日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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コメント

こういう事をしっかりと受け継いでいきたいですね。何で短絡的に自分の都合で物事を考える人が増えてしまったんでしょう?

2013.07.30    編集

コメントありがとうございます。

そうですね…
いつの間にか、世界が人間中心に回っていると勘違いしてしまうようになって。

だけれど本当は、自信が無いんです。
自分の力が信じられないから。

目に見えないものの力、自然への畏怖の念、
そういったものを感じる力が無くなって、
自分は自分ひとりきりだと思えば、
ずいぶんと力が小さくなってくように感じます。

でも、いつも、
おかげさまだなぁ〜ということに気づけたら、
自分だけの力でなく、もっと大きな力が働いて、
自分が生かされていると知って、

心穏やかになり、自信が湧き、人に優しくなるような、気がします。

2013.08.03  愛子  編集

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2013.07.29

国歌の日

7月29日とは、どんな日だろう…と、
インターネットで検索していたら、

『ルーマニア国歌の日』とありました。

国歌の日です。国家ではなく。


いわゆる建国記念日や独立記念日として、
国家の成り立ちを記念し祝う日は、
およそどこの国にもあるものですが、


『国歌』を祝い、記念する日を設けている国は、大変少ないです。


日本の国歌も、大変美しいものですね。

しかしどういうわけか、
日本の国歌『君が代』を、

軍国主義を称えた象徴として解釈する考え方が拡がり、

学校の先生方でも、
国歌斉唱はしない!と言って嫌がる方々も、現実にいらっしゃいます。


しかし本来は、軍国主義などとは全くかけ離れたものです。


君が代は
千代に八千代に
さざれ石の巌となりて
苔のむすまで


これはどういうことかと申しますと、


あなた様の命、時代は、

千年も八千年も、

小さな石が合わさってひとつの岩となるほどまでに、

その岩にやがて苔が生えてくるようになるほどまでに、

いついつまでも、続いてゆきますように


という意味です。


君が代の、君は、自分以外の皆さんのことを指します。

君主という意味で、国民が歌うときには、
天皇陛下のことを指しているとも言えますし、
また逆に、
天皇陛下がお歌いになられる場合には、
国民のことを指していると言えます。


互いに相手の反映を、永久に望んでいるという、
相手の幸せを願い、思いやる歌なのです。

八という数字には、実際のハという意味よりも、
沢山、という意味がありますから、

千年も八千年も、それ以上にずっと、
と永久を願っています。

八百万の神、などというのも、
八百万の神様というのではなく、全てが神様ということですから。


さざれ石というのは、
小石同士が、悠久の時を経て、
それらがくっつきあい、ひとつの岩となっているものです。


ちなみにこの写真は、
出雲大社に祀られている、さざれ石。




あなた様が、いついつまでも、
さざれ石が大きな岩となるほどまでに、
そこに苔むすほどまでに、
永遠でありますように、


と、自分以外の人たちのことを、

互いが願い合う、

なんとも素晴らしい、優しい、思いやりに溢れた歌。

それが日本の国歌なのです。



我が国の反映を、独立を勝ち取った喜びを、
国歌としている国がほとんどである中で、


ただただ、他者の永遠の幸せを願う歌を、
国歌としている国は、稀です。


なんと素晴らしい日本の精神であろうか、と思います。


そして、何より、そのように知って、

国歌として歌い継いでゆくのなら、

私たち自身が、
もっと自然に、その素晴らしさを感じ、喜び、受け取りたい。


素晴らしい、嬉しい、有難い、希望だ、

そう感じられることが、すべての始まりであると思うから。


そう感じられるだけの、素敵なものを、
日本は、沢山持っています。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子
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コメント

こういう事をしっかりと受け継いでいきたいですね。何で短絡的に自分の都合で物事を考える人が増えてしまったんでしょう?

2013.07.30    編集

コメントありがとうございます。

そうですね…
いつの間にか、世界が人間中心に回っていると勘違いしてしまうようになって。

だけれど本当は、自信が無いんです。
自分の力が信じられないから。

目に見えないものの力、自然への畏怖の念、
そういったものを感じる力が無くなって、
自分は自分ひとりきりだと思えば、
ずいぶんと力が小さくなってくように感じます。

でも、いつも、
おかげさまだなぁ〜ということに気づけたら、
自分だけの力でなく、もっと大きな力が働いて、
自分が生かされていると知って、

心穏やかになり、自信が湧き、人に優しくなるような、気がします。

2013.08.03  愛子  編集

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