日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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私が子供だったころ。

ひとりっこの私は気ままに両親に甘え、
大切に大切に育ててもらいました。

決して裕福ではないけれど、

愛情を沢山に浴びて、
ただ幸せに満ちた子どもでした。

32歳になった今も、そんな風に振り返ります。








同じ32歳のとき、

『私が子供だったころ』

という詩集を出した方がおられます。




いつも見る死
―避難民として死んだ小さい妹に 
                           財部 鳥子     
いもうとは空色の服をきて
草むらに見えかくれ

いもうとは顔のような牡丹の花をもって
あぁ橋のしたを落ちていく

そのとおい深い谷川の底で
わたしは目ざめている

いもうとを抱きとるために目ざめている

あおい傷が
わたしの腕をはしる

はしる野火にまかれて
わたしもいもうともそこにいない

パオミイの林のなかの
大きな泣き声は わたしではない

わたしは目ざめて
気づく
夢の巨きなおとがいに
いもうとを捨てたことを

もう戻れない
戻れない

でもはしれ はしれ

はしるたびに 傷は大きくなりながら

牡丹の色に裂けて

わたしは死ぬ いくども死ぬ

死ぬあとから

いもうとは 鳥の巣のある草むらにまぎれこんだ

いもうとは タワン河(ホー)のきいろい水勢にのまれてしまった

そしてわたしは不意に目ざめる

戻れない 泣き声ののこる夢のあわいで

わたしは銃声を一発 ききたくない




財部鳥子(たからべとりこ)さんは、中国(旧満州)で育ち、
日本の降伏後1年余、中国で避難民として生活するなか、父と妹を亡くします。

この詩は、
財部鳥子32歳の時初めて出した詩集、「わたしが子供だったころ」です。

まだこどもだった「わたし」と、避難生活で死んだ3歳の「いもうと」。

この詩の中の「わたし」は、
こどもの時の「わたし」であり、
大人になった「わたし」でもあります。

彼女の記憶のなかに、
大陸でいもうとを見失ったその時が、

子供の時も、32歳になったこの時も、
変わらず描かれ続けていたのですね。



鳥子さんと同じ、32歳の女性になった今。

彼女の子供だったころの記憶との違いを、尚更に感じる夏です。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子
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