日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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もうじき8月も終わり。夏休みも終わり。

8月は、6日に広島、9日に長崎へ、原爆が投下され、
また、終戦記念日も同じ8月の15日であることから、

とりわけ、夏のこの8月という時期になると、
多くの人が、戦争や平和ということについてよく考える機会となります。

今年は、7月に参院選もあり、憲法改正の議論も活発化していたことから、
なおさら、
「平和とは何だろうか」ということについて、
考えた人も多かったのではないでしょうか。


ある節目を契機に、
そのことについて、よく考える機会を持つことは良いことですが、

平和については、流行りごとではなく、
ずっと、いつも、
心にそのことを基準に置いて生きてゆくほどの思いを、持ちたいところです。


祖国と青年という月刊誌があります。


青年は、
我が人生を我が物として好き勝手に生きればよいというのではなく、

祖国のありようを見据えながら、生き方を紡いでゆこうと、

そのような思想で、昭和45年から発行されています。



今日はひとつ、記事をご紹介します。


……………………………………………


「アメリカの青年達よ。東洋には、すばらしい国がある。それは日本だ。
日本には君達が想像もつかない立派な青年がいる。
ああいう青年がいたら、やがて日本は世界の盟主になるに違いない。奮起しろ!」

硫黄島での戦いの時、
第五艦隊司令長官としてアメリカ海軍を指揮した
レイモンド・A・スプルーアンス海軍大将の言葉です。

彼は戦後、
この言葉を伝えるべく全米各地を公演して回りました。

彼が、このように日本の事を言うようになったのは、次のようなエピソードがあったからです。

1ヶ月近く激戦を繰り広げ、多大な犠牲者を出して、
アメリカ軍が硫黄島を占領したあくる日のことです。

岩山の穴の中から、負傷した日本の陸軍少佐が、降伏のしるしのハンカチをもって出てきた。

彼は
「司令官はいないか。穴の中には、有能な30名の青年達が残っている。
彼らを日本のため世界のために生かしてやりたい。私を殺して彼らを助けてくれ。」
といいました。

少佐を引見したスプルーアンスが
「お前も部下達も助けてやろう」というと、
彼は「サンキュー」といって絶命しました。

その後、アメリカ軍は、
青年達が残っている穴の中に煙草や缶詰を投げ入れたりして、
残された青年達に穴から出てくるよう勧告をしますが、
彼らはそれに応じず抵抗を続けました。

数ヶ月間の抵抗の末、
やがて何名かが餓死し、
最後に残された者たちは手榴弾で自決して果てました。

その爆発がした時に、
スプルーアンス司令官が穴の所に飛んで行くと、
穴の入り口に英語と日本語で書かれた手紙がおかれていました。


「閣下の私達に対する御親切な御厚意、誠に感謝感激に堪えません。
閣下より戴きました煙草も肉の缶詰も皆で有り難く頂戴いたしました。
お勧めによる降伏の儀は、日本武士道の習いとして応ずることができません。
最早(もはや)水もなく食もなければ、十三日午前四時を期して、全員自決して天国に参ります。
終りに貴軍の武運長久を祈って筆を止めます。」

旧日本兵2万2000人が戦死。
今だに1万3000人あまりの遺骨がみつかっていない。

昭和二十年五月十三日
日本陸軍中尉 浅田真二
米軍司令官スプルーアンス大将殿」
(祖国と青年 平成7年6月号)

……………………………………………


このようなことは、あらゆる戦地で起こった悲しい出来事です。

悲し過ぎる過去の現実に、心をいため、
過去の日本人の精神性は誇りに思うのですが、

決して、このようなことを繰り返してはならないと思います。


武士道精神というものは、
日本人の誇りのひとつです。


しかし、武士道というのは、
武士という特権階級にあった人たちの間で生まれた精神性のこと。

もちろん、武士であっても平民と変わらぬ暮らしぶりの人も大勢いましたが、
それでも、武士は武士として、

尊敬され優遇される存在でした。


日頃より、平民より優遇され、尊敬されている存在であれる代わりに、
いざという時には、
身を呈して世のため人のために尽くすという生き方であったのです。

翻って戦争の最中にあった、
亡くなっていかれたこの方たちというのは、

まだ学生の身であったり、十代の少年もいました。

身を呈して国を守る、
そのような武士道精神を強いた戦争は、

あまりにも、あまりにも、酷であったなぁと、思います。


武士道精神を誇りある日本の宝として受け継ぎつつ、
その精神の使いようを、誤ってはいけないと思います。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子
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