日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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知恵を知識を

愛子さん、楽しそうですね。
文面からひしひしと伝わってきます。
知恵と知識は大好きな人のために使っていきたいですね。
私もそうしていきたいです。
またいろいろ教えてください。

2014.05.04  ことだま教師  編集

ありがとうございます

本当に書きつくせない日々でした。
それでも少しずつ記録しておきたい…
そう強く思わせてくれる、大切な旅になりました。
自分の持てるもので、どれだけ人の役に立てるか。
沢山の引き出しを持っておきたいと思います。

2014.05.06  愛子  編集

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リアス・アーク美術館の、山内宏泰学芸員が編集した図録。

やっぱり、沢山買っておけばよかった。

せめて、保管用と貸出用くらい…


この方の向き合い方が物凄い。


津波とは切っても切れない地形に住む者として、
被災者として、被災地として、

何をどう捉え、どう向かっていくべきなのか。


被災地以外に住む人たちが、

このことをいかにして生かすべきなのか。


自身も被災者であるこの方の、「記録」はもちろんのこと、
捉え方、向き合い方が、本当に、痛すぎるほどに胸に刺さります。



まず、被災地の方々自身の捉え方……


これから先、【自分の幸せ】を優先してはいけない。

不幸にも被害に遭った、なんとか助かった。偶然にも…

偶然という発想は早く捨てなければならない。

起こるべくして起こったこととして受け止める以外にはなく、
どうやって自分が幸せになるかではなく、
どうやってこの町を良くし、どうやって他の町や日本のために、役に立てるのかを、

その発想を持てなければ、すべてが狂ってしまう。




そして、被災地以外の方々へ。


震災を忘れないとか、風化させないとかいう言葉をよく耳にしますが、

それは一体、何ですか?


被災者の間では、震災の当日から、出来事は上塗り、更新されていっているので、
忘れるとか、風化の意味がわからない。


忘れると云うからには、憶えていたという事実が要る。
風化すると云うからには、刻んだという事実が要る。


被災者の経験と同じようなことを、
皆さんが記憶として持つというほど、強烈に頭に叩き込んでいるとは思えない。

どうか、この出来事を、憶えてください。

忘れたと言えるぐらいに、
それならば一度、憶えてください。


知らないことは、忘れるということも元々無いはずです。


でもね、沢山の支援をありがとう。

本当に助かりました。

しかし物資の届く場所と届かない場所は極端なもので、
中には、物資を余らせて、どうせ貰い物だからという表現で、

売りに行っていた者もいました。

同じ被災者として恥ずかしい。





当時の写真や映像、それは記録。

文化は物ではない。

文化は無くならない。

記録をどう伝えることができるのか、
それが文化になるから。


どう向き合うのか、どうか、これからの糧にしてほしい。



夜、宿泊先のコクボ荘に、南三陸で自治会長だった、
自衛隊経験のある佐藤さんが来てくださいました。



佐藤さんのお話も、
到底ここに書ききれません。何時間もの講演のようで…

佐藤さんのお話は、
他の被災者の方のお話とは、また、全く異なるものです。


あの時これが困った、という話だけでなく、
あの時これが困ったから、このように動いた、なぜならこういう理由で、


ということを、全て教えてもらえるのです。


あまりに沢山のお話で、とてもここでシェアし切れませんが、
改めて深く感じたことは、

【知識と知恵は、自分や大切な人々、廻りの人々の命を救う】

ということです。
これだけは、自信を持って言いきれます。


逆を言うならば、

知ることを怠る人は、自分のことも大切な人のことも、決して守れないということ。


佐藤さんの行動が及ぶ範囲に居た人たちは、本当に助かったと思います。


自身も被災者であり、
奥さんもお子さんも、連絡つかず、亡くなっているかもしれないという心境の中、

震災から一週間後には、風呂を作り、毎日本当に苦労して、
沢山の人を風呂に入れてあげたり、

高台の牧場の牛達の乳を、飲めるようにと各地廻ったり、

ガソリンは、早くから、動かなくなっている車などから取り出して廻り、
救急車などへどんどん渡していたのだそうです。


ただこれらも、ひとつひとつの行動、どれを取っても、
むやみにやればいいというわけでなく、

無知でやってしまうと無意味どころか逆効果を生んでしまうことが、
本当に、あるんです。


やっぱり、少しでも、知ろうとすること、
記憶として持とうとすることは、間違っていない。



何か役に立ちたい!
という、被災地以外の人たちの思いは、

役に立つ何かの為に、動かずにおれない、自分のためにやることであり、


それに応えたい!
という、被災地の方々の思いは、

応えつつ、何かの時には逆に人を助けられる自分でいたいという、
自分の思いのため。


互いに自分の思いのためだけれど、
相互を助けることになる。


その互いに影響を与え合うことを、絆、と呼ぶのかもしれない。




この日もまた、やっぱり、泣いてしまった。


書き尽くせない毎日です。





なつかしい未来へ。





今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子



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知恵を知識を

愛子さん、楽しそうですね。
文面からひしひしと伝わってきます。
知恵と知識は大好きな人のために使っていきたいですね。
私もそうしていきたいです。
またいろいろ教えてください。

2014.05.04  ことだま教師  編集

ありがとうございます

本当に書きつくせない日々でした。
それでも少しずつ記録しておきたい…
そう強く思わせてくれる、大切な旅になりました。
自分の持てるもので、どれだけ人の役に立てるか。
沢山の引き出しを持っておきたいと思います。

2014.05.06  愛子  編集

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