掴んだ時が、初めて、

結果と繋がる、

と思っているので、


どちらも、同じこと。だと思います。



それに。

挑戦し続ける限り輝きを失いません。

挑戦し続けられることそのものが、素晴らしい人生だと、思うのです。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子





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