日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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明治45年7月30日。

101年前の今日、
明治天皇・陸仁様が御年61歳で崩御されました。


天皇の御聖徳をお偲びする明治神宮では、今年も、
午前9時より、明治天皇祭が御社殿にて行われました。


祭典では、明治天皇の詠まれた代表的なお歌から作られた
「大和舞(やまとまい)」が神職によって奉納されます。

明治神宮では唯一、神職によって舞われる舞です。




私たち日本人は、明治天皇のことを、
あまりよく知りません。

学校で習わないのです。

全国の中学校の約6割が採用している東京書籍の歴史教科書には、
明治天皇のことが、全く出てこないのです。

明治天皇に言及せずして、
日露戦争は語れず、日本の近代化は語れないはずです。

しかし、全く触れられていない。
摩訶不思議です。


明治天皇は、19歳から21歳までの、
わずか2年の間ではありましたが、

西郷隆盛と密接に交わっており、
多感な時期に、この西郷の人柄や感覚から、
多大な影響を受けられました。
廃藩置県を断行出来たのもこの時です。

西洋文化を積極的に取り入れ、民の見本となろうとする若き明治天皇に、
日本人としての精神の大切さを教え説いたのは、

父の孝明天皇だけではなかったのです。


西郷の死を聴いた明治天皇は、
皇后や女官たちにも、西郷を偲ぶ歌を詠ませたほど。


西郷の功績は、明治天皇への忠信から、
明治天皇のご英断は、西郷への敬意から。


また、日露戦争の中心人物は、乃木希典と東郷平八郎でしたが、
彼らの明治天皇への忠信もまた、凄まじいものでした。

乃木大将は、
明治天皇が崩御され、霊柩車が出発する号砲が鳴ったのを合図に、
夫婦共々自害しました…





西南戦争で散った西郷に対し、
残った我が身、連隊旗を奪われたことへの償い…

責任をとって切腹をしたいと申し出た乃木を制止したのは、明治天皇でした。

「私が生きているうちは、死ぬことはまかりならん。」と。


乃木夫妻は、
明治天皇の崩御を憂い、同時に、壮絶な自害を遂げたのです。



今や、日本の功績によって、
有色人種も白人に真っすぐに立ち向かい、
対等な立場を示すことができています。

そのことに本当に敬意を表してくれているアジア諸国。


そのような流れを今日へつくることができたのは、明治の時代があってこそ。

この時代のご先祖さま、
そして明治天皇の国民を思う深い愛の有難さを、忘れてはなりません。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子
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