日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

コメント

コメントを投稿


管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック

TB*URL

突然ですが、

あなたは、自分の名前が好きですか?


これまで私が名前のことだまセッションをさせていただいた方の中で、
いちばん多かった答えは、

「好きでも嫌いでもない。特に考えたことがない。」


だけれどこれって、とっても勿体ないことです。

だって。

名前は、

あなたが生まれる前から、

あなたが物心つく前から、

既に決まっていたのです。

名が、前に、あったのです。

どなたか、私の名前は私が決めたって方、いらっしゃいますか?


一生お付き合いする、自分を表す呼び名なのに、
自分では決めていないはずです。


大切なことなのに、自分で決めていないこと。


氏名は、指名された、使命。


生まれた時与えられていた、
人生最初にして最大のギフトと言ってもいいと思います。


そういった意味では、名前同様に、
授かったこの姿形も、ギフトですよね。

この魂に与えられた、肉体。

この姿形をして、この名前で生きていくということ。

これは、自分の意思を超えたところで決められていたこと。


そこにこそ、私たちが生まれてきた意味の、
最大のヒントが隠されていると思うのです。




たとえば、私の場合は、愛子という名前です。
(個人の名前というのは、下の名前を指します。苗字は家系の名前です。)


愛子という名前は、
両親によると、「誰からも愛される子になりますように」
という思いで、付けたのだそうです。

姓名判断も参考にして、運勢が良いかどうかも確認したそうです。


20代になると、
「愛」という言葉自体が素晴らしく、最上のものだと思い、とても好きになりました。

30代が近づいてきた頃からの私は、
「誰からも愛される子」というのは、子供の頃の自分で卒業し、
「誰のことも愛する子」になろうと、自分なりに意味付けをしていました。


姓名判断でみると、運勢は良いのよ、
と両親から聴いていたことも、それなりに嬉しく思っていました。

漢字という中国で生まれたものにも、
相応の意味がありますし。
ただ、字画という、数字での吉凶というのはよく理解が出来ませんが。

でも同時にこれって、悪かったらどうなのだろう?とも思いました。


悪かったらそっくり変えてしまえばいい。

病気になったら薬を飲めばいい。


これは少し、これからの時代にはそぐわない気がしています。



私が出逢った、【名前のことだま】


言葉は単語から成り、単語は一音の集まりで成っています。

日本語の五十音の一音一音にはすべて意味があり、
そのことが、名前にも影響していると考えるもの。


日本で古来から、
目に見える数や形よりも、目に見えない『音』を大切にしてきました。

そうでないなら、

神社で手を叩く行為も、
鈴を鳴らす行為も、
お賽銭を投げ入れる行為も、

もう少し静かにほかの方法を取ればいいはずです。

宮司さんも、祝詞をあげるのは、ある言葉によって、
何かを鎮めたり、興したりする力があると、

古来より日本人が信じてきたからです。


もっとも、日本のみならず、
言葉という意味では、万国共通で、
「言葉には何か偉大な力がある」と信じてきました。

そうでなければ、呪文というようなものも、存在しないでしょう。

聖書も、
『初めに言葉ありき、 言葉は神と共にありき、 言葉は神であった」という文章から始まっています。


そう、一音一音が神様。


私たちは、自らの呼び名として、
神様を携えて生まれている、とても幸せな存在なのです。

私の場合は、

あ という音、神様
い という音、神様
こ という音、神様

ですから、名前のことだまには、
名前そのものが良い悪いという判断がありません。

一音一音の本来の働きと、裏が出てしまった場合の働きというのがあるのみです。

改名する必要などない。

与えられた役割を拒否して、別の役割を故意に設定することは、
本当に良いことなのでしょうか。


改名より、解名しましょう。


占いでもなんでもなく、
ただ、
元々私たちが持っているものを、思い出すだけ。


既に私たちはすべてを与えられている。

それに気づかないで、欲しい欲しいと言う。

ひとつ、ひとつ、大切な、
私たちが持っているものに気づいてゆく、


その中でもとってもとっても大切なことを、
お伝えさせていただける、

このことだま師という役割に出逢えたことを、
心から、幸せに思います。



ですからあなたの名前も、
下のお名前を、呼ばせてくださいね。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子
スポンサーサイト

コメント

コメントを投稿


管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック

TB*URL

Copyright ©日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI. Powered by FC2 Blog. Template by eriraha.

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。