日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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昨夜は久しぶりに自宅のベッドで眠ることができ、
身体が休まり、幸せな朝を迎えました。

と同時に、ちょっぴりさみしい感覚。


そのまま会社に行き、
アナウンス業務や資料整理などをして、帰宅。



行くと身近に感じる。会うと身近に感じる。
感じる心はあるはずでも、行って会えば、もっと身近になる。


新居浜市民の会の皆さんと、運転を交代しながらの、全行程車移動。
愛媛県新居浜市を出発して、渋滞を避け、北陸道経由で東北へ向かいました。


東北だけでなく、富山や新潟など、
足を踏み入れたことのない土地に立ち寄ることができて。


新居浜に帰ってから、
ニュースで新潟で事件があったことや北陸道で事故があったことなどを知り、
途端にそれらの出来事も、身近に感じるようになるから、不思議です。



宮城県唐桑、つなかんのお父ちゃんも言っていました。



「津波は根こそぎ色んなもん奪って行ったよ。
 んだけんどさ、それが無かったら、こんな何も無い土地さ、
 あんたら来てくれんやったでっそ。
 色んな人がいっぱい来てくれるからっさ、それは津波があったからだもんね。」

確かに、震災がなければ、宮城県や岩手県、福島県という土地には、
もしかしたら、一生行くことはなかったかもしれない。



南三陸町の佐藤さんは、新居浜市民の会の近藤隊長に、

「本当に皆さんにはよくしていただいて、感謝しかない。
 愛媛で何かあったら、僕ら何か助けになりたいと思うけど…できるか自信がない。
 他の地域を助けるくらいになりたいっていうのが、復興へのひとつの原動力になる。」


と話していましたが、近藤隊長はハッキリと答えていました。

「何か返そうなんて、まっっったく、気にしてもらわなくていい!
 僕もここにいるメンバーも皆そうだけど、皆ね、好きでやってるから。
 やりたくてやってるから。本当よ。勝手に好きなことをやってるだけ!」と。


私はまさに近藤隊長が私の気持ちを代弁してくれたようで、
またまた何か溢れて来て泣いてしまった。


帰りの車の中で近藤隊長は更に言っていました。
「僕も他のメンバーもそうだけど、こんな出来事でもなかったら、火がつかなかったら、
 余生をせいぜい畑いじりして、ああでもないこうでもないと言いながら、家族に煙たがられておしまいよ。
 それがね、あんなに現地で喜んでもらえて、新居浜に帰ってそれを話せば、新居浜の人にもわかってもらえて、
 おかげで皆生きがいをもらってると思うよ。」と。


でもそう言いながら、市民の会のおじさま方は、本当に元気で生き生きしていて、楽しい!

最初は、私の父と同じくらいか、それ以上の年齢の方ばかりなので、少し不安もありましたが、
優しくて元気で陽気なおじさま方との旅は、私も本当に楽しかった!

本当に、人って、あったかいなぁと思います。


だけど本当に、そうなんですよね。

私自身、自分の気が済むように、行かせてもらっただけ。

ずっと、ずっと、ずっと、3年間、行きたくても行けなかった、やっと、行く用意ができた、
何の役に立つはずもない自分が、ただ行って、皆さんと少し、言葉を交わして帰るだけ。

何かの足しになったり役に立ったりするわけがない。
それでも行くのは、「行きたいから」。それしかない。

自分が行きたいだけなんだ。
だから、御礼を言っていただくようなことでも、お返ししたいと思ってもらうことでもない。


それでも、佐藤さんは、

「それなら僕らも同じです。なんとかそんな気持ちに応えたい。
 そちらで何かがあったら、何か少しでも役に立ちたい。
 それは勝手に僕らが思うことなんです。僕らがやりたいだけですから。」


なんか本当に泣けてしまいました。今思い出しても泣けてくる。


『私は私のやりたいことをやっているだけ』

お互いが、
自分のやりたいことを通すだけなのに、結果として、お互いを支える結果になる。


そんな人間の営みの姿を、『絆』と呼ぶのかもしれない。


ただ、佐藤さんからは特に、南三陸の悲しい今の現実、
震災直後に起こった、人の絆を疑いたくなるような現実も、沢山聴いてきました。

それらはまた、別の機会に…と思いますが、ともかく、
「よそ者だから役に立たない」なんて思う必要は全くない、ということは感じています。

よそ者だから、言えること、聞いてあげられることも、あるのです。


東北で出逢った皆さん、今日はどんな一日だったかな~?なんて、
思い浮かべながらの、今夜です。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子

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