日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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私はたいてい、「何のために」を考えるほうです。

深く考えているというよりも、知らず知らず。


例えばこのブログを、開始以来毎日続けていることも、

はじめは、

私の家に皆が母の本気のお見舞いで来てくれたことから、

もっと本気で、人の役に立てる人間になろう、
そのための一歩を何か、踏み出さなければ、

という思いで、始めました。


けれど毎日というのは、当然難しいことが多々あります。

私は書き溜めをしないので、
必ず毎日、どんなことがあっても、書いています。


あの時決めた自分の決意を裏切らないため、
書き続けてきました。


それでも、本当に今日はやめようかな…という日も訪れます。


けれど、そんな時にこれまで何度も、
「ブログいいね。いつも楽しみに読んでますよ。」

そんな言葉をいただくから、なんとか、続けてこられたように思います。


まずはこのブログ、まる1年が経つまでは、
毎日更新しようと考えています。あと、1ヶ月程です。


書いていくにあたり、やはり、
〈何のために〉を知らず知らず、考えます。

ある程度、覚悟を持って、取り組んでいるからかもしれません。



私は主に、SNSはFacebookを使っていますが、
Facebookの投稿上に、このようにつらつらと書かず、ブログ記事に書くことを選んだのは、

もう、日野愛子には関心がない、
そう、思われた方は、

わざわざリンクを開かなければ見られないブログは、見ないわけです。

だけれどFacebook上にそのまま文章があれば、
ハプニング的に目にしてしまうことがある。


だからあえて、ブログにしています。


ひとりでも多くの方に、伝えたい、という気持ちもある反面で、

似た想い、心を持った人と、もっと親密になりたい、
という思いもあるのです。


自分と似た想いの人が誰で、全く異なる想いの人は誰か。


実は、日々、自分の意見・主張を繰り返し続けるということは、
この発見が、そうでない人よりも、確実に早く、明確なのです。


似ているのが良く、違うのが悪いという意味ではありません。


ただ、役割が、違うのです。



問題は更に複雑になり、大きくなっているこの時代に、

向かいたい先、想いが似ている者同士は、
もっと繋がり、強く協力していくほうがいい、と思うんです。


議論ごっこをしている場合ではなく、

〈この現状に対し、どうすればいいか?〉をこそ、考え、

具体的に行動するために。


動き出すきっかけを作りたいし、
自分自身も、似た想いの人を見つけたい。


主張すれば、必ず、賛同もあれば批判もある。


しかし、です。


案外と、発信し続けている人は、覚悟しているものです。


ですから、批判を受けても、簡単には動揺しません。


・自身の事情から、感情が昂ぶってぶつけてきた人

・私の意見を変えたいと思っている人

・聴衆に知識を自慢したい人

・議論すること自体が好きな人

・純粋に内容により良くしたくて投げかける人


この人は、どういうつもりで、何のために、
批判をするのだろうか、と考えます。


私は、大抵の場合、何かを良くしたくて、発信しています。

けれど、そうではなく、粗探しをしに来ている人もいます。


粗探しをするのも必要なことかもしれないけれど、

最後その結果、どうなることを目指して、描いて、
何のためにそうするのか、ビジョンが無ければ、呟きに終わってしまいます。


何のために。
今この人はこう云うのだろう。


私の意見を変えたいと思って、良かれと思って言ってくださる人は、
皆が見ている書き込み、公衆の面前ではなく、

私個人宛に、直接メールやメッセージをくださいます。

そういう方に対しては、特に丁寧にお返ししたい気持ちになります。


しかしそれ以外の、
純粋に疑問点を投げかける以外の方は、

公衆の面前でありながらの行為なので、事情はずいぶん変わってきます。



未熟で、拙い知識でも、

想いと覚悟は、あるから。

なぜそれを発信するのか、いつも、何のために、があるから。



誰かが言っていた、

『右翼でも左翼でもない。仲良くです。』

だなんて、上手な言葉だなぁ~と思っていましたが、本当にその通り。



『あなたの発言は、概ね右寄りなのに、時々左だから、よく分からないよ?』

というようなことを、云われたこともありますが、


右も左も、考えたこともありません。


私は私でしかなく、

規定の概念の中のどれかに、収まろうとも思いません。


ただ、ただ、

感じたように、生き、伝えたいことを伝えたい。

それを奪われると、
なんだか生きていないような気持ちにさえ、なるから。



それがたとえ、孤独な道でも。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子










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