日野愛子の、日本に氣づけるブログSAKIWAHI

名前のことだまを入り口に、和ごころに気づけるブログです。

プロフィール

日野  愛子

Author:日野 愛子
日本人がもう一度、日本人になろう。

皇紀2671年3月11日、
再び、ほんとうの幸せに戻るための、
大きく舵を切れた転換点にするために。

いつもほんとうのことを知ろうとすること、
いつも自分の中の愛に聞いて、
一歩を選べるように。

知ることへの道は、愛のはじまり。

名前のことだまを入り口に、
素敵な日本に氣づけるブログです。

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昨夜は仕事のあと、
久しぶりに自宅にて、ことだまセッションをさせていただきました。

やはり家に来ていただいて行うのは、
落ち着いて、ゆっくりとお話ができてとてもいいです。


ただ、来てくださる方にはお気を遣わせてしまうようで、
手土産などをお持ちくださることも多く、申し訳なく思います。

これからは、自宅でのセッションの場合、
くれぐれも手土産などのお気遣いなさらぬようにと、
申し添えるようにするべきかな、とも考えています。


人のお家に行くのに、手ぶらでは行けない、という考え方、
日本人のとても素敵なところだと思います。

が、これはセッションですので、ふらりと遊びに行くような場合と異なり、
持ち合わせていなくても、何ら気にしていただくことではありません。


家に、

訪れてくださる方は、

音連れてくださる方。


『お客様は神様です』の言葉通り、

例え話でもなんでもなく、
訪れてくださるお客様は、それだけで、神様なんです。


昨日セッションに来てくださった方も、
和室に入ってから、【訪れの家ノート】を読んで、驚いていらっしゃいました。

「えー。音連れ… 私も神様なの?」



日本で神様といえば、音とは切っても切れない関係。

神社にお参りするときも、ずっと音を伴いますよね。


境内に入るまでに、ジャッジャッと玉砂利を踏みしめて、
柏手高らかに打ち鳴らし、鈴の音を響かせる。

お賽銭を投げ入れて、チャリンと音がする。


すべてに音を伴います。


音連れの神様に、おうちに来ていただける用意、
人が沢山来てくださるおうちって、いいですね。


私もまだまだですが、
自宅に人をお招きできるようなこと、もっと考えていきたいなぁと思います。


昨夜お持ちくださったお菓子。
ハタダさんと、みきゃんのコラボ。そしてイラストレーターseikoさんとのコラボ。

可愛い(*^_^*)

ありがとうございました。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子






私の務めている会社は、
次々と新事業を手がけていく会社。

駅前に来春オープンする、
美術館とホールなどを併設した総合文化施設の、

数年前から建設についての委員会の構成メンバーとして、当社からも1人、
担当者を出していましたが、

いよいよオープンまで、残すところ1年。
オープニングプレイベント等はこの夏から始まっていきます。


っというところで、担当者が私になりました。

学芸員資格を持っているということもあり、
私なら出来る、と思って、任せてくれたのだと思います。


実際、私の大好きな分野。
沢山関わっていけたらいいなぁ。


と先日、私としては初めて参加した会議だったのですが、
そこで、久しぶりに再会できた方がいらっしゃいました。


私の顔を見るなり、

「名前のことだま、私もみてもらいたいの~!」

と言ってくださいました。

最近ちょっと、迷っていることがあって…と。


ということで、東北に行く直前の夜に、
私の自宅にて、心を込めて、セッションさせていただくことになりました。



一音一音に意味がある、名前のことだまでは、

「名前には、私に何ができるかが秘められている」

「名前を好きになると、自分を好きになる」

「名前を褒めると、人と関係が築ける」

「名前のことだまを知れば、出逢いがもっと楽しくなる」


ずーっと共に生きていく、自分の名前。

自分のものなのに、自分で決めていない。

自分のものなのに、人が呼ぶためにある。


あなたの名前は、あなたのためにあるものじゃない。
人のためにあるものなのです。


人から仕事を頼まれるのは、
「あなたならできる」と思われているから。


私の場合、
総合文化施設の担当者を命じられたことも、私に出来ると思われたから。

ことだまセッションやって!と言っていただけたのも、
私が出来ると、友人は知っているから。


名前も同じ。
あなたのできることが、名前として、与えられているのです。


「人のためにできること=使命」

「氏名=使命」


期待と、信頼と、願い、そして祈りが、
込められているから…



来月には、
私のことだま個人セッションを受けていただいたことのある方だけを対象とした、

名前のことだま みなおしワークショップを開催予定。


大切なお話は、繰り返し…


あぁ~ たのしみです!






今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子



2014.04.16

愛の概念

昨日、寝ぼけまなこで書いたブログ、
愛について書いたものの、とっても説明不足で、意味不明だったと思います。


今日はもう少し、詳しく書きたいと思います。


日本での名前の付けられ方というのは、主に、

〈漢字〉から〈数〉へ、

そして今は、

〈音の響き〉へと、

変化…というよりも、原点にかえってきました。


〈数〉で付けられてきた長い時代の間に、
名前に対する吉凶という概念が生まれています。


〈漢字〉から名付けがされるときは、大きく分けて、4つ。

たとえば、下記のような漢字。


★儒教的価値観
仁・義・礼・智・信

★日本的価値観
明・清・直・美・和・澄・純

★欧米的価値観
愛・真理

★時代的流行
聖子・博子


数字的根拠などの問題ではなく、感覚的に、理解していただけるでしょうか。


それぞれの中に、元々あった概念だ、という意味です。


日本では、和であり、欧米では、愛であった。


これは、神様観を考えるとよくわかります。


日本では、神様といえば、

八百万の神、つまり四方八方すべてが神だという考え方。自分自身さえも。

だから、ぐるり取り囲む、和なのです。

どこからともなく在り、充満しているようなもの。


欧米では、神様といえば、

イエス様のように、唯一無二の存在。

神様がいて、私がいる、あなたと私、の世界、二元論。

そのパワーの源は明らかであり、そこから光が差し込む、愛。



だから、その愛でもって、
それを無数に放射線状に散りばめて、

和としてゆくのが、私たち日本人の役割であり、

その過程としての、私は、愛なのだと、思っています。



分かりやすくなったのか、
分かりにくくなったのか、わかりませんが…



今宵は、ずっと長く繋がってきた友人と、
沢山沢山、本音のお話をしました。

本当に心地よかった。癒された。



後になったとき気づくけれど、
本当に心地よい時間になった時はいつでも、

愛、愛、愛、と、そこだけにフォーカスしている時よりも、

ただただ、


自分と相手を繋いで、自分を癒すことができたとき。

そのとき、和が生まれているのかもしれません。


今日も美味しい食事をいただきました。
ありがとう。




今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子





2014.04.15

愛の傾向

2人のお友達と、ゆっくりお話をする1日でした。

色んなお話を聴きました。

特に夜は、どんどんどんどん、話が深まって、
普段、ほとんど口にすることのないような、
自らが抱えている話になり、

私自身も、ほとんど誰にも話したことのない話を、しました。


秘密を、話してくれたから、
秘密で、かえす。


なんだか、そんなようにも思えます。



私が取り組んでいることのひとつ、
名前のことだまでは、

名前の一音一音である、音から、
色々なことを紐解いてゆくものなので、

漢字ではなく、ひらがなを捉えていくものですが、


あえて、漢字という概念から捉えると、
私自身の名前にある、《愛》という言葉、

これは、実は、

西洋の概念なんです。


日本には、愛という概念は、もともと無かった。

和とか、明とか、直とか、清とか、

そういう概念はあっても、

愛とか、真理とか、

そういう概念は無かった。



愛は、

あなたと私が居て、与えたり、もらったりするもの。
あなたと私を行き来する、直線的なもの。


和は、

広がり繋がり、多面的なもの。



だからなのか、私はいつでも、

【今、何をこの人にあげられるだろうか】と、考えてしまうことが多い。


私からあなたへ、何かを注ごうと、してしまう。

また反対に、何かをもらおうと、してしまう。


思いの動線が、直線的なんですね。



もう少し、柔軟に、柔らかに、日本的な価値観を取り入れられたら…
とも、思うのですが…


直線的だからこそ、
相手に渡せるものや、パターンは、多いほうがいいからと、

手持ちのカードを色々と取り揃えていこうとするのかもしれません。


この名前でいて、
日本の価値を伝えていくことに、何か大きな意味があると信じて。


私が出逢う人に、
渡せる何かは、きっと大きな意味があると信じて。



あなたと私、
その広がりが、きっと、和だから。


今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子




わたくし、本日をもちまして、

【名前のことだま 入門講師】 となりました。


これまで、【初級ことだま師】として、
名前のことだまの〈個人セッション〉をさせていただく資格は有しておりましたが、

これから、入門講師として、
名前のことだまについての〈セミナー〉をさせていただくことも、出来るようになります。


ことだまのお話して~!
と、お声がけいただくたびに、

すみません、まだ、個人セッションをする資格しかないんです、
とお答えしてきたのですが、

これからは、
セミナー形式でお話させていただくことが出来るようになります。


まずは、
これまで個人セッションをさせていただいてきた方を対象に、

フォローセミナーを開催したいなぁ~と考えております。

もちろん、
初めての方にもセミナー開催は出来るわけですが、

自分自身の心の準備のためにも…


自宅の和室でも、数人であれば可能なので、
ホワイトボードを早速購入しよう!などと思っています。


今日はわざわざ名古屋から、
【名前のことだま 教師 山下弘司 先生】がお越しくださり、

直々に私にミッションをお伝えしてくださいました。




夏には、先生と私でコラボセミナーも開催したいと思います。



ことだま師になるときも、
これまでの各講座を受講するにしても、そのほとんどを、

私は先生の名古屋のご自宅で、
先生から直々に教わってきました。


本気で今後、自分が人さまにお伝えしていきたいこと、というのは、いつでも、

その道のトップの方から教わりたい、

と思うのが、昔からの私の癖。

知らず知らずに、そうなってしまうという傾向も、あります。


その分、沢山の方にお知らせする使命があると考え、
心して、取り組むつもりでおります。



これまで、名前については、
姓名判断のように、数字によって良し悪しをジャッジするものが通例でしたが、

これからは、
名前のことだまの、音から紐解き、思い出していただくことが、


必ずこれから、大切になってくると、確信しています。


名前のことだまを入り口に、
日本の知恵、心、文化、そのあり方を、お伝えさせていただくこと。


【自分を好きになり、日本を好きになり、
世界に役立つ日本人の役割を思い出すこと】


そのお手伝いを、様々な角度から、させていただきます。


名前のことだまは、まだまだ浸透していない概念ですが、

日本人であればどなたでも、

しっくりと、分かる、染み入る、思い出せる、

じんわりと、幸せが満ちてくる、

そんな名前のことだまの考え方を、

これからも大切にしながら、

様々な分野で、本質的なことをお伝えしていけるよう、
精進し続けたいと思います。


先生に自宅に来ていただくことなど滅多とありませんので…



玄関先でもパチリ。


また、今日は父親の67歳の誕生日でもありました。

ご所望通り、焼き肉屋さんにお連れして…



3年前には倒れて、九死に一生を得たような父が、

今はすっかり、元気になってくれたこと、本当に、有難く思います。

父と同じくらいの年に生まれた父の兄たちは、
病気で2歳や3歳で亡くなっています。


父が生まれ、生きてきてくれなければ、
母と出逢い、一緒になってくれなければ、

私など、影も形もなかったのだから。


お誕生日おめでとう。
生まれてくれて、生きてきてくれて、母と出逢い、一緒になってくれて、ありがとうございます。

これからも、お元気で…



今日も、
ことだまの幸わふ国に
生かしていただき、
ありがとうございます。 愛子




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