日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」が好きだ、という方は多いと思います。

まさにここに、
日本人の素晴らしい心があるからですね。

宮沢賢治が生まれたのは、岩手県花巻市。

三陸大地震の二ヶ月後だったということをご存知でしょうか。



明治29年6月15日、
三陸沖で起きたマグニチュード8以上の地震。

大津波が起き、2万人あまりの死者と
約5千人の行方不明者とケガ人を出しました。

そしてその後、8月27日に宮沢賢治は生まれ、
更にその4日後の31日、陸羽地震が発生、200人以上の死者が出ました。


彼は、
震災による津波に、一瞬にして、
愛する人を奪われ、家や農地、あらゆるものを奪われ、
そんな中で人々がなんとか立ち上がってきた姿を見ながら、育ったのです。

つまり、今の日本と同じ状況です。

22歳で結核を患い、余命宣告をされるのですが、
限りある命を生きながら、
自然への畏怖の念を誰しも持っていた当時の日本人の中に在って、

思いを手帳に綴っていたのが、この雨ニモ負ケズ。

彼は他にも多く作品を遺していますが、
目に見えないものへの畏れが根底にある、
日本人の心根がそこに反映されているように感じます。


漢字・カタカナ・ひらがなと、
三つを操る世界に類をみない日本語ですが、

昔は、字面の格好よさ、イメージに合う字面、ということで、
その時々で表記を自由にアレンジしていたようです。

雨ニモ負ケズは、
漢字とカタカナの組み合わせで綴られていますが、

優しいひらがなを使うよりも、意思の強さや力強さを感じるような気がします。


今日は、すっと読みやすいように、
カタカナをひらがなに換えて、
ご紹介したいと思います。



雨にも負けず 風にも負けず

雪にも 夏の暑さにも負けぬ

丈夫な体を持ち

欲はなく

決して怒らず

いつも静かに笑っている

一日玄米四合と

味噌と少しの野菜を食べ

あらゆる事を

自分を勘定に入れずに

よく見聞きし分かり

そして忘れず

野原の松の林の蔭の

小さな茅葺の小屋にいて

東に病気の子供あれば

行って看病してやり

西に疲れた母あれば

行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば

行って怖がらなくてもいいと言い

北に喧嘩や訴訟があれば

つまらないから止めろと言い

日照りの時は涙を流し

寒さの夏はおろおろ歩き

みんなに木偶の棒呼ばれ

誉められもせず

苦にもされず

そういう者に

私はなりたい



いつも静かに微笑んでいられることの尊さ…
ただ風のごとく拘らず、できることをしてゆく。

なんと美しい日本人の生き方でしょう。

今、宮沢賢治の生きた時代と、
似た境遇にいる私たちは、
さて、
どんな生き方を選びましょう。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
有難うございます。 愛子
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