神様が舞い降りた、生涯最高の5月のこと
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今日から6月。今年もあっという間の折り返し地点。
めまぐるしく月日が流れていくけれど、大切に振り返ることができる、ブログを始めてよかったぁ~。。。

(わたくしごと)カテゴリーで、
今日は私に起きたこれまでの人生で最も幸せだった5月について、お話させてください。

そもそも、人生最高になるはずは無かったんです。
なぜなら4月に、最愛の母が重い乳がんと分かり、
抗がん剤治療が始まっていたから。

それなのに、私は、今年の5月が、
これまで生きてきた中で最も幸せだったと言えるんです。


5月1日、母が入院し治療が始まりました。

毎日松山の病院まで、父と交代で通い、
母の心をとにかく支えた日々、
「私わかった。お医者さんが分からないって言うなら病気じゃないんだね。
私が自分の心次第で治せるってことなんやね。」

母が私が伝えてきたことを本当に分かってくれた時、
初めて泪が出ました。嬉し涙でした。



10日程でいったん退院、自宅療養。

前々から決めていた、遷宮の出雲へ行くこと、
母の様子も心配なので迷っていましたが、日程を1日早めることで、行くことを決意。

また改めて別のブログで紹介しますが、
須我神社、美保神社、60年に一度の遷宮のタイミングの出雲大社にお参りできて、
本当に幸せでした。



そして12日の母の日に家に戻った私は、家族3人で食卓を囲みながら、
ツイキャス(twitcasting)で、ロックバンドおかんの生配信を聴いていました。

ロックバンドおかん。
彼らのことを語れば長くなり過ぎるので、ものすごく簡単にまとめると。。

3年前の10月10日はじめて私は彼らと出会いました。
当時彼らはまだまだ応援してくれる人も少ないバンド。
でもボーカルのDAIと、初対面なのに、ずっとずっと何時間も2人で話をして。

3年をメドに、大阪城ホールに立ちたいと思ってる、と。

私は彼の話を聴いて、
「絶対叶うし、叶えないかん夢やから、
私最後まで絶対応援するからね!」
と伝えました。

まだ大阪城ホールへの夢を、インディーズの彼らは発表していない時でした。

【彼らに出逢えば、自分を認め、一歩を踏み出せる人が絶対に増える!絶対に増える!】

そう確信したから、
彼らの夢は叶うし、叶うようにバックアップしなくちゃいけないと、
直感的に感じました。

それから約2年半経った今年の4月。
夢に描いた時期よりも早く、
彼らは本当に、大阪城ホール単独LIVEをやり遂げたのです。

この間、彼ら自身はもちろん、
応援してる私たちにも、言い尽くせない程色んな苦悩があったけど、
私の地元で彼らを主体にしたイベントを開催するなど、
私なりに精一杯応援してきました。

だけれど、そんな慣れないことをする中で、
おかんというバンドを私が応援してたつもりが、
気がついたら、多くの方に応援していただけるようになっていました。





こんなに素晴らしいイベントは、
そんなみなさんの支えなくしては成り立つはずがなかったのです。

そう、
そして最後、4月8日の大阪城ホールLIVEにも、
愛媛からバスツアーを組んで仲間たちと行きました。

もう、感無量でした。

役目は終わった。
そう思って、自宅に戻ったら、
母の病気が分かった、という、4月でした。


話を母の日の食卓に戻しますね。

そんなおかんの歌も、
元気を失い、役目を果たしたと感じていた私は、
大阪城ホール以来、聴くことがなかったのですが、

この日はたまたま、路上LIVEを生配信していて、
久々に家族で聴いたんです。

両親も、おかんが地元に来るたび観に来てくれていたし、
おかんとの面識もありました。

久々に聴いたおかんの歌。
食事をしながらも、私と母は、泪がぼろぼろこぼれて。

やっぱりおかん、いいよね、って。

こんな状況だから、尚更響いた。


そして、5月19日がやってきました。

この日、私は、仲間から、
「お母さんを治してくれる神様をお連れするから、必ず家に居てね」と言われ、
家族で、不思議に思いつつ待っていました。

そこに、次々と、来訪者が、、、、、

なんと、全国から沢山のお便りを携えて、、、



そう。
これは。。。

【本気のお見舞い】だったのです!



実は私が、高倉太郎さんという方に出逢った時、
これまた初対面なのに、太郎さんから、
「僕ね、本気のお見舞いっていうのをやってるんだ!」
と映像を見せていただいていたんです。

ちなみに初めて本気のお見舞いを行ったのは、
10月10日という日付けだったそう。

後で思えば、それは私がおかんと出逢った日でした。


のちに私は、先ほどの画像のようなイベントで、
おかんと太郎さんにコラボしていただいたりしていました。


その時イベントを支えてくれた仲間が、
この太郎さんにアドバイスをいただきながら、
時間の無い中、一生懸命サプライズで、
私の母宛の励ましのお便りを、知人に声をかけて集めてくれたのです!

その声は、ロックバンドおかんにも届き。。。

彼らのとった行動は、
「愛子姉には本当にいつもお世話になってるから、僕らもその日、行かせてもらいます!」
だったのです。





本当に言葉が出なかった。

母を治してくれる神様とは、
愛する仲間たちの愛であり、
愛溢れる「手紙」様だったのです。


おかんも、いくらよく知った仲とは言え、
先月大阪城ホールで6千人の前でLIVEやってきた子たちなのに、
このウチの狭い部屋で楽器チューニングして、歌い始めた。

驚きと感激で震えた。

今までのすべてが駆け巡る。

これまでどんなに頑張っても、
幸せと感謝を、感じることはあっても、
身体から感謝が溢れてこぼれ落ちるという体験はなかった。

初めての体験でした。



そのあと、家に入りきらなかった皆が待ってるからと、
場所を移すと、他にも駆けつけてくれた人たちがそこに居ました。



私が、たぶんこれまでの人生の中で、
一番チャレンジをした時期だったと思います。

おかんに出会って、こんなに大きなイベントを主催するとか、
知らない人にどんどん頭を下げてPRに回るとか、
何もかもが、挑戦で、
でも無謀な挑戦をしてる彼らを応援するなら、
じぶんも無謀に挑戦しようと、取り組んできました。

そしてとにもかくにも、
大阪城ホール大成功という形が整い、役目を終えた、
それでも、
ここまでの幸せを感じたことはなかった。

だって。

私がやってきたことのお返しだから、と言って、
それが、
私の1番大切な、母を、応援するという形で返ってきたんです。


これほどまでに、
生きてきてよかったと思った日は、ありません。

人は幸せが溢れて、その溢れた分で、
人を幸せにできるのかもしれない。。


そして目標が出来ました。

この最高の幸せ記録を、いつか更新する!
もっともっと世の中の為になる人間になる!


私が、おかんを応援してた原点。

「あなたは欠けがえのない大切な人、
どんなにあなたが大切な人なのかを知ってほしい。」

そんなメッセージをくれるおかんだから。

そんなメッセージを、私も人に伝えたかったから。

私が見つけたやり方で、
私も人に伝えていきます。


私のこれまでの生涯で最も最高だった5月のお話。

最後まで読んでくださって、本当に有難うございます。

母は、皆さんから愛をいただいたから、
必ず元気になります!!
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