日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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本日は赤坂御苑で、天皇皇后両陛下主催の、春の園遊会が開かれました。

各界の功労者がおよそ2100人。

いつも、本当に心から感服するのですが、
陛下は当然のように、出席される方々のことを、
しっかりと細かなことまで記憶し、

それぞれの方に、優しくお声がけなさいます。

オリンピックのメダリスト選手も多数参加されていました。


テレビニュースで私が目にしたのは、
南三陸町の佐藤仁町長に、陛下がお声がけされた場面。


陛下は、
「大変なご苦労ですね」と仰いました。

町長は、
「いえ。3年前、体育館にお越しくださった時、
寒い中美智子様も、スリッパを脱いでおられて、
あの時のことは一生忘れません。」

とお答えされていました。


両陛下は3年前、
春の園遊会は中止とし、南三陸町を訪問されています。

その時に両陛下をご案内したのが、佐藤仁町長だったのです。


私たちも、このお姿を、忘れません。





訪問をなさる、ということは、
私たちにも予測することが出来たとしても、

わざわざスリッパをお脱ぎになって、
おひとりおひとりに、声をおかけになって廻られるということ。


決して比較するものでもありませんが、
たとえば自分が体育館に入らせていただく身ならば、

スリッパを脱ぐということに、思い至るだろうかと想像してみますが…

到底自然と思い至るものではありません。

思いやりたい気持ちはあっても、そこに氣づくことが、出来ないのです。


本当に、立場も何もない、無私の心で、
ただただ目の前の方の心に寄り添うということ、

未熟ながら、ほんの少しでも、刻みたいと、改めて考えました。



来月早々、私も、

やっと、やっと、やっと、東北に行かせていただく機会を得ました。

本当に、本当に、本当に、嬉しいです。

この3年間、ずっと、つかえていました。


何の役に立つはずもない自分。

教えていただきに行くだけだと思います。

そんなもの、自分のために過ぎません。


これまで行けなかったのは、
もちろん会社を長期に休むことが出来なかったこともありますが、

どうしても行こうとするなら、無理やりにも何とかする方法はあったはずです。


押しきれなかったのは、

慰めに過ぎない程度であったとしても、
とにかく、少しでも、

「東北の方の役に立つ方法を、自分は持ってるんだ」

という思いがあれば大丈夫だったと思いますが、
それさえも無かったから。


やっと、

少しは自分にも、お役に立てることがあると、
心の奥に自信をつけることができたから、向かうことができます。


入社11年目にして初めての5連休。
しかも最も休みにくい、世間もお休みのゴールデンウィーク期間に。

私のいる会社は、
盆正月ゴールデンウィークなど、イベントごとのある時ほど、お休みが取りにくいのです。


けれど今回、

新居浜市民の会という、
震災直後からずっと、支援し続けている団体の方々と、
南三陸・気仙沼・南相馬と、ご一緒させていただくので、このタイミングになりました。


陛下のことを例に出すなど厚かましさ極まりないですが、
少しでも、

両陛下の御心の在りようを、我が心にも留め、
しっかりと、伺わせていただきたいと思っています。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子





昨日のブログは反響が大きく、
Facebookに掲載すると、沢山のコメントをいただきました。


私のブログは、まるで一方的に書いて、勝手に完成させているように見えるかもしれませんが、
実際には、

あまり踏み込んだところまで、書けていないことのほうが多く、
実は、

完成しているようで完成してなかったり、します。


どなたかがそこに疑問を投げかけてくださったり、
更に細かなことを聴いてくださったりすると、

思い切って、
もっと踏み込んだことを書けたりします。


皆さんとコミュニケーションを取る中で、
気づくこと、湧いてくることも、多いです。



その中で、昨日は、

『人の思考は、その人の置かれている環境や立場によって変わりますよね』

というコメントがありました。


そこで私は、

『ということは、思考を変えたければ、環境を変えるといいですね』

と返しました。



確かに実際そうだと思います。


昔から『類は友を呼ぶ』と諺のある通り。


山崎拓巳さんが『成功する鳥は群れを成して飛ぶ』と云われている通り。


大前研一さんが

『人生が変わる方法は3つしかない。
1番目は時間配分を変える。
2番目は住む場所を変える。
3番目は付き合う人を変える。
この3つの要素でしか人間は変わらない。
最も無意味なのは「決意を新たにすること」


と云われている通り。


要するに、環境を変えるということ。


思いきって、
いつもと同じ行動パターンを変えてみること。

その第一歩を踏み出さない限り、決して、何も、起こりません。



私自身、思い返してみると、

自分自身が大きく変化したのは、環境や付き合う人が新たになったからでした。


2010年の夏に、小豆島に行き、てんつくマンに出会って、

それから沢山の人たちに出逢うための行動を取らなければ、


ロックバンドおかんに出逢うこともなかったし、
今の人間関係も、すべて、無かったと思います。


今となっては、気がつけば、
買った本が読み切れなくて困るほどです。

「自分が普段仲良くさせてもらってる方の本くらいは、買って読もう」

と思って、

仲良くさせてもらっている方や、
これまで沢山お話をしてきた方、
少しお会いしただけの方、

そんな方を含めると、
その方々の新刊が出るたびに買っていたら、到底読み切れないほどの、

ここに至るまでに、
これだけ様々な、沢山の人たちとのご縁を紡いできたのだと、気づかされます。





ただし。


ただし。



単に、環境を変えた、それのみでは、

変わりません。




環境を変えて、少しずつ、

変わったような「氣」になっているうちに、
氣がついたら、


そこに衝撃的な出逢いがあったから、


自分自身が思いきり、動くことになった。


思いきり動くことになったから、
出逢った人とも、本当の意味で、繋がれるように、変化してきた。


思いきり動いたこととは、
私にとって、

ロックバンドおかんの応援を必死でやったこと、

だったのですが、結局、それは、何故だったかというと、


【君の代わりはいない】という彼らの歌が大好きだったように、

この歌を、東北のみなさんに届けてほしい!と訴えたように、


【自分がどれだけ大切な存在か、そのことに氣づいてほしい!】


という思いが、炸裂したからでした。



それは実は、
私自身が、私自身に対して、伝え、満たしたかったからだと思います。


だからそれを、一生懸命伝えてくれるおかんに惹かれたし、
より多くの人に、このことを伝えてもらいたいと思った。


だから、彼らを応援していました。


今は、彼らが伝えてくれていることを、

自分の方法や言葉で、伝える手段を得ました。


始まりはまず、

【あなたがどれだけ、この世界に必要な、大切な存在なのか】


そのことを、まずは、

これでもかというほど、よく、よく、よく、

知るところから。



そこからすべては、始まるし、変化するように、思うのです。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子







先日、信頼している飲食店のオーナーさんから、

自身のお店のオープン当初、
祝いに九州から駆けつけてくれた方のお話をしてくださいました。


その方もまた、
大変なこだわりと飲食店経営の手腕をお持ちの方。


「いい店だねぇ~。自分たちの力だけで、これだけの店にしたんだ。
大変なことだよ。素晴らしいね。」


そんな風に褒めてくれたのも束の間。


「でもね。あの彼女はなぜあんな風なの?優しさを感じないね。
それと、これは、一体なに?」


テーブルサイドに置かれてある、
こだわりのお洒落なボトルを指差す。


「つまようじ入れです。」とオーナーが答えると、


「ここにね、君たちのどうでもいいカッコつけと自己満足が象徴されてるんだ。
つまようじ入れと分からないつまようじ入れを置いて何になる?
これお洒落だろうと、自慢でもしてるのかい?」


と、返ってきました。


わざわざ九州からオープンを祝いに来た人。

そんな苦言を呈さなくても、

よかったね、美味しいね、
で、互いに気分よく再会できるのに。





でも、その方の指摘はいつも、真っ当なのだそうです。


実際、その通り。


つまようじは、使うためにある。

つまようじと思えないお洒落な見た目であることは、
お客様にとって、あまり意味を持たない。


むしろ、つまようじありますか?と、
思いきって店員に尋ねたお客様に対し、

そちらですよ、と、答えることによって、

あなたの目の前にあるじゃないですか、わかりませんでした?
などとは決して言わなくても、


気づかなくてすみません、と、

質問したお客様のほうに、
かえって恥をかかせるような気持ちにさせてしまうかもしれないわけです。



その方は、誰よりも、

お客様の気持ちを考える、ということにおいて、敏感なのです。



けれどオーナーは笑いながら、
「突き抜けた人っていうのは、ホント、人の気持ちなんて分からん人ですよ~。
お祝いに来てくれたのに、嫌というほどダメ出しばかり喰らうんですから。」

と冗談半分におっしゃっていました。



だけれどこれって、とても、深い。



誰よりもストイックに人の気持ちを分かるよう追求している人は、

その対象となっている人の気持ちは確かによく分かるけど、

それ以外の人の気持ちが、わからない。


つまり、


自分が追求し過ぎているので、

同じレベルまで追求していない人の気持ちが、

分からない。


ということ。



『よく分かっている人なのに、だからこそ、
分からない人の気持ちが分からない。』



これは私も時々、陥りそうになることです。

一生懸命に追求しているとき、
身の回りの、同じ歩幅でない人の気持ちが、見えなくなる。


そしてどんどんどんどんと、孤立していく…


時にはやむを得ないけれど、

やっぱり皆と笑っていたいから、

このエピソード、胸に残しておきたいな、と思います。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子







こんばんは。
ただいまひとり夜カフェなう。です。


旅先でひとり夜カフェは、わりと日常なのですが、
地元にいて、ひとり夜カフェは、初めてで、
馴染みのカフェも、なんだかいつもと違って見えます。



先ほどまで、
母校の同窓会誌の、来年度第1回編集委員会でした。

同窓会誌「くすのき」は、来年度で25年目の発行。



私の母校、新居浜西高校は、もうじき(平成29年)に、
創立100周年を迎えます。

考えてみれば、
社会人になったと同時に、この編集委員会に加えていただき、

創立90周年の時にも、関わらせていただいていました。


とはいえ、私はほとんどお役に立てず…

特に、入社から8年程はずっと、総務課や財務課に在籍していたので、
編集委員会のある、月曜日の18時という時間に、

休んだり仕事を終えることは不可能でした。


今の部署になってからは、
休日をとる曜日も、時間の融通も、かなりきくようになり、

ほんの僅かですが、関わらせていただくことが出来ています。


同窓生、卒業生たちに、

母校の今を知らせたい、
他の同窓生の現況を知らせたい、

故郷を思い、立ち返る機会になれば…


と、畑田雅敏会長のもと、
常に学校や先生とも連携を取りながら、しっかり事務局を設けて、

毎年途絶えることなくこの冊子を制作してこられています。


時代はインターネット時代で、
紙媒体以外の情報ツールが多様化していますが、

ご年配の先輩方と、共に母校を懐かしむためには、
冊子という形はやはり、良いものです。


僭越ながら、私も一度、同窓生紹介のページに、
寄稿させていただいたことがあります。

新居浜西高校出身の皆さん、
寄稿してみたいと思われる方はぜひ、ご一報ください☆


何のお役にも立てていませんが、
定期的に先輩方のお顔を拝見させていただき、

色々なお話を聴かせていただくことは、とても勉強になります。


今日は、日本お手玉の会理事の武田信之さんから、
「二宮金次郎像」について教えていただきました。


二宮金次郎(二宮尊徳)は、
少年期に両親を亡くし、叔父の家で奉公しながら勉学に励んだひと。

寝る間も惜しんで読書をしたけれど、
油代がもったいないと叔父に指摘されるので、

荒地に菜種をまいて、収穫した種を菜種油と交換し、それを燃やして勉学を続けたといいます。


そんな彼の、勉学に励む姿を、
小学校などでは、二宮金次郎像として、

蒔を背負って仕事をしながらでも、勉学に励む、勤勉な姿、
としての教訓にしていますが、


実は、勤勉というよりも、あの像の意図は、

【一歩を踏み出す勇気】を伝えたかったのだそうです。


二宮金次郎七代目の子孫にあたる、
中桐万里子さんが、おっしゃっているそうです。


背負っている蒔と、
一歩を踏み出している足。

これが1番大事なのだと。


どのように困難な状況にあろうとも、
決して諦めることなく、

一歩を踏み出すことを忘れてはいけない、というメッセージ。


なのだそうです。



どのように考えてみても、他人から見れば、
希望に満ちた状況には、とても見えないような現実。

それでも、

大きなものを背負っていても、
一歩を踏み出し、またその勢いでもう一歩踏み出し、

そうしているうちに、なんとか、

気がつけば自分の道を、切り拓いてゆけるものなのかも、しれません。



私はひとりっこだからか、
小さな頃から、いつも、大人たち、年上の方々の中で、

色々なことを教えていただく機会が多かったように思います。

今でもそのような環境があること、とてもありがたいことだと思っています。


ありがとうございます。





今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子








私の周りには、先生がいっぱい。


年上の先生、年下の先生、

笑顔の先生、夢見る先生、


経済の先生、栄養の先生、

時間術の先生、使命感の先生、


ともかくすべてにおいて、先生がいっぱい。



9日のやる気のスイッチ、懇親会を行いましたが、
その時、いろんな人と交流できて、とてもよかったと、お友達に言っていただきました。

必然に集まったメンバー、
必然に話した会話…


後日、こういう声をいただくのが、とても嬉しいです。


彼女はそして、こう言ってくれました。


「あの日色んなことがわかった!

自分の手が、ふたつあるのはなぜなのか。
自分の脚が、ふたつあるのはなぜなのか。

ひとつは、自分のため。
もうひとつは、誰かのため。

だからふたつあったんだぁ~。

あの日突然、そんなことがわかったの!」


と。


私は、感激してしばらく言葉を失いました。


そんな氣づきが、あの日のセミナーや懇親会の中で、得られたなんて…



いつもそう。

伝えようとして、伝えられる。
教えようとして、教えられる。


なにか動いたら、そのぶん、
教えられ、受け取らせてもらうことは、とても多いんですね。


あなたの周りにも、先生がいっぱい。



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子









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