日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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大衆演劇が日本を救う

玄海竜二さん
ワシは、この人に会って
人生観を変えられました。
人々の喜び悲しみ、
まっすぐな生き方から伝わる
まっすぐな日本人の心。
無条件の涙こそ、
今の日本に失われたもの。
それを思い出すとき、
ワシらは光に歩むのだと思えます。

玄海竜二の舞台を見て下さい

2014.02.25  赤塚こうじ  編集

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本日は、日本で〈踊り〉というものの存在が、
公に認められた日、と云えるかもしれません。


慶長12年の今日、

出雲の阿国が、江戸城で将軍徳川家康や諸国の大名の前で、

初めて歌舞伎踊りを披露した、とされています。

その後彼女の消息は不明。


〈踊り〉の発祥と云われる彼女のことは、

出生地、没年のみでなく、よくわかっていないことが多いです。




しかしこの出雲阿国の踊りが、

現在の歌舞伎の前身だとされています。


しかしながら私は、
どちらかと云えば、

現在でいうところの〈歌舞伎〉よりも、〈大衆演劇〉のほうが、

これを伝承したものだと思っています。


厳密に云えば、

歌舞伎踊りの中から、

現在で云う歌舞伎へと発展していった流派と、
大衆演劇へと発展していった流派があった。


今ではすっかり、歌舞伎と大衆演劇とは、全く別の物のようになり、


歌舞伎は、
富裕層の嗜み観劇というような位置づけで、

期間内の演目は毎日同じであり、役者さんがお客様と触れ合うことはありません。


大衆演劇は、
ドサ回りなどと呼ばれ庶民の愉しむものとされ、

劇場や劇団にもよりますが、毎日、場合によっては昼と夜でさえ、
演目が常に違うものを演じ分けており、

公演終了後は、送り出しといって、
必ず、役者さんがお客様の退場を最後まで見送ります。


内容も違いますし、一概に比べることはできませんが、
入場料は大衆演劇は歌舞伎の5分の1ほどと、あまりに安価です。


それらに対する、
一般の方々の見方、位置づけも、ずいぶん違っています。


私はたまたま、
この大衆演劇を生業とし、その世界でトップを走っている人たち、何人かと、

親しくさせていただいていましたので、


彼らがどんな環境下に居ながらプロ意識を保っているのか、どのような問題を抱えているのか、

よく知っていました。


歌舞伎役者さんは、プロ意識が高く、
大衆演劇役者さんは、そうでもない、

と思われてしまうケースがとても多いのが、いつも残念でした。


彼らが受け取っている報酬には、
それはもう、まさに雲泥の差があります。


歌舞伎役者さんも、もちろんプロ意識は高いでしょう。

けれど、
大衆演劇の役者さんの中にも、トップを続けているような人たちは、

報酬などほんの僅かなものでも、
見下げられたような扱いを受けても、


毎日変わる演目を、むしろ自分たちで全てを手作りしながら、
一世一代の晴れ舞台を舞っているかのごとく、

晴れ晴れと胸を張って舞台に立つ人たちもいます。


彼らの環境の劣悪さを知っているからこそ、

腐らず輝ける役者さんたちを、精神面でとても尊敬していました。



時に、

人の評価というものは、とても残酷です。


本当の事情を見ずに、本質を捉えることなく、

表面的なものや、イメージと呼ばれる勝手な勘違いにより、


心ないジャッジを下して、懸命な人たちの心を傷つけたりしています。



フィギュアスケートの浅田真央選手にしても、

あまりにも素晴らしすぎる才能がゆえに、
あまりにも壮大なフィギュアスケート界の仕掛けたトラップの餌食になってしまっているのではないか。

私にはそんな風にも見えます。


改正に次ぐ改正の、ルール。
何かとても、不自然です。



事情を見ず、本質を捉えず、イメージ(意図を持った他者によって作られたもの)に左右され、

自分自身の感覚によって、選択する、生きることを見失ってしまうことは、


一度きりの自分の人生を、
自分を生きることが、出来なくなってしまうことなのではないでしょうか。


本質は、難しいものではなく、とてもシンプルで、

色眼鏡を外すことさえできれば、

どんな人にも分かるはずだから、


自分の人生を生きるために、

流されるのを少しやめて、自身の感覚を、大切にしていきたいものだと、思います。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子











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大衆演劇が日本を救う

玄海竜二さん
ワシは、この人に会って
人生観を変えられました。
人々の喜び悲しみ、
まっすぐな生き方から伝わる
まっすぐな日本人の心。
無条件の涙こそ、
今の日本に失われたもの。
それを思い出すとき、
ワシらは光に歩むのだと思えます。

玄海竜二の舞台を見て下さい

2014.02.25  赤塚こうじ  編集

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