日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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おかえりなさい

愛子さん
おかえりなさい。
一段とパワーアップして
帰ってきたようですね。
これから楽しみです。

2014.05.05  ことだま教師  編集

ただいまです!

見ていてくださってありがとうございます。
まだまだ、感じてきたことをそのまま表現するだけで、
自分の力になるまでには至っていませんが、
少しずつ…
経験が自分をつくっていくと思うから…
これからも励んでいきます。

2014.05.06  愛子  編集

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おはようございます。
福島を昨日の夕方に出発して、
今、朝10時半、やっと倉敷を通過しています。



福島へは、マスクをして入りました。

車での東北ツアー、最後は、福島県南相馬市。


実は、東北行きの前に、
小さなことだけれどとても悩んでいたこと、

それが、マスクの着用について。


恐らくはもう、
マスクをしている人など誰もいないのだろうと予想はしていました。


けれど本来、マスクなどでは防げない放射性物質を、
マスクさえしないで過ごすなどということを、
してよい状況などではありません。

マスクをすれば大丈夫ということでもありませんが、
だからといって、しなくていいということでもありません。


もっといえば本来は、
福島県だけでなく、宮城県や岩手県でもそうだし、

関東圏までは当然のようにマスクくらいはしておかなければ。


けれど。

放射性物質は、目に見えない。


私も正直、福島県内に入った瞬間は、
なんとも言えない身体の異変を、僅かに感じたけれど、

すぐに、気のせいに感じられるようになりました。


けれどきっとそれは、気のせいじゃない。


マスクくらいは着用してほしい、そう思うし、
自分も付けたいと思うから、

ずっと付けて過ごそうという気持ちと、

ちょっと来たぐらいの者が大げさなことを、と、
嫌な気分にさせてしまうかもしれないという気持ちで、

少し、揺れていました。


けれど宮城県や岩手県では、とうとう付けることはありませんでした。

あまりにも、空が綺麗で風が気持ちよすぎて…




今しか居ない自分としては、

防ぐよりも、感じたい。

という気持ちが優先しました。



だけれど、さすがに、福島県内に入る時には、身構えました。

車内にいて、ウトウトとしている時に、
福島県内に入っていたのですが、

急に咳き込み始めて、
これはいけない、と慌ててすぐマスクをしたんです。


南相馬市小高区の、
9つの町、200戸の人たちが生活している応急仮設住宅へ、

甘夏たちをお届けに行かせてもらいました。



皆さん本当に、一様に優しくて、明るくて、元気で…

しかし仮設住宅の中でも世話係をしている方の苦労もあります。

仁木さんはお礼にと、手作りの小物をくださいました。




それから、居住禁止区域に住まいがある、金子さんが、
ゴールデンウイークの一時帰宅を許された期間ということで、

ご自宅周辺を案内してくださいました。



庭の中でも汚染がひどいのは、
屋根をつたって雨が落ちて溜まるところ。

ガイガーカウンターが鳴り止みません。




除染中と書かれた不自然なピンクの旗が、
そこらじゅうをはためいています。



「あと2年で終わりますって言うけんどぉ~、
もうだぁれも帰ってきたいとぁ~、思わねぐなってきたぁ~」


住み慣れた場所に暮らしたい気持ちよりも、
一体いつ帰られるのだろうと、

いま居る場所を、仮の居場所としか思えない状態が、
いつまでも続くことに、疲れた、という気持ちのほうが、

大きくなりつつあるようです。


さらに福島原発に近づいていくと、

浪江町に入る手前で、完全立ち入り禁止。







本当に、あの3年前の3.11の事故というのは、

被災地、被災者とひとくくりにするにはあまりにも違いすぎる違いがあります。


漁師町で有名な宮城県の沿岸部では、
津波による甚大な被害を、

震災当日から、目に見える形でまざまざと見せつけました。


原発からほど近い福島県では、
一見すると町は何も変わっていないように見えるのに、

決して人が住んではいけない場所へと変わりました。


全く性格の違う、ふたつの被災地を生んだ、福島原発。


これからの課題も、大きく違います。


離れた場所にいる私たちに出来ることは、意外と大きいと思いました。


というのも、
被災地の方々は、自身の居る場所の出来事で精一杯で、

すぐ隣町の状況を、全く把握していないのが現状です。
3年経った今でも。


それほど、自分たちの暮らしで精一杯だということです。


けれどこれは、大きな弊害を生みかねません。


離れた場所にいる私たちの言葉だから、
素直に聴ける、という部分も、多分にあるようで。

町同士の橋渡しをする役目もできるように思います。


実際、甘夏のお返しにと、宮城県でいただいて来たワカメやふのりなどを、
福島の人たちにお渡しすると、

福島の人たちも、
「私ら原発のことで大騒ぎしてたけど、あとで分かったら、
宮城の沿岸部の被害は本当に恐ろしかったんですよね~。気の毒でなりません。
家も家族も亡くしたって、私らより辛いでしょう。」

と、気遣われていました。


とは言え、目に見えなく、わかりにくいからこそ、
福島の放射性物質による被害は、これから恐ろしいですし、

福島のほうがまだいい、などとは、私は思わないのです。


これからも長い長い道のり。

共に歩いていきたいと思うと同時に、
この教訓を、必ず次の災害に生かさなければならないと思いました。


災害は、必ずまた、起こるのだから。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子





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おかえりなさい

愛子さん
おかえりなさい。
一段とパワーアップして
帰ってきたようですね。
これから楽しみです。

2014.05.05  ことだま教師  編集

ただいまです!

見ていてくださってありがとうございます。
まだまだ、感じてきたことをそのまま表現するだけで、
自分の力になるまでには至っていませんが、
少しずつ…
経験が自分をつくっていくと思うから…
これからも励んでいきます。

2014.05.06  愛子  編集

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